「パーティのバランスが悪すぎる」
山岳地帯へ向かう道中、シマノが徐に言い放った言葉がこれである。
「ガッツリ前に出てみんなの盾となり矛となってくれる、頼もしい戦士が今、必要だ」
「……と言われてもねぇ」
ニニィは頬に手を当て、困ったような顔をしてみせた。今いるメンバー四人の中に、どこをどう見たって頼もしい戦士なんていやしないのだ。
かといって、外から調達しようにもシマノたちは大逆人として追われる身。今だって、日が沈むのを待ってから人通りの少なそうな林の中をコソコソと北上している最中である。
「前方に魔物の影あり。四十秒後に接敵予想。夜型の強化タイプ。警戒が必要」
「よっし、貴重なレア素材チャンスだ!」
「声を落とせシマノ」
このような調子で夜限定の魔物から貴重な素材を調達しながら、シマノたちは少しずつ北方の山岳地帯へと近づいていった。
「じゃあ、『獣の町』に行ってみない?」
魔物をあっさりと討伐したもののレア素材が落ちなかったことに肩を落とすシマノの前で、ニニィがウインクしながら提案する。
「獣の町?」
「名前の通り、獣人たちが暮らす町よ。ガッチリたくましくって、しっかり頼れちゃう、りっぱな獣の戦士に会えるかも♡」
「おお……!」
ニニィの言葉にシマノはレア素材のことなど一瞬で忘れ、思わず目を輝かせた。
「その獣の町とやらに追手は現れないのか?」
「だいじょうぶ♡ 彼らは王都の言うことなんて全然聞かないの。追手が来ても門前払いよ」
怪訝そうに問いかけたムルもニニィの答えに納得したようだ。話を聞いていたユイがこくりと一つ頷く。
「行ってみよう、シマノ。町でゼノのアジトを攻める作戦も練っておきたい」
「よ~し、獣の町で屈強な戦士をゲットするぜ~!」
「だから声を落とせシマノ」
ムルに叱られ、ニニィに笑われ、ユイにフォローされ、逆に情けなくなり、何だかんだ和気あいあいとした雰囲気で一行は山岳地帯の麓の外れ「獣の町」へと向かっていった。
遠くに獣の町が見えたころにはすっかり夜も更けるを通り越し、ほんの少し夜明けに近いぐらいの時間帯となっていた。シマノたち一行は町の近くで一度キャンプをして仮眠をとり、朝日が昇るのを待ってから町を訪れた。
「こ、これが……獣の町……!」
何ということだろう。獣、獣、獣。朝一だというのに、町は見渡す限り大柄で屈強そうな獣人の戦士で溢れかえっている。どうなっているんだこの町は、とシマノは目を丸くする。見渡す限り、狼や熊、虎や獅子といった強そうな獣ベースの獣人だらけだ。
彼らはただ獣耳が生えている程度ではなく、森で出会ったリザードマンたちのように「獣がそのまま服を着て二足歩行している」タイプである。夜行性の動物もいるが、まあその辺りは深く考慮されていないのだろう。シマノより背が高くがっしりとした身体つき。きっと腕力や脚力も獣級で、凡人のシマノではまるでお話にならないぐらい優れているのだろう。
この中から、仲間になってくれそうな戦士を見つけ出さなくてはいけない。
「わぁ……すげー……いっぱいえらべる……!」
あまりにも選択肢が多すぎてシマノの思考レベルおよび語彙力が大幅に低下したようだ。
「こっちが選ぶだけじゃなくて、あっちにも選んでもらわなくちゃ、ね♡」
ニニィの言う通りだとシマノは気を引き締め直し、少しだけ背筋を伸ばして町の酒場へと足を向けた。
「酒場って朝から開いてんのかな」
何とも間の抜けた疑問を口走りながら歩いていると、
「待てぇいっ!!」
シマノたちの前に、一人の獣人が立ちはだかった。明るい茶色の体毛に、三角の耳がぴんと立ったいわゆる日本犬タイプである。咄嗟に警戒する一行……その警戒は、程なくして解除される。
「……えっと、何の用かな?」
シマノが獣人と目線を合わせるようにかがんで問いかける。そう、勢いよく立ちはだかったその獣人は、子どもだったのだ。
「ガキ扱いすんなバーカ!」
随分と口の悪い子どもである。苛立ったシマノはあえて子ども扱いを崩さないまま話しかけ続ける。
「あのね、おにいさんたちは酒場に行って強い仲間を探したいんだ。ボクみたいな子に構ってる暇ないんだよね、ごめんね」
「やっぱり。この勇者キャン様の仲間になりたいんだな?」
獣人の子どもはうんうんと腕組みをして頷いている。よくわからないが、彼の中ではシマノたちは自分、すなわち勇者キャンの仲間になりたがっているという設定らしい。あまりぞんざいに扱うのも可哀想だが、これ以上ごっこ遊びに付き合ってやる道理もない。
