里に戻ると、地底民たちが集まって出迎えてくれた。顔マークから察するにシマノたちに敵意は抱いていないどころか歓迎してくれているようだ。
「来たばかりの時とずいぶん様子が違うけど……?」
ニニィがムルにそれとなく解説を求める。
「先ほどの子どもが、我らが魔物を討伐したと皆に広めたようだ。皆お前たちに感謝している」
子ども、ありがとう。と、シマノは心の中で礼を告げた。
ムルがいるおかげで話は驚くほどスムーズに進んだ。シマノとニニィは大蜘蛛討伐の功績を買われ、王都と地底の間を取り持つ折衝役を任されることとなった。さらに討伐報奨として、採れたての上質な鉱石をいくつか譲ってもらうことができた。
「良かった……! これでユイを直してもらえる!」
今回の一番の目的を果たし喜ぶシマノとニニィ。
「今回の問題は解消したが、またいつ同じことが起きるとも言えない。地上への輸出は王都との話し合い次第になるだろうな」
ムルが淡々と告げた。つまり、今後の鉱石についてはシマノとニニィ次第というわけだ。
「責任重大すぎません……?」
「案ずるな。我も折衝役としてお前たちとともに王都へ行こう」
「JOINED」
半透明のウインドウが開き、パーティメンバーの加入を知らせる。なんとこのタイミングでムルがパーティに入るとは。シマノは独り考える――もし王都との交渉がスムーズにいけばムルはすぐ地底に帰るはず。つまりもしかすると、王都とのやり取りがうまくいかず長期戦になるのかもしれない。
「やったぁ♡ ムル、これからもよろしくね~」
シマノの心配とは対照的に、ニニィは呑気にはしゃいでいる。パーティ加入により顔マークは見られなくなったが、ニニィに対し無言で頷くムルの様子はどことなく嬉しそうに見えた。
「王都との交渉が済むまで我はこの街に立ち入らぬ方が良いだろう」
ファブリカの入口で急にムルがそんなことを言い出した。ユイにムルを紹介する気満々だったシマノは動揺し、一緒に来たらいいと説得する。だがムルの意思は固い。
「石のことでまたとやかく言われるのは面倒だ。王都には同行するがこの街には入らぬ」
シマノの脳裏に地底に行く前のギルドでの険悪なやり取りがよぎる。ムルとしても、いくら自身が正当な橋渡し役とはいえ、王都との問題が未解決な状態で地上をうろつくことは避けたいのだろう。この世界アルカナにおいて、地底民は地上に出ることを禁じられた一族なのだ。異世界から来たシマノはそれを歯がゆく思うものの、現時点ではどうすることも出来ない。
やむなくムルを街の外に残し、シマノはまず初めてファブリカに来たとき話しかけた住民を探す。住民はすぐに見つかった。あのときと変わらず入口すぐそばに座り込んで無為な時間を過ごしているようだ。
「あのー、この街で一番機械に強い職人さん探してるんですけど」
「兄ちゃん、言っただろ? どんな職人も、鉱石が無きゃ商売あがったりよ」
肩をすくめて見せる住民に、シマノはこっそりと手に入れたばかりの鉱石を見せる。住民の目の色が変わった。
「おい、これどっから仕入れた……!?」
住民は声を潜め、シマノの両肩をがっちりと掴んで問い詰めてきた。
「地底に行って貰ってきたんだ」
シマノの答えに住民は到底信じられないといった様子で目を白黒させている。
「本気で言ってんのか……?」
「俺のゴーレムを直してくれたら、もっと持ってきてやるけど?」
「その話、嘘は無ぇだろうな」
住民の真剣な眼差しに、シマノは真っ直ぐ目を見つめ返して頷いた。
「交渉成立だ。そこの工房にゴーレム連れてきな。鉱石も忘れるんじゃねえぞ」
住民はそう言って近くの建物に入っていった。その扉が閉まったのを確認し、ニニィがシマノに問いかける。
「ねぇちょっと、あんな勝手なこと言っちゃって大丈夫?」
「大丈夫! たぶん!」
正直いって大丈夫かどうかは全くわからなかったが、とにかく今は一刻も早くユイを修理してもらいたかった。追加の鉱石は、万が一どうにもならなかったら全力で土下座して許してもらおう、とシマノは考え、ユイの待つ宿へと急ぐ。
「おかえり、シマノ、ニニィ」
ユイは既に意識を取り戻していた。身体はまだうまく動かないようだったが、歩くことぐらいなら問題なくできるようだ。
「「ユイ~~~~!!」」
シマノもニニィも無我夢中でユイに駆け寄った。二人のあまりの勢いにユイは少し戸惑っている。
シマノとユイ、ニニィは束の間の会話を楽しんだ。ニニィのジョブのこと、ファブリカのこと、地底のこと、ムルのこと。いくら話しても尽きないが、外で待つムルに申し訳ないとユイに促され、シマノたちはユイを連れて職人の工房へと向かった。
工房の中では先ほどの住民が一人で待っていた。他に人影は見当たらない。
「……この街で一番機械に強い職人は?」
「ここにいるだろ」
住民は何当たり前のこと聞いてるんだとでも言いたげに、シマノの問いに答えた。つまりこの住民こそが、たった一人でユイを修理してくれるファブリカいちの機械職人なのである。
「一人で大丈夫なのか?」
職人に対してずいぶん失礼な物言いではあるが、こちらも大切な仲間であるユイを預けるのだからもしものことがあっては困る。機械職人はガッハッハと豪快に笑いながら大きく頷いた。
「ったり前だろ! こんな面白ぇ仕事、他の連中にやらせるわけにゃいかねぇよ」
職人はそう言いながらシマノから鉱石を受けとると、ユイの元に近づき身体の調子を観察し始めた。
「ちょいと時間はかかるが……バッチリ動けるように直せるぜ」
その言葉を聞き、ユイがシマノたちに提案する。
「シマノ、先に王都で用事を済ませることを推奨。王都とファブリカはさほど離れていない。恐らく修理の間に戻ってくることが可能」
「えっ、いいよ待ってるよ」
シマノの意外な返答にユイは困惑した様子を見せる。
「王都の問題は早めに対処するべき。ここで私の修理を待つ時間が勿体ない」
「大丈夫だって。俺待ってるからさ、修理してもらっておいで」
如何にも平行線な話にユイが首を傾げる。見かねたニニィが口を挟んだ。
「シマノはユイのことが心配なのよ。あたしとムルで王都行ってこようか?」
それはシマノにとって願ってもない提案だった。だがユイはそれを認めない。
「私はシマノの居場所のみ探知可能。王都でもし何かあった時、シマノがそこにいないと困る」
「確かにそうだけどさ……」
「シマノ、私なら大丈夫。修理が終わったら必ずそちらに向かうから」
ユイに諭され、シマノは渋々納得することにした。
「話し合いは済んだか? ほいじゃちょいとばかし兄ちゃんのゴーレム借りるぜ」
「よろしくお願いします!」
シマノと合わせてニニィも深々と頭を下げ、工房の奥に去っていくユイと職人を見送った。
王都へ向かう前に、シマノたちはギルドに顔を出し受付嬢に報告を済ませた。クエスト完了で何か報酬が貰えるのではとシマノは内心期待したが、特にそのようなことはなく引き続き王都との交渉を依頼されただけだった。
気を取り直してシマノとニニィは街の外に出、ムルと合流する。そして三人は次なる目的地「王都アルボス」に向けて足を踏み出した。