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第46話 学園祭に女王襲来

 チェルンスター魔法学園の学園祭が近づく中、コルン城の玉座の間ではイザベラが臣下から受け取った書類を熟読している。


「今月はこれだけかえ?」


 イザベラが臣下に問いかける。

 軍服に身を包んだ銀髪の臣下は「はい」とイザベラに返事をした。


「フェリックスの動向を知るためにそなたの息子をあの学園に送ったというのに……」


 イザベラは資料を銀髪の臣下に投げつける。

 パンッと紙束が彼の顔面にぶつかり、パラパラと床に落ちる。それでも、彼は微動だにせずその場に立っていた。


「これはそなたの息子の日記ではないか!! フェリックスのことは始めの部分しか書いておらぬぞ!!」

「申し訳ございません。ライサンダーにキツく言いつけておきます」

「同好会とやらの活動のことなどどうでもいいわ!!」


 イザベラは銀髪の臣下を叱責する。

 彼はライサンダーとミランダの父親、ソーンクラウン公爵その人であった。

 ソーンクラウン公爵はイザベラに深々と頭を下げる。


「報告書に書いてあるように、フェリックス殿は“学園祭“という催しの準備で忙しく、共に行動できないようで……」


 ソーンクラウン公爵はライサンダーがフェリックスの行動を記録できなかった理由を語る。


「同好会の活動も、フェリックス殿に頼まれたことなので、離れることができないようです」

「……フェリックスの頼みでやっているのだな? 楽しんで本来の職務を忘れている訳ではないよな?」

「忘れては……、いないかと」

「その間、不安じゃのう」


 イザベラは脚を組み、ひじ掛けに身体をもたれかかり、頬杖の体勢でソーンクラウン公爵を見下ろす。彼の返事に、彼女はため息を付いた。


「それと、そなたの娘、”わらわ”のフェリックスに馴れ馴れしくないか?」

「ミランダは――」


 ソーンクラウン公爵の言葉が詰まる。


「私も知らないのです。チェルンスター魔法学園に入学し、我が領地を出て以降、最低限の支援しかしておりませんので」


 ソーンクラウン公爵は娘であるミランダとの関係は希薄であることをイザベラに告げた。

 ミランダについて言及を避けたわけではなく、本当のことである。

 学園近くの空き家を買い取り、内装を整え、二名のメイドを置いているだけ。

 メイドにはミランダの世話だけを命じており、定期的に様子を連絡させることは命じなかった。

 ミランダの動向についてソーンクラウン公爵は全く知らないのである。

 五葉のクローバーの件だけは、ミランダが学園の女子寮へ謹慎になるということで、メイドがソーンクラウン公爵に相談したため発覚した。


「まあ、フェリックスに関する情報は少ないが、欲しいものは手に入った。今回は多めにみてやる」

「はっ、次回で挽回いたします!」


 ライサンダーの報告書は不満ばかりだが、イザベラが求めていた手がかりは書いてあったようだ。

 それが無ければ懲罰ものだが、イザベラはライサンダーを特別に許した。

 ソーンクラウン公爵はイザベラの寛大な処置に敬礼で応えた。


「挽回の機会はすぐに訪れる」

「……というと」


 イザベラはソーンクラウン公爵に妖しく微笑む。


「わらわは暫く城を空ける。軍部に護衛を頼みたい」

「外出ですと!? その、行く先は――」


 イザベラの宣言にソーンクラウン公爵は目を見開く。


「チェルンスター魔法学園じゃ! フェリックスの叔母として、学園祭に参加する」


 驚愕しているソーンクラウン公爵にイザベラは行き先を告げる。


☆ 


 時は過ぎ、学園祭当日。

 フェリックスは準備の忙しさから解放され、二年B組の教室で当日を迎える。

 二年B組の教室は机を商品棚の様に並べ、机にシックな黒のテーブルクロスを敷き、その上に生徒たちが持ち寄った商品を並べていた。

 教室内は店番の生徒数人で、内にクリスティーナがいる。


「私たちのクラスは他と比べて準備が楽でした」

「それにしても……、クリスティーナさんの陳列が際立ってますね」

「女性受けしそうなアクセサリーや小物が多いですね。一番の稼ぎ頭になるでしょう」

「間違いないですね」


 陳列棚のワンスペースだけ、一際目立っている。

 クラスメイトたちが素人の中、プロであるクリスティーナの瞳には商品を販売するぞという熱意が感じられた。


「フェリックス君は準備の段階で頑張ってくれたので、学園祭は生徒同様、楽しんでくださいね」

「配慮ありがとうございます。リドリー先輩」


 リドリーの言う通り、フェリックスは学園祭の見回りやトーナメントの審判は割り振られておらず、三日間自由だ。

 学園祭を楽しむのもよし、宿舎でのんびりするのもよしという特別待遇を受けている。


(前世で味わえなかった学園祭、満喫するぞ!!)


