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第12話:……で、こうなってるってわけ

 世界樹の麓。この世界アルカナの中心にあたる地に、周囲の街より一回りも二回りも大きく、堅固な城壁で囲われた王都「アルボス」は在った。


「でっっっか……」


 シマノ、ニニィ、ムルの三人は小高い丘の上から王都アルボスを見下ろしていた。ファブリカからアルボスまではさほど離れてはいないものの、なだらかな丘陵地帯を越えていく必要がある。その途中、開けた丘の上に出た三人の視界に映し出されたのがまさに目指すべき王都であった。

 道中無作為に飛び出してくる雑魚敵を新スキルを使うまでもなく討伐し、雀の涙ほどの素材を拾い集めながら三人は順調に王都へと進んでいった。


「でっっっか……」


 先ほどと何一つ変わらない呟きがシマノの口から洩れた。シマノの眼前には多種多様な人々が行き交う中央通りが拡がり、さらにその奥にはまさにこの都の象徴ともいうべき巨大な城が聳え立っている。そう、三人は王都アルボスに到着したのだ。

 だが、シマノが思わず呟きを洩らしたのは通りや城の大きさだけではない。さらにその先、天辺が雲の上に隠れるほどの大きさを誇るこの世界の中心「世界樹」である。幹は山と見紛うほど太く、青々と繁った枝葉があちこちに陰を落とし、都全体を穏やかな木漏れ日の中に抱き込んでいる。


「ちょっとそこのおにーさん♡」


 声のした方を向くと、少し離れたところから一人のピクシー族が手招きしている。この一族どこにでもいるんだな、などと思いつつシマノはそちらに向かう。

 そこにはなんと色とりどりのカラーコンタクトレンズとウィッグ――この世界の文明レベルにはおおよそ似つかわしくない物たち――が陳列されていた。


「おにーさんも一緒にイメチェンしなーい?」


 カラコン・ウィッグ売りのピクシー族は妖しげに微笑みシマノを誘惑している。よく見ると彼女の瞳は左右で色が異なっていた。


「……つまり、アバター編集機能だな」


 シマノは独りうんうんと頷きながら呟く。使った覚えは無いが、そんな機能があったような気がする。確か髪型と髪の色、そして目の色を変更できたはずだ。

 売場に近づくと、自動でウインドウが開きアバター編集画面が表示された。画面の左半分にはシマノの顔、右半分はほとんど空欄ではあるが、恐らく持っているカラコンとウィッグが一覧で表示されるのだろう。


「あら♡ おにーさん、いい素材モノ持ってるじゃなーい♡」


 売り子のお姉さん(仮)の言葉に反応したのか、メニュー画面が自動的に切り替わり、ここまでの道中で集めた素材リストが表示された。ずらりと並んだ各素材のアイコン、それらの右下には緑や白で小さな数字が記されている。


「それあたしにくれたら、新色作ってあげちゃう♡」


 ウインドウに隠れてよく見えなかったが、お姉さん(仮)はシマノにウインクしてくれたようだ。

 要するに、敵を倒して素材を集めればアバター編集のカラーバリエーションが増えていく、という仕組みらしい。素材アイコン右下の緑の数字は数が足りているもの、白の数字は足りていないもの、といったところだろうか。


「あらあら、かわいいじゃない♡ ねぇ、ムルも見てみて~」


 いつの間にかこちらに来ていたニニィが目を輝かせている。ムルは呼ばれたから来た、といった風であまり興味を示していないようだ。ニニィの「かわいい」に目を光らせ、売り子はここぞとばかりにセールストークを仕掛ける。


「おねーさん、お目が高い! ウチで買うならやっぱりこれ! 一番人気、王家の証『ロイヤルゴールド』よ! 金糸のような艶やかなロングヘアーとまばゆい金色の瞳! これでアナタも王家の一員になれるかも!?」

「すご~い♡ きれ~い♡ ん~、でもでもぉ、ニニィちゃんにはちょっと派手すぎかも~」

「まかせて! そんなアナタにはこれ! 漆黒の闇『アビスブラック』! アルカナには存在しないと言われる幻の黒髪黒目セットよ~! お年寄りにはウケが悪いけど、流行に敏感な若……」

「行くぞ」

 盛り上がりを増していくニニィと売り子のやり取りをバッサリと断ち切り、ムルは王城へと足早に歩きだした。

「ちょっ、ムル……」

「あらぁ、怒らせちゃったかしら……」

 シマノとニニィは売り子に軽く頭を下げ、急いでムルの後を追った。


「ごめんなさい、ムル。早く王城に行かなきゃよね」

「別に怒っているわけではない。果たすべき使命を優先すべきと判断したまでだ」

 ムルは地上では目深にフードを被っているため表情は見えない。本当に怒っていないかどうかはわからないが、ここで詮索を続けることをきっとムルは望まないだろう。そう判断したシマノは、とにかく先を急ぐことにした。

