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第15話:スワップ! スワップ!

 スワップの発動音と同時に、新たなウインドウが開いた。ステータス画面だ。どうやらこの画面上で何か操作を行う必要があるらしい。

「ステータスを選べってことか?」

 とにかく今は手っ取り早く効果を得たい。シマノは自身の「力」の値をタップした。値が枠で囲われ、選択状態になる。だが、それ以上特に変化はない。


「危ない!」


 姫の声にハッと顔を上げると、小蜘蛛の群れが今にもシマノと姫に襲い掛かろうとしていた。回避行動どころか悲鳴を上げることさえもう間に合わない。小蜘蛛たちの鋭く尖った足先がシマノの目の前まで迫る。が、眩い光の壁に弾かれ飛んでいった。

「これって……」

「何をぼさっとなさってますの!? 任せろと仰るなら最後まで責任をお取りなさい!」

 姫が両手を天に伸ばし、光のバリアを作ってくれていた。このバリアが無ければ今頃……。シマノは両手でパンッと自らの両頬を叩き、今一度気合いを入れ直してゼノ幹部の女に対峙する。


「光の加護……こんなところで王家のお姫様に会えるなんてね」


 幹部の女はそう言うと再び右の踵を踏み鳴らす。すると小蜘蛛たちは飛びかかるのをやめ、今度は一斉に糸のようなものを吐きつけてきた。どうやら距離をとってじわじわとバリアを削る作戦のようだ。

「同じモーションで違う技使ってくるなよ紛らわしいっ」

 シマノは悪態を吐きつつ周囲の状況を確認する。小蜘蛛たちのヘイトがこちらに向いた今のうちにムルとニニィの無事を確かめておきたい。糸が邪魔でよく見えないが、二人が襲われた辺りに岩の塊のようなものがあることは確認できた。ムルだ。きっと岩の壁を作って蜘蛛の襲撃を防いでいたのだろう。二人のHPバーもはっきりと見えている。

 岩はほんのりと淡く暖かい光を纏っているように見える。どうやら姫の加護の力も掛かっているらしい。先ほどの女の言葉から推察するに、姫の使う光属性スキルは王家の一族――エルフ固有のもののようだ。


「ムルたちは大丈夫そうだ。今はこっちを何とか対処しないと」

 シマノは今一度ステータス画面に目を向ける。先ほどと変わらずシマノの「力」の値が選択されたまま、それ以外には特に変化がみられない。

「力が駄目なのか……?」

 シマノはとりあえず「防御」の値をタップしてみた。すると、選んだ「力」と「防御」がほのかに光り、次の瞬間、値が入れ替わった。

「そういうことか!」

 つまりこのスワップは、二つの能力の値を入れ替えることができるスキルなのだ。これは面白い使い方が出来そうだ、とシマノの顔がにやける。このスキルならレンズよりもっと直接的に戦闘に関与できる。

 スワップを掛けた二つの値はそれぞれ枠で囲われ、光ったまま、現時点で他の値を選ぶことは出来なくなっている。恐らくは一定時間が経ち入れ替え効果が切れるまで他の値を選べない仕様なのだろう。他の人の能力と入れ替えられるのか、敵との入れ替えは? 試したいことが次から次へと溢れてくる。


「もう……もちませんわ……!」


 姫の苦しげな声にシマノは我に返る。今は悠長にスキルの仕様をあれこれ夢想している場合ではない。残念ながら凡人の力と防御が入れ替わったところで盤面に影響を及ぼすはずもなく、シマノと姫が絶望的な状況に追い込まれていることに何ら変わりはなかった。

「何とかしなきゃ……!」

 とはいえ、凡人に出来ることは限られている。シマノは一つ深呼吸をし、気合の一声を発しながら姫を担ぎ上げた。

「必殺!! 凡人・火事場限界ダッシュ!!」

 もちろんそんな技はない。シマノの気合と根性とやけっぱちがごちゃ混ぜになった結果、出力されたのがこれである。動揺する姫を両腕でしっかりと抱えながら、シマノはうおおおと雄叫びを上げつつその場から脱出した。一瞬のちに光のバリアは破れ、シマノたちのいたところに小蜘蛛たちの糸が容赦なく降り注ぐ。


「逃がすんじゃないよ!」


 女の指示で小蜘蛛たちがシマノと姫を追う。火事場限界ダッシュを開始してまだほんの数秒といったところだが、既にシマノの気力体力は限界だった。うおおおの雄叫びもいつの間にかうわあああの半泣き声に変わっている。見かねた姫がシマノに抱えられたまま新しくバリアを張ってくれた。

「ありがどうございまず姫ざま……!」

 ぜえぜえと肩で息をしながら担いでいた姫を下ろし、ステータス画面を確認する。先ほどスワップを掛けた「力」と「防御」の光が消え、入れ替わった値が元に戻っている。スワップチャンスだ。今度こそ有意義な使い方をしなければならない。

