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第4話

 始まりの街イニは数多の駆け出し冒険者たちによる活気に満ちていた。

「いかにも冒険の始まりって感じだな!」

 ウキウキとはしゃぐシマノと対照的にユイはいつも通りの冷静な口調で話す。

「シマノ、目的を忘れてはだめ」

「ごめんごめん、仲間探しと情報収集だよな」

「酒場に向かうことを推奨」

 ユイの提案に頷き、ついでにユイに道案内を頼み、シマノは酒場に辿り着いた。街なかの雰囲気と比べると、酒場の空気は些か重い。皆こちらをチラチラと見ながら仲間内で何事かを囁きあっている。シマノの脳裏に不安がよぎる。やはり機械少女と凡人の二人組は異端扱いで処刑されてしまうのだろうか。


「あらぁ、随分変わったコね」


 どこからか女性の高い声が聞こえ、シマノとユイはキョロキョロと辺りを見回した。


「ねぇ、こっちでおねぇさんとお喋りしなぁい?」


 ほんの少し舌足らずな、鼻にかかったような声が二人を誘う。だが何度探しても声の主が見当たらないのだった。


「ここよ、ここ♡」


 シマノとユイが声のする方を向くと、そこには足を組んでカウンターの椅子に腰掛け、二人に優雅に手招きをしてみせている――子どもがいた。背丈は甘めに見積もってシマノの腰ぐらい、パッチリとした大きな瞳にぷにぷにのほっぺた、小さく柔らかそうな手、ツヤツヤサラサラで指通りの良さそうなストレートのロングヘアー。どこをとっても一桁年齢の子どもに間違いない。

「こらこら、子どもが酒場で遊んじゃいけません」

 思わず注意してしまったシマノであったが、もしかするとアルカナでは子どもも酒場に入り浸っていいのかもしれない、などと考え、改めてユイに尋ねてみることにした。

「アルカナってお酒何歳から?」

「成人していれば誰でも。年齢は種族による」

 そんな二人の会話を聞いて女の子は愉快そうにしている。

「だいじょうぶ、大人よ♡ ピクシーは年を取ってもこんな感じなの」

 ピクシーというのは女の子の種族のことだろう。シマノがチラリとユイに視線を送る。

「ピクシー族は7歳で成人」

「なら問題ないな」

 シマノの心配もどこ吹く風といったていでピクシーの女の子はカクテルを一口飲み、足を組み替えた。甘そうなそのカクテルと同じ桃色の髪を、上向きにピンと尖った耳にかけて誘うように微笑む。これが大人のお姉さんなら様になっているのだが……などとシマノが失礼極まりないことを考えていると、見透かしたかのように女の子が口を開いた。

「たぶんあたし、キミたちより年上よ」

「いやどう見ても一桁年齢」

 えっ、そうなの? と言おうとしたはずが、ついつい脳内ツッコミの方が口から出てしまいシマノは少し焦った。ユイが呆れたような目で見ている。一方ピクシーの自称お姉さんは全く気にしていないようだった。

「ほら、そんなとこに立ってないで。こっちでお話ししましょ」

 自称お姉さんにいざなわれ、シマノとユイは少し奥のテーブル席に座った。


「ピクシー族のニニィよ。よろしく」

 自称お姉さん改めニニィはウインクしつつグラスを掲げた。シマノとユイもそれに応じ、それぞれ挨拶してグラスを掲げる。といってもシマノもユイも未成年向けの炭酸ドリンクだが。

