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第5話

 シマノ、ユイ、ニニィの三人は始まりの街イニに別れを告げ、王都を目指して旅路を歩く。ニニィがこっちの方が近いと勧めたので、三人はメインの街道から外れた人気のない道を進んでいた。昨晩見たジョブのことでシマノは正直ニニィをかなり怪しんでいたが、ユイが何も言わないということは本当にこっちが近道なのだろうと思い直すことにした。


「なあニニィ、王都は『すべてのおわり』について何か発表とかしてないのか?」

「そうねぇ……冒険者向けには魔王討伐の依頼が出てはいるみたいね」

 何だそのいかにもメインクエストです感溢れる依頼は。だが、ニニィの言い方に何となく歯切れの悪さを覚え、シマノは詳しく突っ込んでみることにする。

「そんな依頼が出てたら世界中の冒険者が殺到するんじゃ?」

「形だけ、よ。どこかの冒険者が運よく討伐してくれたら懸賞金ぐらい出すわよ~みたいなやつね。魔王について詳しい情報をくれるわけでもなし」

「世界の命運が掛かってんのに、ずいぶんとやる気のない王都だな……」

 シマノが呆れ半分に言う。

「もちろん、正式な討伐依頼は他に出ているわ。でもそれは王都の直属軍から出るからエリート冒険者向け。キミたちみたいな駆け出し冒険者は依頼書さえ見せてもらえないわね」

 つまり、シマノたち凡人組は王都の力に頼らず自力で魔王に近づかなければならない。

「……それとね、ここだけの話なんだけど」

 ニニィが不意に声を潜める。

「あんまり表立って魔王討伐とか言わない方がいいのよ」

「えっ、なんで?」

 シマノもニニィに合わせて声を潜め尋ねる。ゲーム世界における魔王といえば世界共通の害悪じゃないのか。それを討伐するんだから何が悪いというのだろう。ユイも同じ考えのようで、じっとニニィの答えを待っている。

「あたしもまだ正体は掴めてないんだけど、今このアルカナでは魔王を信奉する怪しい教団が暗躍してるみたいなの」

「怪しい教団」

 シマノはチラリとユイの方を見たが、ユイも教団については全く知らないようだった。

「じわじわと構成員を増やしてるみたいでね。魔王討伐を目指す冒険者たちを狙って襲ってきたりもするみたい」

 この話をするためにこっちの道を選んだってのもあるのよ、とニニィが言う。もし教団の話が本当なら何とも恐ろしい話だ。でも定期的に襲ってきてくれるならいい経験値稼ぎになるかも、などとシマノは不届きなことを考える。

「だから、魔王についての情報収集はこっそり行うこと。ニニィおねぇさんとおやくそく♡」

 うっかりニニィのペースにのまれ、気づけばシマノはニニィと指切りげんまんをしていた。アルカナにも指切りげんまんはあるのだな、と全然関係のないことを思ってほっこりしつつ、疑っている相手との約束にシマノは何とも言えない気持ちになった。流れでユイも指切りをしている。指切りをすることに意味を感じていないのか、その表情は若干困惑しているように見えた。

「はい、指切った♡ ちなみにその教団の名前は……」


「『ゼノ』」


 突如として聞こえてきた知らない声。三人に一斉に緊張が走る。いったいいつからそこにいたのか、気がつけば三人の前に一人の怪しげな男が立ちはだかっていた。背丈はシマノより高く、ゆったりとしたローブのようなものを羽織っているため体形はよくわからない。

「初めまして。名乗るほどのものではありませんが……そうですね、ゼノの構成員、とだけお伝えしておきましょうか」

 静かだが不思議とよく通る声で男は一方的に語りかける。フードを目深にかぶったその表情はうまく判別できないが、口元はほんのり笑っているように見える。

「貴方たちは魔王様を倒すおつもりなんでしょう? ならまず僕が相手になりますよ」

 そう言い終えると同時に禍々しい気が周囲一帯を覆う。丁寧な口調とは裏腹に邪悪なオーラを身に纏い、男は一切隠すつもりのない剥き出しの殺気をシマノたちに向ける。まるで戦闘の心得などない凡人のシマノでも分かる――指一本でも動かせば、殺される。

