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第94話 僕はモブキャラの真の秘密を知る

 鏡に映る自分の姿を見て、朝比奈大翔はしばらく愕然としていた。


(セラフィのキスで元の世界に戻ってきちゃったってこと!?)


 そして現代に戻ってくるきっかけになる出来事を思い出す。


「と、とりあえず現状を把握しよう」


 考えても答えが出なかった大翔はリビングに戻り、自身の部屋を見渡す。

 以前は飲んだ後のエナジードリンク缶や畳んでない衣服が散らかっていた部屋だったのに、床に物一つなく、机の上もリモコン一つと綺麗になっている。


(母さんが掃除した……、わけじゃないよな)


 大翔のアパートは時折、母親が訪れ掃除をすることがある。

 だが、母親がここまで綺麗にすることはない。

 ごみを片づけ、畳んだ衣類をベッド下の引き出しにしまい、掃除機をかける程度。


(スマホも……、新しい機種になってる)


 大翔はスマホを充電器から抜く。その際に、機種が新しくなっていることに気づいた。

 電源ボタンを押すと――。


「二○二五年の六月!? 一年半経過してるじゃん!!」


 そこに表示された日付に驚愕する。

 大翔がフェリックスに転生してから一年半。

 現代も同じくらい時間が経過している。

 待ち受け画面は赤髪で緑の瞳をした女性で、どこかセラフィの面影がある。


「僕、寝不足とカフェイン中毒で死んだんじゃないの?」


 転生した後も大翔の生活は継続していることになる。


「でも、一体――」


 大翔は更に情報を得ようと、スマホのロック解除に挑む。

 いつもの番号を入力しても【番号が違います】とエラーが表示される。

 思い当たる番号を入力しても同様のエラーが表示され、ついには三十秒のペナルティが課された。

 待っている間、大翔は閃く。


(これって――)


 三十秒待ち、ロック画面に切り替わったところで大翔はある番号を入力する。

 すると、ロックが解除され、メニュー画面に切り替わった。


「フェリックス・マクシミリアンの誕生日」


 大翔が入力したのは自身が転生していたフェリックスの誕生日。

 その番号でロックが解除されたことにより、大翔は一つの真実に気付いた。


「まさか……、本物のフェリックスは僕の身体で生活していたってこと!?」


 フェリックス・マクシミリアンの魂は現代の朝比奈大翔の身体に乗り移っていたことを。



 スマホのロックを解除した大翔は、連絡アプリと自身のSNSをタップする。


「仕事は順調。中学、高校、大学の友達との付き合いは変わらず。SNSは僕よりも使いこなしてるな」


 フェリックスは一年半の間、現代の生活に適応していたみたいで、中学校教師の仕事は順調、友人の付き合いは変えず、SNSには軽音楽部の顧問としての活動記録と外出の様子がアップされていた。

 ギターを練習する動画を定期的にアップしており、フォロワー数は二〇〇〇人を突破していて、そこそこ人気になっている。


「僕の姿になっても、フェリックスのカリスマ性がにじみ出てるな」


 フェリックスは容姿端麗・成績優秀・家柄高貴なハイスペック男。

 容姿が平凡な大翔になっても、カリスマであることには変わりない。

 動画の大翔は自分とは思えないほどキラキラしており、このような魅力が自分にもあったのだと発見させられる。

 スマホのチェックを終えた大翔が次に取り掛かったのは、デスクの物色だ。

 明日は平日で高校の仕事があり、それに適応するためだ。


「おっ、これは――」


 デスクには授業のための資料や、同僚や生徒の性格も細かく記録したノートが置かれていた。

 これはとても参考になりそうだ。


「あと、パスワード帳もある。これでパソコンが使える」


 デスクの引き出しにはパスワード帳が入っており、スマホ、パソコン、登録サイトのパスワードが書いてあった。

 パソコンを立ち上げた大翔はデスクトップのフォルダを片っ端から開けた。

 その中の一つに【お前へ】というタイトルの意味深なフォルダがあった。


「なんだこれ?」


 大翔はそれをクリックする。

 そのフォルダには一文『デスクのペン立ての下にあるカギを使って、引き出しを開けろ』と指示が書いてあった。

 大翔はデスクのペン立てを持ち上げると、小さなカギがあった。

 そのカギを使い、引き出しを開けた。


「……日記だ」


 その中には日記が入っていた。

 大翔はそれを開く。

 始まりは一年半。フェリックスと大翔の魂がそれぞれ入れ替わった日だ。

 その日記には転生した直後の苦労や、新社会人になって、勤労する平民はこんなにも大変なのかとフェリックスの気持ちが綴られていた。

 次第に仕事に慣れ、軽音部の顧問も板につき、その影響でギターを弾き始めたとか。

 充実した日常を送りつつも、フェリックスは向こうの世界について気にかけていたようだ。

 実際に【恋と魔法のコンチェルン】をプレイしたようで、舞台はフェリックスが在学していたチェルンスター魔法学園のままで、再現性がすごいと感心していた。

 フェリックスはイザベラを討伐できるエリオットルートが気に入ったらしい。


(イザベラに相当な恨みがあるみたいだな)


 日記の文面からして、フェリックスはイザベラの事を嫌っていたようだ。

 【皇帝の第三夫人が女王に君臨するなんて。正当な継承者は自分なのに】と綴られていた。


(フェリックスは皇帝になろうとしてた……?)