「二人とも、この街は初めて?」

「俺は初めてです」

 街どころか世界が初めて、とはさすがに言わないものの、一応この世界の先輩であり恐らく人生の先輩でもあろうニニィに対しシマノは敬語を遣ってみる。

「ふふっ、もっとくだけた感じでいいわよ。ユイも初めて?」

「初めて」

 意外だった。シマノはてっきりユイがこの街に来たことがあるものだと思っていた。来たことないわりにずいぶん詳しいな、とシマノは思う。

「あたしも初めてなの」

 またしても意外だった。来たことないわりにこの馴染みっぷりは何なんだ、とシマノは思う。

「みんなちょっとピリピリしてるでしょ? イヤな噂が流行ってるのよ」

 どうやら自分たちが原因ではないらしいと知り、シマノはほっと息をついた。

「イヤな噂って?」

「ここから北西にいくと王都があるの。そのもっと北の方に魔王が棲んでいるんだけどね、この頃何だか悪~いことを企んで動き出したみたいなのよ」

「悪~いこと?」

 いかにもゲームのメインクエストっぽい話だ。シマノはニニィの話に注意して耳を傾ける。

「あたしもまだ詳しくは知らないんだけどね。この世界に破滅をもたらす~とか、ちょっと物騒な感じなの」

 それはちょっとどころの物騒ではないのでは、とシマノが言いかけるより先にユイが口を開いた。

「『すべてのおわり』」

「あらぁ、よく知ってるわね」

 ニニィがつぶらな瞳をさらに丸くした。

「全ての終わり?」

 一人置いてきぼりのシマノが尋ねると、ユイは例によって淡々と説明を始める。

「世界樹伝説の最後に記された予言。この世界の破滅をもたらす何か。それが『すべてのおわり』」

「その『すべてのおわり』がもうすぐ来るって噂なのよ。そんなときに魔王まで動き出しちゃったからみんな気が気じゃないってわけ」

 ニニィはカクテルを一口飲み、ふぅと息をついた。

「キミたち、ちょっとこの辺りじゃ見ない感じだから。魔王の仲間かもって警戒されたのね」

「あれっ、やっぱり俺の不安半分当たってた?」

 俄に焦りだすシマノを尻目に、ニニィはユイに熱視線を送る。

「だからこそ、あたしはキミたちに声をかけたの」

「目的は何?」

 ユイがやや警戒の色を強めて問う。ニニィはふふっと笑いながら答える。

「やぁねぇ、そんなに警戒しなくてもだいじょうぶ♡ あたしはただキミたちと一緒に行動したいだけよ。特にユイ、アナタとね♡」

「理由は?」

 警戒を解くことなくユイが尋ねる。ニニィはまぁ無理もないか、とさほど気にしていないようだ。

「あたし、情報屋やってるの」

「へー、そうなんだ!」

 シマノが呑気な相づちを入れる。

「アナタの身体、見たことないパーツでいっぱい。とっても興味深いわ……」

「なっ、何か怪しい感じになってない?」

 さすがのシマノも呑気にしている場合ではなかった。

「ニニィは私の身体構造に情報的希少性を見出だしている、ということ?」

 あくまでも淡々とユイが質問する。

「うーん……ちょっと難しい言い方なのが気になるけど、まぁそんな感じね」

 ニニィは改めて二人に対し向き直り姿勢を正した。

「あたしの持ってる情報は全部共有するわ。だからお願い、キミたちと一緒に行動させてちょうだい」

 ユイに対してちょっと、いやだいぶ怪しい感じはあるものの、それ以外の点で断る理由は少なくともシマノには無さそうだ。情報屋というのも心強いし、何よりいかにもファンタジー世界の住民らしい住民であるピクシー族が加入してくれるとこのパーティの異端度がかなり軽減される。それは何物にも代えがたいメリットだとシマノは確信していた。あとはユイがどう思うかだ。

「私たちには情報が必要。ニニィと一緒に行動することを推奨」

「俺もそう思うけど……いいのか?」

「問題ない」

 ユイがそう言うならいいか、とシマノは納得し、ニニィの加入を許可した。

「ありがと~。これからよろしくね♡」


「JOINED」


 半透明のウインドウが開き、パーティメンバーが増えたことをシマノに知らせる。後でじっくりステータスを確認しよう、とシマノは一旦ウインドウを閉じた。

「よーし! 仲間も増えたし、次は王都にでも行ってみますか!」

「シマノ、もう日が暮れる。今日は宿に泊まろう」

 三人は宿に向かい、明日王都を目指すことにした。


 その夜。ユイとニニィは相部屋で、シマノは一人部屋を取った。簡素なベッドの上で、シマノは何とはなしにウインドウを開き、ニニィのステータスを確認する。ニニィはユイよりも少しレベルが高いようだ。心強い限りだな、と思ったシマノの目にある文字が留まる。それはニニィのジョブだった。


「盗賊……」


 確かニニィは情報屋を名乗ってなかったか? まさか俺たちを騙して何か奪おうと? でも何を? 駆け出しの中の駆け出し冒険者であるシマノには奪われるようなものなど何も思い当たらなかった。が、とにかく警戒するに越したことはないだろう。明日タイミングを見計らってユイにも伝えよう、と考え、シマノは不安な気持ちを抑え込み無理やり眠りについた。


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