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第13話:わがままプリンセス

 城に入れたと思いきや突然地下牢に閉じ込められ、シマノは鉄格子を両手で掴んで深いため息を吐いていた。


「困っちゃったわね~」


 ニニィは牢の中に置かれていたボロボロのベッドに腰掛け、優雅に足を組みながら言った。

「困ってる感が無さすぎる。ニニィ、鍵開けとか出来ない?」

「あたし情報専門だから」

 まあそうだよな、とシマノは再びため息をつく。というか、ニニィのスキルに鍵開けがないことは把握済みなので完全に無意味な質問である。

 ため息ついでに石の壁にもたれる。背中が冷たい。と、その時シマノは妙案を閃いた。


「そうだ、この壁をムルの力で……」

「天井ごと崩壊するが、構わないか?」


 妙案は秒で没になった。

 早くも万策尽きたシマノは、こうなったらヤケだと牢の角に移動し、頭をグリグリと角に押し込み始めた。こうすることで、運が良ければ壁をすり抜けて脱出できる、かもしれない。

「……そっとしといたほうがいいかしら」

「……そうだな」

 仲間たちの視線が痛い。それに、こんなことだけはしっかり覚えている自分にほんのり嫌気がさした。だがシマノはめげない。今できることを全力でやっておかなくては、たった一人ファブリカで修理に臨んでいるユイに示しが付かないような気がする。シマノは改めて気合を入れなおし、グリグリグリグリしながら少しずつ格子側に移動していった。そうして格子と格子の間に顔面をめり込ませていると……一人の少女と、目が合った。


「……何をなさっているの?」

「グ……グリッチ……」


 想定外の出来事に、つい馬鹿正直に答えるシマノ。当然少女は意味が分からないといった顔をする……いや、そんなことよりこの少女は何者だ? 何の気配もなく突然姿を現した謎の少女。ニニィとムルも漸く彼女の存在に気づき、慌てて格子に近づいてきた。


「ねぇ、アナタいったいどこから……」

「わたくし、時間がありませんの。黙ってついてきてくださる?」


 少女はそう言うと、こちらの返事を待たずに牢の格子戸に手の甲を近づけた。その手の甲に小さな魔法陣が浮かび上がり、あっという間に格子戸の鍵が開く。


「こちらですわ。早く」


 謎の少女は迷いのない足取りで地下を歩いていく。有無を言わさぬその雰囲気に吞まれ、シマノたちはとりあえず少女の後を追った。

 少女は薄汚れた粗末な帽子と外套を身にまとっているが、牢に近づけた手の指には金色の石をあしらった豪奢な指輪が輝いていた。薄暗い地下では見えづらいが、帽子から零れた後れ毛も金色に見える。それに、先ほど合った目。その瞳は紛れもないロイヤルゴールド――カラコン・ウィッグ売りのお姉さんの言葉を借りるなら「王家の証」――だった。つまりそう、この少女は、何の気まぐれかお忍びでならず者をこっそり逃がしているお姫様である可能性が非常に高い。