「どうしました? 来ないんですか?」

 男が余裕たっぷりに挑発する。ユイもニニィもとてもではないが動くことなどできない。緊急事態だ。シマノは脳味噌をフル回転させながらバレないようにウインドウを開く。半透明のウインドウはシマノにしか見えていないらしい。これからシマノたち三人は持てる全てのスキルを駆使して何とかこの場を脱しなければならない。

 まずシマノはこっそりと男の頭上、二本のバーに目をやろうとした。無い。男のバーは何故か表示されていないのだ。シマノは思わず目をぱちくりさせた。


「見えないでしょう?」


 男の声がシマノのすぐそばから響く。一体いつ移動したというのか、男はシマノの背後に回り込み後ろから肩を抱いていた。

「ヒィッ」

 シマノは情けない悲鳴を上げる。

「シマノ!」

 ユイが男の猛烈な殺気をはね除け、素早く光線銃を引き抜きその銃口を男に向けた。

「彼ごと撃ち抜くおつもりで?」

 男はシマノを盾にする気満々だ。しかしユイは一歩も引かない。

「私の狙いは正確。あなただけを撃ち抜くことは容易」

「なら、こうしてしまいましょう」

 フッと男の気配が消える。次の瞬間、男はユイの頭を片手で掴み、そこからバチッと強い電流のようなものを流し込んだ。

「!?」

 ユイの身体は小さく跳ね、すぐに脱力して動かなくなってしまった。関節という関節からプスプスと黒い煙が上がっている。

「ユイ!!」

 シマノとニニィの叫びも虚しく、ユイは倒れたまま微動だにしない。

「銃も、近づいてしまえば意味をなしません」

 いつの間にか男はユイの光線銃を奪い、手持ち無沙汰に弄っていた。かと思えば不意に二、三発、誰もいない適当な方向に撃ち込んでそのまま放り捨てた。直後、ニニィが苦しそうにうずくまった。シマノはわけもわからず混乱する。

「えっ待ってどういうこと!? 撃たれたの!?」

「そういうことです」

 さも当然かのごとく男は言い放った。だが確かに男は全く見当違いの方向を狙っていた。それなのにニニィは撃たれて苦しんでいる。シマノにはもう何が何だかさっぱりわからなかった。

「さて、残るは貴方だけです。シマノ」

 男がゆっくりと歩いて近づいてくる。その圧に屈してしまいそうになりながら、シマノは必死で考えを巡らせていた。

「さっき『見えないでしょう』って言ったな。俺が見てるってどうして気づいた?」

「ああ、本当に見ていたんですね。別に大したことじゃありません。僕は能力を隠すことができるので、もしかしたらと思いまして」

 やられた。カマをかけていただけだったとは。

「お前の目的は何だ? こんなに強かったら俺たちなんか簡単に殺せるだろ」

「目的なんてありませんし、あっても言いませんよ」

 それはそうだ、とシマノは納得しかけ、慌ててかぶりを振った。絶対に何かあるはずだ。だって、そうじゃなかったら、こんな強い奴がこんな序盤に敵として出てくるわけがない。シマノは卑怯なメタ読みを働かせ、男の出方を窺った。

「そろそろ終わりにしましょうか」

 男が攻撃体勢に移ろうとしたその時、ニニィの手が男の足首を掴んだ。

「逃げ……て……シマノ……」

「ニニィ!」

「おや、ちょうど手間が省けました」

 男はニニィの肩をぽんぽんと叩く。途端にニニィは気を失ってしまった。これで本当に残ったのはシマノだけになってしまった。何度ステータス画面を確認しようとユイもニニィも戦闘不能状態なのだ。

「そうですね……貴方にだけ教えて差し上げましょう。」

 男が何か気まぐれを起こしているようだ。

「魔王様は今の僕よりもさらに強いです。もし本気で倒したいのなら、少なくとも僕の技の秘密ぐらいは解き明かせないとお話になりませんよ」

 男の気配が消える。次の瞬間、男はシマノの首に手を掛けている。終わった。せっかく異世界に来たのにこんなところで終わるのか。せめてどうか、これがイベント戦であってくれ。

 男の手がシマノの首に触れる。シマノの意識が遠のいていく。薄れ行くその意識の中、遠くでぼんやりと男の声が響く。


「この程度で魔王様を倒そうだなんて烏滸がましいにも程があります。五億回転生して出直していらっしゃい」


 その声と去っていく足音を聞きながら、シマノの意識は暗転した。


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