「ごめんねー急いでるんだーまた今度ねー!」
一方的な棒読みでさっさと立ち去ろうとしたシマノであったが、キャンは獣人ならではの素早さを活かし回り込んでくる。
「そういうことなら仕方ねーなー! おまえら全員、オレの仲間にしてやるぜ!」
どういう理屈でその結論に至ったのか。どこか得意げにしているキャンの様子に、シマノは心底うんざりしてため息を吐いた。
「だーかーらー、キッズに用なんて無」
「JOINED」
半透明のウインドウが開き、パーティメンバーが増えたことをシマノに知らせる。
「……へっ?」
シマノが慌ててステータス画面を確認する。いる。パーティメンバーの一覧にしれっとキャンが追加されている。
「こうして勇者キャン様の冒険の物語は、四人の仲間とともに幕を開けたのだった――」
「いや何ナレーション入れてるの!? 困るよ!?」
急いでウインドウを閉じ、キャンに一刻も早く離脱するよう説得しようとすると、ユイがスッと間に入ってきた。
「シマノ、小さい子に大きな声を出したら可哀想」
予想外の事態だ。ユイはこの獣キッズの肩を持つつもりなのか。
「おねーさん、さすが! シマノも見習えよー」
キャンはユイの背後からちらりとこちらを覗き、べーっと舌を出している。
「こんのガキ……!」
額に青筋が立ったシマノを、ニニィがまぁまぁ、と宥める。
「いいじゃない、ちょっとぐらい勇者ごっこにつきあってあげましょ」
ニニィはあくまでも「一時的なごっこ遊び」だと思っているようだ。ユイも同じように考えている可能性がある。一時加入じゃないんだよなぁ、とシマノは嘆くものの、ではいったいどうやって説明できるだろうか。追い込まれたシマノは最後の希望とばかりにムルの方を振り向いた。
「……話は済んだか? 行くぞ」
完全にスルーである。一人呆然と佇むシマノを置き去りに、他の仲間たちは酒場へと向かっていった。
「おーい置いてくぞーシマノー!」
早くもパーティに溶け込んだキャンがシマノに声をかけてくる。
「くっそー……覚えてろよ……」
シマノも渋々四人の後を追い、酒場へと向かった。
酒場は朝から元気に営業中だった。シマノはさっそくキャンに変わる新たな戦士の仲間探しと、ゼノや鉱石についての情報収集に励むこととする。
「とはいえ、このメンバーで酒場にいるの、ちょっと気が引けるなぁ」
今のシマノたちはさながら小学校の引率、といったところだ。せっかく獣の町に来たというのに、こんなはずでは……とシマノは頭を抱えた。ユイがシマノを慰めるように声をかける。
「とにかく今は情報収集」
「そうだな。と、その前に」
ユイが貼りだされたクエストの依頼書を確認しに行き、一人残されたシマノはこっそりウインドウを開き、キャンの装備やステータスを確認してみることにした。
キャンは勇者を自称するだけあって、きちんと剣を装備し、軽いものではあるが防具も身に着けていた。勇者か、とシマノは地底民の長老の顔を思い浮かべた。自称とはいえ勇者を連れて行ったら喜んでくれるかもしれない。ユウシェ……の声が脳内再生され、シマノは思わずニヤリとしてしまう。
「ステータスは、と…………ん?」
少し長い沈黙の後、シマノは一度ウインドウを閉じた。一つ深呼吸をし、もう一度ウインドウを開く。
「…………んん?」
やはりおかしい。おかしいのは、自称勇者であるキャンのステータスだった。力や防御といったおおよそ前衛職に必要となるステータスが軒並み低いのだ。
「どういうこと?」
さらにシマノはステータスを見ていく。キャンは前衛向けの値が低いのと引き換えに、魔力や精神力といった値がかなり高めに設定されていた。
「ヒーラーの方が向いてる?」
なんとキャンはよりにもよって最も適性のない勇者を志していたのだ。
「よし、即ジョブチェンジだ」
シマノは早速ジョブ変更用のボタンがないか探す。
だがふと、探す指先を止めた。もしこれが単なるゲームなら、何も気にすることなくボタン一つで簡単にジョブ変更していただろう。ところが、この獣キッズはこの世界で生まれ育った一人の獣人なのだ。シマノだって、何の因果か今この世界で生きている。一人の子どもの人生を、自分勝手な都合で弄ってしまっていいはずもない。
「けど明らかに向いてないんだよなぁ」
しばらくはスワップで何とかするか、と心に決め、シマノは仲間たちとともに情報収集および戦士探しに加わるのだった。