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第17話:黒い本

 地底を抜け、再び地上へと舞い戻ったシマノたちが浴びたのは、日の光ではなく穏やかな月明りだった。


「とりあえず、宿だな……」


 時間の経過を感じた途端、どっと疲れが押し寄せてきたように感じ、シマノは仲間たちとともに真っ直ぐ宿へと向かうことにした。

 知の街サピの中心には巨大図書館が聳え立っており、今も館内では明かりが灯されているのが並んだ小さな窓から見て取れる。

「24時間営業ってことですか……強いな……大都会だ……」

 眠気と疲れでよくわからないコメントを漏らすシマノに、ユイが首を傾げている。だがニニィにもムルにもそこにツッコミを入れる余裕がない。疲れすぎた一行はフラフラと先を急いだ。


 次の日。ふかふかのベッドでぐっすり眠ったシマノは元気いっぱいになった。ニニィたちもすっかり元気を取り戻したようだ。ユイは昨日から特に変わらず平然としている。

「おっし! それじゃあ行ってみますか、図書館!」

 シマノたちは早速巨大図書館へと足を踏み入れた。


「ハーイ♡ アルカナの叡智の真髄、サピ中央図書館へようこそ~♡」


 エントランスで出迎えてくれたのは、ファブリカギルドの受付嬢にそっくりなピクシーのお姉さん(仮)だった。

「えっ、あれっ? ファブリカにいましたよね?」

「双子か?」

 シマノとムルが次々と疑問を口にする。お姉さん(仮)は二人の様子に思わず笑いながら答える。

「やだ他人よ~! そっかぁ、あっちにも頑張ってるコがいるのねぇ~」

 本当この一族どこにでもいるしそっくりなのな、とほんのり感心するシマノであった。まあ、ゲームで同じ見た目のモブキャラが様々な街にいるのは、あるあるとはいえるのだが。


 お姉さん(仮)司書の案内で、図書館のおおよその構造を把握したシマノたち。

「シマノ、この図書館で情報を集めることを推奨。王都の目的がわからないと、私たちには打つ手がない」

「それ、あたしも賛成~」

「決まりだな。我は字が苦手だ。音や声の記録がないか調べてこよう」

「じゃああたしはについて、最新情報を探ってみるわね」

「了解。私は鉱石について調査する。シマノはアルカナの歴史について、『すべてのおわり』の手掛かりがないか調べて」

 三人はテキパキと話を進め、各々調査に進んでいった。一人置いてきぼりのシマノは、仲間の優秀さに喜び半分戸惑い半分、とりあえず歴史書の置かれたフロアへ向かうことにする。


「歴史って言われてもなぁ……」

 シマノは一人、歴史書を扱うフロア……には特にめぼしいものがなかったため、地下の書庫をだらだらと歩き回っていた。目的もなく、ただ時間を潰すだけの歩行。書棚に手を伸ばすことすらしない。

「たぶんそうなんだろうとは思ってたけどさ……」

 そう言って徐に手を伸ばし、書棚に触れる。その手は書棚の表面に触れただけで、並んだ書籍を掴むことが出来なかった。

「ただのテクスチャなんだよな、これ」

 要は本棚の写真を貼った巨大パネルのようなものである。この巨大図書館は見かけこそ壮大だが、一歩中に入ってしまえばこの通りハリボテだらけだった。もっとも、ニニィたちアルカナ住民は自在に本を手に取れるのかもしれないが。

 あてもなく書庫を徘徊していたシマノの目に、ある一冊の本が留まる。黒。何も書かれていない、ただ真っ黒なだけの背表紙が、テクスチャ張りの書棚の中でひときわ異彩を放っている。さすがにこれは手に取れるだろう、とシマノはその本に手を伸ばした。

 伸ばした指先が本に触れた瞬間、シマノの脳裏に「何か」が流れ込んできた。思わずよろめき本棚にもたれ、シマノは必死にその「何か」と対峙する。それは短く、それでいてやけに鮮明な、映像だった。


 暗い部屋。窓の外も暗く、時計を見るととうに日付変更済みの深夜であるらしい。そんな部屋の隅で、四角いモニターが煌々と輝いている。モニターの画面は黒く、その中で白く小さな文字列が次々と打ち込まれているのが見える。それらの文字を打ち込んでいるのは――モニターの前に座って、猫背で食い入るように画面を見つめながら、無心にキーボードを叩く一人の男。

「……俺?」

 シマノの脳裏に流れ込んだその映像は、恐らく現代日本にいたころのシマノが暗い部屋でたった一人、PCに必死で何かを打ち込んでいる様子だった。映像の視点はそのシマノの背後から、部屋を俯瞰するように広がっている。部屋にはシマノ一人しかいないようで、そばにはエナジードリンクの空き缶が二、三本転がっており、シマノ自身は終わらねぇ……早く……などとブツブツ呟きながらPCに文字列を打ち込み続けていた。

