「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
ミランダは紅茶と焼き菓子を堪能したフェリックスとイザベラを見送る。
三年A組の教室を出たイザベラは、再びフェリックスに密着していた。
(わたくしのフェリックスといちゃつくなんて、女王でも許せないわ! あの下品な女!!)
ミランダは教室脇に用意されたバックヤードに入るなり、いらだちを露わにする。
特に、焼き菓子をイザベラがフェリックスに食べさせる場面は何度思い出しても腹が立つ。
(フェリックスはわたくしの恋人。あんたのお気に入りの一人になんてさせないわ)
ミランダの怒りの感情が最高点に到達する。
イザベラは見目麗しい男性をコルン城に囲う噂は、貴族界隈では有名な話。
その一人にフェリックスが加わるかもしれない。
「……」
もし、ミランダの想像が現実になったら、フェリックスはイザベラのものになってしまう。
女王の決定に逆らえば、反逆罪。
公爵令嬢であれども、ミランダはイザベラに対抗する術を持っていない。
ただ、フェリックスがコルン城へ連れていかれるところを、見ることしかできないだろう。
(それは……、絶対にいや)
最悪のケースを想像したミランダは、先ほどまで込み上げていた怒りの感情が沈み、きゅっと胸が締め付けられた。
不安な気持ちが込み上げる。
「ミランダ、指名が入ったぞ」
男子生徒がミランダに声をかける。
”フェリックス先生の接客を優先したい”と、断る理由がなくなったミランダは、バックヤードから出て、指名した相手の元へ向かう。
「やあ、ミランダ」
「……おかえりなさいませ、ご主人様」
「なんだい、反抗的なメイドだなあ」
ミランダを指名したのは、婚約者レオナールだった。
「冷やかしなら、帰ってくださる」
「僕は冷やかしに来たのではないよ」
ミランダはレオナールに冷たく接する。彼の舞台役者のような大げさな身振りやキザな言動が婚約者とはいえ、好きになれないからだ。
レオナールに手を握られ、手の甲に口づけをされる。
「高貴で高嶺の花である君が、給仕の恰好で奉仕してくれると聞いてね、是非とも受けたいと思ってきたのさ」
「……それを世の中では”冷やかし”と言うのよ」
ミランダはレオナールから手を振り払う。そして、彼の一言に冷たい言葉で一蹴する。
そんなミランダの一言でも、レオナールは余裕の表情だ。
「主人を立たせたままにするなんて……、失礼なメイドだなあ」
「くっ」
レオナールはミランダにニヤついた表情をみせた。いつもは引き下がる彼だが、今回はミランダが給仕する側。
「……席に案内いたします」
ミランダは唇をきつく噛み、悔しい感情を堪える。
(接客に徹しなきゃ)
レオナールを席へ案内している間に、ミランダは気持ちを切り替える。
席に着いたレオナールは、紅茶のみを注文した。
ミランダは注文されたものを取りに行き、それをテーブルに置いた。
その間、ミランダはレオナールの下卑た視線を浴びる。
「君のメイド服姿は最高だね。まるで妹が遊んでいた綺麗な人形が大きくなって、魔法で動き出したかのようだ」
レオナールにメイド服姿を絶賛される。
しかし、ミランダはレオナールにそう言われても嬉しくはなかった。
「中身ももうちょっと献身的になってくれたらいんだけどな」
レオナールはミランダの外見しか評価しないからだ。
(この男は、可憐で大人しそうな、自分が御しやすい女が好みだもの)
レオナールの好みに当てはまっているのは、ミランダの外見だけ。性格は真逆なのだ。
「貴方の対応なんて、これくらいが丁度いいですわ」
ミランダはレオナールの嫌味に負けじと言い返す。
レオナールはミランダの言葉など気にせず、紅茶を一口。
「僕たちは三年生。もうじき卒業だ」
「……そうね」
「卒業したら、君は僕と結婚する」
卒業まであと四か月。
成績優秀なミランダであれば、フェリックスのように進学試験を受け、大学へ入学するのは容易。
だが、ミランダは、チェルンスター魔法学園を卒業後、レオナールと結婚することになっている。
フェリックスと密会している間にも、ウェディングドレス・披露宴のドレスの選定、招待リストの作成、披露宴のメニューや催しなど、結婚式の計画が進んでいた。
