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第61話 ヒロインは真の力を発揮する

 決闘当日。

 決闘場の壇上にフェリックスとクリスティーナが対峙する。

 二人の間に審判のリドリーがおり、観客には校長、教頭とアルフォンスがいた。


「これから、クリスティーナ・ベルン対フェリックス・マクシミリアンの決闘を行います」


 リドリーが決闘の開始を宣言する。


「もし、クリスティーナが勝利した場合……、フェリックスが周年の集いでミランダ・ソーンクラウンのパートナーを務める。それでよろしいですね」

「はい!」

(それが勝者条件!?)


 初耳のフェリックスは、クリスティーナが提示した条件に驚いていた。


(ってことは、僕……、この決闘に負けたほうがいいんじゃないか?)


 手を抜いてクリスティーナとの勝負に負けたほうがいいのではないかとフェリックスは思った。


「フェリックスが勝利した場合……」


 リドリーが言葉に詰まる。


「いえ、フェリックス君が全力で戦わない場合、この決闘を無効にします」

「リドリー先輩?」

「決闘は互いの意見が食い違った場合に行うもの。今回の場合は食い違ってませんので、私が独断で条件を付け加えます。いいですよね、校長」


 リドリーが観客席にいる校長を呼ぶ。


「うむ、フェリックスがわざと負けそうなじゃからのう」


 校長は顎髭を撫でながらリドリーに賛同するようなことを呟く。


「教師が邪な理由で決闘を利用してはいけない」

「教頭の言う通りじゃ。リドリー、今回は特例で認めよう」


 校長の隣に座っていた教頭も同様の意見で、二人はリドリーの提案を受け入れた。


「校長、教頭、ありがとうございます」


 リドリーは二人に頭を下げる。

 そして、フェリックスににこりと微笑む。


「手を抜いたら許しませんから」


 リドリーは本気だ。

 フェリックスが手を抜いたと判断したら無効にするつもりだ。


「フェリックスは全力でクリスティーナに挑むこと、それでいいですね」

「はい」


 フェリックスはリドリーが出した新たな条件を承諾する。


「では、両者、防御魔石を装備してください」


 フェリックスとクリスティーナは自身の魔力を防御魔石に込める。

 フェリックスの石は赤色に、クリスティーナの石は真っ白に輝いた。


(クリスティーナの石の色……、はっきりした色になってる)


 フェリックスは気づいた。

 クリスティーナの防御魔石の色がぼんやりしたものではなく、真っ白に輝いていることを。

 クリスティーナは光属性が得意な少女。

 この一年間でクリスティーナは確実に成長している。


(この戦いで、クリスティーナが光属性に目覚めるなら――)


 クリスティーナに全力で挑む価値はある。

 手を抜けば決闘が無効になり、クリスティーナが作ってくれた機会が無駄になる。

 フェリックスはそう思いながら自身の胸ポケットに防御魔石を入れた。


「では両者、杖を構えてください」


 フェリックスとクリスティーナは杖を構える。

 間にいたリドリーが一歩二歩と後ろに下がる。フェリックスたちと十分に距離が取れたところで――。


「決闘、始め!!」


 リドリーが決闘開始の合図を送った。



「ファイアボール!!」


 全力で挑むと決めたフェリックスに迷いはなかった。

 先手をとったフェリックスは、火球をクリスティーナに放った。


「ウォーターベール」


 クリスティーナは水の防御魔法を唱えた。


「はあ、はあ」


 クリスティーナは必死の形相でフェリックスの攻撃魔法を防ぎきった。


(僕の魔法を防ぐなんて……! 成長したなあ)


 フェリックスはクリスティーナの様子を見て、感嘆していた。

 フェリックスの強みは攻撃魔法の威力だ。

 初級魔法でさえ、一発の威力が並の魔術師よりも強い。それで防がれたとしても、チャージを重ねればどんな魔術師もねじ伏せられる。


「ファイア――」

「アイスブレード」


 フェリックスが攻撃魔法を唱える前に、クリスティーナが氷の刃を放ち、反撃に出る。

 水と風の複合魔法。

 ミランダが得意とする氷属性の魔法を使ってきた。


「ウォール」


 フェリックスはとっさに攻撃魔法から防御魔法に転じる。火の壁がフェリックスの前に現れ、氷の刃が溶かされる。


(複合魔法を使ってくるなんて……、最悪の展開になっちゃった?)


