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第49話 悪役令嬢は全力を尽くす

 時は遡り、学園祭前日。

 レオナール・モンテッソは同学年の女の子に呼び出された。

 人通りの少ない校舎裏。

 ここでは生徒たちが秘密の話をするために集まることが多い。

 レオナールの場合、女生徒から告白されることが多かった。

 この子もそうなのかなと思い、レオナールは彼女の誘いについてきた。


「私、レオナールに伝えたいことがあって――」

「ごめん、君の気持ちは嬉しいけど、君を満足させる余裕が今はないんだよね」


 告白だと思ったレオナールは丁重に断った。


「……違うわ」


 女の子の声音が低くなる。


「あなたの婚約者、ミランダのことよ」

「ああ。ミランダか」

「ミランダ、あなた以外に好きな人がいるみたいよ」


 最近、クリスティーナという下級生に属性魔法を教えているそうだが、この子はそのことを指しているのだろうか。


「ミランダが恋をしようが関係ない。僕たちは卒業したら結婚するんだから」

「本当に結婚できるのかしら?」

「僕とミランダは婚約者だ。互いの両親がそう決めたのだから、ミランダも僕みたいに割り切って恋愛してるだろ」

「あなたは割り切り過ぎだと思うけど……」


 女の子は呆れた顔でレオナールを見ている。

 レオナールは学園を卒業したらミランダ・ソーンクラウンと結婚する。

 親の都合で、あの美しい外見だけが取り柄のつまらない女と結婚しないといけない。

 だからレオナールは反発して、学園では刺激的な恋を求め、魅力的だと思った女性と交際している。ただ一人に絞れないだけ。

 色んなタイプの女性と交際してきたが、婚約を破棄してまで愛したいと思える人には出会えていない。

 きっと真実の愛を見つける前にミランダと結婚するのだろうと、レオナールは思っている。


「いいの? このままだと婚約破棄されるかもよ」

「それは僕とミランダの問題だ。君に言われる筋合いはない」


 レオナールは少女に煽られ、不機嫌になる。


「僕は君よりもミランダと長い付き合いだ。彼女が父親の取り決めを勝手に破棄する度胸はないさ」

「ミランダがフェリックス先生と一緒に帰っている話、知らないの?」

「……なんだい? その話」


 レオナールは女の子の前でとぼけてみせる。

 その噂話はレオナール自身にも耳に入っている。

 事実、ミランダは空いた時間に二年B組へ向かうことが多くなった。

 始めは魔法の指導をしているクリスティーナに会うためかと思ったら、違った。

 ミランダは二年B組の担任、フェリックス・マクシミリアンに惹かれている。

 レオナールが試しにフェリックスの傍を通ったら、ミランダが愛用している香水と同じ香りがした。

 疑いをかけていたところで、ミランダとフェリックスが共に帰っている所を目撃したという噂が学園内に広まった。

 ミランダに問う輩もいたが、彼女は「フェリックス先生は通生のわたくしを心配して送ってくださるだけです」とそれらしい理由を述べ、堂々としている。


(その噂が事実だとしても、この女が気にかけることでもないだろう)


 女の子の本意が分からないレオナールは知らないふりをして、彼女の出方を探る。


「フェリックス先生にミランダを取られるかもしれないよ」

「そんなの――」

「フェリックス先生はあのマクシミリアン公爵の跡継ぎよ。ミランダの父親が心変わりするようなお相手じゃない?」

「……」


 女の子の意見は正しい。

 前皇帝の直系であるフェリックスに見初められれば安泰だ。

 レオナールも侯爵家とそれなりの地位にいるが、位で言えばフェリックスの方が格上だ。

 ソーンクラウン公爵が心変わりする可能性もなきにしもあらず。


「婚約破棄されても――」

「されない方法が一つあるわ。学園祭のトーナメントよ」


 女の子の狙いが見えてきた。


「僕にミランダと決闘まがいのことをしろっていうのかい」


 レオナールの問いに女の子はにやりと笑った。


「それは無理だ。実力ではミランダに負ける」


 レオナールは少女の提案を却下した。

 ミランダには敵わないとレオナールは自分の実力を理解している。

 学年二位の実力ではあるが、一位との差は大きい。

 ミランダは学園最強の属性魔法の使い手。

 その彼女に勝つイメージが湧かない。


「いいえ、あるわ」


 少女はレオナールに黄色の液体が入った小瓶を差し出す。

 渋々レオナールはそれを受け取った。


「これは?」

「国立魔法研究所の試薬。魔法の威力を底上げする薬よ」

「……試薬の持ち出しは禁止では?」

「こ、これはもう一般化されるもので、父さんが販売される前に私にと――」

「そういうことにしておこう」


 レオナールは試薬をズボンのポケットの中に入れる。

 女の子の家は国立魔法研究所の研究員。もうじき一般化されるのであれば、安全性も問題ないだろうとレオナールは判断した。


「それで、君は僕にどうして欲しいんだい」

「ミランダに勝って、あなたに服従させてほしいの」

「……君に命令されるのは癪だが、ミランダが僕に従順になるのは面白い」

「その薬を飲んだらミランダに勝てる。どう? ミランダを自分のものにしたくない?」


 レオナールは女の子の要求を受け入れた。



 トーナメント決勝戦では、リドリーが試合開始を言い渡す。


(この戦いに勝てば、わたくしはレオナールと婚約破棄ができる!)