 シマノはステータス画面を凝視しながら入れ替えるべき値を探す。なるべく大きな値と小さな値を入れ替えることが望ましい。しかし、もたもたしていればまたすぐにバリアの限界が来てしまう。姫のMPだって無限にあるわけではない。

 考えられる選択肢は

1.ニニィの素早さを上げて相手を攪乱する

2.ムルの火力を上げて相手を力でねじ伏せる

 このどちらかだ。早速ステータス画面でニニィとムルの能力値を確認する。


「ほらほら、ちょっとは反撃してきな!」


 駄目だ。相手の攻撃の勢いが強すぎる。このままでは値を選んでいる間にまたバリアを破られてしまう。


「石よ我とともに。彼の者を叩き潰せ」


 野蛮極まりない詠唱。ムルだ。幹部の女の注意がこちらに向いている隙に、防御に使っていた岩壁を攻撃用に転じさせ、あっという間に女の周囲を無数の石で包囲し、それらを一斉に射出させたのだ。一寸の迷いもない正確かつ強烈な攻撃。だが、女には一切動じる様子がない。女が余裕の面持ちで右の踵を鳴らすと、彼女の周囲に小蜘蛛たちが次々と召喚され、文字通り肉の盾となって石を全て防ぎ切った。


「よくもアタシの小蜘蛛ちゃんを……たっぷりお仕置きしてあげるわ……」


 いやアンタがやったことだろ、とシマノがツッコむ間もなく、女はムルとニニィの周囲を取り囲むように大量の小蜘蛛を召喚した。

「っ、ズル過ぎでしょ!」

 ニニィが素早くダガーで応戦し、飛びかかる小蜘蛛を一匹また一匹と倒していく。ムルも範囲攻撃で応じるが、倒せども倒せども次が補充され、これではいつ押し切られてもおかしくない。

「オマエたちも油断してんじゃないよ!」

 シマノたちを狙う小蜘蛛たちの攻撃もさらに勢いを増す。こうなってしまってはもうスワップどころではない。圧倒的な手数をただ防ぐばかりで、反撃の糸口が全く掴めないのだ。


「ほら! ほら! ほら! ほら!!」


 女が踵を鳴らせば鳴らすほど攻撃はいっそう激しさを増していく。ムルたちの体力も姫のバリアもシマノのダッシュももう限界だった。

 そしてとうとう、ムルのMPが尽きた。

「……力が」

「やっておしまい!」

 小蜘蛛たちがムルに狙いを定める。


「スワップ!!」


 シマノは咄嗟に自分のHPとムルのMPを入れ替えた。ギリギリのところでムルは術を発動させ、周囲の小蜘蛛を押し潰した。一方、急激に体力を失ったシマノはがくりと膝をつく。

「小癪な!」

 女が怒りに任せてドンドンと踵を鳴らし、今度はシマノに狙いを定めた。

「まずい……ですわ……」

 間の悪いことに、バリアが切れかかっている。もうシマノには姫を抱えて逃げるだけの体力は残っていない。

「姫様……早く……逃げて……」

「お黙り! 臣民を置き去りに逃げるような極悪人に成り下がった覚えはありませんわ!」

 その言葉とは裏腹に姫の顔マークは泣き顔になっており、目にはうっすらと涙が溜まっている。ニニィもムルも何とかこちらに加勢しようとしているが、大量の小蜘蛛に阻まれどうすることもできないようだ。


「せいぜい苦しみな、アラクネちゃんの仇」


 姫のバリアが切れ、シマノの身はおびただしい数の牙と糸に晒された。


「――目標一〇八〇体捕捉。発射」


 声とともに、目の前が突如眩しい光で満たされ、シマノは思わず目を背けた。しばらくして恐る恐る目を開けると、あれだけたくさんいたはずの小蜘蛛が一匹残らず姿を消している。

「今のは……?」

 シマノだけでなく、ニニィたちも何が起きたかわからず呆然としていた。すると、幹部の女が悲鳴を上げた。

「よくも、よくも可愛い小蜘蛛ちゃんたちを!!」

 幹部の女は怒りで我を忘れ、狂ったように小蜘蛛を次から次へと召喚する。


「同じこと」


 またしても声。そして頭上から無数の光線が降り注ぎ、小蜘蛛たちを貫いていく。先ほどの眩しい光の正体はこれだったようだ。とうとう女が召喚した小蜘蛛たちは一匹残らず倒されてしまった。


「何度やっても同じ。まだ、やる?」


 声のする方を、懐かしい、今一番聞きたかった声のする方を、シマノは振り返る。ライトグリーンのぴったりとしたスーツ、いかつい機械パーツ、体全体を流れる深緑色の光のライン、深緑色の瞳。


「ユイ……!!」


 機械の少女ユイは、名を呼ばれ微かに微笑んだ。


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