フェリックスとセラフィはチェルンスター魔法学園がある町まで戻ってきた。
二人は空き家になっていた一軒家を借り、再び同棲生活を始める。
チェルンスター魔法学園の教員採用試験は合格したものの、仕事ができるのは来年度のため、セラフィが貯めていたお金を頼りに暮らす。
公爵貴族で節約生活に無縁だったフェリックスは、新しい発見ばかりだった。
セラフィも次第に笑みを見せるようになり、家を出て良かったとフェリックスも思うようになった。
だが、そのような生活は長く続かない。
「フェリックスっ」
家出して三か月後、マクシミリアン公爵がフェリックスたちの家を訪ねてきた。
居場所がバレてしまったのだ。
「お前は公爵家の人間だ。どこへ逃げても無駄だ」
「……あそこには戻らない」
マクシミリアン公爵がやってきたのはフェリックスを連れ戻すため。
フェリックスの隣で不安な表情を浮かべているセラフィの手をぎゅっと握り、彼は実家へ戻ることを拒否した。
「やっとセラフィに笑みが戻ったんだ。セラフィを虐めるあの屋敷にはもう帰らない」
フェリックスはマクシミリアン公爵に屋敷に帰らないとはっきり言い放った。
「来年はチェルンスター魔法学園の教師になって、セラフィを養うんだ」
「勝手に教員採用試験を受けたそうだな」
「受けました。父上たちに認められなくても俺は自立してセラフィと結婚する」
「……そうか」
居場所がバレたのは、教員採用試験を受けたからのようだ。
マクシミリアン公爵はフェリックスの意見を受け止める。
「本気なんだな」
「はい。父上」
フェリックスは真摯な表情でマクシミリアン公爵を見つめる。
そしてマクシミリアン公爵は深く息を吐いた。
「私はお前が教師になるのは反対だ。お前は私の後継者として育てたのだからな」
マクシミリアン公爵は最後までフェリックスが教師になることを反対した。
「フェリックス、屋敷に戻りセラフィ殿と成婚パーティーを開きなさい」
「っ!?」
マクシミリアン公爵の提案にフェリックスは言葉を失う。
成婚パーティーを開くということは、セラフィとの結婚を許してもらったに等しい。
「ありがとうございます。父上」
セラフィとの結婚を認めてくれたマクシミリアン公爵にフェリックスは感謝の言葉を告げ、深々と頭を下げた。
続いてセラフィもマクシミリアン公爵に頭を下げる。
「やっと、貴方と結婚できるのね」
「ああ。辛い思いをさせてすまなかった。でも、もう大丈夫だ」
セラフィはようやくフェリックスと結婚できるのだと喜んでいた。
フェリックスはそんなセラフィを抱きしめ、二人で喜びを分かち合う。
☆
フェリックスとセラフィはマクシミリアン公爵の説得で、屋敷に帰り、成婚パーティーの用意を進めた。
パーティー会場、招待状の郵送、料理や宿泊の手配、フェリックスとセラフィの衣装の選定とやることが山ほどあった。
大変な作業だったが二人は沢山の人に祝福されたい一心で、懸命に務めた。
準備は一ヶ月で終わり、あとはパーティーの開催を待つのみ。
招待客のリストができ、フェリックスとセラフィの成婚パーティーまであと一週間。
その頃にはフェリックスとセラフィが屋敷の中でいちゃついても誰も文句を言うものはいなくなった。
フェリックスも爵位を継ぐため、マクシミリアン公爵から領地経営を教わる。
マクシミリアン公爵はフェリックスとセラフィの結婚を心から祝福しており、孫の誕生を心待ちにしていた。
しかし、マクシミリアン公爵夫人は違った。
「あの女を始末する用意ができたのね」
ある日、フェリックスは人が通らない場所でマクシミリアン夫人とフードをかぶった長身の男性が話しているところを偶然見つける。
(あの女って……、セラフィのことか?)
マクシミリアン夫人の『始末する』という一言を聞き、フェリックスは姿を隠し、二人の会話に耳をすませる。
マクシミリアン夫人はフェリックスには普通に話しかけるものの、セラフィがいると無視する傾向があった。
以前のような嫌がらせはされていないらしいが、セラフィが屋敷にいることが不満に思っているのは間違いない。
マクシミリアン夫人が男性から小瓶を受け取っている。
(……毒か?)