 クリスティーナが氷属性の魔法を放ったことに、フェリックスは不安を覚える。彼女が光属性魔法ではなく、他の属性に目覚めてしまうのではないかと。


(でも、クリスティーナの防御魔石は白かった。氷属性に目覚めたわけじゃない。あれは、ミランダの真似だ)


 フェリックスはクリスティーナの防御魔石の色が白だったことを思い出し、気持ちを切り替える。


(クリスティーナは四属性を平均的に扱える。なら、二つの属性を重ねるのは造作もない)


 フェリックスは反撃に出る。


「フレイム」

「トルネード」


 火を放射状に放つ中級魔法を放った後、間髪入れず風の上級魔法を唱える。

 二つの魔法が合わさり、火の渦として威力が増す。

 クリスティーナはこの魔法を防ぐことができるのだろうか。


「ロックウォール」

「ウォーターオーラ」


 クリスティーナも二つの属性魔法を唱え、フェリックスの攻撃魔法に耐えようとする。


「チャージ」


 その間、フェリックスは次の攻撃に備えて魔力を溜める。


「ツー……、スリー……、フォー……」


 チャージを四重にかけた。


(いや、全力で挑むなら――)


 クリスティーナの全力が見たくなったフェリックスは、ここで攻撃魔法を放つのではなく――。


「ファイブ」


 チャージを五重にかける。

 この状態のフェリックスは無敵に近い。


「ファイアブレード」


 フェリックスは全力火力で火と風を合わせた魔法を放つ。刃の大きさは普段の二倍で、火は高温となっており、色が白く見える。


(クリスティーナ、僕に勝つんだったら――、あの魔法しかないよ)


 他の相手であれば、決着がついただろう。

 しかし、クリスティーナには奥の手があることをゲームのプレイヤーだったフェリックスは知っている。



「決闘、始め!」

(えっと、フェリックス先生にはチャージさせる隙を与えないこと)


 クリスティーナはアルフォンスからの指導を反芻する。


「ファイアボール」


 リドリーの開始宣言の直後、フェリックスの攻撃魔法がクリスティーナを襲う。


「え、はやっ」


 クリスティーナはフェリックスの魔法を放つ速さに動揺する。

 その速さは、先輩のミランダを彷彿とさせる。


(これがフェリックス先生の本気……、だめだめ弱気になるな!)


 フェリックスの魔法に圧倒されていたクリスティーナだったが、杖を強く握り直し、すぐに気持ちを切り替える。


「ウォーターベール」


 クリスティーナはアルフォンスとの特訓で習得した水の防御魔法を放ち、フェリックスの魔法を受け止める体制に入る。

 フェリックスの攻撃魔法とクリスティーナの防御魔法がぶつかる。


「くっ」


 弱点属性で威力を大幅に減らせたものの、一撃が重い。

 練習相手になってくれたリドリーの比ではない。


(初級魔法のファイアボールでもやっと……)


 クリスティーナはフェリックスとの実力の差を感じた。

 特訓がなければ、クリスティーナはここで負けていたかもしれない。


(一撃防いだら、すぐに反撃に転じる)


 クリスティーナはアルフォンスの言葉を反芻する。


「ファイアーー」


 フェリックスが次の魔法を放つ前に――。


「アイスブレード!!」


 クリスティーナは水と風を複合させた氷魔法を放つ。

 一つの属性の威力は弱くとも、二つの属性をかけ合わせれば威力は倍になる。

 これはマインたちとの決闘で実践済み。

 クリスティーナがフェリックスに魔法勝負で勝利するにはそれしかない。


「あっ」


 フェリックスに向けて放った氷の刃は、火の壁であっさり解かされる。


(次の魔法を放たなきゃ!)