 フェリックスは学園祭をめいいっぱい楽しむ予定だ。

 生徒が制作した学園祭のプログラムにメモをし、効率よく出店を回れるよう計画していた。


(今日の目玉は、メイド喫茶とトーナメント)


 フェリックスはミランダのメイド姿と特別なご奉仕をしてもらうため、学園祭が開始したら早々に三年A組へ向かう。

 ミランダのメイド姿の次に楽しみにしているのは決闘場で行われる学生たちのトーナメント戦だ。

 学園祭のトーナメントでは、学年関係なく参加することができる。決闘が禁じられている一年生でも教師に実力が認められれば参加可能だ。

 ミランダは一学年のときから学園祭のトーナメントに参加しており、結果は準優勝、優勝。今年は二連覇が期待されている。


(トーナメントはクリスティーナも参加する。ゲームではクリスティーナの属性魔法のステータスがSの時に解放される)


 効率よくゲームをプレイしたとしても、二学年のクリスティーナがトーナメントに参加できるのはステータスのほぼ最大値の上がり幅を引いたとき。


(僕の世界にいるクリスティーナは、属性魔法の成長がとても早い。ライサンダーエンドとか、イザベラを討伐する際の革命軍エンドくらいの早さだ)


 ゲームの各システムに熟知していたフェリックスでも、この状態に持ち込めたのは八周目のライサンダールートからだ。


(一周目でライサンダールートを目指す、縛りプレイしてた人……、どうやって乗り越えるんだろう)


 ふと、フェリックスは前世のあるプレイヤーについて想いにふける。


「フェリックス君、そろそろ始まりますね」


 思いにふけっていたフェリックスにリドリーが話しかける。

 学園祭開催の時間が近づいてきたようだ。

 二年B組たちの生徒も、開始の鐘を今か今かと待っている。


(早くミランダに「ご主人様」って言われたい!!)


 フェリックスの頭の中は、三年A組のメイド喫茶のことでいっぱいだった。

 カーン。

 学園祭開始の鐘が鳴った。


「よーし! いっぱい売るぞ!!」


 開始の鐘を聴き、クリスティーナは張り切っていた。


「でも、学外の人……、来ないね」


 教室の窓から外の様子を見ていた生徒の一人が呟く。


「去年は鐘の音の直後に沢山の人が校舎めがけて来るのに」


 いつもなら学外の人たちがチェルンスター魔法学園に押し寄せるはずなのだが、学園にやってくる人はおらず、フリーマーケットを訪れたのは、学生だけ。

 生徒の一人が不安げに呟く。その一言を皮切りに、周りの生徒たちに不安な気持ちが広まっていった。


「おかしいですね……、校門の前で問題が起こったのでしょうか」


 この状況にリドリーも疑問を抱いていた。

 考えられるとしたら、校門の前で喧嘩などの問題が発生したとき。その場合、学外の人たちはその喧嘩が鎮圧するまで入ることはできない。


「でも、そうだったら通信魔法で応援を呼ぶのではないでしょうか」

「フェリックス君の言う通りですね。では何故――」


 フェリックスはリドリーの仮説を否定した。

 もし、校門の前で問題が起こっていたら、近くで見回りをしている教師が通信魔法で応援を呼ぶはず。

 リドリーは別の可能性を考える。

 その答えはフェリックスたちの目の前に現れた。


「フェリックス殿!」


 二年B組の教室にライサンダーと――。


「フェリックス! また、会えたのう」


 彼の隣に女王イザベラが現れたからだ。



「そなたに会えて、わらわは嬉しい」


 イザベラはフェリックスを見つけるなり、護衛のライサンダーを押しのけ、フェリックスの胸の中に飛び込んだ。

 フェリックスの胸に頬釣りをし、再会を喜んでいる。


「そ、そうですか……」


 フェリックスは周りの目を気にしない、過剰なスキンシップに動揺する。

 この場にいる皆が、女王の登場とフェリックスへの甘い態度に注目し、言葉を失っていた。


「何故、イザベラ様が学園祭に?」

「甥の仕事ぶりを観に来たのじゃ!」


 フェリックスが問うと、イザベラは堂々と答えた。


「フェリックス、以前より身体が細くなっておらぬか?」

「へっ!?」

「ちゃんとしたものを食べておらんのか?」

「ちゃんと三食摂ってます! ただ、学園祭の準備であちらこちらと教室間を移動して忙しかっただけです」


 フェリックスにべったり抱き着いているイザベラは、彼の健康状態を気にする発言をする。


(ちょっと身体が軽くなった気はするけど、抱きしめただけで変化が分かるとか……、イザベラって僕に執着しすぎてない!?)


