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第96話 モブキャラはメイドとの出会いを懐かしむ

 それからフェリックスとセラフィは自宅で愛を育む。

 休日にはデートに出かけ、二人の時間を楽しんだ。

 日々は過ぎ、フェリックスがこの世界に帰って来て一か月が経過しようとしていた。


「フェリックス、昔のようでとても楽しい日々だったけど……、そろそろミランダさまが帰ってきてしまうわ」

「そうだな」


 その夜、愛し合ったフェリックスとセラフィは寝室のベッドで共に横になっていた。

 セラフィは帰ってくるミランダの事を気にかけていた。


「ミランダさまが帰ってきたら、私たちの関係はどうなるの?」

「……」


 セラフィはフェリックスに問う。


「私、始めは世間体を気にしてミランダさまと結婚したのだと思った。でも、この家に来てから本心だったことが分かって、とても心が傷ついたわ」

「それは、俺の身体に別の魂が入っていたんだ」

「朝比奈大翔さんという方よね」

「俺もそいつの身体に乗り移って、別世界の生活を送っていた」


 一か月の間、フェリックスはセラフィに別世界の生活について話していた。

 この世界とは全く違い、便利なものにあふれていたとか。


「今後については……、明日話す」

「分かった」


 セラフィはフェリックスの提案を受け入れる。


「おやすみなさい」


 セラフィはフェリックスにキスをし、彼の身体に抱きつく。

 しばらくすると、すやすやと眠っていた。


(明日、セラフィに話さねば)


 フェリックスは眠るセラフィの頭を撫でる。

 一ヶ月、セラフィに触れられて、フェリックスは幸せだった。

 だが、幸せな日々はそう長くも続かない。


(共に向こうの世界へ行こうと)


 フェリックスは眠る。

 セラフィと出会った頃を思い出しながら。



 フェリックスがセラフィに出会ったのは、彼が五歳の時である。

 幼少期のフェリックスは大人しい性格だった。

 魔法の教育も始まったが、当時のフェリックスは魔法の他の貴族と比べて良くなく、周りの大人たちからはマクシミリアン公爵家の落ちこぼれと噂されていた。

 マクシミリアン夫人に二人目が産まれないのかとも言われており、フェリックスは期待されていなかった。


 マクシミリアン領では月に一度、領内の村長、町長たちと共に一日かけて会議を行う。

 退屈だったフェリックスはメイドたちの目を盗み、会議会場の外へ出た。

 フェリックスはワクワクした気持ちで歩く。


「こうえん」


 フェリックスは公園についた。

 貴族のフェリックスは本でしか公園を見たことがなく、本物を見て目をキラキラと輝かせていた。

 フェリックスと同年代の平民の子供たちが遊んでおり、とても楽しそうだ。


(ぼくもいっしょにあそびたい)


 フェリックスは平民が遊具やボールで遊ぶ姿を遠目で見ていた。


「ねえ、きみ、ここではみない子だね」

「っ!?」


 一人の女の子がフェリックスに近づいてきた。

 赤髪を一つ結びにし、ぱっちりとした緑の瞳の幼い女の子。

 彼女は戸惑うフェリックスの手を掴み、引っ張る。


「わたしはセラフィ! いっしょにあそぼ!」


 セラフィと名乗った幼女はフェリックスにニッと白い歯を見せて笑った。


(あっ)


