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第59話 僕は先輩の過去を知る

 時は過ぎ、周年の集いまであと一か月となる。

 この頃になると、学生たちはパートナー探しで躍起になっている。

 彼らが必死になって探している理由は、一人惨めな気持ちになりたくないという思いと周年の集いで踊った相手と結婚する確率が高いというジンクスがあるからだ。

 男子生徒はクラスで人気の女生徒を狙い、女生徒はカッコいい貴族の男子生徒を狙いにゆく傾向にあるとか。


「ああ、ミランダには言ったけど何も思いついてないよっ」


 皆が周年の集いで沸き立つ中、フェリックスは社宅の自室にて、夢日記の文面を険しい顔で読んでいた。

 フェリックスとミランダの関係が、ゲームでのアルフォンスとクリスティーナに近いから、アルフォンスルートの内容に現状を変える方法があるのではないかとフェリックスは考えたからだ。

 しかし、夢日記に書いてあるようにアルフォンスルートの場合、周年の集いで二人が踊るのはクリスティーナが三年生になってから。彼女が二学年の時点ではないので参考にならないのだ。

 それに、夢日記はキャラクターのセリフをチャットのように残しているのではなく、誰が何をしていたのかしか記されていない。今、フェリックスが欲しい情報が抜けているのだ。


(この時、アルフォンスはクリスティーナをどうやって誘ったんだっけ……)


 転生してほぼ一年。

 夢日記で振り返っているからイベントやスチルなどは思い出せるものの、キャラクターのセリフはほぼ覚えていない。


(もう、アルフォンス本人に直接訊いてみるか)


 やけくそになったフェリックスは、キャラクター当人に質問することにした。


「あ~、もうこんな時間か」


 アルフォンスの部屋を訪ねようと立ちあがるも、時刻は深夜だと気づき、やめる。

 ほとんどの教師は明日の仕事に向けて仮眠をとっている時刻だ。


「放課後、同好会に行く前にアルフォンスを探すか」


 アルフォンスは放課後、資料室にいることが多い。

 そこへ向かえば、きっといる。

 明日の行動を決めたフェリックスは、ベッドに横になり眠った。



 授業が終わったフェリックスは、アルフォンスに会うため資料室の前に立ち止まる。


(ここに来るの、久しぶりだな)


 同好会が始まる前は資料室で魔法の勉強をしていた。

 ここには属性魔法の授業の指導で役に立つ資料が沢山ある。

 アルフォンスはこの部屋で専門である魔法薬の本を読んでいる。


(もしかしたらいるかもしれない。こっそり入ろう)


 フェリックスはドアを静かに開け、資料室に入った。


「アル――」


 アルフォンスの姿が見え、フェリックスは彼を呼ぼうとした。

 しかし、アルフォンスと校長の姿が見えたため、留まる。


「声がしたかのう?」

「……気のせいでしょうか」


 校長とアルフォンスはフェリックスが資料室に入ったことを知らないみたいだ。

 フェリックスは無意識に二人から隠れてしまった。


(うわー、ここから出にくい。なんで僕、隠れちゃったんだろう)


 フェリックスはこの場面で二人から姿を隠したことを後悔する。


(仕方がない。同好会の活動は諦めて、校長が資料室を出てくまでここで待ってるか)


 姿を現す機会を失ったため、フェリックスは近くにあった属性魔法の参考書を開き、校長が資料室を出て行くまで待つことにした。


(なんの話をしてるんだろう)


 アルフォンスと校長の組み合わせは珍しい。

 関係があるとすれば、二人はオルチャック公爵派の人間であること。


「アルフォンス、リリカ・カブイセンの話じゃが……」

「転入ではないのでしょう? みんな察していますよ」

「うむ、アルフォンスよ。心して聞くのじゃ」

(校長、僕には口が軽いって叱ったのに、自分はいいのかよ)


