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第3話

「この戦いに勝つのは俺だ」

 荒くれ者のリザードマンたちの縄張りであるラケルタの森。その中で彼らを統括するボスとして君臨するバルバルに対し、たった今ジョブが「凡人」であることが判明したシマノが言い放ったのがこの言葉である。当然バルバルは激昂し、巨大な斧を力任せに振り下ろしてきた。戦闘開始。凡人のシマノはこの強大で恐ろしい相手に何とか立ち向かわなければならない。

「危なっ……!」

 間一髪のところで斧の一撃を躱したシマノは、視界を確保すべく一旦ウインドウを閉じる。改めてバルバルを注視すると、ある変化に気づいた。バーだ。いつの間にか奴の頭上には一本のバーが表示されている。

「なるほど、あれが奴のHPか」

 続いてシマノはユイがいる方向に目を遣った。やはり、ユイがいるであろう辺りにバーが表示されている。こちらはバルバルと異なり、二本あるようだ。

「HPとMP……ユイは魔法が使える?」

 あの見た目で魔法を? という疑問はあるものの、MPが設定されているということは使えると判断して差し支えないだろう。そして、先ほどユイは治癒魔法が使えないと言っていた。ということは、もし使えるとしたら攻撃系の魔法である可能性が高い。

「なァにブツクサ言ってやがるッ!」

 バルバルが再び斧を振りかぶり攻撃体勢に入る。もしユイが目を覚ませば魔法の力を借りられるかもしれない。ここは時間を稼ぎ、出来るだけ多くの情報を得ておくべきだ、とシマノは判断した。

「別に何だっていいだろ? 気になるなら捕まえて聞いてみろよ!」

 そう言うとシマノはバルバルに背を向け一目散に駆け出した。

「……人間の分際でェ! 調子に乗るんじゃァねェ!」

 バルバルが猛然と追いかけてくる。先ほどの二体のリザードマンたちもそうだったが、彼らはさほど足が速くない。凡人のシマノでも少しの間なら逃げ続けられることは明らかだ。周囲のリザードマンたちから浴びせられる怒号を一切無視し、木々の合間を走り抜けながらシマノはメニュー画面を開いた。半透明のウインドウが広がりシマノの視界を覆う。入り組んだ森の中ではリスクの高い行動だが、今のシマノにはとにかく情報が必要だ。シマノはメニュー画面上でユイのステータス情報を呼び出した。

「今は『気絶』状態……治ったらこの画面で確認できるな。MPも十分。あとは使える魔法が何か……」

 シマノがウインドウに触れると、ユイの習得しているスキルが表示された。補助系のスキルが一つと、光線銃の溜め撃ち、あとは氷、雷属性の初歩的な攻撃魔法が一つずつ。恐らくどのスキルも一撃でバルバルを倒せるような強さはないだろう。

「……そうだ、確かこの森には」

 シマノはラケルタの森の「ある場所」を思い出す。勝算は決して高くはないが、あの場所に誘い込めればユイの魔法で奴を倒せるかもしれない。早速コントローラーのボタンを押すイメージで画面を切り替えると、ウインドウ上に周辺の地図が表示された。地図はほとんどが霧で覆われており、シマノの移動に合わせて徐々に霧が晴れていく。どうやらこの地図は今までに踏破したエリアのみ確認できるタイプらしい。霧だらけの地図を頼りに、シマノはなけなしの記憶を手繰り寄せながら目的地へと向かった。

「あとはユイの気絶が治るかどうか……!」

 懸命に駆けるシマノの体力は少しまた少しと消耗していく。バルバルとの距離も縮まっていく一方だ。完全に追いつかれてしまう前に、この勝負にけりをつけなくてはならない。シマノは再びユイのステータス情報を呼び出した。状態異常の欄から「気絶」が消えている。

「よし、間に合ったな」

 目的地ももうすぐそこ、あとはたどり着くのみだ。バルバルとの距離もまだ少しは開いている。あの巨斧を投げつけでもしてこない限りは十分逃げ切れるだろう。シマノの表情が僅かに緩んだ。まさにその時だった。ゴォッと風を切るような音を纏い、巨大な斧がシマノ目掛けて飛んできたのだ。

「マジかよあいつ!!」

 シマノは無我夢中で目の前の茂みに飛び込む。斧はシマノの頭上すれすれを回転しながら飛んでいき、近くの木々を数本なぎ倒して勢いを失い地面に落下した。直後、バルバルがシマノの逃げ込んだ茂みに勢いよく突っ込んだ。


「オラァ観念しやが……!?」


 ドボン、と重たい何かが水に落ちた音が響く。茂みに突っ込んだはずのバルバルの身体は、深い水の中に沈んでいた。何が起きたのかわからず、バルバルは目を白黒させる。どういうことだ。生意気な人間のガキを確かに追い詰めたはずだ。何故、水の中に? ガキはどこだ? 何もわからないが、とにかくここから脱出した方が良さそうだ。バルバルたちリザードマンは決して泳げないわけではない。とはいえ、ただでさえ大きく重たい身体に防具を身に着けた状態で水面に浮上するのはそう簡単なことではなかった。明るい水面に向かって、バルバルは必死で水を掻く。


