フェリックスは杖を拾ったライサンダーに握手を求められた。
「いやあ、まさかフェイントに引っ掛かってしまうとは」
フェリックスはライサンダーの手を握る。
「あれはライサンダー君が前に出てくると賭けたのですよ」
「それにしても、素晴らしい剣技だった。教師であれほど動けるものがいるとは思わなんだ」
ライサンダーは素直にフェリックスの剣技の腕を褒めてくれた。
(転生する前のフェリックスが完璧主義だったおかげかな!)
フェリックスは空笑いで答える。
真実は口が裂けても言えない。
ライサンダーと戦った足はがくがくと震えている。明日は筋肉痛だろう。
「フェリックス先生、お疲れ様です」
審判を務めていたミランダがフェリックスの隣に立っていた。
どこから持ってきたのか、ミランダの手には汗をぬぐうのに丁度良いタオルがあった。
フェリックスはそれを受け取り、顔面についていた汗を拭きとる。
「ミランダ、俺のはないのか?」
「ありません」
ライサンダーが自分のタオルはないのかとミランダに問う。
ミランダはきっぱりと「ない」と答えた。
「だって、同好会に参加されるとは聞いてなかったから……」
「……」
ミランダはぼそぼそとライサンダーに理由を語る。
ライサンダーが無言でミランダを見つめている。
その間、ミランダの表情が固まり、真っ青な表情を浮かべていた。
「気が利かない妹でごめんなさい。すぐにお持ちいたし――」
ミランダはライサンダーに謝り、汗を拭くためのタオルを持ってくるため決闘場を出て行こうとする。
「いや、いい。俺が悪かった」
ミランダが出て行く前に、ライサンダーが謝った。
「えっ」
ぴたっとミランダが立ち止まる。
ライサンダーの方を振り返り、目をぱちぱちと何度も瞬きをしている。彼の発言にとても驚いたようだった。
「無ければいいんだ。取りに行く必要はない」
「そ、そうですか」
「ハンカチは持っている。自分はさほど汗をかいていないから、これで事足りる」
ライサンダーはズボンのポケットからハンカチを取り出し、それで額の汗をぬぐっていた。
ミランダは兄に怒られずほっとしていた。
言うタイミングはとても遅いが、ミランダがタオルを取りに行く前に伝えられただけ、兄妹の仲は改善されているかもしれない。
「これが先生たちの魔法戦ですか!」
「すごかったね! 魔法で剣を使って接近戦も出来ちゃうんだ」
「勉強になりましたね」
ヴィクトルとクリスティーナはフェリックスたちの戦いに感激していた。
特に、ライサンダーの戦い方に関心が向いており、接近戦に関心を持っているようだった。
(授業では一般的な攻撃魔法と防御魔法しか教えないからなあ)
属性魔法の授業では、二学年では下級魔法、三学年では中級魔法しか教えない。
生徒の能力を平均値に持ってゆくことが授業で、上級魔法や複合魔法については就職先で身に付けてゆくものというのが学園の方針だから。
ライサンダー、ミランダ、イザベラなどの天才は例外だが。
同好会の設立にあたり、フェリックスはそこを突いた。
学年に関わらず、才能のある者はどんどん魔法を磨いたほうがよいと。
就職前に上級魔法や複合魔法を体得していたら、就職に有利になる。更に優秀な生徒を輩出したと評価され、チェルンスター魔法学園の評判も良くなると校長に説いた。
(リドリー先輩の受け売りなんだけど)
ほとんどリドリーの知恵なのだが。
「ライサンダー君は軍人になるため、魔法学園を卒業した後、軍部に所属し攻撃魔法に特化した訓練を受けてきました」
「自分の氷魔法は実家で訓練して体得したものだが、攻撃スタイルは軍部で身に着けた」
氷魔法はソーンクラウン家の秘術。
幼少期に魔法の訓練を受けるが、授かるのは秘術のみ。
それを戦闘、医療に伸ばすかは個人の資質。
ライサンダーの場合、氷を剣に変え、魔法使いの欠点である近接戦を解消した。
「だが、どうしてフェリックス殿が自分のことを知っているのだ?」
「えっ」
ライサンダーはフェリックスに疑念の目を向ける。
フェリックスは自分が失言したことに気づき、口を閉じる。
(ま、まずい! つい、個別ストーリーの内容を話しちゃった)
ライサンダーの過去は、ゲームの好感度イベントで知りえたこと。
フェリックスはこの場を乗り切る方法を考える。
(そ、そうだ!!)
