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第100話 メイドは僕に罪を告白する

 フェリックスの発言に、セラフィは驚きの表情を浮かべながら紅茶の入ったティーカップを見つめる。


「フェリックス、何をいれたの?」


 セラフィは小瓶に入っていた液体について問う。


「毒だ。成婚パーティで俺が飲んだものと同じもの」

「どうしてそんなものを!」


 フェリックスはセラフィに正直に答える。

 セラフィはティーカップごと振り払おうとするも、フェリックスに腕を強く掴み、止める。


「……俺が死んだあと、別の世界で平民の人生を謳歌していたことは話したよな」

「ええ」

「ハルトの夢はこの毒を飲んだ後に見るようになった。だから――」


 フェリックスはある仮説を立てていた。


「セラフィもこの毒を飲めば、朝比奈大翔の世界で新しい人生を歩めるのではないかと俺は考えているんだ」

「そんなの……、妄想よ」


 成婚パーティでマクシミリアン夫人が用意した猛毒。名を”コード”という。

 対策せずに飲めば即死という、暗殺に用いられる毒薬だ。

 フェリックスは”コード”を体内に取り入れたことで、夢を通して朝比奈大翔の世界を覗くことができた。

 ミカエラの魔法薬で毒の症状を和らげていたから進行が遅れたのだろうが、フェリックスはそれが要因で命を落とし、次に目覚めた時は朝比奈大翔の姿になっていた。

 実体験から、フェリックスは”コード”を身体に取り込めば、セラフィもあの世界の住人になれるのではないかと信じていた。

 だが、セラフィはフェリックスの持論を疑っている。

 命を賭けるのだ。ためらって当然だろう。


「だが、この身体はもう朝比奈大翔のものだ。俺もあいつの身体で新しい人生を歩んでいる。この世界でセラフィと幸せになれないのは……、お前がよく知ってるだろう?」

「……」


 フェリックスの言葉に思い当たるところがあるのか、セラフィはうつむき辛い表情を浮かべる。


「あいつはミランダ・ソーンクラウンを選んだ。もう、セラフィを選ぶことはない」


 セラフィは唇をきつく噛む。


 目をきつく閉じ、息を深く吐いた後、顔を上げ、真摯な表情でフェリックスを見つめる。


「フェリックス、向こうの世界だったら……、今度こそ私を迎えに来てくれる?」


 セラフィはフェリックスに問う。

 その問いにフェリックスは笑顔で答えた。


「必ず、迎えに行く。だから――」


 フェリックスはティーカップを持った。


「向こうでセラフィを待っている」


 フェリックスは毒入りの紅茶を飲み干し、その場に倒れた。

 パリンと、フェリックスが持っていたティーカップが割れる。



「フェリックス、起きて、フェリックス!」

「ん……」


 セラフィの声が聞こえる。


(ヘッドフォン越し? いや、ダウンロードサイトを閉じてから寝たから――)


 朝比奈大翔は始めASMR音声を再生したまま眠ったのだと思い込むも、眠る直前の行動を思い出し寝落ちではないことに気づく。

 目覚めると目の前にセラフィがいた。

 セラフィは大翔の身体を激しく揺すり、パチンと頬を叩く。


「フェリックス、あなたなんてことを――」

「セラフィ?」


 大翔が目覚めると、セラフィの目には涙が流れていた。


「セラフィが僕の目の前にいるってことは……、僕、戻ってきたんだ!!」


 目覚めた大翔はフェリックスとしてゲーム世界に戻ってこれたことを喜んだ。

 セラフィは、はっとした表情を浮かべていた。


「あなたがアサヒナ・ハルトさんですか?」


 セラフィに転生前のフルネームを告げられた大翔は驚くものの、すぐに”フェリックスはセラフィが好き”という仮説が証明できたとすぐに落ち着きを取り戻す。


「うん」


 大翔はセラフィの問いに肯定する。


「今まで君の気持ちを知らないで……、突き放すようなことをして、ごめんね」


 そして大翔はセラフィに対する今までの行為を謝った。

 現代に戻った大翔はフェリックスの秘密を知った。


 「フェリックス・マクシミリアンは君のこと……、心から愛していたんだね」


 大翔の言葉にセラフィは小さく頷いた。

 大翔はセラフィの指輪を指す。


「その指輪は、フェリックスが君に贈ったもの。僕はそれをミランダから借りたものだと失礼なことを言った」

「仕方ありません。ハルトさんは知らなかったのですから」


 セラフィはチェアをひき、大翔に座るよう促す。


「座ってください。すべてをお話しましょう」


 大翔はなすがままに座る。

 セラフィも席に戻る。彼女は紅茶の入ったティーカップを自身に引き寄せる。

 もう一つは床に落ち、割れていた。


(僕が目覚める前、二人は揉めていたのだろうか)


