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第58話 僕は悪役令嬢と踊ることを諦めない

 新たにレオナールが加わることになった属性魔法同好会。

 ただし、フェリックスはレオナールに同好会に加わる条件として、活動中はクリスティーナを口説くのは禁止、先輩としてクリスティーナとヴィクトル平等に属性魔法の指導を行うことと二つ条件を付けた。

 こうして、同好会に六人目のメンバー、レオナールが加わったのだった。



 同好会の活動が終わり、フェリックスはミランダを彼女の家へと送る。


(ミランダと手を繋いで歩くの、久しぶりだなあ)


 学園祭が終わると、だんだんと寒い気候になってきた。

 フェリックスも普段の服の上にコートを羽織り、マフラーを巻くなど、現代でいう冬の装いになっている。 


「寒くなってきたね」


 ミランダは寒さに強いのか、上着を羽織らずとも平然としている。彼女の手は相変わらず冷たいが。


「学園祭が過ぎた頃になると冷えてくるわ。周年の集いが行われる時期になると、雪が降るのよ」

「へえ」

「フェリックスは手袋はしないの?」


 ミランダがぎゅっと繋いでいるフェリックスの手を握る。


「私は寒さに強いから平気だけど……、フェリックスは手袋しないと辛いでしょ?」


 ミランダが心配そうな顔でフェリックスの顔を見つめている。

 フェリックスはぎゅっとミランダの手を握り返す。

 ミランダの言う通り、素手で外を歩くと冷風が当たって痛い。もっと寒くなると指が動かなくなるだろう。


「しないよ。ミランダの手に触れていたいからね」

「恥ずかしいこと言わないでよ……」


 フェリックスの言葉がむず痒かったのか、ミランダはぷいっと顔を横へ向けてしまう。


「ミランダはトーナメントの宣言通り、レオナールと婚約破棄したんだね」

「ええ。学園祭でお父様に会った時、私からお願いしたの」

「えっ、ソーンクラウン公爵に会ったの!?」


 フェリックスは仕事人間そうなソーンクラウン公爵が合間をぬって、娘のミランダと会って話したことに驚いた。

 その話をするときのミランダの表情は穏やかであり、久々に父親に会えて嬉しかったようだ。


「お父様にあの姿を見せるのは恥ずかしかったけど……、お父様の口から『大事な娘だ』と、わたくしのことを想ってくださっていたと分かって――」

(そうだよな。学園祭でミランダと対面するってことは……、娘のメイド服姿を観たことになるんだもんな)


 ミランダが思い出にふけっている間、フェリックスは顔が真っ青になっていた。

 ソーンクラウン公爵の冷徹な眼差しを思い出してしまう。


「……フェリックス?」

「君のお父さん、メイド喫茶について何か言ってなかった?」

「クラスの出し物だと、納得していたわ。学園行事に参加しているわたくしを見て、微笑んでたもの」

「そ、そう……」


 ひとまず決闘を挑まれることはなさそうだと、メイド喫茶の発案者であるフェリックスは安堵する。

 その後、住宅街の小道に着くまで、ミランダは珍しく家族の話をしてくれた。


(誤解が解けたみたいで、よかった)


 フェリックスは、ぎくしゃくしていたミランダの家族仲は次第によくなってゆくだろうと、ミランダの話を微笑ましく聞いていた。

 いつものように、フェリックスとミランダは住宅街の大通りから小道にそれる。

 周囲に誰もいないことを確認すると、フェリックスはミランダを抱きしめた。


「はあ、久しぶりにミランダに甘えられる」


 学園祭、革命軍襲撃事件、”スレイブ”によるリリカ・カブイセンの殺害。

 そのすべてにフェリックスが関わり、各所の説明に追われた。内容も、ミランダに話してはいけないもののため、事情を伝えることも出来ず、彼女に寂しい思いをさせてしまった。

