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第26話:勇者たちの戦い

 ムルの髪の光も届かない、暗く足場の悪い地底の片隅で、キャンは巨大ミミズ相手に大苦戦を強いられていた。

 ただでさえ力が圧倒的に不足している上に、武器も持たず素手で戦っているのだ。どう頑張っても絶望的な戦況は覆りそうにない。


 とはいえ、事態は決して悪いことばかりではなかった。

 地底の暗さも足場の悪さも、夜目が利きバランス感覚に優れたキャンには一切不利にならない。攻撃力さえ補えれば、巨大ミミズ相手でも対等に渡り合えるはずだ。


「やっぱ剣、拾って来た方がよかったか……? でも……」


 キャンは目線を落とし、小さな両手を見つめる。剣を構えるだけで限界だった己の腕力を思うと、拾って来たところでこの状況が良くなるとはとても考えられなかった。

 さっきの戦いみたいに剣が軽くなってくれれば。シマノのスワップを知らないキャンにとって、それは二度と叶わない夢にも等しい願いだった。

 このまま、ミミズの一匹すら倒せないまま、仲間の命を守れないまま、勇者の冒険は終わってしまうのか。


「キャン……!」


 守るべき仲間の声に、キャンは驚き振り返った。青白い光が揺れている。ムルだ。苦戦している様子を見るに見かねたのか、地面に刺さっていた剣を抜き、ここまで持ってきてくれたようだ。

 しかしその足取りは危なげで、今にも倒れこみそうだ。


「バカ、来るな! 危険だ!」

「馬鹿はお前だ! 剣も持たずこんな無茶な戦い方をして……死んだらどうする……!」


 そこまで言うとムルはその場にうずくまってしまった。慌ててキャンが駆け寄ると、ムルは頭を押さえ苦しそうにしている。

 湖から離れたおかげか髪の光は先ほどより弱まってはいたが、それでもまだ「石の声」とやらの影響は大きいらしい。

 キャンは己の無力に拳を握りしめる。ムルが言ったことは真っ当だ。キャンだって剣を使えるならそうしたい。


 ムルの存在に気づいたミミズがゆっくりと近づいてくる。やりきれない気持ちを抱えたまま、キャンはミミズと戦うべく立ち上がろうとする。


 その腕を、ムルが掴んだ。


「我も……戦う……」

「ムチャだ!」

「一発だ。一発だけなら……撃てる。だが、時間がほしい」


 それは願ってもない申し出だった。ムルの火力があれば、ミミズを確実に倒せるだろう。

 しかし、万全の状態ではないムルにそんな無茶をさせてしまっていいのだろうか?

 躊躇うキャンに、ムルは真っ直ぐ視線を向ける。


「キャン、お前の力で、奴を引き付け、我の元まで……誘い込め」

「で、でも……」


 腕を掴むムルの手に込められた力が、強くなる。


「我ら二人なら、倒せる」

「ムル……」


 ――どうやら迷っている暇はないようだ。巨大ミミズはもう二人のすぐ目の前まで来ていた。


「……信じるぜ!」


 勇者キャンはミミズに向かって一直線に突っ込んでいった。安直すぎる動きに、ミミズが迎撃体勢をとる。キャンの攻撃を軽くいなして強烈な一撃を加えようという目論見だ。

 その考えを見切ったかのように、キャンはすんでのところで横に大きく跳んだ。


「ずっとやられっぱなしだと思うなよ、バーカ!」


 思惑が外れて焦ったのか、ミミズは頭部をキャンの方へ向けようとする。キャンはさらにミミズの背後へと跳んだ。その動きもつい追ってしまったミミズの身体は、無理に捻られたような状態に陥り、大きくバランスを崩した。


