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第103話 僕は最大の危機に直面する

 フェリックスは倒れたクリスティーナを抱き上げ、保健室に運んだ。

 クリスティーナをベッドに寝かせ、少しして彼女は意識を取り戻す。


(よ、よかったあ)


 クリスティーナが意識を戻し、フェリックスは安堵した。


「フェリックス先生、クリスティーナの問診が終わるまでこちらにいてください」

「わかりました」


 保健医の指示に従い、フェリックスは保健室に残る。

 クリスティーナが問診を受けている間、フェリックスは丸椅子に座り、腕を組み、ゲームの内容を思い出していた。


(クリスティーナを看病するイベントなんてなかった)


 ゲームでクリスティーナが体調を崩し、攻略キャラに看病されるイベントは存在しない。


(この世界に戻る前にゲームやり直したからね! 記憶は新しいほうだぞ)


 現代に戻った際、フェリックスは全ルートを再プレイしており、”真エンディング”まで駆け抜けた。

 この世界に戻ってから、重要だと思ったイベントをメモしているため今のフェリックスに死角はない。


(どうしてクリスティーナは倒れちゃったんだろう)


 ゲームにはない展開。

 クリスティーナが倒れたのは、以前から体調が悪かったから。

 この体調不良はきっと風邪などの軽度なものではない。


(大きな病気にかかってたらどうしよう……)


 クリスティーナが大病したら、魔法の使用に制限がかかるだろう。

 そうなってはゲームの裏ボスである悪魔を倒す手段が失われてしまう。

 最悪の事態を想像し、フェリックスに不安がつのる。


「問診が終わりました。こちらへ」


 保健医に声をかけられる。

 フェリックスは丸椅子を運び、クリスティーナの隣に置いた。


「フェリックス先生はクリスティーナが所属する同好会の顧問ですからね、耳に入れておいた方がいいでしょう」


 保健医が意味深なことを呟く。


(え、やっぱりクリスティーナは――)


 覚悟したフェリックスはごくりと生唾を飲み込んだ。


「クリスティーナ、あなた……、妊娠してる」

「っ!?」

「ええ!?」


 保健医はクリスティーナに妊娠を告げた。

 クリスティーナとフェリックスは保健医の診断に耳を疑う。


「体内の魔力濃度が異様に薄い。それは妊娠の初期症状と一緒」


 保健医は淡々とクリスティーナの症状を的確に告げる。


「というわけだから、フェリックス先生、担任のリドリー先生を呼んできてください」

「はい!」


 フェリックスは保健医の指示に従い、リドリーを呼ぶため保健室を出た。

 リドリーは三年D組の教室で学級委員長と共に、商品のチェックをしているはず。

 フェリックスはクリスティーナの妊娠を知り、頭が真っ白になった。


(これじゃあ、クリスティーナは悪魔を倒せないよ!?)


 ゲームのシナリオが大きく崩れてしまったからである。



 フェリックス、リドリー、クリスティーナの三人は生徒指導室に入る。

 クリスティーナの妊娠について話し合うためだ。

 担任のリドリーはもちろん、フェリックスは属性魔法同好会の顧問として同席している。

 フェリックスはリドリーの隣に座り、クリスティーナは向かいの席にすわった。


「話は聞きました」


 沈黙を破ったのはリドリーだった。

 話題はもちろん、クリスティーナの妊娠についてである。

 クリスティーナは気まずそうな表情を浮かべている。


「在学中に妊娠する女生徒は数年に一名存在します。出産する意思があるのであれば、学園はクリスティーナさんをサポートいたします」


 リドリーはこの先が不安なクリスティーナを安心させるために事務的なことを述べる。


「私は――」


 クリスティーナが口を開く。


「留年せずに卒業できるでしょうか?」

「それがクリスティーナさんの希望ですね」


 クリスティーナは頷く。

 平民のクリスティーナにとって、チェルンスター魔法学園の学費はとても高い。

 留年してまた一年分の授業料を払うことは出来ないだろう。


「そうですね……」


 リドリーは持参したクリスティーナの成績表を開く。


「妊娠初期で属性魔法を終わらせ、他の授業を記述にしたら……、今年中の卒業は可能ですね」

「あ、ありがとうございます!!」


 不安に思っていたことが解消し、クリスティーナに少し笑みが戻る。


「さて」


 成績表を閉じたリドリーの表情が変わる。


「次の質問はプライベートなことですから、答えなくても構いません」


 リドリーは強い口調でクリスティーナに問う。


「父親は誰ですか?」

「……レオナール先輩です」

「そうですか」


 リドリーがふうと息を吐く。


「今後のこと、レオナール君とよく話し合ってください」


 そう告げると、リドリーは席を立つ。


「話は終わりです。私は校長に報告いたしますので」


 リドリーはスタスタと生徒指導室を出て行った。

 話を終えたクリスティーナは頭を抱え、深いため息をつく。


「ああ~、これからレオナール先輩と話して、お父さんとお母さんに手紙を送って――」

「クリスティーナ」

「フェリックス先生……」

「僕も一つ聞いていいかな」


 クリスティーナの妊娠により、彼女の相手はレオナールで確定だろう。

 フェリックスにとってエリオットルート以外は全てグッドエンドだ。

 ゲームのプレイヤーであれば、それで満足しただろう。


「君は……、妊娠して幸せなのかい?」


 フェリックスはこのゲームの世界のモブキャラとして生活している。

 だから、クリスティーナの反応を気にしてしまう。

 ミランダはフェリックスとの子供を妊娠したとき、とても喜んでいたのに、何故、クリスティーナはため息をついているのだろうと。

 フェリックスは純粋な疑問をクリスティーナにぶつける。


「……分かりません」


 クリスティーナは自身の腹部に触れ、項垂れる。


「私が妊娠して、レオナール先輩が喜ぶのか不安なんです」


 クリスティーナは自身の不安をフェリックスに吐き出す。


「レオナール先輩に都合のいい女だと遊ばれてるんじゃないか。子供がデキたら、態度を豹変させるんじゃないかっていつも考えてしまう」


 傍から見れば、レオナールがクリスティーナに本気だということは一目瞭然なのに、当人はそう思っていないようだ。


「答えてくれてありがとう。クリスティーナ」

「こちらこそ、話を聞いてくださりありがとうございます」


 フェリックスとクリスティーナは生徒指導室を出た。

 クリスティーナはとぼとぼと女子寮へ向かって歩き出す。

 フェリックスは生徒指導室を施錠したあと、職員室で日報を書く。


(クリスティーナの光魔法がない状態で、悪魔を倒す方法があるのか?)


 その疑問は日報を書き終え、学園を出て、帰宅するまでフェリックスの頭に残った。


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