アルフォンスに呼び出されたクリスティーナは、決闘場を出た後、彼の後ろをついて行く。
(アルフォンス先生に呼び出されるってことは……、この間の魔法薬の追試が上手くいかなかったんだ)
クリスティーナはアルフォンスの背を見つめながら、呼び出された理由を考えていた。
心当たりがあるとすれば、昨日行われた魔法薬学の追試だ。
ヴィクトルに教わりつつ、追試対策の勉強を行ったものの点数が振るわなかったのだろうか。
アルフォンスの歩が止まる。振り返り、クリスティーナを見る目は厳格な教師そのもの。
(アルフォンス先生、苦手なんだよなあ。ニコニコしてる優しいフェリックス先生と比べて、いつもムスっとしてて怖いんだもん)
クリスティーナはアルフォンスに苦手意識を持っていた。
「アルフォンス先生、なんの御用でしょうか?」
クリスティーナは呼び出された理由を問う。
「話というのは、ミランダ・ソーンクラウンについてだ」
「ミランダ先輩?」
「お前たち、放課後はずっと一緒にいたろ? 仲がいいからミランダの事について知ってると思ってな」
「アルフォンス先生、ミランダ先輩のこと気になってるんですか?」
話題はミランダのことだった。
クリスティーナは属性魔法を教わるという名目でミランダと一緒にいる。
はじめはフェリックス先生に頼まれたからだとぼやいていだが、次第に仲良くなった。
マインたちにいじめられ、つぎはぎだらけの制服を「わたくしのお古よ」と判りやすい嘘をついて新しいものを用意してくれた。お礼にミランダの人形を贈ったら「ありがとう」と喜んでくれた。
今は互いに信頼関係が生まれていると、クリスティーナは思っている。
だからこそ、クリスティーナは知っている。
「ミランダ先輩は他に好きな方がいるので、あきらめたほうがいいと思います」
「……俺は何も言ってないが?」
アルフォンスがミランダに好意を抱いているのなら、ここで砕いたほうがいい。
ミランダは夢中になっている相手がいるのだから。
アルフォンスはクリスティーナの発言に、眉をひそめた。
「その言いようだと、ミランダが誰かと交際してること、知っているようだな」
「ええ、まあ」
クリスティーナは知っている。
傍にいるから分かる。
ミランダはフェリックスと交際しており、同好会の活動のあと、ミランダを送るというのは口実で、どこかで密会しているということも。
(だって、人見知りなミランダ先輩が同好会の活動を楽しみにしてるんだもん)
クリスティーナはミランダが他人と打ち解けるのに相当な時間がかかる極度の人見知りだと思っている。
その性格から、部活や同好会に入っていなかったのに、フェリックスが顧問の属性魔法同好会には自主的に入った。
大好きなフェリックスと放課後に会うことができるからだ。
「言葉を濁すのは、ミランダの相手がフェリックス・マクシミリアンだからだろ」
「っ!?」
「知ってるのは俺とお前とリドリー先輩くらいだ」
「そ、そうですか……」
アルフォンスに言い当てられ、クリスティーナは驚いた。
まだミランダとフェリックスの関係については、一部の人間しか知らないことに安堵する。
「二人の関係について、お前はどう思っている?」
「お似合いだと思います。ミランダ先輩が卒業したら、結婚するんだろうなと想像できる位には」
「そうか……、なら――」
クリスティーナはミランダとフェリックスはお似合いだと思っているとアルフォンスに自分の意見を告げる。
(アルフォンス先生はそれを確認するために私を呼び出したのかな?)
