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第95話 モブキャラはゲーム世界に帰還する

 セラフィの唇が離れる。


「セラフィ……」


 フェリックスは目の前にセラフィがいることに驚く。

 はっとした顔をしたセラフィはフェリックスから離れた。


「も、申し訳ございませんっ。フェリックスさま」


 セラフィはフェリックスに深く頭を下げる。


「もう私に特別な感情はないと仰ったのに」

「俺は――」


 フェリックスは悲しい表情を浮かべているセラフィを前に、胸が締め付けられる。


(一年半、ずっとセラフィに会いたかった)


 セラフィに会えて、フェリックスは感無量だった。

 朝比奈大翔として平民の生活を謳歌していたものの、フェリックスにとってセラフィの存在だけが心残りだった。

 セラフィに似たファッションモデルの画像を待ち受けし、セラフィの声に似たASMR音声で寂しさを紛らわせていたが、当人に再会できるとは。


(だが、今はあいつが俺の身体を使って、一年半なにをしていたか確認しなければ)


 フェリックスはセラフィを抱きしめたい気持ちを堪えた。

 セラフィに向かって「特別な感情はない」と言ったのだから、今のフェリックスには相手がいるはず。


「びっくりしたよ」

「で、では私は買い出しに行ってきます」


 フェリックスは大翔がいいそうなセリフを呟き演技をする。

 フェリックスの反応にホッとしたセラフィはそさくさと籠を持って家を出ていってしまった。


「さて……」


 フェリックスは自宅内を捜索する。

 エントランス、メイド部屋、リビング、キッチン、浴室、客間、寝室と全ての部屋を回った。

 客間には属性魔法の参考書や手書きの資料があったため、現在のフェリックスはチェルンスター魔法学園の教師をしているのだとわかった。

 寝室にはフェリックスと女性の洋服があり、セラフィではない女性と同棲していることも。


(家の所々に赤ちゃん用品がある……)


 フェリックスは自身の結婚指輪を見つめる。

 誰かと結婚し、子供をもうけたのだ。

 セラフィではない女と。


「……」


 事実を知ったフェリックスはショックを受けた。

 セラフィが悲しい表情をフェリックスに見せたのも頷ける。

 フェリックスは結婚指輪を外し、内側に刻印されている名前をみる。


「ミランダ・マクシミリアン……」


 ミランダ・ソーンクラウン。

 ソーンクラウン公爵家の令嬢が頭に浮かんだ。

 公爵貴族のフェリックスと釣り合うミランダという名の令嬢というと、彼女しかいない。


「あのゲームにいたな」


 フェリックスは挫折してしまった乙女ゲームの存在を思い出す。


「もしかして、ゲームに登場してたキャラクターがチェルンスター魔法学園の生徒としているのか?」


 ミランダがいたのなら、ヒロインのクリスティーナも存在するのかもしれない。


「クソ、あいつ何も残してない」


 フェリックスは大翔に悪態をつく。


「明日、ぶっつけ本番でやるしかないか」


 深いため息をつき、フェリックスは明日の出勤に備える。



 チェルンスター魔法学園。

 社員宿舎からでたミカエラは通勤してきたフェリックスの挨拶として背中を軽く叩く。


「おっはよー、ハルト君!」

「ミカエラ……」


 二人きりだったので、ミカエラはフェリックスのことを”ハルト”と呼んだ。 


「ちょっとこい」


 フェリックスはミカエラを校舎裏へ連れて行く。


「え、急にどうしたの?」

「お前、ハルトの事を知ってるな」


 急な展開にミカエラはパチパチと何度も瞬きをしている。

 少しすると、はっとした表情に変わる。


「えっ、も、もしかして――」


 ミカエラはフェリックスを指す。


「フェリックス君……、なの?」

「ああ。戻ってこれたんだ」


 フェリックスがミカエラの問いに頷くと、彼女はフェリックスに飛びついた。


「フェリックス君だ! あたしの知ってるフェリックス君が帰ってきた!!」


 ミカエラはフェリックスをぎゅっと抱きしめ、泣きながら喜びをあらわにする。


「俺もミカエラがいて助かった。早速教えて欲しいことがあるんだが――」


 その後、フェリックスはミカエラにハルトの仕事ぶりを問う。


「ハルト君は平民相手でも笑顔を絶やさず仕事してた。一年D組の担任で、ライサンダー君が副担任についてる。属性魔法は一学年の授業を担当していて、二、三学年はリドリー先輩の補助をしてる。放課後は属性魔法同好会で、メンバーに魔法を教えているよ」