 フェリックスはミランダの頬に頬すりをし、冷たいけど柔らかい彼女の頬を堪能する。


「フェリックスの頬、ちくちくする」

「ご、ごめん」


 頬すりをされたミランダは、フェリックスの頬の感触をそのまま伝えてきた。

 ちょっと嫌そうな声音だとフェリックスは感じた。


「ごめん。忙しかったから、朝の髭剃り忘れてた」


 フェリックスは素直に謝る。


(この身体、髭が濃くないから、忙しい時はつい忘れちゃうんだよな)


 フェリックスは心の中で反省する。

 ミランダは困り顔のフェリックスを見て、クスッと笑った。


「幼い頃、お父様がわたくしにほおずりをしたときのことを思い出したの。あの時のお父様、フェリックスみたいに困った顔をしていたわ」


 ミランダはフェリックスの頬にキスをする。


「お父様にフェリックスのことも話したの」

「……そっか」


 フェリックスはゴクリと唾を飲み込む。

 ミランダはソーンクラウン公爵にフェリックスのことをどう紹介したのだろうか。

 ただの教師だと紹介したわけではないだろう。


「でも、名前は出せなかったわ。時が来たら相手をお伝えすると、そう答えるので精一杯だった」


 ふと、ミランダは寂しそうな表情を浮かべる。

 ソーンクラウン公爵に想い人がいると告げることができたものの、ミランダがチェルンスター魔法学園を卒業するまでは、フェリックスとの交際を明かすことは出来ない。それをミランダは憂いでいるみたいだ。


「僕が、学生だったらミランダの気持ちにすぐに応えられるのに」


 今、フェリックスは教師という自分の職業を悔いる。

 ミランダはフェリックスの言葉に首をふるふると横に振る。


「わたくしは教師のフェリックスを好きになったの。だからそんなこと言わないで」

「周年の集いだって――」


 フェリックスの言葉はミランダのキスで強引に塞がれる。

 いじけていたフェリックスの気持ちも、ミランダのキスでリセットされる。

 久々のミランダとのキス。

 フェリックスは一度では終らせず、ミランダの顎に手を添わせ、彼女に二度、三度と貪るようにキスをする。

 多少乱暴でも、ミランダはフェリックスについてきてくれる。


「フェリックス」


 ミランダの唇が離れ、フェリックスの名を呼ぶ。


「周年の集いは仕方ないわ。わたくしの相手は例年通りレオナールにお願いするつもりです」

「ミランダはそれでいいの?」

「本当はフェリックスと踊りたい……、でも、そうしたらわたくしたちの関係が噂では済まなくなってしまう」


 ミランダの本音を聞き、その通りだと思ったフェリックスは黙り込んでしまう。

 現にミランダはフェリックスと交際しているのではないかと学園内で噂が立っている。

 二人とも誤解だと生徒、教師双方に説得しているものの、懐疑的な態度を取られている。

 決定的な事実を目撃していないから黙認、もしくは泳がされているといったところだ。


「……」


 周年の集いでミランダをエスコートし、共に踊ったら、噂は本当ですと皆に晒すようなものだ。

 今のフェリックスにはその場を言い逃れる方法が思いつかなかった。


「僕もミランダと周年の集いで一緒に踊りたい」


 フェリックスは自分の気持ちを正直に伝えた。

 ミランダは目をパチパチと何度も瞬きをし、フェリックスの頬をペチペチと軽く叩く。

 正気か?とフェリックスの発言に耳を疑っているようす。


「僕はもう、ミランダに心残りになるようなことをしたくないんだ」

 「フェリックス……」


 ミランダは自身の身体をフェリックスに預ける。


「僕はミランダと周年の集いでパートナーとして踊りたい。きっと、方法はあるはず。何とかして探してみる」


 フェリックスが教員免許をはく奪されずに、生徒のミランダと踊る方法。

 考えればきっとあるはず。


「ありがとう。大好き」


 ミランダは素直な気持ちをフェリックスに伝える。


(デレなミランダ、可愛くて仕方がない。はあ、はやく結婚してえ……)


 ミランダの愛の言葉を聞いたフェリックスは有頂天だった。

 結婚するまでの間に、数々の難関が待ち受けていることを、この時のフェリックスはまだ、知る由もなかった。





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