放課後になり、フェリックスは同好会の活動のため、決闘場にいた。
今日はどんな活動にしようかと一人考えていたところに――。
「フェリックス先生!」
ミランダがやってきた。
「……ミランダさん、学園で抱き着くのはだめですよ」
「だって、学園祭もその後もフェリックスに甘えられませんでしたから」
フェリックスはミランダに強く抱きしめられる。
そして何か欲し気にフェリックスをじっと見つめている。
少し唇を尖らせているところから、キスだろうか。
(ミランダ、最初の頃よりも積極的になって来たなあ)
フェリックスはミランダのその表情をみて、つい彼女にキスをしようと顔を近づけるも、ここが学園内であることを思い出し、堪えた。
決闘場で二人きりとはいえ、いつクリスティーナたちが来るか分からない。
クリスティーナやヴィクトルならまだしも、ミランダの兄のライサンダーが来たら――。
ライサンダーの鬼のような形相を想像しただけでぞっとする。
「襲撃事件の報告をしたり、被害がなかったか確認をしたりで忙しかったんです」
「そ、そうですわよね。イザベラさまといちゃいちゃしてましたわよね!」
「あ、あれはイザベラさまが――」
「フェリックスの顔もニヤニヤしてましたわよ。噂では学園内で、き、キスしたそうですわね!」
「うっ」
フェリックスが言い訳をすると、ミランダは眉を吊り上げ、イザベラの事を糾弾する。
ミランダの言うこと、特に廊下でイザベラからキスを受けたことは事実のため、フェリックスは言い返す言葉もなかった。
「え、噂は本当……、ですの?」
フェリックスの沈黙を肯定と判断したミランダは目を見開き、口をぱくぱくと開いていた。
「……ごめん」
きまずい雰囲気が流れつつも、フェリックスは自身の非を認め、ミランダに謝った。
「イザベラさまには『恋人がいる』と断っているんだけど、それでも積極的で……」
「積極的だったとしても、キスはありえませんわ」
「その……」
学園祭中、フェリックスは二度イザベラとキスをした。
一度目は不意を突かれ、二度目はイザベラを慰めるために。
「本当に……、ごめん」
フェリックスはミランダに謝った。
ミランダはフェリックスの胸に顔を埋めていた。かすかに泣きじゃくる声が聞こえた。
「わたくしがフェリックスに会ったのは、メイド喫茶の時だけ。イザベラさまがいる二日間は仕方ないとして、三日目はわたくしと一緒に学園祭を周ってくださると期待していたのに」
不満が爆発したミランダは、フェリックスの胸の中で泣き出した。
(三日目は校長たちにリリカのことについて説明をしていました……、なんてミランダに言えないしな)
学園祭の三日目、最終日。
フェリックスは二日目で起こった事件について、一日説明に追われていた。
ミランダはリリカ・カブイセンが殺害されたことを知らない。
家庭の事情で学園祭中に転校したと思っている。
兄のライサンダーが知っているとはいえ、これは箝口令が敷かれている。
フェリックスがミランダに学園祭の三日目、何をしていたのか説明することができないのだ。
「わたくし……、最後の学園祭でしたのよ。もう、フェリックスと一緒に周ることは――」
「いいや、来年こそ一緒に学園祭を巡ろう」
「えっ、だってわたくし来年は学生じゃ……」
ミランダが不満に思っていたこと、それは最後の学園祭にフェリックスとの思い出が作れなかったこと。もう、フェリックスと共に学園祭を巡ることはないと思っていることだ。
ミランダの機嫌を戻す糸口が分かったフェリックスは、ミランダに約束をする。
その約束を聞いたミランダがぽかんとした顔でフェリックスを見つめる。
目元には涙が溜まっており、フェリックスは自分の行動でミランダを悲しませてしまったと反省する。
「卒業生でも学園祭には来れる。僕は見回りとか仕事が増えちゃうかもだけど、ミランダは出店の担当とかないから、めいいっぱい楽しめる」