「そうか……」

「ハルト君の得意属性は火と風だった。フェリックス君はどう?」


 フェリックスは杖を持ち、強く念じる。

 水と土属性の反応が強い。

 わずかに風属性が反応があるものの、火は全くだった。


「水と土だな」

「そっか……。なら、リドリー先輩の授業はお休みしてたほうがいいね」

「同好会の立ち回りも考えたほうがよさそうだな」


 フェリックスが欲しい情報をすべてミカエラが教えてくれた。

 何も知らず、そのまま仕事を始めていたら同僚や生徒たちが困惑していただろう。


「なあ、この学園に”クリスティーナ・ベルン”という女生徒はいるか?」

「うん。リドリー先輩のクラスだよ」


 フェリックスはクリスティーナの存在を問う。

 ミカエラが副担任をしているクラスにクリスティーナが在籍しているとか。


「そうか……」

「あと、フェリックス君はミランダちゃんと結婚した」

「セラフィに辛い思いをさせたな」

「ミランダちゃんはライサンダー君と一緒にソーンクラウン領へ帰省したって。こっちに帰ってくるのは一か月後になる」

「ミランダはしばらく自宅に帰ってこないんだな」

「うん。あっ、そろそろ教員会議が始まっちゃう。話の続きは昼休みにしよう」

「ああ」


 話している間に教員会議の時間になる。

 ミカエラとフェリックスは職員室に入り、校長の話を聞く。

 フェリックスは自分の席に座る。

 ミカエラの隣にはリドリー、リドリーの向かいにはアルフォンスがいる。


(ゲームではあいつにコテンパンにされるんだよな)


 フェリックスはアルフォンスを見つけ、苦い顔をする。

 アルフォンスは相手の水属性を無力化させる範囲魔法を扱う。

 水が得意属性のフェリックスにとっては相性の悪い相手。


(ハルトはあいつに勝ったのか)


 雑用をやっていないということは、ハルトはアルフォンスとの決闘に勝利したのだ。


(ゲームでアルフォンスの戦法を知ってるだろうし、得意属性も火と風だからな)


 相性が悪くとも、フェリックスの魔力操作があれば勝機はある。


(ヴィクトル、エリオットも実在するんだろうな)


 モンテッソ侯爵の子息レオナールやソーンクラウン公爵の子息ライサンダーには夜会で何度か会ったことがある。

 だが、中流階級のヴィクトル、平民のエリオットには会ったことがない。

 三学年になったクリスティーナの好感度はどうなっているのだろうか。


(ハルトは俺が書き残したゲームの内容を読み込んでいた。この世界でゲームに似たトラブルが発生しているのだろう)


 クリスティーナの好感度は各キャラクターのエンディングに影響する。

 一番警戒しなくてはならないのは政権が変わるエリオットルートだろう。


(イザベラの統治は前皇帝と同じで安定している。だが、エリオットが君主となった政治はしばらく不安定な状態になる)


 ゲームの時はイザベラを倒して満足していたが、それが現実になるのであれば話は違う。


(それだけは避けないといけない)

「では、会議を終える。中間試験の作成は今週まで、実技試験込みの教科は試験内容の概要も提出すること」


 フェリックスが考え込んでいる間に校長の話が終わった。



 仕事と同好会の活動を終え、フェリックスはセラフィの待つ自宅へ帰ってきた。


「おかえりなさいませ、フェリックスさま」


 エントランスでセラフィが帰りを出迎えてくれた。


「セラフィ」


 フェリックスは鞄を置き、セラフィを抱きしめた。


「セラフィ、今まで辛い思いをさせてすまなかった」


 フェリックスはセラフィの耳元で今までのことを謝る。


「フェリックス……」


 抱擁を解くと、セラフィは今にでも泣きそうな表情を浮かべていた。


「信じてもらえないと思うが……、昨日までの俺には別人の魂が入っていたんだ」

「信じるわ。昨日までのフェリックスは指輪のことを全く覚えていなかったもの」


 セラフィは大粒の涙を流す。


「私の王子様が戻ってきた」

「……ただいま、セラフィ」


 フェリックスは大泣きしているセラフィにキスをした。

 重ねた唇は次第に激しくなってゆく。

 フェリックスはセラフィを寝室へ誘い、彼女をベッドに押し倒した。


「あの頃のように愛し合おう」

「うん」


 フェリックスはセラフィと身体を重ね合わせ、互いの気持ちを確かめ合った。



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