 校長とアルフォンスの話題は殺害されたリリカ・カブイセンの話だった。

 アルフォンスはリリカのクラスの副担任。フェリックスよりも関係がある。

 しかし、フェリックスは校長が箝口令を自ら破るのかと文句を心の中で呟く。


「リリカ・カブイセンはスレイブの少女に殺された」

「校長……、今、なんと申しましたか?」

「スレイブじゃ」

「っ!?」


 複数の本がバタバタと床に落ちる音がした。

 きっとアルフォンスが持っていた数冊の本が、床に落ちたのだろう。


「そんな、まさか……、スレイブはイザベラさまが解体したはずでは?」

「残党がいたのじゃ。残念ながらな」

「それが事実ならあの人は生きているのですか?」

「……かもしれぬ」


 アルフォンスの声が震えている。

 スレイブという言葉を聞いてから、アルフォンスの様子がおかしい。

 校長はそんなアルフォンスに淡々と事実を伝える。


「あの人が生きてる……、嫌だ。もう地獄のようなあの日に戻りたくない……!」

「落ち着くのじゃ、アルフォンス」

「あの人はオレのことを見つける。逃げたことを責め立てて――」

「アルフォンス!」


 二人の会話からアルフォンスが何かに怯えているのが分かる。校長がなだめるも、アルフォンスは自分の世界に入っていた。


(あんなに取り乱すアルフォンス……、初めてみた)


