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第42話 元軍人と戦うことになりました

 生徒の出し物が決定してから数日。

 その間、フェリックスは同好会設立のために動いていた。

 申請書の作成・提出をし、校長に設立の動機を熱弁する。

 フェリックスの努力の結果、”属性魔法同好会”の設立が決まった。


(今日は、同好会初めての活動日!)


 夕方のホームルームが終わり、フェリックスはリドリーと別れ、決闘場へ向かっていた。


「フェリックス先生、ごきげんよう」

「こんばんは、ミランダさん」


 決闘場の扉の前にはミランダがいた。一番乗りは彼女だった。


「同好会を立ち上げてくださり……、ありがとうございます」


 ミランダは自身の髪を指でくるくると巻き付けながら、フェリックスに小声で礼を言う。

 フェリックスはミランダの仕草に内心ときめきながらも、平常心を保つ。


「僕は教師ですから。生徒の要望に限りなく答えるつもりです」


 フェリックスは自身の立場にふさわしいと思った言葉をミランダに告げた。

 ミランダは自身の髪を手すきで整え、フェリックスの顔をじっと見つめていた。

 しばらく互いを見つめ合う。

 ミランダの喉が動いた。生唾を飲み込んだようだ。その直後、ミランダの透き通るように真っ白な頬がほんのり赤く染まる。


「フェリックス先生と放課後、一緒にいられるなんて、わたくし……、とても嬉しいです」


 フェリックスはミランダの発言に言葉を失っていた。

 今、鏡で自分の姿を映したら、驚愕した姿が映っただろう。


「み、ミランダさん……」


 フェリックスの中でミランダを想う気持ちが段々と強くなっている。

 ミランダの事を愛している。すぐにでも恋人同士になっていちゃつきたい。

 けれども、フェリックスは自分の気持ちを押し殺している。

 教師と生徒の恋愛はご法度だから。


「僕は――」


 フェリックスはすうっと息を吸い、教師と生徒の垣根を越えようとしていた。

 ミランダに”好きだ”とフェリックスの気持ちを告げ――。


「同好会楽しみだねヴィクトル君!」

「うん。土魔法を強化してクリスティーナみたいに強くなりたい」

「ミランダ先輩とフェリックス先生の指導があればすぐに強くなれちゃうよ!」

「そうかな?」


 フェリックスがミランダに告白する寸前、クリスティーナとヴィクトルの会話が耳に入った。


(あぶない……)


 フェリックスは言葉を飲み込む。ほっと胸をなでおろした。

 ミランダはクリスティーナとヴィクトルが現れたことで、普段の調子に戻る。


「全員揃ったことですし、決闘場へ――」


 顧問のフェリックス、同好会メンバーのミランダ、クリスティーナ、ヴィクトルの三人が揃った。

 同好会の活動を始めるため、フェリックスは決闘場のカギを開けた。


「うむ、ここで”属性魔法同好会”をするのだな」


 四人が決闘場へ入ろうとしたその時、五人目の声が聞こえた。


「ら、ライサンダー!?」


 四人の前に現れたのは、用務員のライサンダーだった。



 ライサンダーを含む五人は、決闘場に入った。


「フェリックス殿、今日は何を特訓するのだ?」


 ライサンダーは期待に満ちた声でフェリックスに活動内容を問う。


「お兄様……」


 突然、兄のライサンダーが現れたことに、ミランダは驚いている。

 クリスティーナとヴィクトルもミランダと同様のようで、フェリックスの方を見つめていた。この場に何故ライサンダーがいるのか、答えを求めるかのように。


「どうして君がここにいるんですか?」


 皆を代表してフェリックスがライサンダーに問う。


「リドリー殿が『身体がなまっているでしょう? いい場所がありますよ』とここを紹介してくれたのだ」

「リドリー先輩か……」


 ライサンダーはすぐに答えた。彼の答えで、リドリーが教わったのだと分かる。

 リドリーは決闘後もライサンダーに粘着されている。

 厄介なライサンダーを別の場所にやるための口実だと、フェリックスはすぐに理解した。


「同好会のメンバーでないと活動できませんのよ、お兄様」

「なら、メンバーになる」

「……フェリックス先生、こうなってしまっては兄を止めることはできません。属性魔法を交えた実戦、という点ではわたくしよりも兄の方が優れています。同好会の一員に加えましょう」


