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第21話:作戦開始!

 獣の町近くの採掘所で、シマノたちは見上げるほどの大きさに育ってしまった竜巻と対峙している。


「まずいぞ……これ……」


 シマノがぼそりと呟く。これだけ大きい竜巻に万一巻き込まれでもすれば、間違いなく無事では済まない。


「ムル、石の壁で全員を守れないか?」

「厳しい。壁を作れても範囲が広すぎる。石が足りず強度不足に陥るだろう」

「なら、あれは? 『石とともに地に伏すがよい』ってやつ」

「あれは実体なきものには効かぬ」


 これでまず、ムルの術で切り抜ける方法が消えた。次なる手を考えるシマノに、ユイが何かに気づいた様子で声をかける。


「待ってシマノ、ムル。今なら魔物が見える。竜巻の中心を見て」

「えっ、マジ!?」


 シマノとムルが夢中で目を凝らすと……


「……見えないんだけど」

「よく見て。中心に、いる」


 改めて目を凝らすと……


「ごめん俺には見えないっぽい」

「我もだ」

「あ、あたしも」


 ムルだけでなくいつの間にか隣に来たニニィまでシマノに同意している。一方キャンは、自分なら見えるに決まっている、と必死で一生懸命目を細めたり見開いたりを続けているが、成果は得られていないようだ。

 ユイは数秒思考を巡らせ、ある提案を持ちかけた。


「みんな聞いて。私に見えるということは、今、奴には物理攻撃も通る可能性が高い」

「おっ! キャン様の出番ってことだな! よーし待ってろ風の魔物……」

「しばらく黙って」

 ユイの容赦ない制止に、キャンは尻尾と耳をしょんぼりと垂らし落ち込んでいる。

「でもでも、風で弾かれちゃわない?」

「そう。だから……」

 ユイは真っ直ぐ、頭の上に右腕を伸ばし、空に人差し指を向けた。


「上から叩く」


 皆ユイの指のさす方に合わせて空を見上げ、そしてユイに視線を戻す。

「なるほど! 問題は、どうやってあいつの頭上から攻撃するか。だな」

「ユイの発射機でいけるんじゃない?」

「可能性はほぼゼロ。竜巻の風で制御困難」

「同じく、我の石も難しいだろう」

 せっかくのユイの提案だが、実現するのはかなり大変そうだ。ユイ自身にもそのことはわかりきっていたらしい。

「みんな、ごめんなさい。私、余計な事を言ってしまった」

 そう言って俯いたユイの表情は、心なしか曇っているように見える。


「大丈夫、ここは俺に任せて」


 シマノの言葉にユイは顔を上げた。皆もシマノに注目している。シマノは一つ深呼吸をした――大丈夫、考えるのは俺の仕事だ。今使える手をフル活用して、あいつの頭上にでっかい一撃を叩き込んでやる。


「ユイはフルグルの詠唱を。ムルとニニィは今から説明する。キャンは……キャン! 勇者にしか頼めないことがあるから今すぐこっち来て!」

 シマノはムルとニニィ、そして尻尾を振りながら駆け寄るキャンに手筈の説明を行う。

「……以上。敵はいつ動き出すか分からない。俺も集中して見ておくけど、みんなも注意は怠らないで」

 三人が頷く。ユイに視線を送ると、詠唱完了の合図が返ってきた。


「作戦開始!」


 シマノの号令と同時に、ユイが雷の初級呪文「フルグル轟け」を魔物の頭上から浴びせた。魔物の顔マークが楽しそうな口笛顔から苦しそうな痺れ顔に変化する。麻痺だ。これで少しの間魔物の動きを止められる。

 シマノは念のためウインドウを開き、魔物が麻痺状態になっていることを確認した。状態異常の効果により、竜巻の勢いが僅かに弱まっていく。


「よし! ムル、頼む!」

「行くぞ」


 ムルが持てる魔力の全てを一点に結集する。すると、ムルの目の前の地面から大きな岩が生えてきた。岩は魔力を送られ周囲の石を取り込み、どんどん高く長く伸びていく。あっという間に竜巻の背丈を軽く追い越す高さの、岩の簡易飛び込み台が出来上がった。その頂上に、ダガーを構えたニニィがいる。


「ニニィ今だっ!」

「任せて♡」


 ニニィが台から竜巻の中心を目掛けて飛び込んだ。麻痺のエフェクトがかかっているおかげで、ニニィにも辛うじて敵のいる位置が把握できる。あとは敵が動き出さないことを祈るのみだ。シマノは敵の顔マークを固唾を呑んで見守る。ニニィがあと少しで竜巻に突入する、まさにその時、顔マークが怒りながら口を尖らせ息を吹く顔に変化した。

「ニニィ危ない!」

 弱まっていた竜巻の勢いが急激に増していく。小柄なニニィは暴風に煽られ、ダガーは魔物の身体に浅く切り傷を付けただけだった。

「きゃぁーっ!」

 ニニィは高く宙に飛ばされ、そのまま地面へと落下していく。魔物は怒りに任せ、竜巻をニニィの落下地点へと移動させ、確実に仕留めようと待ち構えている。このままでは危険だ。