 ゲームでも、アルフォンスは感情をあらわにすることがめったにないクールキャラなのに。


「元スレイブであるお主は、暫く学園を離れ、オルチャック公爵の庇護下にいたほうが――」

「校長! その話は本当ですか!?」

「フェリックス、お主そこにおったのか」

「あっ」


 校長の発言を聞き、フェリックスは反射的に二人の前に飛び出してしまった。

 アルフォンスが元スレイブ。

 スレイブはシャドウクラウン家が孤児を育成し、暗殺や諜報などの汚れ仕事をさせていた部隊。そこにアルフォンスが所属していた過去なんて初耳だ。

 校長とアルフォンスはフェリックスがこの場に現れたことに驚く。


「話を聞いておったのか」

「……はい」


 校長は話を盗み聞きしていたのかとフェリックスに問う。

 フェリックスは校長の問いに頷いた。


「見ての通り、アルフォンスはスレイブで酷い目に遭っておる」

「……校長がどうしてアルフォンス先輩の事を知っているか、聞いてもいいですか?」


 校長はアルフォンスを横目でみる。

 真っ青な顔をしているアルフォンスは頷いた。

 アルフォンスに許可をもらった校長は咳ばらいをした後、アルフォンスの過去について彼の代わりに語る。


「アルフォンスに出会ったのは、こやつが十五の頃……、十年前じゃな」


 当時、校長はチェルンスター魔法学園にて魔法薬の教師をしていたという。

 仕事帰り、家族が待っている自宅へ歩いていたところ、傷だらけのアルフォンスが助けを求めてきた。

 校長は浮浪児かと思い、始めは邪険に扱っていたが、アルフォンスの訴えに折れ、保護した。

 保護したアルフォンスは傷だらけかつやせ細っていた。

 虐待を受け続けていたのか、校長が優しくアルフォンスと接しても、当時の彼は怯え切っており、打ち解けるまで三か月とかなりの時間がかかったという。

 打ち解けた後に、校長はアルフォンスがスレイブという部隊から命からがら逃げだし、普通の生活を送りたいと自身の望みを告げるようになったという。


「――三か月保護して、わしもアルフォンスに情が移ってのう。妻と相談して、わしの養子としてアルフォンスを育てることにしたのじゃ」

「アルフォンス先輩が校長の養子……」

「それがわしとアルフォンスの関係じゃ。このことを知っておるのは、共に長く仕事をしておる教頭ぐらいか」


 フェリックスは校長の長い話を、最後まで真剣に聞いていた。

 ゲームでもアルフォンスは家名を名乗らない。その理由として、校長が育て親だと皆に知られたくなかったのだろう。

 何故、校長がアルフォンスの育て親になったのか、理由を語らなくてはいけなくなるから。


「わしはアルフォンスをしばらく休学させようと考えておる。解体したはずのスレイブが存在していると知った状態で、こやつがまともに仕事できるとは思えないからのう」


 アルフォンスの過去を語り終えた校長は、ふうと息をつく。


「アルフォンス、フェリックスはリリカ・カブイセンが殺害されたところを目撃しておる。その時の状況を聞けば、スレイブの犯行なのかどうか判断できるじゃろう」


 校長はアルフォンスにそう言い残すと、資料室から去っていった。

 残されたフェリックスは、怯えているアルフォンスを椅子に座らせ、リリカ・カブイセンを殺害した姿の見えぬ少女の言葉をそのままアルフォンスに伝えた。


「……伝言だけでは信ぴょう性は薄いが、暗殺方法については、あの人に教わった手法に似ている。五分五分だな」


 フェリックスの話を聞き、アルフォンスはそう評価した。


「生家を滅ぼし、部隊を解体したイザベラさまやスレイブから逃げ出した俺には結構な恐怖だ」


 続けてアルフォンスはそうぼやく。

 フェリックスは少女の伝言を聞き、イザベラが怯えていたことを思い出す。

 イザベラとアルフォンスは二人とも報復を恐れている。

 アルフォンスとの会話が途切れ、フェリックスがきまづいと感じていたとき。


「……俺のこと、見損なっただろ」


 アルフォンスがフェリックスに話しかける。


「生徒を導く教師が、昔、人を殺したり、違法薬物を量産してたんだからな」

「……」


 フェリックスはうつ向く。

 校長の昔話からすると、保護する前のアルフォンスは人間不信になるまで極限まで虐げられた。それでもアルフォンスは校長に助けを求め、養子として育った。


「僕はそう思いません」


 考えた末、フェリックスはアルフォンスに声をかけた。


「アルフォンスはつらい境遇の子供を生み出さないために、教育の道に進んだのだと僕は思いました」

「フェリックス……、ありがとう」


 フェリックスの言葉を聞いたアルフォンスははっとした表情を浮かべ、感謝の言葉を述べる。


(よかったあ)


 言葉を選んでアルフォンスに伝えたものの、フェリックスはアルフォンスの気を害さないか不安だった。

 アルフォンスの表情をみたフェリックスは、自分の言葉がアルフォンスの気持ちを前向きにさせたのだと安堵する。


「……貴様、資料室にいるということは授業の指導で引っかかったことがあるのか?」

「いえ、アルフォンスに訊ねたいことがあってきたんです。そしたら偶然校長との話が耳に入って――」


 元気になったアルフォンスは、フェリックスが資料室を訪れた用件を訊いてきた。

 ようやくフェリックスはアルフォンスに質問ができる状態になる。


「俺に訊ねたいこと?」

「えーっと、たとえ話なのですが……」


 フェリックスは自分の話ではなく”たとえ話”だと嘘をつき、アルフォンスに質問する。


「もし、本気で好きになった生徒と周年の集いで踊りたいと思ったとき、アルフォンスはどうしますか?」


 フェリックスの問いを聞いたアルフォンスは、にやりと口元を動かし「そういうことか」と呟く。


「ミランダ・ソーンクラウンのことだな」

「っ!?」


 想い人をアルフォンスに言い当てられ、フェリックスは驚いた。


「ち、違います……」


 フェリックスは慌てて誤魔化すも、アルフォンスは信じない。


「貴様、ミランダと一緒に歩いていたところを噂されてたもんな」

「そ、それは、ミランダさんが夜道一人で帰るのが心配で――」

「言い訳は通用しないぞ。俺は貴様の先輩だ。貴様がミランダに好意を持っているのはお見通しだ」

「……そうです。僕はミランダと付き合っています」

「やっぱりな」


 観念したフェリックスはミランダとの関係をアルフォンスに告白する。

 想定内だったようで、アルフォンスはさほど驚いていなかった。


「もし、俺がそのような立場だったら『相手がいないなら、俺が代わりにパートナーになってやる』と強引に誘うが、ミランダにはレオナールがいるからな」

(あ、そんなセリフをクリスティーナにかけてたきがする!)


 アルフォンスがフェリックスの問いに答えてくれた。

 その答えを聞き、ゲームでそのようなセリフを呟いていたとフェリックスは思い出す。

 だが、アルフォンスのセリフは共に踊る相手がいなかったときに成立するもので、ミランダには婚約破棄したとはいえ、頼めばパートナーになってくれるレオナールがいる。


「休学する前に先輩として貴様の問題を解決してやろう」


 問題があったと悩むフェリックスにアルフォンスは問題を解決すると言い、資料室を出た。


(え? アルフォンス、何をする気……?)


 フェリックスはアルフォンスの後をついてゆく。

 アルフォンスが向かったのは決闘場。属性魔法同好会の活動場所だ。


「クリスティーナ・ベルンはいるか?」


 アルフォンスは決闘場の扉を開き、活動してるであろうクリスティーナを呼ぶ。

 名を呼ばれたクリスティーナは杖を収め、アルフォンスに近づく。


「はい。なんの用でしょうか?」

「話がある」

「わ、分かりました」


 突然、呼び出されたアルフォンスに呼び出されたクリスティーナはおどおどした様子で決闘場を出て行った。





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