「……わかりました。今年の学園祭のことは特別に許してあげますわ! でも、来年も約束を破ったら――、えっと」
「破らないから。絶対守るから」
フェリックスはミランダに強く主張する。
ここで言い通さなければ、ミランダは許してくれない。
来年、またイザベラがフェリックスの様子をみに、再びチェルンスター魔法学園へやってくるかもしれない。そんな心配はなったときにすればいい。
「大丈夫だよ。来年は……、僕たち夫婦になっているんだから」
ミランダとレオナールが婚約破棄される今、ミランダはフリーだ。
ソーンクラウン公爵はミランダの次の婚約者を探すだろう。
その間にフェリックスはソーンクラウン公爵にミランダとの結婚を申し込む。
フェリックスはマクシミリアン公爵家の跡継ぎ。ミランダの相手として文句を言われないはずだ。
「そ、そうですわね!!」
ミランダはフェリックスから離れる。顔は真っ赤になっており、”夫婦”という言葉に照れてしまったようだ。
「お父様に――」
「フェリックス先生、こんばんは!!」
ミランダの言葉はクリスティーナとヴィクトルの登場で遮られる。
「二人とも、こんばんは」
「ミランダ先輩と久しぶりに属性魔法の練習ができて嬉しいです!」
「僕も防御魔法の続きがいつできるか楽しみにしてたんです」
クリスティーナとヴィクトルは同好会の活動をそれぞれ楽しみにしていたようだ。
同好会の活動によって、クリスティーナの攻撃魔法の幅が広がったり、ヴィクトルは防御魔法に磨きがかかっている。
「クリスティーナさん、学園祭のトーナメント準優勝、おめでとうございます」
「繰り上がりですけど……、ミランダ先輩の次になれて嬉しいです」
フェリックスはクリスティーナの成績を褒める。
学園祭で行われたトーナメントは、レオナールが強化薬を使用するという反則をしたため失格になった。
急遽、順位決定戦で三年B組の男子生徒に勝利し、三位になっていたクリスティーナが繰り上がり、準優勝となったのだ。
「ミランダ先輩に教えてもらえるのもあともうちょっとのなので、一秒でも惜しいです!」
クリスティーナはミランダに属性魔法を教えて貰いたくてたまらないようだ。
「今日は引き続き、それぞれの長所を伸ばしましょうか」
フェリックスは皆に同好会の活動を指示する。
三人は「はいっ」とフェリックスの指示に返事をした。
「……ライサンダー君は?」
「お兄様は、授業で使う用具の荷運びがあるそうで、少し遅れるといっておりました」
「じゃあ、これで全員だね。活動をはじめようか」
「フェリックス先生、それは待ってもらおうか」
ライサンダーは活動に遅れると妹のミランダに伝えていたようだ。
活動できる全員が揃ったと知ったフェリックスは、同好会の活動を始めようと手を打つ。
パンッと音がしたところで、決闘場にレオナールが入ってきた。
「……レオナール君」
「あなた、生徒会は?」
堂々とした態度でレオナールは壇上に上がり、フェリックスたちの前に現れた。
フェリックスは何故レオナールがやって来たのか分からず動揺しており、ミランダがフェリックスの代わりにレオナールへ問う。
この時間、レオナールは生徒会の活動を行っているはず。
大会が近い部活動の補助や、部費で購入した物品の配達、生徒から寄せられた小さな問題の解決などそういったことを他のメンバーと共にやっているはずなのだ。
「ミランダ、僕の生徒会の活動は学園祭までだよ。あとの仕事は次期生徒会長に任せてある」
「た、たしかにあなたが生徒会長として活動を始めたのは、学園祭が終わった後でしたわ」
「学園祭はいわば引継ぎ期間。一番忙しい時期を経験すれば、あとはなんだってやれるっていう生徒会の伝統なのさ」
「そ、そう……」
(そうなんだ)
教師であるフェリックスでも生徒会長がレオナールから別の者へ変わったことを知らなかった。
ちなみに次期生徒会長は投票の結果、二年B組のマインになった。
