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第9話:ツタの魔物

「着いたぞ」


 ムルの声に顔を上げると、前方の窪地に小さな集落が見えた。その中を赤、黄、白、緑など様々な色の光がユラユラと幻想的に漂っている。地底民の髪の光だ。人によって色が違うんだなぁとシマノは感心した。

「キレイねぇ……」

 ニニィも眼前の光景にうっとりと見惚れている。地底民の住む場所――ムルは「里」と呼んでいた――そこは小さな洞穴のようなものがいくつか口を開いている窪地で、地底民たちが穴から穴へと行き来していた。


「我は行くべき場所がある」


 里に着くとムルはすぐどこかに去ってしまった。シマノとニニィは仕方なく二人で情報収集を開始する。とりあえず手近な地底民に話しかけてみる……が、返事がない。続いて通りがかった別の地底民にも話しかけたが、こちらもチラリと視線をよこしただけですぐどこかに行ってしまった。

「もしかして、俺たち、嫌われてる?」

「……かもね」

 シマノとニニィは顔を見合わせ苦笑した。正直ファブリカでの地底民の扱いを思い起こせば、好かれる理由の方が無いといえる。


「ねぇねぇシマノ、あたし思うんだけど」

「何?」

「この里ちょっと静かすぎない?」


 言われてみれば、確かに静かだ。行き交う地底民の数自体は決して少なくはないのだが、彼らは皆一様に黙ったまま一言も言葉を発していないのである。

「もしかして地底民ってめちゃくちゃシャイなのか」

「そうねぇ……というより、たぶん」

 ニニィが視線で近くにいた地底民二人組を示す。見ると、二人は一言も発しないままじっと見つめあっている。しばらく見つめあった後、二人は各々別の方向に歩き出した。

「なるほど、テレパシー的なやつか!」

「……ごめんねちょっとわからないけど、たぶんここの人たちは喋らずに会話してるのかも」

 テレパシーが通じなかったことに若干のショックを受けながら、シマノはニニィの意見に同意する。どうやら彼らは無言のまま何らかの手段でコミュニケーションを取っているようだ。そうなると、地上との橋渡し役であるムル以外は言葉を話せない可能性が高い。


「じゃあ置いてくなよ~!」


 ムルに対する心の叫びが駄々洩れである。ついさっき使い方を学んだ新スキル「レンズ」とニニィの情報盗みがあるとはいえ、言葉が通じないのは致命的だ。一刻も早くムルと合流し通訳になってもらわなくては、ろくに情報も得られない。

「とにかく何とかしてムルを探そう」

 言葉が通じないなら絵で勝負だ。シマノは落ちていた小石で地面にムルの似顔絵を描いた。


「…………ツタの……魔物……?」


 完成した似顔絵を見たニニィの感想がこれである。さすがのシマノもかなり傷ついた。

 と、そこにムルよりもさらに幼い地底民の子どもがやって来て、しゃがんでシマノの絵をじっと見つめだした。子どもは黙って絵を見つめたまま、中々動こうとしない。これはムルの居場所を聞くチャンスではなかろうか。里に入って効果が切れたらしく、顔のマークが出ていないことに気づいたシマノは慌ててこっそりレンズを掛け直した。子どもの頭上にマークが現れる。爆笑顔だ。


「人が! 一生懸命描いたものを! 笑うなよぉ!」


 シマノの大きすぎる嘆きに驚き、子どもは近くの岩陰に逃げ隠れてしまった。近くにいた地底民たちも周囲の洞穴に逃げ込んでしまったようだ。

「ほらほら、シマノがいきなり大声出すから怖がってるよ?」

 レンズの効果を知らないニニィはいったいどこが笑っていたのだろう、と疑問に思いつつもシマノを諫め、隠れてこちらを窺う子どもにそっと近づく。

「ねぇキミ、こっちでおねぇさんとお喋りしなぁい?」

 ニニィは桃色の髪を耳にかけ、怪しく手招きをして子どもを誘惑している。

「そーいうの教育上どうかと思うぞー」

 シマノが変なところで真面目さを発揮し横槍を入れた。子どもはシマノには怯えつつも、見かけ上年の近そうなニニィに少し興味を示したらしく岩陰からそっと姿を現した。ニニィおねぇさんがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「おねぇさんね、このコを探してるんだけど。キミ知らない?」

