「っ!?」
フェリックスの気持ちを知ったミランダは、言葉にならない声をあげる。
青い瞳は大きく見開いていて、高揚している表情。
「これ、夢ではないわよね? わたくしフェリックス先生と両想いなれて、恋人にしてくださるのよね……!!」
「ミランダさん、お、落ち着いて!」
ミランダは早口で自身の喜びを再確認している。
普段クールなミランダの変わりように、フェリックスは彼女に落ち着くよう話した。
「ミランダさんのことを愛しているのは事実です。ですが、僕とミランダさんは学園で交際している生徒の様に愛し合えないのです」
「え……」
「僕は教師、ミランダさんは生徒ですから」
「わたくしたち同じ気持ちなのに、恋人になれませんの?」
「……」
フェリックスはずっと抱えていた問題をミランダに告げる。
自分たちは教師と生徒の関係。
学園にいる恋人たちのように堂々と交際は出来ないと。
ミランダはフェリックスの発言に狼狽えている。
互いに好き合っているのに、恋人にはなれないのかと。
フェリックスは頷き、ミランダの問いに肯定する。
「わたくしが生徒だから……?」
喜んでいたミランダが一変、悲しそうな表情になる。
「ですから――」
フェリックスは悲しげなミランダの表情を見て、言葉に迷った。
厳格な教師であれば、本音を当人に告げても『交際は卒業してから』と自制出来るのだろう。
ゲームで体験したアルフォンスルートのエンディングのように。
ゲームでのクリスティーナは色々な言い訳をして、アルフォンスの買い物について行っていた。誰かに見つかっても偶然だと言い張れるように。
(そう、誤魔化せばいいんだ)
フェリックスはアルフォンスルートの内容を思い出し、解決の糸口を得る。
「僕とミランダさんの関係は、学園の外で密かに育みたいのです」
「じゃあ……!」
「"続き"は、帰り道でしましょう」
「はいっ」
フェリックスはミランダと秘密の恋愛をする、茨の道を選んだ。
ミランダが卒業するまであと五か月。
(僕は教師と恋、どっちも叶えてみせる……!)
フェリックスは自分の隣を満面の笑みを浮かべながら歩くミランダを横目で見つめながら決意した。
☆
フェリックスは早くミランダと帰りたいがあまり、頭をフル回転し、爆速で日報を書き終えた。
今日フェリックスが同好会の活動で帰りが遅くなると知っていため、いつも確認してくれているリドリーは「翌朝の出勤時確認するから日報は私の机の上に置いてください」と指示を出し、先に舎宅へ帰っている。
(よし、ミランダを自宅に送るぞ!)
フェリックスは残っている先輩教師に声をかけ、職員室を出る。
「ミランダさん、お待たせしました」
「フェリックス先生!」
ミランダは職員室の廊下でフェリックスを待っていた。
ミランダは壁に背を預け、片足をぷらぷらと動かし退屈を紛らわせていた。
フェリックスが声をかけると、ミランダの表情がぱあっと明るくなり、こちらへ駆け寄ってきた。
「他の人に見つかったら、今日はライサンダー君に頼まれて、自宅住みのミランダさんを送っていたと話しましょう」
「はい」
フェリックスとミランダは並んで、学園を出た。
少しあるくと、街通りに入る。
朝、市場で盛り上がっていた商店街は店じまいを酒場が店開きを始めている。
夜の街へ変わってゆくところだった。
歩いている人も、品物を買いに来た主婦から仕事が終わり、酒場で一杯やろうという男たちに変わりつつある。
(ミランダにいやらしい視線を感じる)
フェリックスはすれ違う男たちがミランダにいやらしい視線を送っているのに気づいた。
ミランダは整った顔とスタイルの良さはもちろん、この世界で珍しい銀髪ということでかなり目立ってしまう。
肌も透き通るように真っ白で、目を惹く容姿なのは間違いない。
こんな美少女が一人歩いていたら、柄の悪い男に絡まれ――。
(ミランダだったら、痴漢や強姦を氷魔法で撃退できるんだろうけど……。万が一もある。僕がちゃんと自宅まで送り届けなきゃ)
フェリックスはミランダの手に触れる。
触れた直後、ミランダの手がビクッと反射的にフェリックスの手から離れたが、少ししてピタッと密着してきた。
「人混みがすごいですから、はぐれないように手を繋ぎませんか?」
フェリックスはミランダに提案する。
ミランダはこくりと頷いた。
フェリックスはミランダの手を握る。
冷たくて小さな手、一本一本の指が細く、力を入れたら折れてしまうのではないかと思えてしまうほど。
「フェリックス先生……」
フェリックスが握っているミランダの指が動く。彼女の指がフェリックスの指の間に絡まり、互いの手の密着度が更に上がる。
「わたくしたち、もう恋人なのですから……、手を繋ぐときはこうしてほしい、です」
(恋人繋ぎ!? ああ、ミランダのおねだり付きとか、可愛すぎて反則!!)