常にマインの傍にいるドナトルとルイゾンも生徒会のメンバーに加わっている。
生徒会会長という権限を使って、クリスティーナに嫌がらせをしないか、フェリックスは不安を覚えている。
「僕は卒業までという残された時間を使って――」
レオナールはクリスティーナに近づき、彼女の手を取った。
「愛する人と共にいたいのさ」
クリスティーナの手の甲にレオナールは口づけを落とした。
「は、放してくださいっ」
直後、悪寒がしたクリスティーナは、レオナールの手を振り払い、ハンカチで口づけをされた手の甲をごしごしと拭いている。
「えーっと、クリスティーナさんと放課後デートがしたい、ということですか?」
「いい案ですね! フェリックス先生!!」
「余計なことを言わないでくださいっ」
フェリックスは思いついたことを口に出す。
それが余計な一言だったようで、クリスティーナの鋭い眼差しがフェリックスに浴びせられた。
「昼休み、僕は君から交際の承諾をもらった」
「あれは、レオナール先輩が言葉巧みに誘導したから」
「それでも承諾は承諾だろ?」
「うっ」
「クリスティーナ、もう発言を覆すには決闘しかないとおもう」
「うう……」
弱いところを突かれたクリスティーナは、レオナールに言い返すことができなかった。
ヴィクトルの言う通り、クリスティーナの失言を撤回するには決闘しかない。
だが、レオナールは――。
「僕は魔力切れで瀕死の淵を彷徨ったから、身の安全のため、卒業まで決闘が禁止されているんだ」
保険医の判断により、レオナールは決闘を禁止されている。
本人は言葉だけでは元気そうだが、身体はボロボロらしい。
『レオナール君は模擬決闘厳禁です』と属性魔法担当のリドリーにも、彼女を補助するフェリックスにも伝わっている。
クリスティーナがレオナールに決闘を申し込み、失言を撤回するのは不可能なのだ。
(レオナール、本気になると脇から固めてくるタイプだからな。クリスティーナ、これは強者だぞ)
フェリックスは同性として、レオナールのテクニックに関心する。
「でしたら、ここから出て行ってくださる? 同好会の活動が始まるので」
「ミランダ、君の可愛い後輩に強引に言い寄ったのは悪いよ。だが、僕もリハビリはしなきゃいけない」
「リハビリ……?」
ミランダはレオナールを追い出そうとするも、彼は”リハビリ”と言った。
「リドリー先生に相談したら、『補習がしたいのでしたら、属性魔法同好会のメンバーになったらいいんじゃないですか』とアドバイスを貰ってね」
(リドリー先輩、自分の仕事を増やしたくないから、僕に擦り付けたな)
副担任、補助教官としてリドリーと共に活動しているため、彼女の思考はフェリックスもある程度読めるようになってきた。ライサンダーの時と同様に、それなりの理由をつけて、面倒事をフェリックスに押し付けるつもりなのだ。
ライサンダーの場合、フェリックスの代わりにクリスティーナたちを指導してくれるからいいものの、レオナールは違う。
ミランダをイラつかせ、クリスティーナを困らせる。
属性魔法同好会の活動が上手く回らなくなってしまう。
「フェリックス先生、どうしますか?」
レオナールを同好会のメンバーに加えるか、加えないか。
決定権はフェリックスにゆだねられた。
フェリックスは腕を組み、考える。
(どうせ、レオナールの性格からして、ここで断っても明日、明後日も「メンバーに加えてくれ」と決闘場にやってくるだろうからなあ)
フェリックスはちらっとクリスティーナを見る。困り顔の彼女と目が合った。
「クリスティーナさんはどうしたいですか?」
「えっ!? えっと……」
フェリックスはクリスティーナに声をかける。
「私はフェリックス先生の一存に任せます」
「そう。じゃあ――、レオナール君を同好会のメンバーとして認めます」
フェリックスはレオナールを同好会のメンバーとして加える決断を下した。