「よし! 気を取り直してお城に向かおう!」

 三人は改めて王城へ向かう足を速める。


 賑やかな中央通りを抜けて大きな城門の前に辿り着いた三人は、門扉に控える二人の衛兵に制止された。

「待て待て待て待て。お前たち、王城に何の用だ?」

「地底からの使者だ。通るぞ」

 フードを取って顔を見せ、事もなげに告げて先に進もうとするムルを、衛兵たちが慌てて止める。

「ちょいちょいちょいちょい。そんな話こっちには通ってねぇぞ?」

「待て待て待て待て。こりゃ上のモンに確認を取る必要があるな?」

 何だか既視感のあるやり取りだ。よく見ると、二人の衛兵は装備こそ王都式の格式高い鎧や兜ではあるが、ガタイの大きさや装備の隙間から覗く鱗といい、どう見てもリザードマンだった。

「んげぇっ! ももももしかして仇討ちのためにここまで……!?」

 ラケルタの森で散々追い回されたトラウマが噴出し、シマノの顔色が急速に青ざめていく。

「仇討ちって何のことだ? 俺たちはただの出稼ぎだよ」

「森じゃバルバルの奴がでけぇツラしてやがるからな。こっちは都会で一旗揚げてやんのよ」

 なるほど、とシマノはほっと胸を撫で下ろした。どうやらリザードマンたちも一枚岩というわけではないらしい。

「俺たち、地底の鉱石の件で王家の人たちと話があって」

「ちょいちょいちょいちょい。今から上に聞いてみてやっから焦んなって」

 そう言うとリザードマンの一人が水晶のようなものを取り出した。どうやらそれを通じて上官にあたる人物と連絡を取っているようだ。


「あー、何か地底からの使者とかいうのが来てるんだが……えっ? ……了解」


 通話が終了したらしい。


「『通せ』だってよ」


 リザードマンたちはあっさりと城門を開放してくれた。

「ありがとう」

 あまりにも呆気ない展開に肩透かしを食らいつつ一応礼を言い、三人は門をくぐり城へと向かった。

 王都は広い。都自体が広いということは、必然的にその中にある王城の敷地も広いということだ。門から王城まではそれなりの距離を歩いていかなければならない。ところどころに衛兵が立っていたが、どの兵もこちらには一切目をくれようとしなかった。なんとこの城は門さえくぐってしまえばあとは顔パス扱いらしい。セキュリティ的にまずいだろ、と思いつつも、面倒なかくれんぼミニゲームが発生しなくてよかったーと一人安堵するシマノであった。


「それにしてもでっかい樹だなー」

 城までの道のりに若干飽き始めたシマノが改めて世界樹を見上げ、呟く。

「この樹には『マナ』っていう魔力の源が集まってくるの」

 ニニィが解説してくれる。どうやらアルカナ素人のシマノにフォローを入れてくれるようだ。

「この王都は世界樹に近いから、王族にとって過ごしやすい要所なのよ」

「王族はマナがいっぱい必要なのか?」

 んー……と人差し指の先をあごに付け、少し考えるような仕草の後でニニィが答える。

「そうねぇ。彼ら『エルフ』は、魔力も知力も寿命も他の種族より高くて長いから、その分いっぱいマナが必要なんじゃないかしら」

「エルフ……」

 まさに王道ファンタジー世界の生き物だな、とシマノは感心した。このアルカナはエルフの一族が統治しているのか。

「エルフだけではない」

 不意にムルも話に加わってきた。

「この世界で生きるものは全てマナの影響を受けている。無論、地底に住む我らもだ」

「そっかー。俺も何か受けてんのかな、影響」

 などと取り留めもない会話を続けているうちに、気がつけば三人は城の前まで辿り着いていた。


「これって、普通に入って大丈夫なやつ?」


 シマノの心配をよそに、ムルは全く物怖じした様子なく扉へと向かう。左右に控えた衛兵が扉を開く。そのままムルは城の中に入っていった。

「ここも顔パスなのか……」

 この世界のセキュリティ意識どうなってるんだ、とシマノは頭を抱える。とはいえ、ゲームであれば城の中を自由に散策できることは決して珍しくはない。あまり深く考えないでおこう。そう考えシマノはニニィとともにムルの後に続いた。


「……で、こうなってるってわけ」


 シマノの大きな独り言が冷たい石の壁に反響し、拡散していく。そう、三人は今、城の地下牢にまとめて閉じ込められていた。

 何故こんなことになったのか。正直なところ、シマノには全く原因がわからなかった。城に入り、なんとわざわざ待っていてくれた案内役の大臣に連れられ、通された部屋で待っていたら突然大勢の兵士に囲まれ、そして今に至るのである。もはや捕まえるためにわざと城の中までおびき寄せたとしか思えない。


「ユイ~助けて~!」


 なんとも情けないシマノの叫びが、虚しく地下にこだましていった。


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