思考をフル回転した結果――。
「リドリー先輩に聞いたんです!」
「……なるほど」
リドリーの話を聞いたと嘘をついた。
ライサンダーはリドリーに執着している。彼女にその話をしていてもおかしくない。
「フェリックス殿は二年B組の副担任。リドリー殿と共に行動することが多いなら、自分の話も聞いているかもしれない」
フェリックスの嘘にライサンダーが納得してくれている。
安堵したのも束の間。
「リドリー殿の傍にいられるなんて……、羨ましい。くっ、自分が教員免許を持っていたら――」
ライサンダーに嫉妬の念を向けられる。
「ひいっ」
フェリックスはライサンダーの圧に悲鳴をあげる。
「お兄様! フェリックス先生を虐めないでくださいまし」
フェリックスとライサンダーの間にミランダが割り込む。
「フェリックス先生、次はなにをするのですか?」
「えーっと」
ミランダは強引に話題を逸らしてくれた。
「初回ですし、皆さんの目標を話してみませんか?」
「目標……」
フェリックスの提案から、ミランダたちは各々の目標を語る。
そして、目標にあった訓練内容を定めたところで、同好会の活動は終わった。
☆
同好会の活動が終わり、フェリックスたちは決闘場を出る。
「どうも、生徒会です」
決闘場の前には、背が高く、顔の整った品の良い少年が立っていた。
艶のある金色の長髪を一つに結び、赤みかかった茶の瞳は細められ、こちらに向かって微笑んでいる。
フェリックスはその少年のことをよく知っている。
レオナード・モンテッソ。
チェルンスター魔法学園の生徒会長にして、モンテッソ侯爵子息、クリスティーナの攻略対象キャラ。
そして――。
「ミランダ、君が同好会に入るなんて意外だね」
レオナールはミランダに近づき、馴れ馴れしく話しかける。
「僕が生徒会に誘った時は、断ったのに」
「わたくしがどこに入ろうと、貴方には関係ないことでしょう?」
ミランダはレオナールを冷たくあしらう。
レオナールはミランダの頤に触れ、くいっと自身の方へ持ち上げる。
「関係あるだろう? 婚約者なのだから」
レオナールはミランダの婚約者。
ゲームではミランダの非道の数々に失望し、レオナールがミランダに婚約破棄を宣言する。
レオナールはミランダに熱っぽい視線を送り、迫る。
「お父様が勝手に決めただけの間柄でしょう」
ミランダはレオナールの手を払い、きつい言葉を浴びせる。
レオナールはため息をつく。
「君は相変わらず怖いね」
ため息と共に、ミランダへの評価を口にした。
「最近、君の態度が柔らかくなったと聞いたから声をかけたのに、僕に対しては全く変わらないとは」
レオナールの嫌味。彼の一言はプライドの高いミランダを傷つけたに違いない。
フェリックスはミランダの後姿をじっと見つめる。
「貴方だって、生徒会の女の子たちはどうしたのかしら?」
ミランダは負けじとレオナールに言い返す。
「貴方を取り合って、雰囲気が最悪だと私の耳に入っているのだけど」
(うわあ、このままじゃ口喧嘩が始まりそう。ここは僕が止めなきゃ!)
声でわかる。
ミランダがレオナールに対して激怒している。
魔法の打ち合いが怒ってもおかしくない。
「えーっと、レオナール君は同好会の活動がしっかり行われているか生徒会としてみにきたんですよね! 決闘場の戸締りはきちんとしました、鍵は僕が責任をもって返却します!!」
「フェリックス先生……、その通りです。生徒会の活動です」
「他の部活をみなきゃいけないでしょう? ささ、僕たちに構わず生徒会の活動を続けてください!」
「わ、分かりました。では、僕はこれで」
フェリックスの説得で、レオナールはこの場から離れた。
(ふう、セーフ)
フェリックスは安堵のため息をついた。
「レオナール先輩って、そういう人だったんだ……」
レオナールは女好きの性格で、ゲームが違えばどこかの主人公になれたのではないかというキャラクターだ。
表の面しか知らなかったクリスティーナはレオナールの本性を知り、引いている。
「男子寮では有名な話ですけどね……」
ヴィクトルはクリスティーナに話しかけている。
二人の会話をぼんやり眺めていたフェリックスは気づいてしまった。
ヴィクトルがクリスティーナの傍にいたことを。
レオナールの性格を知っていたヴィクトルは、クリスティーナがちょっかいをかけられないよう、傍にいたみたいだ。
(うわっ、ヴィクトル、さりげなくクリスティーナを守ってる! これは好感度が高いぞ!)