「オレに任せろっ!!」


 岩の飛び込み台から勇者の声が響く。シマノの依頼で「いざという時颯爽と現れ、魔物にカッコよくとどめをさす」べく隠れて待機していたキャンの姿がそこに在った。


「とうっ!!」


 勇者キャンは台から飛び出し、ニニィの落下地点へと向かう。ムルが小さな石の足場を作り、勇者の移動を支援する。そして勇者は落ちてきたニニィを見事受け止めた。


「大丈夫かっ!!」

「ありがとぉ~~~~怖かったぁ~~~~!」


 半ベソで勇者にしがみつくニニィをそっと下ろし、勇者は剣を抜き、真っ直ぐ眼下を見下ろした。ニニィの与えた切り傷で姿を隠すことが出来なくなった、哀れな魔物の姿が良く見える。その視界の片隅で、地上の凡人が何か叫んでいる。


「決めろ、勇者キャン!」

「もちろんだっ!!」


 言われるまでもない、と頷き、勇者キャンは風の魔物目掛けて思い切り飛び込んだ。持ち前の敏捷性で勢いをつけ、風の抵抗を受けないよう柔軟な身体を真っ直ぐ伸ばし、剣の重みを活かして飛ばされないよう耐え、勇者はその一撃を風の魔物の脳天に叩き込んだ。


ソル・フィーロオレが考えた最強の剣技!!」


 けたたましい悲鳴とともに、魔物の身体が崩れ去っていく。戦闘終了、勇者キャンと仲間たちの勝利だ。


「イエーーーーイ!! オレ、やったぜーーーー!!」


 キャンは飛んだり跳ねたり転げたり、溢れだす喜びを全身で表現している。ニニィも無事地面に下り、一行は難しい戦いの緊張感から暫し解放された。


「LEVEL UP」


 さて、ボス戦後のお楽しみだ。シマノの眼前に半透明のウインドウが開き、パーティメンバー全員のレベルが上がったことを示す。仲間たちと比べると、やはりシマノのステータスの上昇値は極端に低い。だが、そんなことより大事なのはこれだ。


「『TREE』

新しいスキルを習得しました」


「よっしゃー久々の新スキル! 待ってました!」


 スワップ以来の新スキルにワクワクが止まらないシマノ。ユイが隣に来て声をかける。

「おめでとう、シマノ」

「ありがとう。さてさて、どんなスキルかなー」

「クエストの完遂が優先。酒場に帰って報告しないと」

 ユイの指摘通りだ。帰って報告するまでがクエストである。

「確かにそうだな。よーし、みんな帰るぞー」

 シマノは全員に声をかけるべく辺りをぐるりと見回した。すると、一瞬、視界に何か映るはずのないものが映った。


「ん?」


 改めてそちらに注目する。それは、岩と岩の合間にぽっかりと口を開けていた。


「亀裂……?」


 そう、亀裂だ。しかしただの亀裂ではない。まるで空間自体がそのまま裂けてしまったかのような、「無」の亀裂としか言いようのない異様なものだった。

「シマノ、あれって……」

 ユイにも見えているようだ。その亀裂の先には本来あるべき岩も空も何もなく、代わりに青や黒、緑色といった配色のドットがランダムに並んでいる。明らかにこの世界に存在してはいけないタイプの亀裂である。


「バグ……だよな」


 何らかの要因でテクスチャがバグってしまったのだろう。恐らくだが、触ってしまうと大変なことが起きるに違いない。

「怖……ユイも絶対触らないように気をつけて……」

「了解……」

 恐る恐る距離を取るシマノとユイの横を、猛烈なスピードでキャンが駆け抜けていく。

「見たかシマノ~! 勇者キャン様の大活躍を~!」

 そしてそのまま、亀裂の中へと突っ込んでいった。

「あっ」

 完全に止め損ねた。キャンの声は亀裂に突入した途端聞こえなくなり、その姿もどこにも見当たらない。


「ちょろちょろ走り回るな。さっさと帰るぞ」


 何ということだ。まるで亀裂など見えていないかのように、キャンを捕まえて早く帰ろうとムルも続いて飛び込んでいく。


「行くな!! 止まれ!!」

 シマノの叫びも伸ばした手も虚しく、二人は亀裂の向こうに姿を消してしまった。まずいことになった。と同時に、小さな手が裾を引っ張る感触。振り向くと、ニニィが今にも泣きそうな顔で縋りついている。

「ねぇ何今の!? なんで二人ともいきなりパッて消えちゃったの!?」

「……もしかして、ニニィはあれ見えてない?」

「あれって何? 何にもないじゃない」

「……やっぱり」

「キャンとムルにも見えていない可能性あり。あの亀裂は、私たちにしか視認できないものかもしれない」


 急に目の前で仲間が消えて混乱するニニィを宥めつつ、シマノたちは自分たちに見えている亀裂のことを説明した。

「そんなことって……」

 ニニィもすぐには受け入れられない様子だったが、とにかく今の状況を理解はしてくれたようだ。

 シマノたち三人は、暫しキャンとムルが戻るのを待ってみる。だが、やはり二人は姿を現さなかった。

「行くしかない……よな」

 ユイとニニィがゆっくりと頷く。亀裂に触れるのは危険極まりないが、かといって二人を置き去りにするわけにもいかない。

 シマノはそっとウインドウを開く。キャンもムルもまだパーティメンバーとして存在している。つまり、亀裂に入るだけで死んだり存在が消滅したりすることは無いというわけだ。ここは一か八か、賭けてみるしかない。

 シマノ、ユイ、ニニィは意を決して亀裂に足を踏み入れた。


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