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第19話:オレら最強パーティだから!

 自称勇者の獣人キッズ「キャン」が加入し、いちだんと賑やかになったシマノたち。一方、酒場の面々もシマノたちに負けず劣らず賑やかさを増しているようだ。

「おう、チビ! 今日の勇者ごっこはずいぶん賑やかだな!」

 キャンに絡んできたのはカウンターで豪快に酒をあおっている虎の獣人だった。座っているのでわかりづらいが、その身体はかなり大きそうだ。足元に置かれた大剣だけでも既にシマノぐらいの大きさがある。とてもではないが獣キッズとその仲間たちが喧嘩を売っていい相手ではない。

「チビじゃねーし『ごっこ』でもねーし! 今日は『クエスト』を受けに来たんだぜ!」

 キャンの発言に、酒場全体が水を打ったように静まり返る。子ども特有の怖いもの知らずでとんでもないことをやらかしてしまったのでは、と気が気でないながらもシマノは黙って様子を見守った。


 次の瞬間。酒場がどっと大笑いに包まれた。

「残念だったなチビ、ここのクエストは一人前の獣の戦士専用なんだ」

「ほれほれ、小遣いならおっちゃんがくれてやるからな。チビはママんとこに帰んな」

 酒場の大人たちはキャンの言うことを全く真に受けていないようだ。

 だがキャンだって負けてはいない。むしろ堂々と腕組みをし、得意気にふんぞり返っている。

「オレだってもうパーティ組んでるし、一人前の勇者だぜ。見よ! 勇者キャン様の仲間たちを!」

 キャンは威勢よく紹介してくれたものの、残念ながら仲間たちの内訳は

 1.自称大人のおねぇさん

 2.フード被ったちびっこ

 3.機械少女

 4.凡人

 ムキムキの獣の戦士たちと比べたらおままごとと言われても仕方ないメンバーなのである。酒場は再び大笑いに包まれ、見ていたシマノはもう恥ずかしくて堪らなくなった。

 とはいえ、さすがにユイや他の仲間たちも含めて笑われていると思うと少しずつ腹が立ってくる。いくら相手がキッズだからってさすがに馬鹿にしすぎじゃないのか。だいたい獣の戦士とやらが本当にそんなに強いのか? 素手で熊を裂く従者みたいな恐ろしい相手ともまともに渡り合ってくれるのか?


「シマノ、これ」

 苛立つシマノにユイがそっと声をかけた。その手には一枚のクエスト依頼書が握られている。

「! これって……」

 シマノはユイから依頼書を受け取ると、そのまま酒場のマスターらしき人物の前に行きカウンターに勢いよく叩きつけた。


「このクエスト、俺たちが受注します」


 酒場のマスター――鴉の獣人は器用にグラスを持ち、そのグラスに付いた埃を自らの羽で丁寧に払いながら、眼前の凡人に鋭い視線を向けた。

「……採掘所の魔物討伐、か」

 シマノがユイから受け取った依頼書。それは町の近くの採掘所に出る「風の魔物」の討伐依頼だった。採掘所のクエスト、つまり報酬に鉱石をゲットできるというわけである。魔物討伐で経験値を稼ぎつつ馬鹿にしてくる大人たちを黙らせ、さらに、ここに来た目的の一つである鉱石の入手を達成することまでできる。おいしすぎるクエストだ。凡人による突然のクエスト受注申請に酒場の獣たちも少しどよめく。


「それは実績のないパーティには出せん。却下だ」


 マスターの身も蓋もない返答にシマノはぐっと言葉を詰まらせる。酒場ではまた一笑いが起き、キャンが悔しそうに下を向いているのが見えた。駄目だ、このままここで退くわけにはいかない。すると、ユイがシマノの隣に立った。


「実績なら、ある」


 酒場の全員がユイの言葉に意識を向けている。


「シマノは、ラケルタのバルバルを一人で倒した」


 酒場全体に動揺が走った。どうやらラケルタの森のボス・バルバルの強さは獣たちの間でも有名なようだ。このひょろっとした人間が? 冗談だろ? といった声があちこちで飛び交っている。

