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第45話 僕は愛を知らない令嬢を甘やかしたい

 応接室に入ると、メイド服姿のセラフィがアルフォンスと談笑していた。


「フェリックスさま。お待ちしておりました」

「セラフィ、来てくれてありがとう!」

「主人の命令ですので、当然です」


 フェリックスが応接室に入ってきたと分かると、セラフィはアルフォンスとの談笑を止め、ソファから立ち上がり、フェリックスに深々と一礼した。


「来て早速で申し訳ないんだけど――」

「アルフォンス様のクラスの指導と、洋服の制作ですね」

「うん。イメージ図と予算を送ったんだけど……、出来そう?」


 セラフィをチェルンスター魔法学園に派遣するのに時間がかかると思ったフェリックスは、要請の手紙と共に、メイド服のイメージ図と予算を送っていた。

 メイド服はセラフィが身に着けている物よりもスカート丈が短く、エプロンもフリルやリボンなどの装飾をつけた可愛らしいデザインにした。それを三年A組の女生徒分、十五着の制作を依頼した。

 予算は学園祭で得られるだろう総額の三割。


「フェリックスさまのイメージ通りには制作できると思いますが、圧倒的に材料費が足りませんね」

「そっか……」

「ですが、不足分は主人が全て建て替えると申しておりました。ですのでご心配はございません」

「父上が……、全部!?」

「”チェルンスター魔法学園への寄付金”という名目で、使用用途はアルフォンス様の思うがままにと」

(父上はどんだけアルフォンスのこと気に入ってるんだよ!!)


 フェリックスは父親の行動に驚いていた。

 マクシミリアン公爵はマクシミリアン公爵邸でアルフォンスに命を救われた。その一件がきっかけで、アルフォンスはマクシミリアン公爵にとても気に入られている。

 学園の寄付金という名目で、アルフォンスに貢いでいるのがその証拠だ。


「お、俺の権限でこの大金を動かせる……。高価な触媒を取り寄せて、変身薬の精製……、いや、新薬の開発だって――」


 アルフォンスが独り言をブツブツと呟いている。

 マクシミリアン公爵は平民では考えられない大金を寄付したのが察せられる。


「アルフォンスさまに女子生徒のサイズが書かれたリストを頂きましたので、あとは材料の調達と縫製ですね」

「十五着は大変だろうけど、お願いね」

「お任せください。また、立ち振る舞いの指導は、前日に行う予定です」

「そう」

「その間の宿泊は、私の知り合いの家に泊めてもらうことにしました。食事もそちらで頂くのでご心配なく」


 セラフィは淡々と自身の予定を告げる。

 冷静で慌てている様子がないことから、全て予定通り仕上げてくれる安心感があった。


「確認のため、学園に訪れたりすることが多々あると思います。その際は――」

「そうだね……、僕から校長にセラフィが学園を自由に出入りできるよう、話を通しておくよ」

「ありがとうございます。お手数をおかけします」


 セラフィがやってきたことで、メイド喫茶の問題は解決しそうだ。


「じゃあ、僕は――」

「先輩が貴様の事を探していたぞ。一年C組に来て欲しいと」


 用事が終わったため、二年B組の教室に戻ろうとするも、アルフォンスに引き留められる。


「そ、そうですか……」


 フェリックスは出店の会議で、喫茶の問題を解決して以降、学園祭の相談が増えた。

 他のクラスをあちこち周っていて、放課後も忙しい。


(同好会の活動にも出れてないし……、監督役としてライサンダーを置いてよかった)


 忙しいあまり同好会の活動に出れていない。

 本来は顧問がいない活動は許されていない。属性魔法同好会は怪我をする可能性があるため、なおさら。

 フェリックスが参加せずとも同好会の活動ができているのは、監督役としてライサンダーをメンバーとして加えたから。

 同好会の話はミランダと一緒に帰るとき、よく聞く。

 ライサンダーが指導していることで、ミランダが委縮するのではないかと不安だったが、そこはクリスティーナとヴィクトルが間を取り持っているらしい。


(今日はミランダと約束している日だから、同好会の活動が終わる時間帯で退勤するぞ)


 フェリックスは唯一の楽しみを胸に、学園祭の仕事に励む。


 ☆


 仕事が終わり、フェリックスは職員室で日報を書いていた。


(今日も同好会の活動に参加できなかったな……)


 メイド喫茶以外の喫茶はほぼフェリックスが監修しており、自分のクラスと合わせると五つ掛け持ちしていることになる。

 単純に他の担任よりも五倍仕事していることになるのだ。

 そのため、一つの仕事が終わると二つ新たな仕事が増える状態になっていて、休む間もなく次の仕事を片付けている。

 学園祭の準備期間の間、フェリックスは日が暮れるまでずっと働き詰めで、同好会に顔を出す余裕がない。


(だけど、今日はミランダを家に送り届ける日!)


