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第6話

 自分の手足すら見えない真っ暗闇の中。起きているのかいないのかもわからない状態で、シマノはぼんやりと遠くに微かな声を聞いていた。小さな女の子が親しげに自分を呼ぶ声。どこか懐かしく、とても暖かい気持ちになっているのに、その声の主をどうしても思い出すことができない。ただ声のする方へ、シマノは手を伸ばそうとする。少しずつ、少しずつ、届きそうで届かないその声の主に向けて。忘れてはいけないはずだった、確かにそこにいたはずの誰かに向けて。


「……ユイ?」


 伸ばした手の指先が柔らかな頬に触れた感覚でシマノは目を覚ました。

「ざーんねん、ニニィちゃんでした♡」

 シマノの指に自らの指を絡めながら頬を寄せ、ニニィは怪しげに微笑む。

「ごめん間違えたいろんな意味で」

 見た目一桁年齢の誘惑にうまく対応するには圧倒的に人生経験値の足りていないシマノが秒で指を振りほどく。

「ユイは……っていうか、ニニィ大丈夫? さっき撃たれてなかった?」

 シマノの心配をよそに、ニニィは振りほどかれた指をつまらなそうに見つめながら、まぁねとやや投げやりに答えた。

「傷は痛むけど、動けはするって感じ。さっきの彼に手加減されちゃったわね」

 先ほどの怪しい男との戦闘を思い出し、シマノは今頃になって背筋が凍りつくような思いに襲われた。結局新スキルを試せなかったどころか一方的にあしらわれ、何一つ歯が立たないまま次々と戦闘不能に追い込まれ……もしあの男が本気で戦っていたら……。

「イベント戦で助かった~~~~!!」

 心の声が駄々洩れである。シマノの脳内では既にあれは必ず負けるイベント戦ということに決定していた。「イベント戦」の意味がよくわからないニニィはとりあえずシマノの大きすぎる独り言を聞き流している。

「それで、ユイは? どこ?」

 シマノが尋ねると、ニニィは俯きがちにシマノの後方を指した。急いで振り返ると、ユイは地面に横たわったまま意識も戻っていない状態だった。

「ユイ……!」

 シマノは慌ててユイの元に駆け寄る。先ほどくらった電撃ダメージがかなり大きかったようだ。全身のパーツの至る所が焦げ付き、機能不全に陥ってしまっている。

「ユイ! 目を覚ましてくれ! ユイ!」

 シマノの必死の呼びかけに、ユイがうぅっとくぐもった声を発した。

「……シマ……ノ…………守る……」

 魘されているかのごとく呻くと、ユイは再び気を失ってしまった。

「どうしよう……なあニニィ、何とかする方法知らないか?」

 ニニィはいつになく真剣な面持ちで黙り込み、やがて口を開いた。

「『工業都市ファブリカ』」

「工業都市……?」

「アルカナ中の腕利き職人たちが集まっている都市よ。ユイの身体を直せる人がいるかはわからないけど、可能性は一番高いと思う」

 ありがたすぎる情報にシマノの目が輝いた。

「それだ! 行こうファブリカ! 行くしかない!」

「……問題は、どうやって連れていくか、ね」

 それは中々骨の折れそうな問題だった。ニニィによれば工業都市ファブリカはここから王都へ向かう途中にあるらしく、距離もさほど遠くなければ大幅なルート変更も必要ないようだ。さて、どうやってユイを運ぶか。

「そんなもんこれしかないっしょ!」

 シマノがユイをおぶった。問題解決である。

「ホントにだいじょうぶ?」

 ニニィが心配そうに上目遣いでシマノの顔を覗き込む。

「大丈夫、思ってたよりは全然軽い」

 機械パーツだらけだしめちゃくちゃ重かったらどうしようとシマノは内心ハラハラしていたが、ユイの身体は想定より遥かに軽かった。むしろ同年代の人間の女の子より軽いかもしれない……この場に比較対象がいないのでわからないが。