 セラフィの笑みを見たフェリックスの胸が高鳴る。

 フェリックスは輪の中に加わり、セラフィと日が暮れるまで遊んだ。

 遊んでいる中、フェリックスの目にはセラフィが輝いて見えた。

 遊戯会で会う、ドレスを着飾った貴族の女の子よりも素敵だと思った。

 この時、フェリックスはセラフィに一目惚れしたのだ。


 日が暮れ、子供たちがそれぞれの家に帰る時刻になる。

 会議会場の道を忘れたフェリックスはセラフィと手を繋ぎながらとぼとぼと道を歩いていた。

 その間、セラフィは自分が宝石店の娘であることを話してくれた。

 セラフィと共に探すもののなかなか見つからない。


「かえりみち、みつからない」


 このまま見つけられないのではないかと不安になったフェリックスはぐずぐずと泣き出す。


「フェリックス、ないちゃだめ」


 泣き出したフェリックスをセラフィが励ます。


「セラフィがよんでもらった、えほんのおうじさまは、こわいことがあってもおひめさまのためにがんばるんだよ」


 セラフィはフェリックスに絵本の王子様について語る。


「セラフィはおうじさまのこと……、すき?」

「うん!」


 フェリックスが尋ねると、セラフィが笑みを浮かべながら頷いた。


「ママがね、大人になったらすてきなおうじさまがセラフィをむかえにくるって言ってたの」


 セラフィは目をキラキラと輝かせながら、フェリックスに話す。


「わたしね、カッコいいおうじさまにきてほしいなあ」


 セラフィのこの一言がフェリックスの理想像に変わる。


(ぼくがおとなになったらセラフィのおうじさまになるんだ)


 フェリックスはセラフィの焦がれる王子様になろうと誓い、涙をごしごしと拭いた。



 セラフィと出会い九年が経った。

 内気な性格だったフェリックスはセラフィの一言をきっかけに、別人のように成長し魔法の才能にも目覚めた。

 周りの評価も一変し、フェリックスのことをマクシミリアン公爵家の長男だと認める。


(今日はセラフィに会える)


 周りの評価などフェリックスには興味はなく、彼の楽しみは月に一度の領地会議。

 会議会場にセラフィを招き、一緒に遊ぶこと。

 セラフィは裕福な家庭の子供ということで、両親も遊ぶことを許してくれた。


「フェリックス、ダンスの練習しよ!」


 セラフィが手を引き、フェリックスはダンスを踊る。


「学校でね、ダンスパーティがあるの」


 ダンスの最中、セラフィが話しかける。

 セラフィは鼻歌でメロディーを歌い、ご機嫌だ。


(セラフィと一緒に踊る男がいるのか……)


 対するフェリックスは、セラフィと踊るであろう異性に対抗心を抱いていた。

 成長したセラフィは美人に成長していた。

 彼女に焦がれる異性が現れるかもしれない。


(もし、セラフィが誰かの恋人になったら、こうやって会えなくなる)

「フェリックス?」


 セラフィがフェリックスに声をかける。


「ダンス、嫌いだった?」

「いいや、ダンスは慣れてる」


 フェリックスはマナーの授業や、パーティで同年代の少女と踊っている。

 セラフィがステップを止め、フェリックスから離れる。


「ただ……」

「ただ?」


 セラフィがフェリックスの言葉を待っている。


「セラフィが他の男と踊ることを想像したら……、嫌な気持ちになった」


 フェリックスは胸の内をセラフィに明かす。


「どうして?」

「俺……、セラフィが好きなんだ」


 セラフィと出会って九年、フェリックスは彼女に告白した。


(心臓がバクバクしてる。こんなに緊張したのは初めてだ)