クリスティーナはアルフォンスとフェリックスの間柄をよく知らない。
そのため、アルフォンスの意図が読まなかった。
「フェリックスが周年の集いでミランダと踊れるよう、協力してやってほしい」
「協力? それはいいですけど……、私は一体何を――」
周年の集い。
男女一組のパートナーが会場で共に踊る催し。
転入生のクリスティーナは、レオナールが熱心にクリスティーナを誘うためそれを知っていた。
その話題になったとき、ミランダは寂しい表情を浮かべていた。
(ミランダ先輩には心残りがなく卒業してほしい)
アルフォンスの提案がミランダのためになるなら、クリスティーナは喜んで受け入れるつもりだ。
「決闘だ」
「決闘!?」
「フェリックスと決闘しろ。それに勝ってミランダと踊るように仕向けるんだ」
アルフォンスの提案はフェリックスと決闘し、勝利すること。
それは二人の関係を知っているクリスティーナにしかできないことだ。
「それはいいですけど……、フェリックス先生はミランダ先輩より強いですよね? 私、勝てるのでしょうか?」
クリスティーナは不安なことをアルフォンスに問う。
アルフォンスは腕を組み「策が無くては勝てないだろうな」と現状のクリスティーナでは無理だと評価した。
「だから、フェリックスたちには『魔法薬の追試に落ちた』と嘘をつけ」
「へ!?」
「明日から、俺とリドリー先輩がフェリックス対策の特別授業を行う」
「ええ!?」
「そこそこ戦えるよう鍛えてやる」
アルフォンスの策は、決闘までの間、クリスティーナにアルフォンスとリドリーがフェリックス対策の属性魔法を叩き込むこと。
魔法薬の追試に合格していたことは、喜ぶべきことだが、二人の先生の厳しい指導が待っていることにクリスティーナの心境は複雑だった。
「追々試については、明日の放課後、魔法薬室に来い」
「……はい」
「俺の話は以上だ。戻ってフェリックスに決闘を宣言してこい」
「はい」
用件を話し合えると、アルフォンスは去っていってしまった。
一人になったクリスティーナは、少しの間その場に立ち尽くしていた。
「フェリックス先生と決闘……、勝てるかな」
フェリックスに決闘で勝利する。
ミランダにも勝ったことがない、クリスティーナだが、果たして彼に勝利することができるのだろうかと不安な気持ちになる。
「やるしかないっ」
クリスティーナは両頬をパチンと叩き、気合を入れる。
「ミランダ先輩のために、フェリックス先生に勝つんだ!!」
クリスティーナは自身に喝を入れ、皆がいる決闘場へ戻った。
☆
クリスティーナが戻ってきた。
アルフォンスは一体、クリスティーナとどんな話をしていたのだろう。
「フェリックス先生」
フェリックスはクリスティーナに指される。
「私と決闘してください!!」
そして、決闘の宣言をされるのだった。
「……決闘!?」
フェリックスはクリスティーナの申し入れに耳を疑った。
(クリスティーナがこう言い出したのって……、アルフォンスの入れ知恵だよな)
驚いたものの、フェリックスはすぐにこれはアルフォンスの入れ知恵だと気づき、平静を保つ。
「私が勝ったら――」
クリスティーナの言葉が詰まる。彼女はこほんと咳ばらいをして言い直した。
視線はヴィクトル、ライサンダー、レオナールに向いており、条件を言うか悩んでいる様子。
「条件はあとから言います。フェリックス先生、受けてくれますか?」
クリスティーナは言い直す。
「その決闘、受けましょう」
フェリックスはクリスティーナの決闘の申し入れを受け入れた。
返事を聞いたクリスティーナはほっとした表情を浮かべていた。これで目的の一つを達成したといったところか。
「あと私、魔法薬の追試に落ちちゃいました」
「えっ!?」
クリスティーナの発言にフェリックスとヴィクトルが驚く。
当人は「えへへ」と誤魔化し笑いをしていた。
「あれだけ勉強したのに?」
「うん。一生懸命勉強したんだけど、駄目だったみたい」
ヴィクトルはクリスティーナの言葉に唖然としていた。
「このままだと単位が貰えないから、明日からアルフォンス先生と特別授業をすることになりました」
「特別授業……」
「そんなっ、クリスティーナが不合格だなんて!」
フェリックスとクリスティーナの間にレオナールが割り込み、クリスティーナの手を握る。
「二学年の魔法薬なら僕が教えるよ」
「ふざけるのも大概にして、クリスティーナが進級できるかどうかの瀬戸際なのよっ」
強引なアプローチをするレオナールをミランダが叱る。
「アルフォンス先生はそのことについて私を呼び出したみたいです。なので、しばらく同好会の活動をお休みします」
「分かりました。特別授業、頑張ってくださいね」
「はいっ」
フェリックスはクリスティーナを激励する。
クリスティーナは元気な返事を返してくれた。
(あれ? 補講が必要な生徒はいないはずだけど……)
後になって副担任のフェリックスは気づく。
二年B組に補講が必要な生徒がいないことに。
アルフォンスと特別授業をするという話はクリスティーナの嘘ということになる。
(これが……、アルフォンスが言ってた”解決方法”?)
クリスティーナに協力を仰ぎ、フェリックスに決闘を挑ませるまでは予想がついた。
でも、アルフォンスがクリスティーナと特別授業を行うのは何故だろう。
(あ、そうか!! アルフォンスもクリスティーナと仲良くしたいんだ)
アルフォンスは個別授業でクリスティーナとの好感度アップを狙っているのだとフェリックスは考えた。
(アルフォンスとクリスティーナの線はないと思ってたけど……、特別授業という手があったか。なるほどなるほど)
フェリックスは疑問を自分の中で勝手に解決させる。
特別授業の内容が、フェリックスを決闘で倒すための対策である事実を知らずに。