 フェリックスは連日の激務でとても疲れているのだが、ミランダに会える日を糧に生活している。


(ミランダに励まして貰ったり、ハグとかキスしてもらって慰めてもらうんだ)


 この時間になると、フェリックスの頭はミランダのことで埋め尽くされていた。

 日報を書き終えたフェリックスは、それをリドリーの机の上に置く。

 残っている先輩たちに、退勤することを告げ、職員室を出た。

 フェリックスは軽い足取りで、ミランダと待ち合わせた場所へ向かう。

 チェルンスター魔法学園の校門を出て、少し歩いたところに教科書や参考書を販売している本屋がある。

 フェリックスがそこに来店すると――。


「フェリックス先生。ごきげんよう」

「こんばんは、ミランダさん」


 パラパラと参考書を眺めているミランダがいた。

 ミランダはフェリックスが来店したことに気づくと、挨拶をしてくれる。


「そろそろ閉店時間なんでね。出てくれないか?」

「すぐに出ます。ミランダさん、行きましょう」

「ええ。フェリックス先生」


 本屋の店主が来店してきたフェリックスに文句を言う。

 フェリックスは彼の言葉に従い、ミランダと共に本屋を出た。

 本屋を出て、繁華街の人混みに溶け込むと、フェリックスはミランダと恋人繋ぎをする。


「フェリックス、今日はギリギリですわよ」

「ごめん……、学園祭の仕事が予定通りに片付かなくて」


 手を繋ぐと、ミランダは生徒から恋人に変わる。

 学園の校門から一緒に帰ると、部活動や同好会の活動を終えた通学生の生徒たちと鉢合ってしまうかもしれないため、待ち合わせ場所を作ることにした。

 教師であるフェリックスが生徒のミランダと偶然を装って会えそうな場所。

 考えた末、二人はあの本屋を選んだ。

 ミランダの苦言に、フェリックスは素直に謝った。


「フェリックスが忙しいのは分かるけど……、もっとわたくしとの時間を作って欲しい」

 恋人になってから、ミランダはフェリックスに甘えてくることが多くなった。

「放課後もフェリックスと一緒に居られると思ってたのに……。学園祭なんて、早く終わってしまえばいいのよ」


 フェリックスが同好会の活動に顔を出せないことに、ミランダは不満のようだ。


「そんなこと言わないで。ミランダは今年最後の学園祭なんだから」


 フェリックスはミランダに諭すような口調で話す。


「学園祭なんて、出し物の手伝いとトーナメントに参加するくらいしかやることがありませんもの」

「家族が学園祭に――」

「お父様は軍部の仕事で忙しいから……、今年も来ないですわ」

「で、でも! ライサンダー君がいるよ。ミランダの出し物楽しみにしてるんじゃないかな」

「……お兄様が?」


 ミランダは他の生徒と比べ、学園祭を楽しみにしていない。

 学園祭は生徒の家族がチェルンスター魔法学園に入れる唯一の機会。

 だが、ミランダの家族であるソーンクラウン公爵とライサンダーは一度も訪れていない。

 きっと、当時のミランダは寂しい想いをしたに違いない。

 フェリックスがライサンダーの事を口に出すと、ミランダは眉をひそめた。


「そんなこと……、ありませんわ」


 ミランダは震える声でフェリックスに告げる。


(ミランダは家族に厳しく育てられ、怯えているけど――)


 ミランダが家族のことを口にすると悲しい表情を浮かべるのは、怖いという感情の他に”愛されたい”という気持ちが混ざっているのではないかとフェリックスは考える。

 学園祭に「来てほしくない」ではなく「来ない」と発言しているからだ。

 ミランダは心の奥底で、ソーンクラウン公爵とライサンダーが学園祭に来てくれるのではないかと期待しているはず。

 今年は兄であるライサンダーが用務員として学園にいる。


「ライサンダー君が、ミランダさんのメイド服姿を観に、三年A組に来るかもしれませんよ」

「そう、でしょうか……」


 ミランダは訝しげだが、当のライサンダーはミランダのメイド服姿を期待と不安が混ざった複雑な気持ちになっている。

 この間、ライサンダーがフェリックスにメイド喫茶で身に着けるメイド服のデザインを見せて欲しいと訊いてきたことがある。

 要望通り、デザインをライサンダーに渡すと、数秒の沈黙の後「これを、妹が着るのか?」と詰め寄られた。

 デザインについて感想はなかったが「これは父上に報告しなくては」と不穏なことを呟いていた。


(この話は――、ミランダにはしないでおこう)