「おりゃーーーー!!」


 その横っ腹に勇者の頭突きが炸裂する。見上げるほどの巨体はあっという間に地面へと倒れ、辺りに土埃が舞った。


「う゛ぇっほえ゛っほ……ムル、いけるか!?」

「……もう少し」


 舞い上がった土埃でミミズの姿が確認できない。奴が動き出す前に、ムルの詠唱が終わるかどうか。


「頼むー間に合ってくれー!」


 キャンは顔の前で手を組み、一心に祈りを捧げている。

 その祈りも空しく、土埃の向こうで大きな影が動き出した。


「くっそー、もう一回!」


 キャンは再びミミズに狙いを定め、突っ込んでいった。

 ところが、今度はミミズが急速に間合いを詰めてきた。土埃のせいで視界が悪く、鼻も使えないキャンは一気に窮地に立たされる。


「キャン!」


 ミミズの巨体が勇者に迫る。だが勇者は、こんなことで動じない。


「オレに構うな!!」


 そう言うと同時に勇者の小さな体は宙高く放り上げられ、地面に叩きつけられた。


「キャン!!」

「構うんじゃねぇ!! 撃て!!」


 勇者は倒れたまま渾身の叫びを上げた。立ち上がれないほどのダメージを負った勇者に、ミミズがにじり寄っていく。


「……我に任せろ」


 ムルの詠唱が、完了した。


「石とともに地に伏すがよい」


 ムルの言葉と同時に、ミミズの身体は半分ほど地面に飲み込まれた。辺りには地鳴りが響き渡り、ミミズの体力が凄まじい勢いで削られていく。

 術が終わる頃、そこには体力が尽きて瀕死状態のミミズと、巻き込まれないよう死に物狂いでミミズから離れたキャンの姿があった。


「あ……あぶねー……」


 あんなものに巻き込まれてはひとたまりもない。


「無事か……?」


 いくら構うなと言われたとはいえ、さすがに遠慮なくやりすぎたと思ったのか、ムルが気遣わしげに近寄ってきた。その手を借りて立ち上がると、キャンは地面に横たわったミミズを正面に見据える。

 ミミズはまだ息があるようで、頭部をもたげ二人を攻撃しようと懸命にもがいていた。


「ムル、剣を」


 ミミズから目を離さないまま、キャンはムルに告げた。


「……」


 ムルは黙ったまま、勇者に剣を手渡した。その重みがずしりと勇者の手に、腕に、肩に、のしかかる。

 だが、やらねばならない。ここでこいつを見逃せば、またムルを危険に曝すことになる。

 ムルだけではない。この地底に暮らしているであろう他の地底民たちだっていつ襲われてもおかしくはないのだ。

 勇者キャンは歯を食いしばり、剣を両手で引きずりながら一歩、また一歩とミミズに近づいていく。そして、両腕に残る力のすべてを流し込み、剣を構えようとした。


 そこに、ムルの手が重なった。


「我も、ともに」


 キャンが頷く。

 二人は呼吸を揃え、剣を高く高く掲げた。


「「うおおおおおおっ!!」」


 二人の剣はミミズに断末魔を与え、やがて辺りには静寂が訪れた。勇者たちの勝利だ。


「や……や……やったぜーーーー!!」


 歓喜の雄叫びを挙げ、キャンはその場で仰向けに倒れ込んだ。つられてムルも倒れ込む。


「……よくやった、勇者」

「だろー? やっぱオレらって最強パーティだよなっ!」


 寝転がったまま満面の笑みで答えるキャンにやれやれと呆れつつも、ムルはムルで勇者を連れて帰ったら長老が喜びそうだな、などと考えていた。


 ところが、二人の束の間の休息は、けたたましい悲鳴によって脆くも崩れ去ることとなる。


「…………ぅぅぅうぎゃあああああああああ!!」


 その悲鳴は地底湖「石の涙」の方から響いたかと思うと、直後、とんでもない水音と見たこともないような高さの水しぶきが上がり、霧のように細かな水滴がキャンたちのいるところまで降り注いだ。


「新手かっ!?」

「いや、今の声は……」

「オレ見てくる!」


 いったいどこにそんな元気を残していたのか、キャンは勢いをつけて立ち上がり、石の涙へと向かっていった。


「あれって……まさか……」


 石の涙近くまで来たキャンの目に留まったのは、水面に浮かぶ二つの影だった。


「シマノ、無事?」

「し、死んだかと思った~~~~~~~~」


 そう、そこに浮かんでいたのは緑の機械少女と凡人である。


「ってかここ、どこだ?」

「分からない。一先ず陸地を目指すことを推奨」

「そうだな。地面(?)にも着いたし、早くキャンたちと合流しないと」


 シマノとユイはそのままキャンのいる方に向かって泳いでくる。突飛すぎる状況に頭が追いつかないものの、せめて声ぐらいかけておいた方がいいだろうか、とキャンは考えた。


「お、おーい……シマノー、ユイー」


 遠慮がちに名を呼びながらとりあえず手を振ってみる。その声を聞き取ったのか、ユイが突然こちらに向けてライトを点けた。


「眩しっ……って、目!?」

「シマノ見て。キャンがいる」

「ボゴッ……ガボゴボガボッ……(どこ? よく見えない)」


 ユイの目ライトに新鮮に驚くキャンと、全く動じないユイ、泳ぎに集中して余裕のないシマノ、湖から離れ一人待つムル。四人は程なく無事に合流することが出来た。


「あとはニニィだけか……無事だといいんだけど……」


 シマノは呟きながら、自分の落ちてきた遥か上方をじっと見つめた。


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