「この水路を抜ければ城の外まで行けますのよ」


 少女は鼻をつまみながらも自慢げに話す。下水用なのか、そこは独特の匂いが充満していた。横で流れている水には絶対落ちないようにしよう、とシマノたちは各々心に誓った。

「ありがとう。後は俺たちで行くから、君はもう逃げて」

 いくらなんでもお姫様(かもしれない子)にこんなところを歩かせるわけにはいかない。すると、少女の足がぴたりと止まった。

「お黙り!」

 明らかに自分より年下の少女にバシッと叱られ、シマノは地味に傷つく。

「ごめんなさい……」

「よろしいこと? わたくしはわたくしの目的のためにあなた方を連れてきましたの。余計な提案は無用ですわ」

「はい……」

 せっかくの気遣いが裏目に出て落ち込むシマノ。それを慰めるようにニニィが背中をぽんぽんと叩いてくれる。


「そこまでです、姫様」


 突然降って沸いた知らない声にシマノたち三人は驚く。進行方向前方数メートルのところに、筋骨隆々の大男と取り巻きの兵士たちが立ちはだかっていた。

「チッ……思ったより早かったわね……」

 姫様と呼ばれた少女は相手に聞こえないよう小さく悪態を吐いた。

「あいにくですが私は姫様がご存じないような隠し通路も全て把握しております」

 バッチリ聞かれていたようだ。少女がまた小さく舌打ちをする。


「ウティリス、わたくしはあなたに構っている暇なんてありませんの。今すぐそこをお退きなさい」

「申し訳ございません、姫様。承服いたしかねます」

「主の命令が聞けないということかしら?」

「国王様、王妃様からの勅命でございますので」


 少女の顔に苛立ちと焦りが浮かぶ。二人のやり取りから判断するに、やはりこの少女は王家の姫君で、何らかの理由でこっそりシマノたちの脱獄を幇助していたところをウティリスという従者に見つかった、ということのようだ。

 はたから見ていたシマノは考える。うん、面倒ごとに巻き込まれる前に逃げよう。


「お取込み中すみませーん、俺たち先に出ますねー」


 形ばかりの挨拶とともにこの場を離れようとしたシマノの腕を、姫ががっしりと掴む。


「お待ち。あなた方にはまだ協力してもらわないと困りますわ」

「断る。我らに協力する理由はない」


 横からムルが口を挟み、シマノと姫に構わず先に歩き出す。そうはさせまいと兵士たちが前に出て武器を構える。

「姫様を誑かす悪党ども。貴様らの捕縛も命じられている。生死は問わぬそうだ」

「誑かされたのはこっちなんですけど……」

 シマノがぼそりと呟くと、腕を掴む姫の力がぐぐっと増した。痛い。


「面倒だ。やはり天井ごと崩壊させるか」


 ムルが術の詠唱に入る。

「だぁーっ待って待って待って危険すぎるそれは無いって!」

 シマノの叫びにムルは渋々詠唱を止めた。だが今の行動はウティリスと兵士たちを刺激するのに充分だったようだ。


「人を人とも思わぬ野蛮な行動。やはり愚かなる地底の蛮族どもには躾が必要だな」


 そして今の言葉はムルの神経を逆撫でするのに充分すぎた。


「その言葉、そっくりそのままお前たち地上の支配者気取りに返そう」


 一触即発。シマノはこっそりとウインドウを開いてレンズを掛ける。レンズの隣には大蜘蛛戦で習得したばかりのスキル「スワップ」も表示されている。どうせ戦闘になるのなら遠慮なく試させてもらおう。

 ニニィにアイコンタクトを送ると、彼女も既にいつ戦闘開始しても大丈夫なようダガーの柄に手を添え、兵士たちの挙動を注視していた。

 まさに戦いの火蓋が切って落とされんとした、その時。


「おやめなさい!!」


 姫の凛とした声が地下水路にこだました。


「ウティリス! あなた今の状況がちっとも理解できていないようですわね」

 主人に名指しで批判され、ウティリスはぐっとたじろぐ。

「今のわたくしは囚われの身。この状況で賊を刺激したらわたくしがどんなむごい目に遭うか……!」

 そう言うが早いか姫は掴んでいたシマノの腕を自らの首に回し、

「いやー! はなしてー!」

 自ら腕の中に収まっておきながらバタバタと形ばかりの抵抗を始めた。もちろんレンズで見える顔マークは笑顔である。

「茶番ね」

「茶番だな」

「人の腕で茶番しないでぇ……」

「茶番はおやめください姫様」

 シマノたちだけでなくウティリスからもツッコまれ、姫の額に冷や汗が浮かぶ。

「うっ……うるさいわね! とにかく今この者たちを刺激することは許さなくてよ!」

 姫の無茶苦茶な言い種にウティリスは頭を抱えている。その頭上を見たシマノは違和感を覚えた。HPバーがない。表示されているのは困り顔の顔文字だけだ。周りの兵士たちにもバーは表示されていない。おかしいと感じてムルの方を見ると、こちらも落ち着きを取り戻したようだった。もう誰も戦いそうな素振りを見せていない。