 妹のミランダがライサンダーの説得を試みたが、彼は魔法戦をしたくて仕方がない様子。

 何を言っても無駄だと判断したのか、ミランダはライサンダーではなく、フェリックスに声をかけた。


(ライサンダーを加えたら、僕が同好会の活動に出れなかったときの指導役になってくれる)


 ライサンダーを同好会に加えることは、フェリックスにとってメリットが大きい。

 フェリックスがいない時も、皆の属性魔法の指導をしてくれる。


(でも、ミランダとライサンダーの関係はぎくしゃくしたままだ)


 しかし、兄妹の関係が解消しておらず、共に活動することが難しいのではないのかとフェリックスは考える。

 クリスティーナの叱責によって、ライサンダーはミランダに対しての言葉遣いを改めると言ったが、彼が用務員としてやってきた以降、改善された兆しが見えない。


(同好会の活動で改善するのか悪化するのか……)


 ミランダに同好会というライサンダーとの接点を与えることによって、吉とでるのか凶とでるのか。

 考えた結果――。


「わかりました。ライサンダー君の加入を認めます」


 フェリックスはライサンダーを同好会のメンバーに加えることにした。


(用務員って顧問になるのだろうか、それとも生徒になるのだろうか……)


 更なる疑問はあるものの、それはリドリーに相談すれば解決するだろう。

 今、考えることではない。


「じゃあ! 私、フェリックス先生とライサンダーさんの”模擬戦”が見たいです!」

「クリスティーナさん!?」


 唐突にクリスティーナがフェリックスとライサンダーを巻き込む。


「先生たちの魔法戦なんて授業じゃみれないもん!」

「お手本を見せて欲しいです」


 クリスティーナが提案した理由として、教師と元軍人の”お手本”が見たいというちゃんとした理由があった。

 ヴィクトルもクリスティーナの提案に賛同しており、是非ともフェリックスとライサンダーの模擬戦が見たい様子。


「えっと……」


 ライサンダーは準備体操をしている。模擬戦を行う気満々だ。

 フェリックスは想定外の出来事が起き、動揺していた。


「フェリックス先生」


 ミランダがフェリックスに歩み寄る。


「わたくし、フェリックス先生のカッコいいお姿が見たいです」

「やりましょうライサンダー君! 生徒たちに魔法戦のお手本見せましょう!!」


 ミランダがぼそっと呟いた言葉に、フェリックスのやる気が一気に湧く。


「では、審判はわたくしが担当しますわ」


 ミランダは模擬戦の審判に立候補した。


「フェリックス先生、お兄様、壇上にお上がりください」


 審判のミランダ、対戦するフェリックスとライサンダーの三人が決闘場の壇上に上がる。


「模擬戦ですので、防御魔石の装備、お願いします」


 フェリックスは防御魔石が入っている布袋から、それを二つ取り出し、うちの一つをライサンダーに投げ渡す。

 ライサンダーはそれを片手で受け取り、防御魔石に自身の魔力を込めた。

 防御魔石は水色に光る。ミランダと同じ色だ。

 それはライサンダーの胸ポケットに入った。


「残りは――、クリスティーナさん。預かってください」

「はーい!」


 魔法で浮かせた布袋はクリスティーナの手に渡る。

 フェリックスもライサンダー同様、防御魔石に自身の魔力を込めた。

 赤色に光る防御魔石を胸ポケットにしまう。


「では、これから模擬戦を行います。両者、杖を構えてくださいまし」


 フェリックスとライサンダーは互いに杖を構える。


(本格的な魔法戦……、久々だなあ)


 ライサンダーはとても強い。

 ゲームではイザベラに次ぐ、強敵だった。


(ミランダにカッコいいとこ見せないとね!)


 フェリックスは自身に気合を入れる。


「では――、始め!!」


 ミランダの合図と共に、模擬戦が始まった。



「アイスソード」


 ライサンダーが魔法を詠唱する。

 彼の杖から氷の剣が発生し、杖を剣の持ち手のように握りなおす。


(ライサンダーは剣技を交えた近接戦法をとる)


 フェリックスはゲームでライサンダーの戦法を知っている。

 ライサンダーは魔法で氷の剣を顕現させた近接戦を得意とする。


「ファイアオーラ」


 フェリックスは自身の身体に火の魔力を纏わせる。

 こうすれば、氷の刃が身体にかすったとしても防御魔石が砕けることはない。


(問題はこの身体が近接戦闘に適応できるか……、なんだけどっ)


 ライサンダーがフェリックスとの距離を一気に詰め、氷の刃で斬りかかる。

 その動作には無駄が一切ない。

 フェリックスはライサンダーの攻撃を寸前のところで避けた。

 勝ち筋をゲームで知っていても、フェリックスの身体が攻撃を避けられるかが問題だった。

 ゲームの場合、クリスティーナの基礎体力をSSにしておかないとまず無理だった。

 フェリックスの身体は細身の体型で贅肉が一切なく、筋肉が程よくついており腹筋が割れている。転生前のフェリックスが食生活に気を遣い、適切な運動をしていたのがよく分かる。


(避けられる!)