ヴィクトルがクリスティーナを守っていることに気づいたフェリックスは、心の中で喜んでいた。
「妹がいながら、他の女に手を出しているだと……」
(ひっ! こっちはめっちゃ怒ってる)
事実を知ったライサンダーはレオナールに対して静かな怒りを感じていた。
レオナールの登場はこの場にいる皆に様々な感情を抱かせる。
(あれ? ミランダとレオナールの婚約は……、どうなるんだ?)
それはフェリックスも例外ではなかった。
レオナールはミランダの数々の非道に呆れ、婚約破棄を宣言した。
しかし、今のミランダは何も非道を行っていない。
むしろ、クリスティーナと良好な関係を結び、良い学生生活を送っている。
そうなった場合、レオナールとミランダの婚約はどうなるのだろうか。
フェリックスに新たな疑問と悩みが生まれてしまった。
「フェリックス先生! 私とヴィクトル君は寮に戻ります!」
「先生、さようなら」
「うん。また明日」
一人、考えているとクリスティーナとヴィクトルが寮へ帰って行く。
「では自分たちも――」
ライサンダーもミランダと共に、帰宅しようとする。
「お兄様、わたくしは他に用がありますので先に帰ってくださいませんか」
「日が暮れている。一人で帰るのは危ない」
ミランダは先に帰って欲しいとライサンダーに告げるも、彼は彼女の要望を断った。
ライサンダーの言う通り、のぼっていた太陽が沈み、夜になりつつある。
ミランダのような美少女が一人街を歩くには危ないだろう。
「ご安心を。フェリックス先生に送ってもらいますから」
「……わかった」
ミランダはライサンダーを納得させる口実として、フェリックスを使った。
ライサンダーはミランダの居残りを認め、背を向けすたすたとこの場から去ってゆく。
日が暮れている廊下にフェリックスとミランダの二人きり。
「僕も日報があるので、用事が終わったら職員室に来て――」
緊張で心臓がバクバクと高鳴っているフェリックスは、仕事を言い訳にこの場から去ろうとする。
ミランダに背を向け、職員室へ一歩踏み出したところで、後ろから彼女に抱きしめられる。
柔らかい感触と甘い香りがした。
「ようやく二人きりになれましたわ」
ミランダはフェリックスにしがみついて、離れない。
観念したフェリックスは、ミランダの腕を解かせ、彼女と向き合う。
「わたくし、フェリックス先生が二週間出張に行かれたと聞いたとき、寂しくて仕方ありませんでした」
「その――、あの出張は突然決まったことだったので……」
「仕事ですもの。わたくしの我儘だと分かっています」
フェリックスはミランダにぎゅっと抱きしめられる。
「わたくし、フェリックス先生のことを愛しています」
「ミランダさん」
「授業中にフェリックス先生と会える、一緒の空間にいる。それだけではわたくしの想いは満たされないのです」
ミランダはフェリックスの胸の中で、己の想いの丈を吐き出す。
「昼休みに会えたらいいな、放課後に会えたらいいな、同好会で沢山お話できるかな、一緒に帰れないかなとフェリックス先生のこととなると、わたくし、どんどん我儘になってゆくのです」
ミランダの想いを聞いたフェリックスは、ますますミランダのことが好きになる。
「ですが、わたくしは婚約者がいる身。フェリックス先生がわたくしのことをあしらうのは、レオナールのことがあるからでしょう?」
「それは――」
「フェリックス先生は紳士な殿方ですから。婚約者がいるのに、先生を誘惑するふしだらなわたくしとは大違いです」
「僕は……」
「レオナールの件は、わたくし自身でいずれ決着をつけます」
ミランダは顔を上げ、フェリックスを見つめる。
「だから――、フェリックス先生。わたくしのこと、好きになって」
「っ!?」
「わたくし、フェリックス先生の恋人になりたい」
ここまで積極的に甘えるミランダはみたことがない。
出張で会えなかった期間が、ミランダを積極的にさせたのだろうか。
「だめ、ですか?」
(上目遣いでその声は反則!)
ミランダが上目遣いで甘ったるい声を出し、フェリックスを惑わす。
(もう我慢できない)
意を決したフェリックスは周囲に人の気配がないことを察し、ミランダに告げる。
「僕も、ミランダさんのことが好きです。愛しています」
フェリックスとミランダは両想いであることを。