 ファブリカを目指す道中、シマノは意を決してニニィにジョブのことを問いかけた。

「あらぁ、よく気づいたわね」

 ニニィは驚きはしたものの、一切悪びれる様子もなく平然としている。シマノは拍子抜けし危うくユイを落としかけた。

「いやいやいや、もっとこう何か……あるでしょ!?」

 ニニィが驚く代わりに俺が、ぐらいの勢いで動揺しているシマノに当のニニィ本人も思わず吹き出した。

「ゴメンね♡ 隠すつもりはなかったんだけど。ちょっと説明しづらいのよね」

 せっかくだからアレも教えちゃいましょうか、と何やらニニィは説明の段取りを立てているようだ。ユイを軽くおぶり直しながらシマノはニニィの説明を待つ。

「たしかにあたしは盗賊よ。でも、ただの盗賊じゃないの」

 ニニィはそこで一旦言葉を切り、真っ直ぐシマノを指差した。

「シマノ。キミはここじゃない別の世界から来た、でしょ?」

 こてんと首を傾げながら得意気な表情を浮かべるニニィ。一方シマノはまたしても動揺しまくり、再びユイを落としかけた。

「なっ、なっ、なんでそれを!?」

「盗んだのよ。キミの情報を」

 情報を盗むとは。突拍子もなさすぎてシマノの思考回路が停止する。

「情報を? どうやって、いつの間に?」

「あたしは相手の持つ情報を盗む、情報専門の盗賊なの」

 ニニィの言うことがいまいちピンと来ていないシマノではあったが、少なくともユイ以外知らないはずの秘密をニニィが知っていた、これは紛れもない事実だ。

「酒場で会ったとき、珍しい二人組だなって思って盗んでみたの。ユイからはうまく盗れなかったんだけど、キミからは面白い情報が盗れた。だから声をかけたってわけ」

 全然気づかなかった。知らない間に秘密が筒抜けになっているとは何とも恐ろしい話である。

「便利なのよ。いくら盗んでも証拠なんて残らないし。おかげさまで情報屋としてやっていけてるってワケ」

 ついでに、とニニィはとっておきの情報を教えてくれた。

「さっきの彼、本物のゼノ幹部だったみたい。アジトの場所盗れちゃった♡」

 まさかすぎる。イベント戦の目的はこれだったのか、とシマノは一人納得した。

「すごいなニニィ! ……でも、出来ればそのスキル俺やユイには使わないでほしいな」

 ステータスを覗きまくっておいて言うのもどうかと思うが、さすがのシマノもプライバシー皆無はご遠慮願いたかった。

「安心して。一緒に行動するようになってから、どうしてかキミの情報も盗れなくなっちゃったの」

 仲間には使えないタイプのスキルか、とまたしてもシマノは一人納得した。

「というわけで、改めまして。情報専門の盗賊・ニニィちゃんです♡ これからもよろしくね~」

 こういうときに名乗れるジョブがあるって羨ましいな、と凡人のシマノは思うのであった。


 程なくしてシマノたちは工業都市ファブリカに到着した。

「何か……雰囲気重くない?」

 活気に溢れていたイニの街と比べるとファブリカは暗く、道のあちこちに座り込んで酒を呷ったり居眠りしている人がいる。工業都市というだけあって工場が林立しているが、どういうわけかほとんど稼働していないようだった。

「ヘンねぇ、前に来たときはこんな感じじゃなかったんだけど」

 ニニィも街の異様な雰囲気に首を捻る。シマノはとりあえず近くに座り込んでいた住民に声をかけてみた。

「あのー、この街で一番機械に強い職人さん探してるんですけど」

 住民は怠そうに顔を上げると、シマノが背負っているユイを見て若干の興味を示した。

「兄ちゃん、変わったゴーレム持ってんな」

 ゴーレム。恐らく魔力で動く自動人形のことだろう。この世界においてユイはその枠なのか、などとシマノは思考する。

「そう、俺のゴーレム。動かなくなっちゃったんだ」

 シマノは一旦相手に話を合わせる。住民は見せてみな、と言いユイの状態を確認する。

「あー、パーツがイカれちまってんな。こりゃ今は無理だ」

「……今は?」

 住民の言葉に引っ掛かりを覚えたシマノが尋ねる。

「今は鉱石が入ってこねぇからな。鉱石がなきゃこっちは商売あがったりってなもんよ」

 逆に鉱石さえあれば直せてしまうのか、とシマノは密かに感心していた。

「ねぇ、鉱石が……ってもしかして、王都の?」

 ニニィが横から尋ねると住民は意外そうな顔で返す。

「姉ちゃん詳しいな」

 感心する住民と「姉ちゃん」呼びに気を良くしたニニィ。話についていけずきょとんとするシマノに、二人は鉱石の仕入れにまつわる現状を解説してくれるようだ。

「元々このファブリカは鉱石加工ででかくなった街だ。今だってほとんどの工場が鉱石を原料にいろんなもん作ってる。それもただの鉱石じゃねぇ。地底深くで採れる一級品じゃねぇとここらじゃ使い物になんねぇ。だのに地底民のやつらがいきなり鉱石送るのやめちまいやがった」

 住民は苦い顔で舌打ちしている。

「地底民って?」

「地底で暮らしてる人たちのこと。最近王都と何か揉め事があったみたいでね、たぶんそれで地上に鉱石が回ってこないんだと思う」

 ニニィも困ったような顔をしている。住民が苛立たしげに頭を掻いた。

「ったく、あいつら地上を困らせようとしてとんでもねぇことしやがる。本当どこまでも勝手なやつらだ」

 住民の文句にニニィも同意している。

「地底民ってそんなに悪いやつなのか?」

「当たり前だろ! 悪いやつだから地底に住んでんだよ」

 そんな当然なことを今さら何だ、と言わんばかりの剣幕である。

「大昔に取り返しのつかない罪を犯した一族がいたの。彼らは罰として地底から出られないし、地上に住む者たちには決して逆らっちゃいけない――その末裔が地底民よ」

「ちょっと待ってよ。それって……」

「ホント、困っちゃうわよねぇ~」

 そんなの差別じゃないか、とシマノが言いかけたのをそっと片手で制し、ニニィは住民に笑いかけた。それから二言三言世間話を交わし、シマノたちは住民と別れた。ニニィが決まり悪そうにシマノの方を見ている。

「……ごめんなさい。別の世界から来たキミにはちょっと嫌な話だったわよね」

「いや、俺の方こそ何も知らないくせに、いきなりごめん」

「キミの世界のことはわからないけど、アルカナでは生まれた種族によって立場がだいたい決まっているの。王族が一番偉くて、次に力のあるものや知恵のあるもの、あたしたちピクシーやキミみたいな人間は結構下の方で、地底民が一番下」

 ニニィはどこか遠くを見るような目でぽつりぽつりと語ると、いきなり明るく表情を変えた。

「ねぇねぇシマノ、ずっとユイ背負いっぱなしだし、長話で疲れたでしょ? ひとまず宿に行かない?」

 ニニィなりに重い空気を変えようと気遣ってくれているのかもしれない。さすが自称大人のお姉さんだ。その心遣いを素直に受け取り、シマノはユイを背負ったまま宿へと足を運んだ。


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