 二人が学園祭に来そうな雰囲気だったが、可愛いメイド服を着る娘を観に来るのではなく、ソーンクラウン公爵家の娘にこのような服を着せて給仕させるのかと怒鳴りこむパターンかもしれない。

 不確定なため、フェリックスはミランダにこの話をしないようにしていた。


「家族のことは別にいいの」


 ミランダはフェリックスの手を引き、繁華街から外れる。

 住宅街に入り、少し歩いたところで二人は小道に逸れた。


「わたくしにはフェリックスがいるから」


 通行人がいないことを確認し、ミランダはフェリックスに抱き着く。

 ミランダは手を伸ばし、フェリックスの顎に触れる。

 フェリックスの身体を支えにし、つま先立ちになったミランダは、唇をフェリックスのそれに押し当てた。

 フェリックスはミランダからのキスを堪能する。

 日に日にミランダはキスが上手になっていて、互いの唇が激しく触れあう度、フェリックスは幸せな気持ちで満たされる。


「でも……、メイド喫茶には来ないで」


 ミランダの唇がフェリックスから離れたさい、彼女はぼそっと呟く。


「どうして?」


 フェリックスはミランダに理由を問う。

 ミランダは頬を赤らめて何も答えない。


「僕はミランダのメイド姿見たいから絶対に行くよ」


 フェリックスはミランダの願いを断る。


「だって……、フェリックスにあの服を着ているわたくしを見られるの……、恥ずかしいんだもの」


 ミランダは本音を呟いた。


「恥じらってるミランダ、とっても可愛い」

「可愛い……、ですか?」

「うん。メイド服を着たミランダもとっても可愛いと思うんだ」

「フェリックスがそう言うのでしたら……、仕方ありませんわね」


 ミランダは褒められることに慣れていない。

 フェリックスが「可愛い」と告げると、ミランダはビクッと一瞬身体が震える。

 厳しく育てられた家庭環境からして、”褒められる”といった体験をしてこなかったのだろう。


(これからは僕が、ミランダをいっぱい甘やかすんだ)


 フェリックスはミランダの頭を撫で、彼女の絹のような銀髪を指先ですく。

 ミランダの髪はサラサラしており、引っかかることなく毛先を過ぎる。


(キスだけじゃ物足りなくなってる……、でもミランダが卒業するまで我慢、がまん)


 フェリックスはミランダの髪に触れながら、己の性欲を抑える。

 髪で我慢しているものの、ミランダの素肌に触れたいとずっと思っている。

 頬や首筋では物足ない。

 ミランダの素足や太ももに触れたい。腹部や腰をくすぐりたい。胸を鷲掴みにしたい。

 触れた時のミランダの艶やかな声を耳元で聴きたい。

 フェリックスのミランダに対する淫らな欲望が脳内で展開される。

 だが、その欲望を目の前にいるミランダにさらけ出してはいけないと、現実にしてはいけないと抑え込む。


(うん、そろそろミランダを家に帰らせよう)


 耐えられないと判断したら、恋人のミランダとの密会を終わらせることにしている。


「そろそろ――」

「フェリックスが来たら――」


 フェリックスとミランダの言葉が重なった。

 ミランダに譲り、彼女はフェリックスにこう言った。


「フェリックスがメイド喫茶を訪れたら、わたくしが特別なご奉仕をいたします」


 ミランダは微笑みながらフェリックスに告げる。


(あっ、これは無理! ご奉仕とか聞いたら妄想が止まらない)


 フェリックスはミランダから”ご奉仕”という破壊的なワードを耳にし、脳内の淫らな妄想がはかどる。


「ご奉仕、楽しみにするね。じゃあ、ミランダ、そろそろ家に帰ろう」

「帰る前に――」


 ミランダはフェリックスに軽いキスをする。


「これでよく眠れそうです」


 ミランダはフェリックスの手を繋ぐ。

 不意のキスとミランダの可愛さにフェリックスはしばらく言葉を失っていた。


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