 自身も気づかない身体の変化を指摘され、フェリックスはイザベラの執着にドン引きしていた。


「……泥人形、更新しておかねばな」

「イザベラさま? 今、何を――」

「わらわの独り言じゃ。気にせんでくれ」

(泥人形って言わなかった!? 更新するって……、いいや、聞かなかったことにしよう)


 イザベラは泥魔法で人形を作ることができる。

 もし、人形の形を自在に変えられるのだとしたら――。

 嫌な予感がしたフェリックスはここで思考を止めた。


「フェリックス! わらわと共に学園祭を周ろう!!」


 フェリックスとの抱擁を解いたイザベラは、学園祭を一緒に周ろうと誘ってきた。

 フェリックスはリドリーとライサンダーに視線を動かすも、リドリーは笑顔で手を振っているし、ライサンダーは無表情である。

 イザベラの誘いは強制。

 フェリックスの”学園祭をめいいっぱい楽しもう計画”はここで潰えた。


「わらわ、学園に通ったことがないから、このような催しは生まれて初めてなのじゃ」


 意外にもイザベラは学園祭に興味深々だった。


「生まれて初めて……」


 イザベラは女王でありながら高等な教育を受けていなかった事実にフェリックスは驚いた。


「学園に通う前に夫と結婚したのでのう。制服姿にも憧れがあるのじゃ」

(ということは……、十五歳で王宮に嫁入りしたってこと!?)


 乙女ゲームにイザベラの実年齢が描かれてなかったのは、この設定がフェリックスの前世ではアウトだったから。

 逆算すると、イザベラは十五歳で第三妃として皇帝と結婚し、十六歳で男児を出産したことになる。

 二年後、皇帝と息子が殺害し、それから一年経ったのが現在のため――。


(イザベラは十九歳! 僕より年下だったの!?)


 イザベラの年齢がフェリックスより年下だということが判明し、頭が真っ白になる。

 叔母だからと勝手に二十代後半だと想像していた。


「フェリックス?」

「えっと、イザベラさまが学園祭に現れたことに頭が混乱していて――」


 フェリックスは言い訳をしつつ、額に手をやり、イザベラが想像よりもはるかに若かったという現実を受け入れる。

 イザベラはフェリックスの腕に絡みつき密着しつつ、陳列されている商品たちを眺めていた。彼女の瞳は輝いており、宝飾品やドレスを眺めているかのようだった。


「フェリックスが担当しているクラスは市場のようなものをやっておるのか?」

「生徒たちが商品を持ち寄ったり、製作した商品が出品されております。お気に召したものがあったら、提示された銅貨を支払い、購入するルールです」


 イザベラの質問にライサンダーが淡々と答える。

 ライサンダーは胸ポケットから小さな布袋を取り出し、イザベラに渡す。

 中には銅貨が沢山入っていた。


「銅貨二十枚が入っております。生徒が一日の学園祭で消費する平均額から割り出しました」

「わらわはフェリックスに訊いたのじゃ。そなたに訊いておらん!! 馬鹿者がっ」


 イザベラはライサンダーを叱責する。

 その声は普段より低く、ライサンダーを軽蔑しているようだった。


(こ、怖いっ)


 イザベラの豹変に、フェリックスは怯える。


「そ、その……、ライサンダー君の説明で合っています。ご興味があるのでしたら、一度ご覧になってはいかがですか」


 フェリックスは震える声で、イザベラに商品を薦める。


「うむ! 欲しいものを探すから、フェリックスはそこで待っておれ」

「……承知いたしました」


 イザベラはフリーマーケットの商品を宝物のように一つ一つ手にとっていた。

 そんなイザベラを店番の生徒たち、リドリー、ライサンダーは黙って見守っていた。


(くうっ、イザベラが学園祭までやってくるとは思わなかった! ああ、メイド姿のミランダを拝みたかったのにい)


 フェリックスは足止めをくらい、一足も速くミランダの元へ向かいたいとやきもきしていた。



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