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第10話:このボス、ムカつく顔しやがる

「ムル! 俺たちが時間稼ぐから、一発大きいの頼む!」

「言われずともそうするつもりだ」


 地底の採掘所で大蜘蛛とのボス戦に挑むシマノたち。シマノとニニィで敵の気を引き、ムルの大技で一気に仕留める作戦だ。


 ムルが意識を集中すると、周囲の石が徐々に集まってくる。採掘所にいるからといってさっきよりたくさん集まるわけではなさそうだ。ムルは石の声が聞こえないと言っていたが、そのことも影響しているのだろうか。


 ニニィが大蜘蛛の周りを素早く動き回って撹乱する。大蜘蛛の意識がニニィに向いていることを確認し、シマノはステータス画面を開いた。ゲスト加入のキャラクターでも、戦闘中であればステータスを確認することができる。

 ムルは魔法タイプのアタッカーで、地属性の術をいくつか使うことができるようだ。体力は心許ないためシマノとニニィでしっかり守ってやる必要がある。とはいえ、シマノもニニィも決して体力のあるタイプではない。

「こんなときにユイがいてくれたらなぁ……」

 ユイも決して前衛職ではないのだが、そんなことをすっかり無視してシマノは独り溜め息を吐いた。


「ちょっとシマノ~! サボってないでこっち手伝って!」


 ニニィに叱られ、シマノも大蜘蛛に近づく。だが、丸腰のシマノに出来ることなど皆無なのである。というか、怖い。別に虫が苦手ではないものの、この見上げるほどのサイズ感はさすがに怖い。そしてボスらしくさっきの魔物とは比べ物にならない長さのHPバー。その横に申し訳程度に付いた顔マークはもちろん怒り顔である。戦闘時怒り顔でない魔物がいるなら見てみたいものだ、と情報の増えなさにシマノは苛立つ。


 その時、ボスの顔マークが突然舌をペロリと出し、まるで挑発しているような顔に変わった。

「ニニィ離れて! 何かヤバい!」

 シマノの雑すぎる指示に半信半疑で従うニニィ。するとその直後、大蜘蛛が勢いよく大量の糸を吹き出した。

「あぶなっ……!」

 ニニィは間一髪で糸をかわした。あと一歩遅ければ巻き込まれていただろう。

「シマノありがと♡ でもどうして今のがわかったの?」

「えーっと、敵の感情? みたいなのが見えるようになったんだ」

 それってすごくない? とニニィが感心してみせる。シマノは少し照れたが、大蜘蛛の様子を見てそんな気持ちは消し飛んでしまった。


「何だ……あれ……」


 大蜘蛛は吹き出した糸を何重にも身体の周りに巻きつけ、巨大な白い繭を作り上げていた。繭は蚕の専売特許だろ、と脳内でツッコミを入れるシマノをよそに、大蜘蛛は完全に繭の中に籠り、外に攻撃してくるような気配はない。


「硬いわね」


 いつの間にか繭の傍に立っていたニニィが、ペチペチとその表面を叩いている。怖いもの知らずすぎるその行動にシマノは驚く。

「いや危ないって!」

「大丈夫よ~。でも、もしまた何か来そうなら教えてね、シマノ♡」

 頼りにされているのは嬉しいが、複雑な心境である。


「撃つぞ。離れろ。」


 これまた突然のムルの申し出に、シマノとニニィは慌てて繭から距離をとった。ムルの頭上には、ムルの頭三個分はありそうな大きさの岩の塊が浮かんでおり、それを大蜘蛛に向かってぶつけようとしているらしかった。

「大丈夫? 結構硬かったわよアレ」

 ニニィの心配に構うことなく、ムルは頭上の岩を思いっきり繭へと射出した。激しい衝突による音と衝撃が辺りに響き、また岩山の一部が大きく崩れた。シマノたち三人は降り注ぐ石から必死で身を守る。

 落石も落ち着き辺りに立ち込めた砂埃が収まってきた頃、三人はお互いの無事を確認し、改めて大蜘蛛と対峙する。大蜘蛛――正式にはそれを包む繭――は、ムルの攻撃によるダメージを一切受けた様子なく、変わらぬ姿で鎮座していた。


「うわぁマジか……」


 シマノのげんなりした声が響く。ムルが放った術はそこそこのMPを消費したはずだ。実際ムルもショックを受けたようで、見かけ上変化はなくとも顔マークが激しく落ち込んでいた。一方大蜘蛛の方は相変わらず挑発顔のままである。

「くっそー、ムカつく顔しやがってー」

 歯噛みするシマノを横目に見つつ、この人は蜘蛛の顔が判別できるのかしらとニニィは思った。


 ともあれ、今の攻撃で得られた情報を活かすしかない。あの繭に籠っている間はいかなる大技も通用しないと考えるべきだろう。攻撃チャンスは繭から出てきたとき。しかし、そのときは相手からも攻撃される可能性がある。相手の攻撃をいなしつつ、タイミングよくムルの大技を決めなければならない。