 大翔は日記でフェリックスの新しい一面を見つける。


「……でも、日記にはあの世界に戻る方法は書かれていない」


 日記のすべてを流し読みした大翔は、元の世界に戻る方法が書かれていないとため息をついた。


「それなら――」


 大翔はゲームのコントローラを持ち、ヘッドフォンを装着した。


「少しだけ、僕の世界を満喫しよう!!」


 ゲーム機を起動し【恋と魔法のコンチェルン】をプレイする。

 自分が間際で見れなかった真エンディングの内容を確認するために。


「って、僕がプレイしてたデータ……、フェリックスに消されてるんだけど!?」


 大翔が寝ずに百時間かけてプレイしたセーブデータは、フェリックスのデータに上書きされ消されていた。

 しかもプレイデータは四時間と一週目の中盤で途切れている。

 大翔は再度、フェリックスの日記をペラペラと確認する。

 最後のページに、大翔に向けてのメッセージが遺されていた。

『すまん、ミランダ強くて無理だ。これ、難しいゲームだったんだな』

 フェリックスはプレイを断念し、イベントムービーだけ視聴していたようだ。


「この野郎おおおお!! 最初からやり直しじゃんか! 百時間以上かけた僕のプレイデータを返せ!!」


 メッセージを見た大翔は、向こうの世界に行ったであろうフェリックスへ文句を叫んだ。



 大翔の魂が現代に戻ってから一か月が経過した。

 教師の仕事をこなしつつ、帰宅したら【恋と魔法のコンチェルン】をプレイする日々を繰り返す。

 少しずつプレイしているおかげか、以前よりもゲーム内容を覚えることができ、細かいイベントも振り返ることができた。


「強化薬の設定にミカエラの名前が出てる」

「おっ、フェリックスがアルフォンスに喧嘩売ってる。やっぱり、出勤初日の決闘で負けてるんだ」

「イザベラの意見に反対する人たちがどんどん殺されてる。これはカトリーナの仕業なのかな」

「フローラは……、レオナールの会話でしか登場しないな。僕がゲーム知識を使ってミランダを幸せにしたから登場したみたいだ」


 アルフォンスルートに突入した際、用務員フェリックスとのイベントシーンも確認できた。

 名前しか登場しないミカエラやモブキャラのフェリックスの存在を再確認する。

 ゲームに登場しないカトリーナやフローラの存在もうっすらとある。


「でも、セラフィは登場しないな。フェリックスのメイドだし、仕方ないか」


 ただ、セラフィだけは存在を確認できなかった。

 その点についてはモブキャラのメイドだからと大翔は気にも留めなかった。


 そしてプレイ時間が百時間経過し、大翔は十週目の真エンディングを迎える。

 真エンディングは五人の攻略キャラクターとの好感度を最大値にし、イザベラを討伐せず、降伏させることで訪れる。

 イザベラが残虐な女王だったのは悪魔が憑依していたという設定で、この悪魔をクリスティーナの光魔法で倒すことで発生する。


「よし! 悪魔を倒したぞ!!」


 悪魔に勝利した大翔は、真エンディングを視聴する。

 元凶である悪魔を倒し、正気に戻ったイザベラは王位をクリスティーナに譲り、クリスティーナが女王として戴冠する。

 五人の攻略キャラクターがそれぞれ要職に就き、クリスティーナを支える展開で物語は幕を閉じた。


「これが……、真のエンディング」


 やりこみを終えたフェリックスは、最後のエンディングの内容を目に焼き付ける。


(僕がゲームの世界に戻って、導かなきゃいけない道筋)


 光魔法で悪魔を倒し、悪魔を討伐したクリスティーナを新たな女王にする。

 あのゲーム世界を平和にするための最善策。


「……あとは、ゲームの世界に戻る方法を見つけなきゃ」


 【恋と魔法のコンチェルン】を完全クリアした大翔は、元の世界へ戻る方法を再度考える。

 現代でやりたいことは充分やった。


「そろそろ、ミランダがソーンクラウン領から帰ってくる」


 現代とゲーム世界の時間はリンクしている。

 ミランダが実家から帰ってくる前に戻りたい。


「ああ……、ミランダに会いたい。抱きしめたい。キスしたいよお」


 大翔は欲望をそのまま口にする。

 ゲームでは悪役令嬢のミランダしか見ることが出来ず、大翔はとても不満に思っていた。


「あっ、そうだ」


 ここで大翔はあることを思い出す。

 スマホを操作し、同人音声ダウンロードサイトへアクセスした。

 ログインすると、大翔が買い込んだASMR音声の一覧が――。


「あれ? フェリックスも買い込んでるな」


 その中に、大翔の知らない同人声優の音声データが並んでいることに気づく。

 購入履歴を見ると、フェリックスは一年前からこの同人声優を推しているようだ。


「これがフェリックスの性癖……」


 大翔は興味本位で”メイド編”の再生ボタンを押す。

 ソファに深く座り、目を閉じ、声に没入する。


「ご主人様」

「っ!?」


 声優の一言で気づいた。


 (この声……、セラフィに似てる)


 フェリックスはセラフィに似た声で癒されていたようだ。


「ちょっとまって……」


 フェリックスはスマホの待ち受け画面を表示する。

 セラフィと似た女性の待ち受け、セラフィの声に似たASMR音声。


「フェリックスって……、セラフィのことが好き?」


 大翔はフェリックスの秘密を知ることとなる。


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