 そう言ってニニィは地面にムルの似顔絵を可愛く描いた。子どもはその絵をチラリと見て、次いでニニィの目をじっと見つめ、再び岩陰に隠れてしまった。

「ふーん……ありがと♡」

 ニニィは何らかの情報を盗み出したらしい。その様子を遠巻きに眺めていたシマノはガックリと肩を落とす。

「俺の立場が無さすぎる……」

「元気出して♡ おねぇさん、がんばってるキミはカッコいいと思うよ♡」

 見た目一桁年齢女子大人のおねぇさんに励まされ、寧ろ惨めな気持ちになるシマノであった。


 シマノとニニィは子どもから頂戴した情報をもとに、里の外れにある採掘所に向かっている。先ほどの戦闘でレベルが上がったためか、ニニィが盗んだ情報を共有できるようになったのだ。シマノのマップにムルの居場所が星印でマーキングされる。

 と同時に、ワールドマップのかなり北方、恐らく山岳地帯があるであろうエリアにも星印がついた。以前幹部の男から盗んだアジトの在処だ。いずれも星印が付いただけで、その周辺のマップは霧に覆われたまま見ることが出来ない。

「んー……ここはキミの大きさじゃ通れないかも。他の道を探しましょ」

 子どもから頂戴した情報だからか、採掘所までのルートは子ども仕様になっており、明らかにシマノでは無理な道も含まれていた。

「何かごめん……俺だけ別ルートで行くからニニィは先に行って……」

 先ほどの一件で落ち込んでいるシマノはもうこれ以上足を引っ張りたくない一心でそう伝える。

「イヤよ。暗くてせま~いところを一人ぼっちで通るなんて、絶っっっ対ムリ」

 そう言ってニニィはシマノの腕にガッチリとしがみつく。そのあまりにも必死な形相にシマノの心が少し和んだ。


 複雑に入り組んだ洞穴群を潜り抜け、二人はとうとう採掘所にたどり着いた。だいぶ時間がかかってしまったが、果たしてムルはまだここにいるのだろうか?

「シマノ、あれ見て!」

 ニニィが指す方向を見ると、奥の方にある岩山が微かに青白く光っている。ムルの色だ。

「行こう!」

 やっと再会できそうなことに安堵し、二人が岩山に向かって駆け出した、その時だった。

 ドンッと下から突き上げるように大きく地面が揺れた。ニニィが驚き悲鳴を上げる。シマノもよろめきつつ、ニニィを庇うように抱え抱きその場にしゃがみこんだ。

 幸い揺れはすぐに収まった。だがその直後、ちょうどムルがいるであろう岩山の方から岩が崩れる大きな音が響いた。

「ムル!」

 シマノたちは急いで岩山に向かう。岩山に着くと、こちらに気づいたムルが声を上げる。

「来るな!」

 そう言われても従うわけにはいかない。声のする方に近づくと、ムルが岩山の一点を見つめ警戒していた。崩れかけたその一点から一本、大きな節足動物の脚が突き出ている。その脚が、動いたかと思えば周囲の岩を押し崩し、あっという間に巨大な蜘蛛の魔物が姿を現した。押し崩された岩々で来た道が塞がれ、逃げられなくなる。


「ボス戦ってことか……」


 シマノとニニィ、そしてムルの三人でこの巨大な蜘蛛を討伐しなくてはならない。薄暗く足場も悪い地底での戦いはシマノとニニィにとって圧倒的に分が悪い。

「ニニィ、俺たちであいつの気を引いて、その隙にムルにさっきみたいな大技を決めてもらおう」

「了解!」

 蜘蛛は苦手ではないらしく、ニニィが元気に返事をして魔物に向かっていく。シマノも念のためレンズを掛け直し、敵のHP、MPと合わせて確認しながら中距離で様子を伺った。


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