モンテッソ侯爵との面談を終えたフェリックスは、フローラがこのままチェルンスター魔法学園に通うことが決まり、ほっとする。
「フェリックス先生、父がご迷惑をおかけいたしました」
フローラはフェリックスに深々と頭を下げる。
「学園に通い続けられるようになってよかったね」
「ええ。ミランダお姉さまの助言が役に立ちましたわ」
フローラはミランダが送った手紙を読み、その内容が参考になったようだ。
ミランダは「思いは直接言葉にしないと伝わらない」とフローラに助言したのだろうが、”お父様大嫌い”の一言にあれほどの破壊力があろうとは。
「フローラ、これからはカトリーナのいる特別学級で授業することになるけど……」
「はい、とっても楽しみですわっ」
フェリックスの前では普通に話せているものの、フローラはあの事件以降、同学年、上級生の男子生徒にトラウマができ、クラスにいることが困難になったため、カトリーナのいる特別学級へ移動することになった。
今後、フローラは各教科、個別授業を受けることになり、フェリックスたち教師陣が全面サポートする。
フローラは何故か特別学級へ向かうことを楽しみにしている。
(カトリーナと一緒に勉強できるから楽しみなのかな)
フェリックスは呑気にそんなことを考えていた。
「フェリックス、終わったか?」
「フローラ!!」
フェリックスたちの前にアルフォンスとカトリーナが現れた。
「カトリーナ、アルフォンス先生」
二人が現れると、フローラの表情がぱあっと明るくなり、駆け寄る。
アルフォンスはカトリーナの後ろに下がり、フローラと距離をとる。
距離をとったのはトラウマを抱えているフローラへの配慮だろう。
「フローラ、これからよろしく」
「はいっ、宜しくお願いします。アルフォンス先生」
アルフォンスと話すさい、フローラは焦がれる顔でアルフォンスをずっと見つめている。
(ま、まさか……、フローラの運命の人ってアルフォンス!?)
フェリックスはフローラの運命の人を知る。
☆
フェリックスが町の人さらいの事件を解決して一ケ月が経った。
軍部は一斉に娼館を調査し、人さらいにあった女性たちの救出に成功する。
誘拐された女性の体内には寄生花があるため、彼女たちは除去するための治療を受けるそうだ。
逮捕した革命軍は即死刑にし、革命軍の資金源を断った。
フローラを誘拐した四人の男子生徒も同様の処罰を受けた。
彼らが所属していたボランティア部は廃部となり、エリオットは帰宅部になった。
授業が終わったら男子寮へ帰る生活をしているらしい。
「フェリックス、わたくし、お兄様と一緒に実家へ帰ろうと思うの」
自宅でミランダと二人、寝室で寛いでいると、ミランダが帰省したいと言い出した。
「えっ、僕は中間テストの準備で休暇を取れないんだけど」
「ええ。お兄様から聞いてる」
フェリックスは中間試験などの仕事が山積みのため、ミランダの帰省にはついていけない。
「突然、ライサンダーと一緒に帰省するなんて」
「……お兄様がクリスティーナのことで悩んでいるみたいなの」
「レオナールの方が順調だから?」
フェリックスの答えにミランダは頷く。
「わたくしとお父様はクリスティーナがソーンクラウン公爵家に加わることを歓迎しているわ。でも……」
ソーンクラウン公爵家はクリスティーナを歓迎している。
だが、クリスティーナはレオナールと愛を育んでおり、ライサンダーが割り込む隙はない。
「家族で話し合ったほうがよさそうだ」
ミランダがライサンダーと帰省するのは、クリスティーナについて話し合うからのようだ。
「人さらいは鎮圧されたけど……、気を付けて」
フェリックスとミランダが離れるのは二度目。
一度目はミランダがアルフォンスに誘拐され、カトリーナに殺されかけた。
ライサンダーが同行するとはいえ、二度目も何が起こるか分からない。
「お兄様が一緒にいるから大丈夫よ」
ミランダは長く滞在したいということで、帰りは一か月後になる。
(一か月もミランダに会えないのは寂しいけど、家族団らんの時間は大切だよね)
その話をしてから数日後、ミランダがソーンクラウン領へ発つ日がやってきた。
家を出ると、ソーンクラウン公爵家の馬車が待っており、ライサンダーがいた。
「行ってくる」
ミランダはフェリックスにキスをする。
毎日、当たり前のようにしていたキスが一ヶ月もできないのだと考えると、フェリックスは寂しさで胸がキュっと締め付けられる。
「フェリックス殿、ミランダを預かります」
「ライサンダー、宜しくね」
ライサンダーはミランダの手を取り、共に馬車に乗る。
御者が扉を閉めた。
「フェリックス、いってきます」
「いってらっしゃい、ミランダ」
窓を開け、ミランダはフェリックスに手を振る。
馬車が動き出し、ミランダとライサンダーはソーンクラウン領へ向かった。
「はあ……、一人かぁ」
フェリックスはミランダを乗せた馬車が見えなくなると、深いため息をつきながら自宅に戻る。
「フェリックスさま」
正確には一人ではない。セラフィがいる。
(セラフィと二人きりになるの……、気まずいな)
以前、フェリックスはセラフィに抱きつかれ、迫られたことがある。
その時は「セラフィと恋仲になることはない」と拒絶しており、以降セラフィと二人きりになることを意図的に避けていた。
「セラフィ、その指輪は?」
フェリックスはセラフィの右手の薬指に指輪がはめられていることに気づいた。
精巧な作りで、カッラモンドという宝石が輝いている。
カッラモンドは現代で例えるとダイヤモンドと同等であり、婚約指輪として。
カッラモンドの等級も最上級で、平民では手の届かないものだ。
「ミランダから借りたの?」
「……何も覚えてないのね」
「え?」
フェリックスはそれらしい理由を述べるも、答えを聞いたセラフィの表情が沈む。
「お願い」
フェリックスはセラフィに抱きしめられる。
「セラフィ、前にも言ったけど――」
「思い出して、フェリックス」
フェリックスは以前と同じことをセラフィに告げようとしたが、彼女にキスされ言葉を塞がれる。
(へっ!?)
セラフィにキスされた直後、フェリックスの視界が暗転した。
☆
(んっ……)
視界はすぐに戻った。
「あれ?」
自宅と違う天井が見える。
天井には照明がついており、白く光っている。
電気を使った照明なんて、あの世界には――。
「えっ!?」
フェリックスはベッドから起き上がり、狭い部屋を見渡す。
デジタル時計、スマホ、テレビ、パソコン。
それらの電子機器を見たフェリックスは、部屋を飛び出て、廊下を歩き、洗面台の鏡に自身の姿を映す。
「僕だ、現代に帰ってきちゃったの!?」
鏡に映っていたのはフェリックス・マクシミリアンではなく、朝比奈大翔の姿だった。