フェリックスと愛し合う短い間だけ、現実を忘れられていた。
(卒業したら――)
――卒業したら、付き合おう。
ミランダはフェリックスとの幸せな未来に焦がれているだけで、何も行動できていない。
このままではレオナールと結婚してしまう。
だが、打開策が全く思いつかない。
時間が過ぎるばかりで、ミランダは焦っている。
今、一番レオナールに言われたくない言葉だった。
「だが、君は僕よりもフェリックス先生の方に関心があるように見える」
「っ!?」
「分かるよ。僕は十歳の頃から君をずっと見てきたのだから」
ミランダはレオナールの指摘に息を呑む。
すぐに言い訳をしようとしたが、レオナールがミランダの発言を遮った。彼にはミランダとフェリックスの関係もお見通しのようだ。
「君は僕の婚約者。叶わない恋は諦めることだ」
レオナールはミランダに追い打ちをかける。嫌味を嫌味で言い返してきた間柄だが、今回ばかりは何も言い返せなかった。
ミランダは唇を強く噛み、悔しがる。
「おや、何も言い返さないのかい?」
調子に乗ったのか、レオナールがミランダを挑発する。
「わたくしは――、フェリックス先生のことを諦めたくありません!」
「普段の冷徹な君からは想像もできない熱意だ」
ミランダは誤魔化すことなく、本心を正直にレオナールへ明かした。
レオナールはミランダの発言について”熱意”と評した。
「なら、ミランダ。トーナメントで決着をつけよう」
「あら、いいの? 貴方、わたくしに一度も魔法戦で勝ったことはないでしょう」
レオナールは学年二位の実力者だが、一位はミランダである。
トーナメントで決着をつけるというのは、ミランダに有利な条件だ。
「僕は何事もレディに譲る性分でね」
レオナールは気になる一言をミランダに告げ、席を立つ。
「紅茶、美味しかったよ。君の屋敷で振舞われたものと似ている味だった」
「ソーンクラウン公爵家御用達の紅茶店で安価になるようブレンドしてもらった茶葉ですもの。美味しくて当然ですわ」
「……それなら、焼き菓子も頼んでおけばよかったな」
教室を出る間、レオナールとミランダは短い会話をする。
ドアの前で、レオナールは立ち止まる。
「それじゃ、ミランダ。決闘場でまた会おう」
「ええ。行ってらっしゃいませ、ご主人様」
ミランダは深々と礼をし、レオナールを見送る。
(次に会ったら、対戦相手――)
レオナールとの勝負に勝ち、フェリックスとの幸せをつかみ取る。
(絶対に……、勝つ!)
ミランダは心の中で、強く誓った。
☆
トーナメント決勝戦。
闘技場では、優勝者を決める戦いが始まろうとしていた。
「ただいまから、トーナメント・生徒部門の決勝戦を行います!!」
審判のリドリーが決勝戦開始の宣言をする。
観客の生徒たちの熱気は最高潮になっていた。
「ミランダ先輩! 頑張ってください!!」
観客席の最前線では、後輩のクリスティーナとヴィクトルが応援している。
ミランダは二人の姿と――。
(フェリックスと下品な女……)
特等席でトーナメントを観戦しているフェリックスと彼に密着しているイザベラを見つける。
(この戦いはわたくしとフェリックスにとって大事なもの)
ミランダは壇上へ上がる前に深呼吸をし、イザベラへの嫉妬心などの余計な感情を取り払う。
勝てる戦いとはいえど、余計な感情は敗因の元になる。そう、幼いころから父親に教わってきた。
「ミランダ、全力で戦おう」
壇上へ上がると、目の前にはレオナールがいた。
決勝戦の相手はレオナール。
周りは三学年の最強を決める戦いと盛り上がっているが、ミランダは違う。
リドリーから防御魔石を受け取ったミランダは、防御魔石に自身の魔力を込め、それを胸ポケットにしまった。
「僕が勝ったら、婚約者らしく、僕に付き従え」
杖を構えると同時に、レオナールがミランダに宣言する。
ミランダはすうっと息を吸い、レオナールに告げる。
「わたくしが勝ったら、貴方との婚約破棄をさせていただきますっ」
ミランダは杖を構える。
(絶対に……、負けないっ)
「では――、はじめっ!」
リドリーの合図と共に、ミランダとレオナールの戦いが始まった。