 ほとんどの事を卒なくこなすフェリックスだが、セラフィのことになると緊張してしまう。

 セラフィは顔を真っ赤にし、開いた口を両手で塞いでいる。


「大人になったらカッコいい王子様が迎えにくるんだろ」


 フェリックスはセラフィを抱きしめた。


「……覚えていたの?」

「ああ。俺はセラフィの王子様になるためだけに生きてるんだ」

「嬉しい」


 抱擁を解き、フェリックスはセラフィと見つめ合う。

 セラフィはうっとりとした表情でフェリックスを見ている。


「私、フェリックスに遊ばれていると思ってた。だって、貴族の貴方が平民の私を選ぶなんて思わなかったから」

「大人になったら迎えに行く」

「迎えに来てね。私の王子様」


 フェリックスはセラフィに顔を近づけ、彼女の唇に自身のそれを重ね合わせた。

 しかし、二人の約束は果たされることはなかった。

 翌月、セラフィの家が経営する宝石店が多額の借金を抱え、一家で夜逃げをしたのだ。

 想いを伝えた直後、セラフィと別れることになってしまったフェリックスは絶望の淵に沈む。



 フェリックスはセラフィがいなくなったことをひどく悲しんだ。

 やること全てに身が入らず、受験に失敗し、滑り止めだったチェルンスター魔法学園に入学する。

 両親と周囲はこの件でフェリックスのことを再度”落ちこぼれ”と評価するようになった。


(セラフィがいない人生なんて……、辛い。悲しい)


 フェリックスは絶望を抱えたまま学園生活を過ごす。

 セラフィを失ったいらだちを周囲にぶつけるようになり、性格も荒れ、他者を寄せ付けない性格になった。


「フェリックス君、助けて~!!」


 ただ一人、ミカエラを除いては。


「……なんだ、平民」


 ミカエラは常に成績一位で、彼女がいるせいでフェリックスは万年二位だった。

 平民と言えど、無視できない存在だ。


「女子寮、追い出されちゃった」

「寮内で怪しい薬の実験をしてるからだろ」

「してないよ!」


 突き放しても嫌味を言ってもミカエラはフェリックスに付いてくる。

 ミカエラはフェリックスにぎゅっと抱き着き、助けを求める。


「フェリックス君、通生でしょ? おねがい、居候させて!!」

「……」

「おねがい!」

「……仕方ないな」


 フェリックスは渋々ミカエラの居候を認めた。


 数日後、大きな荷物を持ったミカエラがフェリックスの自宅にやってきた。


「ここを使え」


 フェリックスはミカエラに客間を与える。


「ありがと! わー、女子寮よりもひろーい」


 ミカエラは感謝の言葉を述べると、荷物を置き客間の広さに大喜びしていた。


「広くなったから、薬草とか香草、魔法薬の本を買いたいなあ」


 ミカエラはくるっと振り返り、フェリックスを見た。


「町へ買い物にいこーよ!」

「えっ、俺は――」

「どうせ、暇でしょ?」


 ミカエラは強引にフェリックスを町の市場へ連れ出した。

 市場でミカエラは大量の買い物をし、フェリックスを荷物係にする。

 歩き疲れた二人は、休憩がてらふらっと料理屋に入った。


「貴族の俺をこき使うなんて、お前くらいだぞ」


 料理を頼んだ後、フェリックスはミカエラに小言を呟く。


「買い物でお金無くなっちゃったから、フェリックス君、奢って」

「お前って奴は……」


 フェリックスはため息をついた。

 ミカエラは「料理まだかなー」と呟き、届くのを待っていた。


「おい、飲み物が俺の服にかかったじゃねえか」


 料理を待っている間、近くの席に座っていた男が店員の女性に向けて難癖をつけていた。

 店員は必死に客の男性に謝り続けている。


(赤い髪――)


 フェリックスは少女の赤い髪をじっと見ていた。


「っ!?」


 少女の姿に見覚えがあった。

 フェリックスは席を立ち、少女を庇う。


「何だ!? あ……、も、申し訳ございません」

「うるさい、店で騒ぐな」


 男は邪魔をしたフェリックスを怒鳴ろうとしたが、フェリックスが貴族だと気づき、すぐに謝った。

 フェリックスは男に銀貨を三枚投げる。


「服の金だ。これで足りるか」


 汚れた服以上の金を払うと、男は黙った。


「ありがとうございま――」


 助けられた少女は感謝の言葉を告げる途中ではっとした表情を浮かべる。


「セラフィ」

「フェリックス」


 フェリックスはセラフィと奇跡の再会を果たす。


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