「ニニィ、ムル、聞いてほしい。あいつが次に顔を出すとき、俺が先に合図する。そのタイミングでムルはあいつを攻撃して、ニニィはあいつからムルを守って」

 俺も一緒に肉の壁ぐらいならなれるから、と一応付け足しておく。ニニィは了承してくれたようだが、ムルは訝しそうにしている。

「何故お前に奴の動きがわかる?」

「あー、えっと、石の声みたいなもんだよ。俺には蜘蛛の声が聞こえるってだけ」

 身近な喩えに納得したのか、ムルもそれ以上文句を言うことはなかった。


 それから数分が経った。


「……まだ?」


 ニニィのもっともすぎるツッコミに、シマノは返す言葉を持たない。ムルも一応いつでも大技を放てるようスタンバイしてくれてはいるが、頭上の顔マークが如実に疲労と苛立ちを表している。シマノは何度も何度も繭を見ているのだが、奴の顔マークは挑発顔のまま一向に変化がなかった。

「全然……動く気配がない……」

「ねぇシマノ、ちょっと行って叩いてきてよ」

 このお姉さんは何と恐ろしいことを言うんだ、とシマノはぎょっとする。

「いや、俺は合図出さなきゃだから。ニニィ行ってきて」

 我ながら苦しい言い訳だな、と思うシマノ。ニニィの呆れたような視線が痛い。しかし何だかんだ前に出てくれるのだからありがたいものである。

 先ほどと同様にニニィが繭に近づき、まあまあ遠慮なくペチペチと叩くものの、やはり何の変化も起きない。

「ちょっと削ってみようかな♡」

 ニニィはおもむろにダガーを取り出し、刃を繭に突き立てガリガリとその表面を削りだした。

「えっ!? ちょっ、何やってんの!?」

 あまりにも遠慮のないその行動にシマノは驚愕し、慌てて止めに入ろうと近づく。ニニィは悪びれる様子もなくダガーを動かし続けている。

「だってこうでもしないとこのコ出てこないんじゃない? キミもホラ、手伝って!」

 ニニィに半ば強引に促され、シマノも仕方なく繭を叩いたり蹴ったりしてみる。繭は硬く、しかも微妙にざらついているので叩く手がチクチクと痛む。上部の顔マークから目を離さないようにしつつ、シマノはニニィとともに地道な攻撃を与え続けた。それでもまだ大蜘蛛は姿を見せない。ムルを待たせている申し訳なさと、さっさと倒してユイのもとに鉱石を届けたい気持ちと、地味に痛む手がシマノの気持ちを急がせる。


「……早く、とっとと、今すぐ、即行出て来いや!!」


 そう言ってシマノは全力で繭を蹴った。足が痛い。こわ~い、と隣でニニィが茶化している。すると、シマノの熱意が届いたのかとうとう大蜘蛛の顔マークが変化した。怒り顔だ。


「来た!!」


 シマノが急いで繭から離れ、いざという時に備えてムルの傍に控える。ニニィはダガーを構えたまま大蜘蛛の出方を伺っている。一瞬の静寂。ピシ、と繭の一部にひびが入る。直後、無数の糸がニニィを狙って射出された。

「ヤバっ……!」

 慌ててその場から飛び退いたニニィだったが、左足が糸に捕まり地面に貼りつけられてしまった。

「ニニィ!」

「行くな!」

 駆け寄ろうとするシマノをムルが制した。

「この作戦の要はお前だ。自らの役割を果たせ」

 ムルの言葉にシマノはハッとする。冷静さを取り戻し、その場に留まり大蜘蛛の顔マークに注目した。とはいえニニィが心配なことに変わりはない。横目でニニィの様子を伺いつつ攻撃の機を待つ。

 ニニィはダガーで糸を切ろうとしているようだが、弾力と粘つきが酷く思うように切ることができない。繭からは糸だけが伸び、肝心の大蜘蛛本体はまだ姿を見せていない。大蜘蛛の顔マークは怒りが少しずつ治まり、無表情に近くなっていった。シマノは焦り荒ぶる呼吸を整え、じっとその時を待ち続ける。永遠とも思えるようなほんのわずかの間をおいて、奴の顔マークが、満面の笑みに変わった。


「今だ!!」


 シマノの号令と同時に大蜘蛛がその姿を現し、八本の脚を大きく広げてニニィに襲い掛かろうとした。その直後。


「貫け」


 繭の周囲を漂っていた無数の石礫が一斉に大蜘蛛へと迫る。大蜘蛛の身体は細かな石片によってズタズタに切り裂かれ、あれほど長かったHPバーが一撃で全て消費された。勝利だ。大蜘蛛の糸もその力を失い、ニニィの左足は無事に糸から抜け出すことができた。


「LEVEL UP」


 半透明のウインドウが開き、バルバル戦と同じくここでもシマノのレベルが上がったことを示す。少しばかりのステータスの上昇。そして今回ももう一つ。


「『SWAP』

新しいスキルを習得しました」


「よっしゃー! ボス戦最高ー!」


 新スキルを習得し有頂天のシマノ。だが浮かれている場合ではない。採掘所を陣取っていた魔物の討伐を里に報告し、鉱石の供給を再開してもらわなくてはユイを直すことができない。

 ボス戦を終えたからか、崩れた岩で塞がれていた道が再び通れるようになった。よく見ると、シマノの描いた絵を笑ったあの子どもが岩をどかして助けてくれたようだ。

「おーい! ありがとー!」

 シマノが呼びかけると子どもは怯えて逃げ去ってしまった。

「あらあら、すっかり嫌われちゃったわねー」

 ニニィとシマノは顔を見合わせ笑った。ムルの顔マークも楽しそうにしている。このままムルも加入してくれたらいいのにと思いつつ、シマノたちは里への帰路に就いた。


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