「そうはさせるか!」


 飛来する巨斧を躱すため茂みに飛び込んだはずのシマノが茂みの脇から顔を出し、バルバルの落ちた小さな池に向かって叫んだ。その隣には機械の少女ユイ。何やら呪文を詠唱している。

「……アルゲオ凍えよ

 ユイが池に右手をかざす。かざした手の平に小さな魔法陣が浮かび上がり、そこから生み出された冷気が池の表面を包む。程なくして、バルバルの落ちた小さな池は分厚い氷に覆われてしまった。

「勝った……のか……?」

 シマノが不安げな面持ちで池の様子を窺う。バルバルのHPバーはまだ表示されており、彼がまだ生存していることを表していた。

「奴がこのまま浮上せず息絶えれば、私たちの勝ち」

 さらりと怖いこと言うなよユイ、と思いつつもシマノはバルバルが再浮上してこないことを一心に祈った。

「シマノ、よくこんな池を発見した」

 ユイが少し感心したように言う。

「池っていうか、深めの落とし穴に水が溜まってるみたいなもんだよ。知らなきゃ絶対に落ちる、初見殺しのトラップだ」

 俺もここで落ちた、とシマノはかつてのゲームプレイに思いを馳せる。誰かが故意に作成したとしか思えない、茂みで巧妙に隠された水トラップは、初見どころか余程この森の地理に精通していない限りまず気づくことができない。

「こいつなら知ってたかもしれないけど、あの勢いで突っ込んだらさすがに避けらんないだろ」

 茂みに飛び込んだと見せかけ、近くの木の枝にしがみついて何とか落水を免れたシマノ。それをユイが助け、あとはユイの魔法で水面を凍らせて勝利を収めたというわけだ。

「ただ気になるのは……」

 シマノは言葉を濁し、池から目を離せずにいる。バルバルのHPバーは先ほどより減ってはいるものの、まだ表示されているのだ。

「まさか……な」

 トカゲって水中で息できるのか? などとシマノが突拍子もないことを考えていると、ピシッと水面の氷から聞きたくなかった音が響く。みるみるうちに亀裂が走り、あっという間に砕かれた氷の中からバルバルが顔を出した。

「よくもハメやがったな……」

 バルバルの怒気に満ちた目がシマノを、次いでユイを捉える。

「女……てめェなんでこっちの居場所がわかった……?」

「私はシマノを守るために創られたから」

 ユイは淡々とさも当然であるかのごとく答え、呪文の詠唱に入った。その隣でシマノが補足する。

「冥土の土産に教えといてやるよ、バルバル。ユイは俺がどこにいようと、常に居場所を『探知』できるんだ」

 ユイが習得している中でたった一つの補助系スキル。「探知」は、特定の人物の位置を常に捕捉できる便利なスキルだ。

「そしてもう一つ。ユイは雷の呪文が使える」

 バルバルの顔に初めて焦りの色が浮かぶ。ユイは既に呪文の詠唱を完了している。

フルグル轟け

 一筋の稲光がバルバルの濡れた身体を貫いた。


「LEVEL UP」


 シマノの眼前に半透明のウインドウが開き、シマノとユイのレベルが上がったことを示す。少しばかりのステータスの上昇。そしてもう一つ。


「『LENS』

新しいスキルを習得しました」


 なんと、凡人のシマノにスキルが増えたようだ。

「よっしゃあ! 新スキル! レベルアップ最高!」

「おめでとう、シマノ」

 まだ内容はわからないがとりあえず新スキルの獲得にはしゃぐシマノと、こちらもよくわからないがとりあえず祝っておこうと考えたユイであった。


 ラケルタの森のボス・バルバルを倒し、子分のリザードマンたちによる報復を警戒しながらシマノとユイは森を抜けた先にある街を目指す。

「ユイ、その『イニ』ってのはどんな街なんだ?」

「『世界樹伝説』の始まりの街。たくさんの駆け出し冒険者たちが拠点に使っている、通称『冒険者のふるさと』」

「世界樹伝説って?」

「この世界『アルカナ』は世界樹の力で創られた、その始まりの伝説」

 もうすぐ見える、というユイの言葉と同時に視界が開ける。森を抜けた二人は小高い丘の上に出ていた。ユイの言った通り、前方に天まで届くほどの巨大な樹が聳え立っている。その麓には城壁で囲まれた都市が広がっていた。

「あそこは『王都アルボス』。この世界を統治する王がいるところ」

 続いてユイは王都より右手前側の街を指し示す。

「あれがイニ。今私たちが目指している場所」

「なるほど」

 ユイの説明を聞きながらシマノはぼんやりと思索を巡らせる。世界樹。王政。リザードマン。魔法。どう考えても中世風ファンタジーRPGまっしぐらな世界観。そんな中こちらは高度文明ど真ん中の機械少女とただの凡人。何がどうしてこの世界に存在しているのかもはや全く理解できない組み合わせだ。最悪の場合異端者扱いで二人とも捕縛、処刑されても文句は言えない状況である。

「……とにかく新しい仲間を探した方が良さそうだな」

 冒険者のふるさとと言うぐらいなのだから仲間の一人や二人ぐらい確保できるだろう。シマノは若干の危機感とともに始まりの街イニへと向かった。


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