 フェリックスに隙を与えてはいけない。

 防御魔法に時間を取られたら、チャージを使われてしまう。

 フェリックスの場合、体内に溜められる魔力量が多くチャージを何重にもかけられる。

 アルフォンスの決闘の時は四重までかけたらしい。

 実力のある魔術師でもせいぜい三重までと言われている中で、四重までかけられるフェリックスは秀才の部類だ。

 フェリックスにチャージを使う隙を与えない。

 それが、クリスティーナが決闘に勝利する最低条件だった。


「ロック……、ファイア」


 しかし、クリスティーナは早く魔法を放たなきゃと慌ててしまい、どの属性を主体にするか迷ってしまった。

 複合魔法はイメージの世界。

 水を風で冷やして氷にするなどの考えがないと放てない。

 氷魔法はミランダが使っていたのを隣で見ていたため、コツをつかめばすぐに放てることが出来た。しかし、他の魔法はイメージを形にすることが難しく、特訓では数回しか成功したことがない。


「フレイム」

「トルネード」


 クリスティーナがもたついている間に、フェリックスは中級、上級魔法を間髪入れずに放つ。


(あっ、ああ!)


 フェリックスの二つの魔法が合わさり、火を纏った竜巻がクリスティーナを襲う。


(守らなきゃ)


 クリスティーナは攻撃に転じるのを諦め、防御魔法の体勢に入った。


「ロックウォール」

「ウォーターオーラ」


 一つの魔法では防ぎきれないと判断したクリスティーナは自分の前に岩の壁を置き、風魔法の威力を下げた後、水の魔力を纏わせた身体で火の魔法を防ぐという力業に出た。


「くっ」


 中級魔法と上級魔法の合わせ技。

 クリスティーナは自身の防御魔石を割られまいと、フェリックスの魔法を必死に防いだ。

 防ぎ切ったものの、フェリックスはチャージの構えを取っている。


「――ファイブ」

(えっ、五重!?)


 クリスティーナが防いでいる間に、フェリックスはチャージを五重にかけていた。


(ど、どうしよう……)


 アルフォンスはこの状態のフェリックスに敗北した。

 クリスティーナに防ぐ術は――。


(あ、一個だけある)


 絶望的な状況下で、クリスティーナは閃いた。

 それは特訓中のリドリーの言葉。

 ――クリスティーナさんだったら、四つの属性を合わせることができるかもしれませんね。


(もう、やけくそだ!!)

「ファイアブレード」


 チャージを五重にかけた、高火力な攻撃魔法がクリスティーナを襲う。

 やけになったクリスティーナは四つの属性を同時にイメージする。

 あったかい火。

 つめたい水。

 がんじょうな岩。

 ふきとばす風。


(私は、フェリックス先生の魔法をどうしたい?)


 クリスティーナは自身に問う。

 すべての属性を合わせて、目の前の強力な魔法を弾いて、フェリックスを倒す強力な魔法を唱えたい。

 クリスティーナの曖昧なイメージが形となり――。


「バースト!!」


 クリスティーナの杖の先から、真っ白な眩い光が放たれた。

 その光はフェリックスの強力な攻撃魔法を吹き飛ばす。

 パリンッ。


「えっ」


 光が消えたと同時に、防御魔石が割れる音がした。

 クリスティーナは自分のものかと思い、慌てて胸ポケットに触れた。

 胸ポケットに入っている防御魔石は割れていない。


「決闘終了! 勝者、クリスティーナ・ベルン!!」

「勝った……。フェリックス先生に勝った!」


 リドリーの宣言で、決闘の勝利を確信したクリスティーナはその場をぴょんぴょんと飛び跳ね、喜びを体現した。


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