両想いだと分かってから、ミランダが積極的になっている。
(ミランダは僕の恋人だ。やらしい目で見てるんじゃねえよ)
フェリックスはミランダに視線を送る男たちを睨みつける。
男たちはフェリックスとミランダの繋がれた手を見て、ミランダに声をかけるのを諦め、離れてゆく。
「わたくしの家はこちらです。フェリックス先生」
ミランダがフェリックスの手を引く。
フェリックスはミランダの自宅の道を知らない。
だけど、これから一緒に帰る機会が多くなるのだから次第に覚えてゆくだろう。
繁華街を抜け、人混みが無くなってゆく。
集合住宅や一軒家が並ぶことから、住宅街にきたようだ。
「先生……、”続き”はいつしてくださるの?」
ミランダの瞳は期待に満ちていた。
「少し、通りから外れましょうか」
フェリックスとミランダは通りから外れ、細い通路に入った。
人がいない場所に着いたフェリックスは、繋いでいた手を離し、ミランダと向き合う。
「ミランダ」
フェリックスはミランダの両肩に手を置く。
「目を閉じて」
フェリックスは身体を前に倒し、ミランダの耳元で囁く。
ミランダは小さく頷いたのち、目を閉じてくれた。彼女の唇が少し尖っている。
フェリックスはゆっくりミランダに顔を近づける。
「フェリックス」
ミランダの唇がかすかに動き、フェリックスの名を呼ぶ。
フェリックス”先生”ではなく、フェリックスと。
ミランダの吐息がフェリックスの眼前にかかる。
フェリックスはミランダの唇に自分のそれを重ねた。
始めは互いを確かめるような軽いキス。
何度も続けている内に、キスは激しくなってゆく。
フェリックスはミランダの身体を抱き寄せ、彼女の唇を貪る。
ミランダが息継ぎをしたタイミングを逃さず、舌先をミランダの口内に滑り込ませる。
「っ!?」
ミランダの身体がびくっと震えている。
互いの唾液が絡んだ口づけ。
激しいキスを重ねてゆくと、ちゅ、ちゅというみだらな音と共に、ミランダの身体が小刻みに震える。
「んっ、あっ」
ミランダの色っぽい声が漏れたところで、フェリックスはミランダから顔を離す。
顔を真っ赤にしているミランダは、フェリックスから視線を逸らし恥じらっていた。
「こんな口づけの仕方があるなんて、知りませんでしたわ」
ミランダはフェリックスとの情熱的なキスをそう素直に評価する。
「前にした口づけよりも、気持ちがふわふわして自分ではなかったようでした」
初めてキスをしたときは、少し唇が触れ合っただけの可愛いものだった。
ミランダはこのような激しいキスがあることを知らなかった。彼女は男女関係について純朴なのだと彼女の反応を見て、フェリックスは思った。
「……ここまでしないと、子供は出来ないのね」
「へっ!?」
ミランダの純朴さはフェリックスの想像をはるかに超えていた。
(あの親子、ミランダになにも教えてないの!? 十七歳でこの知識は破壊力抜群だよ!!)