「もしかして、戦闘回避しちゃった?」


 余計な争いを避け、むやみに人を傷つけずに済んだという意味では、それは決して悪いことではない。ないのだが。

「貴重なスワップチャンスが……」

 完全に新スキルを試す気満々だったシマノは肩を落とさざるを得なかった。


「何をブツブツおっしゃってるの? 早くこんなところ脱出しますわよ」

 囚われの身であるはずのお姫様が容赦なくシマノに指図してくる。だがそもそも、シマノたちは何も悪いことなどした覚えがないのである。にもかかわらず、ここでこの姫君を連れ去ってしまえば正真正銘本物の大逆人になってしまう。

「お断りします! 俺たちは俺たちで勝手に逃げますので!」

「あら、そんなことおっしゃって大丈夫かしら」

 この姫、ずいぶん強気である。

「わたくしを置いていけば、ウティリスは容赦なくあなた方に襲い掛かりますわ」

「それで結構です! 喧嘩上等!」

 貴重なスワップチャンスの再来に思わずシマノの顔がにやける。すると姫はまるでやれやれとでも言いたげな素振りで小さくため息を吐いた。


「あれはわたくしのためなら素手で熊を裂きますわよ」

「…………盛ってます?」

「事実だが?」

 こちらの会話に声を張って堂々と割り込んできたウティリスは、両手の指をバキバキと鳴らしながらシマノたちに凄んでみせている。


「選べ。このまま俺に全員八つ裂きにされるか、姫様を差し出し許しを乞い俺に全員八つ裂きにされるか」


 すると、徐に小さなウインドウが開き、八つ裂き選択肢が二つ表示された。

「どっちも嫌ですが!?」

 開いたウインドウを即閉じる。だが、状況は何も変わらない。もはや新スキルどころではなく、どうやってこの筋骨隆々大男から逃げ延びるかを真剣に考えなければならない。

「ほら、さっさと覚悟をお決めなさい。わたくしと一緒に脱獄しますわよ」

 そんなことを言われても、だ。王族攫いの大逆人になるのはいくらなんでも嫌すぎる。というかこのゲーム、こんなストーリーだったか? 何一つ覚えていないけれど、さすがに展開が無茶苦茶すぎないか?


「いいじゃない、一緒に逃げましょ♡」


 突然ニニィがシマノに声をかけ、シマノと姫の前方に回り込むと、じっと姫を見つめだした。

「王族の情報……とぉっても興味深いわぁ……♡」

「なっ……なんですのこの子……」

「ふふっ……怖がらなくていいのよ……おねぇさんに任せて……♡」

 ニニィの顔が近づくにつれて姫の顔が引き攣っていく。シマノには何だかだんだん収拾がつかなくなっているような予感がしていた。

「ややこしそうだな。やはり天井ごと奴らを捻り潰すしかあるまい」

 先ほど蛮族呼ばわりに腹を立てたとは思えない、野蛮極まりない言動である。

「上等だ。返り討ちにしてくれるわ」

 向こうも向こうで再びやる気を出し始めた。このままでは八つ裂きコースまっしぐらである。


「あーーーー、もう、無理!! 逃げる!!」


 シマノは腕にしがみついている姫をそのまま抱きかかえ、凡人に出せる全ての脚力をもって兵士たちの待ち構える前方へ真っ直ぐ駆けだした。

「ちょっとシマノ、待って~!」

 ニニィと、次いでムルも慌ててシマノについていく。慌てたのはウティリスも同じだ。攻撃しようにも、シマノたち三人が姫を盾にしながら勢いよく突っ込んできている状態なのだ。

「ウティリス! このわたくしに怪我でもさせたらただじゃ置きませんわよ!」

 シマノに抱えられた状態の姫が、ものすごい形相でウティリスを睨みつけている。手出しをするな、という意思だけが強烈に伝わってくる。何なんだこの状況は……とウティリスはまたしても頭を抱えた。

 そんなウティリスと兵士たちを全力でスルーし、シマノは姫を抱える腕の力にほんのり限界を迎えながらも、地上に向かって死に物狂いのダッシュを続けた。

「ユイ~早く助けに来て~!!」

 情けないシマノの心の叫びは、またしても虚しく地下にこだましていった。


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