 身体がライサンダーの攻撃に反応できたことに、フェリックスは喜んだ。

 それに身体が軽い。


(これなら――)


 模擬戦に勝利する方法――。

 上級魔法を放つにも、詠唱をする隙が無い。

 チャージの場合、大きな隙を作らないと難しい。

 バーストさせて、氷の刃を溶かしたとしても、ライサンダーはその水を反撃に使う。

 今までの戦法では、ライサンダーには勝てない。


「ファイアブレード」


 考えた末、フェリックスはライサンダー同様、刃の形に変形させた火を杖に纏わせる。


「せいっ」


 フェリックスはライサンダーを火の剣で斬りつける。

 剣など前世で扱ったことはなかったが、斬りつける動作は素早く、身体がスムーズに動いた。


(動きが軽い……! これは身体の記憶だ)


 剣を振る動作が様になっている。

 これは転生前のフェリックスの身体の記憶。

 この身体は戦闘訓練の一貫で、剣術も体得していたのだろう。


「これは面白い」


 距離を取ったライサンダーが不敵に微笑む。

 その後、フェリックスとライサンダーは互いの魔法で造り出した刃を振りかざし、互角の攻防を繰り広げる。

 戦闘が本職である軍人を圧倒する剣術。

 これにはフェリックスも驚きを隠せない。


「フェリックス殿、いい動きをするな」

「そっちこそ!」


 ライサンダーが褒めるほどに、フェリックスの剣術は完成されていた。

 だが、表情一つ変えないライサンダーと対照的に、フェリックスは「はあはあ」と息切れをしてしまう。

 このままではフェリックスの体力が持たない。

 どこかで決定打になる魔法を撃ち込まなくては――。


(実力は互角。体力はライサンダーのほうが上。このまま戦っていては負ける)


 フェリックスはライサンダーの攻撃を弾きながら、別の手を考えていた。


「息があがっているぞ」

「そりゃ、僕の本職は教師ですからね!」


 ライサンダーが氷の刃を振るったタイミングで、受け止めるのではなく全身を動かして避けた。


「なっ」


 予測とは違う動きをされ、ライサンダーが動揺している。


「ウィンドオーラ」


 フェリックスはその隙を突き、ファイアオーラを解除し、足元に風の魔力をまとわせる。

 風の力で後方に下がり、ライサンダーから一気に距離をとる。


(これは前にクリスティーナがやってたのと同じこと)

「チャージ」


 フェリックスは炎の刃を解除し、杖の先に魔力を込める。


「魔法を放つ隙など――!」


 ライサンダーがフェリックスとの距離を一気に詰める。

 こういうとき、ライサンダーは接近してくる。

 近づくほど、的が大きくなる。

 そのためこの場合、中級や上級などの強力な魔法を放つのではなく――。


「ウィンドジャブ」


 初級魔法、そして相手が想定しない魔法を放つのが効果的。


「なっ」


 ウィンドジャブは小さな風を起こし、相手が持っている物を叩き落とす初級魔法。

 この魔法にチャージは必要ない。

 だが、事前にチャージを挟むことによって、相手は”大技を放ってくる”と思い込む。

 ライサンダーの場合は、大技を放ってくる前に自慢の近接戦闘に持ち込み、無効化しようと行動する脳筋タイプ。


(ライサンダーにとっては想定外の行動)


 フェリックスはライサンダーに”フェイント”を仕掛けたのだ。

 ウィンドジャブは虚を突いたライサンダーの右手に当たり、杖が地面に叩き落とされた。


「ファイアショット」


 フェリックスはライサンダーが杖を拾う前に、火の銃弾で彼を撃つ。

 パリンとライサンダーの防御魔石が割れた。


「勝負あり! 勝者、フェリックス!!」


 ミランダの凛とした声が決闘場に響く。

 模擬戦はフェリックスの勝利で幕を閉じた。


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