ミランダの爆弾発言を聞き、フェリックスは厳格なソーンクラウン公爵家が娘に性知識を全く教えていないことに驚愕した。
そんなミランダに、フェリックスは大人のキスの仕方を教えた。
性知識に関し真っ白なミランダに、恋人のフェリックスが少し色を加えたのだ。
ミランダの基準はフェリックスが自由に決めることができる。
あれやこれやフェリックスの性癖を加えても、ミランダはそれが普通なのだと素直に従ってくれるのだ。
(ああ、ダメだ。想像しただけで興奮する)
ミランダとの恋人生活は、充分に楽しめそうだとフェリックスの気持ちが昂る。
「その、お恥ずかしいことなのですが……、わたくし、レオナールの婚約を破棄する方法を一つ試していたのです」
「あの時のキス、かな?」
マインとの決闘後、ミランダがフェリックスにねだったキス。
ミランダのあの発言が本心なら、彼女はフェリックスの子を身ごもったと思っただろう。
それは、一か月周期で来ると言われている月もので杞憂に終わっただろうが。
(唇が触れただけで飛び出したのはそういう理由があったのか)
あの時、ミランダがフェリックスを突き飛ばし、生徒指導室を出ていなければ、フェリックスが彼女を押し倒し、性欲のままに動いていただろう。
性知識が乏しいミランダでよかったと、フェリックスは安堵する。
「フェリックスの子を身ごもれば、レオナールとの婚約を破棄して、フェリックスと、け、結婚できると思って」
「……ミランダ、キスでは子供はできないよ」
「え……、そうなのですか!?」
ミランダは目を見開き、驚いていた。彼女は『キスで子供ができる』と本気で思っていたのだ。
「でしたら――」
ミランダはフェリックスの服をぎゅっと掴む。
「わたくしに子供の作り方……、教えて」
性知識がないゆえの無自覚な誘惑。
「わたくし、フェリックスとの赤ちゃんが欲しい」
それを直に浴びたフェリックスの頭は、真っ白になった。
ここからミランダを宿に持ち帰って、ベッドの上であれやこれやしたいという性欲と、彼女はまだ生徒なのだから、そういった関係は彼女が卒業してからだという理性がせめぎ合う。
「だ、駄目だって! それはミランダが卒業してからだよ!!」
「……お預けですか?」
「妊娠したら学校どころではなくなっちゃう。僕はミランダにチェルンスター魔法学園を卒業してほしいんだ」
「わかりました」
フェリックスの心臓がバクバク鳴っている。
ミランダの誘惑があったものの、フェリックスはそれを振り払った。
「ライサンダー君も、ミランダの帰りが遅いと心配しているかも。そろそろ家に帰ろう」
「お兄様の説教なんて、今はどうでもいいです。わたくしは……、もっとフェリックスと一緒に居たい」
「僕ももっとミランダと一緒にいたい……、だけど、今日はここで終わり」
「残念ですわ」
「続きは、また今度にしよう」
「はい」
フェリックスとミランダは再び手を恋人繋ぎにし、住宅街の通りに戻る。
そして、ミランダを自宅まで送り届けたフェリックスは、彼女と一緒に帰る次の機会を楽しみに待っていた。
☆
学園祭まであと二週間。
二年B組は商品を集め、販売する金額を決めていた。
ほとんどの生徒が最低品数、三つの出品だが、クリスティーナだけは手製の商品を大量に用意していた。
銅貨は販売した金額分生徒が得られることにしている。
クリスティーナは自分の得意分野で銅貨を稼ぐ魂胆なのだ。
(ゲームでは出店を決めるだけで、皆が頑張っている所はカットされてた。クリスティーナがハンドメイドが得意で、出品し慣れているなんて知らなかった)
夢日記には出店舗の候補と、それによって攻略キャラクターの好感度が上がることだけしか書いていない。
だが、フェリックスはゲームの中を生きている。
生徒一人一人が学園祭に向けて一生懸命だというのが伝わってくる。
(高校、大学時代の僕は……、文化祭なんて陽キャが目立つためにやることだって、避けてたなあ)
フェリックスは生徒たちを見ながら、学生時代の前世の自分を思い出す。
学園祭の手伝いはしたものの、最低限だった。
(あの時、僕も頑張ってればよかった――)
教師になったフェリックスは、生徒たちを見て後悔していた。
「フェリックス君!!」
生徒たちの準備を見守っていると、リドリーに声をかけられた。
「セラフィという方がフェリックス君を呼んでいます。応接室に案内したので、そちらに向かってくれませんか?」
(セラフィが来たっ)
フェリックスはリドリーに「分かりました」と声をかけ、教室を離れる。