 何より一番動揺したのがシマノ本人だ。確かにバルバルは倒したが、とどめを刺したのはユイだ。あれは決してシマノ一人の力ではない。

 だが、酒場の獣たちには効果てきめんだったようだ。これはもうこのままいくしかない。


「それだけじゃないわよ。あたしたち、地底でこの酒場よりおっきい蜘蛛を倒したんだから♡」

「王城に潜入し、王族と密かに接見したこともある」


 どれもおおよそ嘘ではないが、かなり話を盛っている。こんなハッタリが本当に通用するのかとシマノは一人胃を痛めていた。


 ドンッとジョッキを手荒くカウンターに置いた音が響く。酒場の動揺が一瞬で静まり、緊迫した間が流れていく。音の主は、ゆっくりと席を立ち、足元の大剣を拾い持ってシマノの前に立ちはだかった。

「俺ぁ一度バルバルとった。あいつは強え。こんなヒョロガキに負けるはずがねえ」

 先ほどキャンに絡んできた虎の獣人だ。真正面からシマノを見下ろし、怒気を孕んだ眼で睨みつけている。ユイがすぐ隣に立っていてくれるものの、正直言って怖すぎる。だが、ここは耐えるしかない。それに、だいぶ話を盛ったとはいえ、バルバルを倒したこと自体は紛れもない事実なのだ。


「下がれ。この店で揉め事は禁止だ」


 酒場のマスターが落ち着いた声で虎の獣人を制した。獣人は一切納得していない様子ではあったが、大人しくマスターの言うことに従い席に戻っていく。今までの賑わいはどこへやら、酒場には重苦しい空気が充満し、皆どこか気まずそうな様子に見える。その雰囲気をぶち破るかのように、キャンが元気よくシマノに話しかけた。

「シマノ、すっげー! こんなひょろっひょろなのに、実はつえーんだな!」

 どうやらこの子どもは完全に騙されてくれたようだ。うんうんと頷きながら一人で話を前に進めている。

「やっぱ勇者キャン様の仲間はそうでなきゃな! オレたちこそ世界最強超完璧ナンバーワンパーティだぜ!」

 アホだ。このキッズはアホなのだ。シマノは心からそう思った。そしてキャンの勢いは止まらない。

「おやっさん! オレら最強パーティだからクエストやらせて!」

 キャンの荒唐無稽な頼みにも、おやっさんこと鴉のマスターは冷静さを崩さず首を縦に振らない。が、隣で聞いていた虎の獣人はついさっきまでの諍いも忘れ大声で笑い出してしまった。

「ガッハッハッハ! チビにはかなわねえな!」

 虎の獣人は改めてシマノに向き直る。その眼の中に怒気は見受けられなかった。

「さっきはいきなり疑って悪かったな」

「いえいえ、俺の方こそすみません」

 冷静に考えたら謝る必要もないのでは、と頭の片隅で思いつつ、シマノはとりあえずその場を凌ぐことを優先した。

「おやっさんよぉ、その依頼、チビどもに受けさせてやってくれねえか」

 虎の獣人の発言にシマノたちは驚き喜ぶ。一方、鴉のマスターは眉をひそめたように見えた。

「正気か?」

「このシマノってやつはバルバルを倒してんだろ。なら、こんな依頼朝飯前のはずだ」

 何だかハードルだけがどんどん高くなっている気がして、シマノの胃がまたキリキリと痛み出す。そんなシマノを一瞥し、マスターは数秒の思案の後とうとう首を縦に振った。

「良いだろう」

「よっしゃぁーーーー!!」

 キャンは尻尾をブンブンと振りながらそこらじゅうを跳ね回り、全身で喜びを表現している。獣人たちからは次々と良かったなチビ、頑張れよチビ、と野次が飛び、その度にキャンは「チビじゃねーし!」と逐一反応しているようだった。


 何はともあれ、無事目的のクエストを受注できたシマノたち。マスターから目的地と依頼内容を改めて聞き、一行は町の近くにあるという採掘所に向かっていく。

「採掘所ってことは……また暗いとこ……」

 ニニィのテンションが露骨に下がる。それを見ていたキャンがきょとんとした顔で言う。

「採掘所は山の上の方だぜ?」

 意外だった。地上でも良質な鉱石を採ることができるのか。そしてその意外さのあまり、シマノは重大な事実に気づくのが遅れた。

「ん? 山の上? ってことはつまり……」

「ここが登山口な! 勇者キャン様にはぐれずついてこーい!」

 そう、登山だ。シマノたちはここからいきなりゴツゴツした岩山を登っていかなくてはならない。

「嘘だろ……?」

 果たしてシマノは凡人スペックで無事採掘所まで辿り着くことができるのだろうか。そして結局前衛適職者不在のこの状況をどう打開するか。課題を残したまま、彼らは次なる戦いに身を投じていく。


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