 大翔はリビングの状況を見て、そう思った。


「私は五歳の時にフェリックスと出会いました」


 セラフィはフェリックスとの出会いを語る。

 五歳の時に出会い、十四歳で両想いになったが家の都合で離ればなれになってしまう。

 十五歳でフェリックスと奇跡的な再会をし、それからは大翔の魂がフェリックスに移るときまで、フェリックスの傍を片時も離れなかったと。

 セラフィの話を聞いた大翔は、セラフィとフェリックスは自身が思っていたよりも深い愛で結ばれていたのだと感じた。

 それと同時に、大翔の行動はセラフィの心を深く傷をつけるものだったと反省する。


「詳細はフェリックスの日記に記されていると思います。客間に置いてありますのでそちらを確認してください」

「うん、わかった」

「フェリックスは今頃――」

「僕の身体に戻ったと思う」


 セラフィはほとんどの事を知っている。

 きっとフェリックスが全てを話したのだろう。

 大翔は意を決し、ミカエラしか知らない真実をセラフィに明かす。


「僕の身体は別の世界にある。フェリックスはその世界で僕よりも楽しそうに生活してる」

「あの、一つお聞きしてもいいですか?」

「……どうぞ」

「私も……、ハルトさんが暮らしていた世界に生まれ変わることが可能だと思いますか?」

「えっ!?」


 予想外の問いに、思わず大翔の声が出た。


「やはり、無茶なことですよね」


 大翔の表情をみたセラフィはそう呟き、無理に笑う。


「無茶ではないよ。現に僕とフェリックスは魂が入れ替わってるしね」

「では、何故お二人の魂は入れ替わってしまったのでしょうか」


 セラフィは向こうの世界に転生し、フェリックスと再会しようとしている。


(真剣に答えなきゃ)


 大翔はセラフィのために転生した時のことを思い出す。

 当時、大翔はゲームのやり過ぎによる疲労困憊に加え、強カフェインの入ったエナジードリンクの大量摂取による”急性カフェイン中毒”を起こしていた。


(急に心臓ドクドクして急に呼吸が出来なくなって――)


 それがフェリックスとの魂が入れ替わるトリガーになったのだと大翔は考える。


「こっちの世界に来る直前、僕は馬鹿な方法で死にそうになったんだ。心臓がバクバクして、息苦しくなってさ――」

「っ!?」


 大翔の言葉にセラフィが反応する。


「フェリックスもあなたの魂が入る直前に心臓発作を起こしたわ」

「きっと、それだ。僕とフェリックスは互いに心臓が止まったとき、魂が入れ替わったんだ」


 セラフィの言葉を聞き、大翔は確信した。

 大翔とフェリックスの魂が入れ替わる条件、それは心臓が止まったとき。

 だが、セラフィにキスされたさい、どうして元の世界に戻れたのだろうか。


(それは、フェリックスの心臓が止まるようなことがあったのだろうか)


 向こうの世界の事を考えても仕方がない。

 きっとフェリックスがなんらかの行動をとり、それが心臓を止めるトリガーになったのだと大翔は決めつけた。


「心臓を止める……」


 セラフィの口元が緩んだ。


「フェリックス……、あなたの考えは正しかったみたいね」

「え?」

「ハルトさん、私の質問に答えてくださり、ありがとうございます」


 セラフィは大翔に自身の思いを告げる。


「私は向こうの世界でフェリックスと添い遂げようと思います」

「えっ!? ま、待って! セラフィ、早まらないで!!」


 セラフィは意を決したかのようにティーカップの持ち手を強く握る。

 紅茶に猛毒が混ぜられていることを知らない大翔だが、話の流れからセラフィは自殺を図っているのだと察し、彼女を止めようとする。


「そうですね。私、ハルトさんに言い残しておかないと」


 セラフィの言葉に大翔は安堵する。


「私……、フェリックスの専属メイドをこなしつつ、革命軍のスパイをしていたのです」


 セラフィはさらっと重大なことを大翔に告白した。


「す、スパイ?」

「はい」


 その後、セラフィはスラスラと自身の悪行を大翔に話す。

 マクシミリアン公爵の別邸での襲撃、チェルンスター魔法学園の学園祭での襲撃はセラフィが革命軍に情報を送ったことで計画されたことだと。


「どうして革命軍なんかと……」

「身分制度が憎かったから。それが革命で無くなれば、私とフェリックスが幸せになれると信じていたから」

「君とフェリックスが結婚できなかったのは……、身分の差、なんだね」


 セラフィはこくりと頷く。

 大翔は知っている。

 マクシミリアン公爵と夫人はフェリックスを出世の道具にしか考えていないことを。

 ミランダがフェリックスと釣り合う身分の令嬢だったから、イザベラが結婚ではない方法を選んでくれたから、今の生活があるのだと。

 当時、セラフィはフェリックスとの結婚をマクシミリアン公爵と夫人に大反対されたに違いない。


(フェリックスの日記に書いてあるだろうし、これ以上は聞かない方がいいだろう)


 セラフィが身分制度を憎む理由は全てフェリックスの日記に記されているから、当人に聞く必要はないと大翔は判断した。


「私が革命軍のスパイとして連絡を取り合っていた資料は、カギ付きの引き出しにしまってあります。カギはこちらです」


 大翔はセラフィからカギを受け取った。

 例の引き出しは、セラフィの私室にあるのだろう。


「それから、これも――」


 セラフィは右手の薬指から婚約指輪を外し、それをフェリックスに渡す。


「……私とフェリックスの愛の証。それがこの世界にあったことをあなたには覚えてほしい」

「それって――」


 遺言ではないだろうか。

 大翔が気付いたときにはもう遅かった。


「さようなら、ハルトさん」


 セラフィが毒入りの紅茶をくいっと一気に飲み干したからだ。


「っ!?」


 セラフィはチェアから崩れ落ち、床に倒れる。

 セラフィの手からティーカップが離れ、それは床に落ち、パリンと割れた。


「セラフィ、セラフィ!!」


 すぐさま大翔はセラフィに駆け寄り、倒れた彼女の身体に触れる。


「あ……」


 セラフィの身体に触れた直後、大翔は絶句する。

 大翔の腕の中、セラフィは眠るように息絶えた。


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