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第8話:早速試すぜ新スキル!

 地下洞窟に入って少し歩くと、広い空間が待ち受けていた。薄暗くじめじめしてはいるものの、あまり洞窟らしくないといえるほど大きく開けた場所。いくつもの鍾乳石が垂れており、そのうちの何本かは地面と繋がって石柱となり高い天井を支えているように見える。大空洞とも呼ぶべきこの場所からは細い通路がいくつも伸び、洞窟のあちこちに通じているようだ。

 橋渡し役が被っていたフードを外す。透き通るような銀髪が、肩に届くぐらいの長さでばらばらと広がる。毛先は無造作に切りっぱなしにされたような不揃いの状態だ。その毛先が淡く青白い光を纏い始めた。

「光って……る……?」

 橋渡し役の銀色の髪は毛先から徐々に光を帯びていき、間もなく髪全体がぼんやりと青白く発光している状態になった。橋渡し役は振り返りシマノたちを一瞥する。地底で暮らす者らしく真っ白な肌。銀色の長い睫毛に縁取られたその瞳は深い海のように暗く澄んだ青色だった。

「はぐれずついてこい。死体掃除の手間をかけさせるな」

 どうやら髪の光を頼りにしろということらしい。その光の美しさに見惚れつつシマノとニニィは橋渡し役の後に続いた。

「ねぇねぇ、アナタ名前は?」

「ムル」

 ムルの髪で暗さが軽減されたおかげか、ニニィは少し元気が出てきたようだ。

「あたしはニニィ。ピクシー族よ。よろしく♡」

「……」

 返事がない。もしや俺が名乗るのを待っているのか、と思ったシマノは慌てて自己紹介を始めた。

「おっ、俺はシマノ。凡人です!」

 隣でニニィが吹き出したのがわかる。ピクシー族と名乗ったニニィに倣いシマノも人間だと言いたかったのだが、焦ってこうなってしまった。

「……」

 当然ながらムルの返事はない。せめて笑ってくれたらよかったのに、と落ち込むシマノの肩……には届かないため背中をニニィがぽんと叩いた。


 その後もニニィが度々話しかけたが、ムルの反応はいずれも素っ気ないものだった。地底民や鉱石についてあれこれ聞いておきたいところだったが、何一つネタを掴めないまま三人は地底民の住むエリアに近づいていく。ムルは小柄だが歩くのが速い。起伏の多い洞窟の中を軽々と進んでいく。一方のシマノたちは慣れない道に悪戦苦闘しながらムルを見失わないよう付いていくので精いっぱいだ。

 不意にムルが足を止めた。ここぞとばかりに追いつこうと急ぐシマノたちをムルが左手で制す。


「……魔物だ」


 ムルの視線の先、大きな岩と岩の合間からドロドロのゼリーのようなものがこぼれ出ている。それが徐々に集まり固まって、一つの生物のように意思を持ち、次の瞬間こちらに襲い掛かってきた。


「いやー気持ち悪ーい!」


 ニニィの悲鳴とともに戦闘開始。シマノは漸く訪れた新スキル使用のチャンスに笑みが止まらない。

「こいつらは我のみを狙う。お前たちは先に行け」

「駄目だ、君みたいな小さい子を一人残していくなんて出来ない! ここは俺たちに任せて!」

 せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。シマノはニニィにアイコンタクトを送る。

「そ、そうね……あたしも頑張る……!」

 下がった眉と震える声で健気に応えるニニィ。彼女には悪いが新スキルを存分に試すべく、なるべく瞬殺はせずにじっくりとたっぷりと時間をかけて魔物を討伐しようと考えシマノはウインドウを開いた。