「もしかして俺……IT系の社畜……?」

 理系の大学生という線もあるが、何にせよあまりにも冴えない自身の姿にシマノは呆然とした。この分だと、過労で倒れて意識が戻らずこっちの世界アルカナへ、ということも十分あり得る。

「だとしたら、もしこのゲーム世界を攻略しちゃったら、俺どうなるんだ……?」

 というか、元の世界に戻ってもあの状態なら、いっそ戻らない方が幸せなんじゃないか、とシマノは考える。何だか魔王討伐のモチベーションが低下してしまったが、とりあえず今は適当に歩いて時間をつぶして、ゆっくり仲間たちの元へ戻るとしよう。


 ついでに、と思ったシマノは手をかけた黒い本を棚から引き出し、表紙を開いてパラパラとページをめくってみた。その本は中のページも全て真っ黒で、めくれどめくれど黒が続く。嫌気がさしたシマノは雑に残りのページをめくりきって本を閉じようとした。その一番最後のページに目が留まる。何か、書かれている。

「これって」

 そこに載っていたのは、小さな写真の隣に幾ばくかの文字情報。パッと見た感じだと、セーブデータのようだ。よく見ると、写真はラケルタの森を写している。文字情報にはシマノの名とレベル、さらに、

「『カナミ』……?」

 ユイではない、全く別の名前が記されていた。いったいどういうことなのだろう。

「名前変更か? そんなタイミングあったっけ?」

 暫しラケルタの森での出来事に思いを馳せてみるが、名前変更できそうなタイミングなどなかった。ということは、このセーブデータはもしかするとキャラクターの名前がまだ古いバージョン、ベータ版のようなものかもしれない。

「いや、こっちが古い可能性もあるのか……? とにかくちょっと気になるな……」

 試しに触ってみるかと指を伸ばしながらも、すんでのところでシマノは思いとどまった。

「だいぶ、序盤だな」

 もし、このデータが読み込まれてしまったら。これまでの努力が水泡に帰してまたバルバルを沈めるところからやり直しになるかもしれない。何せ今の進行状況がきちんと保存されているとは限らないのだ。少なくともこの本にはこの序盤のデータしか載っていないのだから。

「さすがにリスキーすぎるか」

 シマノはそっと本を棚に戻し、仲間たちの元へと向かうことにした。


「じゃあまずはあたしからね」

 エントランスに戻ると、他の仲間たちは既に集合していた。だらだらしすぎたかと慌てて輪に加わり、ゼノの話をするから人目を避けようと全員で図書館内の貸し会議スペースに移動し、そして今に至るというわけだ。


――ゼノについて。古い文献から最新のニュース、ついでにその辺の人から噂盗んだりもしてみたけど……これといった収穫はなかったわ……」

 ただ、とニニィが言葉を続ける。

「構成員はじわじわ増えてるみたいね。あたしたちが戦ったような幹部じゃなくて、いわゆる下っ端の構成員ならもうどの町にもいると考えていいかも」

 ひえ~とシマノが気の抜けた小さな悲鳴を上げる。王族誘拐の罪で追われてただでさえピンチだというのに、ゼノの相手までしないといけないのか。

「ゼノについては我も構成員らしき人物を見かけた。王都に不満がありそうだった」

「王都に反感を抱いた人を狙って、ゼノは勧誘しているのか?」

「そこまではわからぬ。ちなみに音や声の記録は古い時代の民謡や物語の朗読だらけで、我らの求めるものは無かった」


 これでニニィ、ムルの報告が終わりである。今のところは大した情報の収穫がない。

「では私から。まずファブリカの職人には、私の身体が完全には修理できていないと聞いている」

「そうなの!?」

 驚くシマノに、もうちょっと声抑えて~と同じく驚きを隠せない様子のニニィが注意する。ユイは相変わらず淡々としてはいるが、どことなく申し訳なさそうにも見える。

「黙っていてごめんなさい、シマノ。私の修理にはより質の高い鉱石が必要。だからここで鉱石について調べることにした」

 そういうことだったのか、とシマノは納得した。ユイがさらに続ける。

「上質の鉱石はここよりさらに北。山岳地帯で採掘可能」

「ん? 山岳地帯? それって……」

「ゼノのアジト♡」

 地底に向かうよりさらに前、ニニィがゼノ幹部の男から盗った情報である。今シマノたちがいるサピは王都より少し北にあたる。マップに星マークで示されたゼノのアジトに、いつの間にかだいぶ近づいていたようだ。


「行くしかないってやつだな」

 目指すは北方の山岳地帯、そしてゼノのアジトだ。


「ねぇねぇ、シマノがゲットした情報は?」

 このまま見過ごしてもらおうとしたシマノの企みは脆くも崩れ去った。

「あー、ごめん! なんか全然だった!」

 現代日本のことならまだしも、さすがにセーブデータのことを共有するわけにはいかない。ここは勢いで謝ってごまかしてしまおう、と考え全力ですっとぼけるシマノであった。


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