 ミランダはフェリックスとの結婚という目標に近づくため、やる気になっている。


「アイスニードル!」


 ミランダは無数の氷の針を作り出し、レオナールに向けて連続で放つ。


(レオナールは火属性の使い手。わたくしの氷魔法は解けてしまうけど……!)


 ミランダの強みは攻撃魔法を放つ速さ。

 ファイアオーラで氷の針を溶かせても、レオナールの魔力ではすべてを溶かしきれない。

 火の魔法の使い手でもレオナールとフェリックスでは圧倒的な差があるのだ。


(手加減なんてしない、速攻で終わらせる!!)


 ミランダはレオナールに反撃の手を与える前に倒そうとしていた。

 最後の氷の針がレオナールに刺さる。

 勝利を確信したミランダは攻撃魔法を止める。

 レオナールの周りに蒸気が立ち込め、彼の状態はよくわからない。


(うそっ! あれで倒せないの!?)


 だが、防御魔石が割れた音は聞こえていない。

 ミランダの全力の攻撃をレオナールは耐えきったのだ。

 予想外の結果にミランダは驚愕する。


「フレイム」


 蒸気に包まれたレオナールから反撃の魔法が聞こえる。


「ア――、ウォータバブル」


 動揺していたものの、実家で過酷な訓練を積んでいたミランダはとっさに氷魔法から水魔法に変え、人が入る大きな水の泡を作り出し、レオナールの攻撃魔法から身を守った。


(おかしい……)


 ミランダはレオナールの攻撃魔法に違和感を持った。

 レオナールほどの魔法であれば、水の防御魔法で受けきれるのだが、今回はギリギリだった。


(チャージを唱えて、威力を上げてから攻撃魔法を放ったのかしら)


 蒸気に包まれている間に魔力を溜める余裕はあった。

 だが、ミランダの予想はすぐに裏切られることになる。


「ファイアボール」


 続いてレオナールが火の攻撃魔法を放つ。

 ミランダは先ほどの攻撃と同様に、水の防御魔法で攻撃を防ごうとする。


(えっ?)


 レオナールの魔法がミランダの防御魔法に触れた瞬間、ミランダは彼の魔法の威力に驚く。

 初級魔法だというのに、火力が高くなっている。

 ミランダは目の前にいる人物があのレオナールなのかと疑ってしまう。


「僕は本気だ。君に絶対勝ってやる」


 その後、レオナールは初級魔法を連続して放ち、ミランダを追い詰める。

 ミランダはそれを水魔法で防ぐ。

 防ぎきれるものの、ギリギリである。


(わたくし……、レオナールに負けてしまうのかしら)


 このままでは物量に押し切られ、防御魔石が割れてしまうかもしれない。

 レオナールの魔法に圧倒されたミランダは、杖を降ろし防御魔法を解いてトーナメントに負けてしまおうかと弱気になってしまう。


「ミランダ、あきらめるな!!」


 様々な歓声の中、ミランダはフェリックスの声援を耳にする。


「ミランダ先輩! 頑張って!!」


 次に、クリスティーナの声援が聞こえる。

 このトーナメント会場には、恋人と後輩がミランダを応援してくれている。

 この不利な状況でもミランダが勝つと信じてくれている。


(絶対、負けたくないっ)


 ミランダはレオナールの攻撃魔法がいつか止まることを信じ、諦めずに防御に徹する。

 粘り強く守っていると、レオナールの攻撃魔法の威力が弱まっていることに気づく。

 レオナールが苦しい表情を浮かべているのが見えた。


(レオナールも限界そう。なら、ここで勝負に出るっ)


 ミランダは最後の火球を防いだのち、防御魔法を解く。


「おや、負けを認めたのかい?」

「いいえ」


 ミランダはレオナールの問いを否定する。


「レオナール、この勝負……、勝たせていただきますわ」


 ミランダは体内にある全魔力を杖に込めた。


(この魔法が成功したのは数回。でも、今ならできる気がする――)


 ミランダは瞳を閉じ、呪文を唱えた。


「ブリザードっ」


 数回しか成功したことがない上級魔法。

 ミランダの杖は大量の氷を精製し、それを一気にレオナールへ放出する。


「なにっ!?」


 今までにない氷魔法の威力にレオナールが圧倒されている。

 レオナールも炎の防御魔法で防ごうとするも、ミランダの攻撃魔法を防ぎきることはできなかった。

 パリンッ。

 レオナールの防御魔石が割れる音が決闘場に鳴り響く。

 その音が聞こえた直後、ミランダは攻撃魔法を解いた。


「勝負あり!」


 直後、審判のリドリーの声が聞こえた。


「トーナメント学生部門の優勝者は――、ミランダ・ソーンクラウン!!」


 リドリーが勝者の名を上げた直後、決闘場が一気に歓声に包まれる。


「やった」


 ミランダは小さな声で自身の勝利を喜ぶ。

 歓声を浴び、少しの間勝利を噛みしめたミランダは、試合終了の握手をしようと床に両膝をついているレオナールに近づく。


「レオナール?」


 レオナールは胸を抑え苦しんでいる。

 よくみると、レオナールの魔力が身体から外へ溢れ出ている。

 これは魔力がコントロールできないときに発生する現象。


「ミランダさんっ、レオナール君から離れてくださいっ!!」


 危険を察知したリドリーがミランダに叫ぶ。

 その直後、あふれ出たレオナールの魔力が暴発し、轟音が決闘場に響いた。



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