「来るぞ」


 先ほどのムルの言葉通り、ゼリー状の魔物は真っ直ぐムルを目掛けて飛び掛かった。


「下らぬ」


 飛び掛かったはずの魔物の身体は何かに阻まれ、ムルに触れることもできずべちゃりと地面に落下した。


「石の盾……?」


 魔物を阻んだ何かは、石で出来た小さな円形の板だった。板は空中に浮いている。と思いきやバラバラと細かな石片となり、ムルの周囲を囲むように漂い始めた。


「声は聞こえずとも、我らは未だ石とともに在る」


 どうやらムルたち地底民は周囲の石を意のままに操ることができるらしい。これはまずいぞ、とシマノは焦りだす。恐らくムルは一人で簡単にこの魔物を撃退してしまうだろう。そうなる前に新スキル「レンズ」を試しておく必要がある。

 シマノは開いたウインドウから新スキルを探し、レンズを発動した。ウインドウが一瞬きらめき、スキルの発動を知らせる……が、特に何も起こらない。

「……あれっ?」

 ステータス画面を開き、自分や味方のステータスを確認する。何も変わっていないようだ。では敵のステータスはどうだろう? レンズというぐらいだから敵のステータスが覗けるようになっていてもおかしくはない……が、こちらも変化なく、敵の詳細なステータスは見ることができなかった。

 仕方なくシマノはウインドウを閉じた。ムルとニニィが魔物の体力を既に半分ほど削っている。せっかくの新スキルなのに、このままでは全く恩恵を得られないまま終わってしまう。


「石とともに地に伏すがよい」


 ムルが何やら大技を放ったようだ。地鳴りとともに魔物の身体が半分ほど地面に飲み込まれ、すさまじい勢いでHPバーが短くなっていく。その光景を呆然と見つめながら、シマノはふとある一点に気がついた。魔物のHPバーの横に、顔のような絵文字風マークが出ている。顔マークは焦っているような表情を浮かべている。

「何だあれ?」

 確かにさっきまではあんなマークはなかったはずだ。まさか、これがレンズの効果だとでもいうのだろうか? 残りHPがあと僅かなったところで、魔物に変化が訪れた。突然顔マークが怒り顔に変化し、次の瞬間ゼリー状の身体を一斉に飛び散らせて地面から脱出したのだ。


「もーぉ、気持ち悪いのよー!」


 小さくなった魔物の欠片たちをニニィが半泣きで潰していく。

「ちょっ、ちょっと待っ、いやごめん待たなくていい! いややっぱちょっと待っ」

 シマノも別の意味で半泣きである。そして飛び散り小型化した無数の魔物たちの顔マークも泣き顔だった。つまりきっと、この顔は魔物たちの心情を端的に表すものなのだろう。そう、これがレンズの効果の全てだ。


「要らねえーーーー!!」


 シマノの怒りの鉄拳が魔物の一片を叩き潰した。手にべたべたとした液体が付着する。不快すぎる。


 シマノたちは苦もなくゼリー状の魔物を討伐した。ムルはゲスト扱いらしく、シマノとニニィ、そしてユイに経験値が入る。どうやら戦闘に出さなくても経験値が貰えるシステムらしい。レンズのしょうもなさに疲弊していたシマノの心が少し潤った。


「行くぞ」


 先ほどまで魔物と戦っていたとは思えない涼しげな顔でムルが告げる。その頭上に、顔マークが出ていた。

「あっ」

 思わず声を発してしまい、シマノはムルとニニィから訝られる。何でもないと誤魔化しながら、シマノは改めてムルの顔マークに注目した。疲れ顔だ。

「ムル、疲れてない? 少し休んでから行こうよ」

 シマノの声かけに、ムルの動きが一瞬止まる。が、そのままムルは何事もなかったかのように歩き出した。

「……里は近い。先に行くぞ」

 そう言ってはいるが、顔マークは満面の笑みになっている。シマノの気遣いが余程嬉しかったのかもしれない。

「これ……たぶん人に使うやつだな……」

 シマノはニニィたちに聞こえないよう独り言ちる。レンズは対象の心情をわかりやすく伝えてくれるスキルのようだ。ニニィの頭上には出ていないことから、パーティメンバーには使えないと推測される。戦闘には役立たなさそうだが、実は結構便利なスキルではないだろうか。当たりスキルが手に入った喜びを噛み締めつつ、シマノはムルたちに遅れないよう足を急がせた。


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