二人の会話の流れから、受け取った小瓶の中身は毒ではないかとフェリックスは推測する。
「友達程度の付き合いだろうと思っていたのに、あの女はわたくしの大事なフェリックスを誘惑した。女の親が経営していた店を破産させて引き離したのに、いつの間にか再会していたなんて……、監視が甘かったわ」
マクシミリアン夫人の発言を聞き、フェリックスに怒りがこみあげる。
セラフィの両親の店を破産させた元凶は、マクシミリアン夫人だった。
(この家はもうだめだ)
フェリックスはマクシミリアン夫人の発言を聞き、見切りをつけた。
セラフィを幸せにするには身分を捨て、平民として暮らすしかないと。
(母上の計画を阻止して、セラフィを守らないと)
フェリックスはその場から離れ、セラフィを救うための行動に出た。
そして、成婚パーティー当日。
「フェリックス君、セラフィちゃん、結婚おめでとう〜!!」
ミカエラや沢山の招待客に祝福の言葉を贈られ、セラフィは感激していた。
「やっと、フェリックスと結婚できるのね」
感極まるあまり、セラフィは涙を流す。
結婚するまで、セラフィには親の店が破産したり、マクシミリアン公爵家に相応しい身分ではないと虐められたりと辛い思いをさせてしまった。
(母上が仕掛けてくるなら、今日しかない)
フェリックスは周囲を警戒し、怪しい人物がいないか探す。
周りは招待客のみで、マクシミリアン夫人は友人の貴族たちと談笑している。
「ねえ、フェリックス君……」
ミカエラがフェリックスの服を引っ張り、彼の耳元で囁く。
「あの話……、本当なの?」
「ああ、間違いない。例の薬、持ってきたか?」
「うん。これ――」
フェリックスはミカエラから、小瓶を受け取る。
フェリックスは小瓶のコルクを抜き、中に入っていた液体を飲み干した。
「ありがとう」
「あくまで、症状を和らげる薬だからね。和らげるといっても――」
「後遺症が残るかもしれないんだろ。いいんだ、仕事ができる程度であれば」
「……そう」
ミカエラに用意させたのは、毒の効果を緩和させる魔法薬。
マクシミリアン夫人が用意した毒の対策だ。
「そろそろパーティーが始まるな」
「フェリックス君、気をつけて」
ミカエラは不安な表情を浮かべながら、自身の席につく。
「ミカエラと何を話してたの?」
セラフィがフェリックスに問う。
「まあ……、ミカエラの仕事の様子や、昔話だ」
フェリックスはセラフィに嘘をつく。
「パーティーが始まるぞ」
フェリックスとセラフィは給仕から果実酒が入ったグラスを受け取る。
(毒が盛られているなら――)
「招待客の皆様、フェリックス・マクシミリアンとセラフィ・ジューリエルの成婚パーティーにお越し頂き、誠にありがとうございます」
フェリックスは招待客に向けて、感謝の言葉を述べる。
「俺たちは五歳の頃に出会い、一時は離れてしまいまいましたが、俺がチェルンスター魔法学園在学中に奇跡的な再会を果たしました」
フェリックスは招待客にセラフィとの出会いを話す。
「俺はセラフィと再会したことを運命だと思っています。彼女は俺にとって欠かせない女性です。俺は彼女を生涯幸せにすることをここに誓います」
フェリックスの宣言に、招待客から拍手が贈られる。
「では皆様、グラスをお持ちください」
フェリックスは皆がグラスを持ったことを確認する。
「乾杯」
全員が持ったところで、フェリックスは隣にいるセラフィのグラスに自分のそれを重ねた。
セラフィが自分のグラスに口をつける寸前、フェリックスは彼女のグラスを奪い、それを一気に飲み干した。
(ああ、やはり――)
飲み込んですぐに、全身に痺れを感じた。
セラフィの果実酒に毒が混ざっていたのだ。
その場に立つことができず、フェリックスは倒れてしまう。
「フェリックス!」
セラフィの声が遠く感じる。
意識が遠のいてゆくのを感じた。
(よかった、セラフィが無事で……)
フェリックスはセラフィを守れたと満足し、意識を失った。