「これですべての出店が決まったな」
フェリックスが前世の知識を使ったアイディアでもめ事を解決し、これで全ての出店が決まった。
「トーナメントの審判や見回り当番を決めなくてはならないが、それは――、後日としよう」
教頭がべつの事を決めようとしたが、窓から日が沈み、真っ暗になっている外の景色を見つめ、次回に話し合うこととなった。
「では、夕食としようか」
教頭は杖を振る。
すると、フェリックスたちの机に焼いた肉と葉物の野菜がパンに挟まれたものと、コップに入った水が置かれていた。
挟まれているパンの種類からして、ホットドックのような料理だとフェリックスは思った。
急に食べ物が目の前に現れ、驚いたフェリックスは隣のリドリーの席を見る。
リドリーの机にもフェリックスと同じ料理が置かれてあった。
「毎年、話し合いが長引いちゃうので、教頭が夕食を用意してくれてるんですよ」
「へえ」
「教頭のおごりらしいのですが……。これから始まる学園祭関連の仕事に対する激励なのだと思って私は頂いていますね」
そう言うと、リドリーは大口開けてその料理にがぶりつく。
空腹だったのだろう。
食べた瞬間、リドリーがとびきりの笑みを浮かべている。
「これで話し合いを終える。職員室を最後に出る者、戸締りを頼むな」
食事を用意してくれた教頭は、話し合いが終わったことを宣言し、職員室を出ていった。
(教頭先生ありがとうございます。夕ご飯、美味しく頂きます)
フェリックスは食事を用意してくれた教頭に感謝しつつ、夕食にガブリつく。
肉が固く噛み切れなかったものの、濃いソースの味がし、とても美味しかった。
口の中で固い肉を細かくかみ砕き、それを飲み込む。
「今回はフェリックス君のおかげで話し合いが早く終わりましたね」
「夜明けまでというのは……、さすがに冗談ですよね?」
「あははは」
リドリーに話しかけられたため、二口目に入るのを止める。
今回は喫茶で揉めていたものの、他の出店はスムーズに決まった。
流石に夜明けまで話し合いが続いたのは冗談ではないかとフェリックスが問うと、リドリーは空笑いをする。
「前回は担任も部活動も揉めていましたから。今回は生徒たちのアイディアが独創的で被らなかったからこそだと」
前回は本当に夜明けまで話し合いが終わらなかったようだ。
今回はその反省を生かしたといったところか。
「フリーマーケットはいい案でした。来年からは真似されそうですね」
「発案したのは確か……、クリスティーナだったと思います」
「なるほど」
リドリーは自身のデスクに置いてある手製の髪飾りに目を移す。
「クリスティーナさんは学園祭で稼ぐために提案したんですね」
リドリーの発言を聞き、はっとしたフェリックス。
フェリックスは学園祭の出し物について、ゲームや夢日記の既定路線としか考えていなかった。
しかし、リドリーの発言を聞き、クリスティーナがフリーマーケットに強い意欲を示していることが分かった。
手製の商品を販売していいかとリドリーに質問していたことから、クリスティーナは自身の特技を使って、学園祭で稼ごうとしているという事実も。
「それはそうとして……、ミランダさんのクラスは"メイド喫茶"に決まったそうですね」
「そ、それがなにか?」
唐突にミランダの話題に変わる。
リドリーの言う通り、ミランダのクラスはフェリックスの発案によりメイド喫茶に決まった。
決め手となったのは、公爵令嬢であるミランダがクラスにいること。
彼女のメイドに助言を受ければ、本格的なメイド喫茶になると考えたからだろう。
「顔がニヤけてますよ」
リドリーがニヤついた顔でフェリックスの顔面を指摘する。
「ぼ、僕も男ですし、メイド姿は萌え……、いや、魅力的ですから。想像するだけでニヤけちゃいますよ」
フェリックスは正直にリドリーに話す。
前世でも一度だけメイド喫茶を訪れたことがあるが、フリルが沢山ついたミニ丈メイド姿のキャストはとても可愛かった。
それを完璧美少女のミランダが身に着けるとなると――。
(だめだ! それを妄想するのは宿舎の自室に戻ってからにしないと!!)
妄想の世界に入りかけたフェリックスだったが、周りに人がいる場所ではできないものだとすぐに平常心に戻す。
「何言ってるんですか。フェリックス君の実家にはたーくさんのメイドがいるから普通の光景でしょう」
「うっ」
そうだった。
フェリックスは公爵子息だ。
メイド姿が魅力的と発言しても実家に普通にいるから、リドリーの意見はごもっとも。
表情がニヤける理由にはならないとリドリーに論破されたフェリックスは言葉が詰まった。
「ミランダさんのメイド姿がみれるからいいんですよね?」
「っ」
フェリックスに近づいてきたリドリーに誰にも聞こえない小さな声で囁かれる。
図星を突かれたフェリックスは動揺し「えっと、うーんと」と上手く言葉が紡げなかった。
「フェリックス君があたふたしている姿、とても可愛らしいですね」
「……」
その後、リドリーは夕食を平らげる。
「では、また明日」
話し合いを終え、夕食を平らげたリドリーはすぐさま職員室を出て行った。
☆
(僕もこれ食べたら帰ろう)
ぼんやりとそう思いながら、夕食を口に入れる。
話し合いで集まっていた教師たちは次々と帰ってゆく。
フェリックスが食べ終えた頃には数人しかいなかった。
(最後に出る人は戸締りだっけ? 面倒だからもう帰ろう)
最後の一人になりたくないと、フェリックスはバックを抱え、椅子から立ち上がる。
「フェリックス」
「あ、アルフォンス先輩!?」
「……呼んだだけで驚くなよ」
アルフォンスに名を呼ばれる。
最近はフェリックスを避けていたから、アルフォンスに声をかけられるとは思わず、驚いてしまった。
「だって――」
「もじもじするな。気色悪い」
「それで、僕になんの用ですか?」
「ああ。貴様が提案した”メイド喫茶”についてだが――」
アルフォンスが声をかけてきたのは、フェリックスが提案したメイド喫茶についてだった。
女子生徒がメイドの姿になって給仕する喫茶店だと分かりやすく伝えたつもりなのだが、それ以上に訊くことがあるだろうか。
「担任の先輩と相談した結果……、制服の制作など準備が必要だということが判明してな。デザインについて貴様に助言を貰いたい」
「デザイン……」
「それとメイドとしての立ち振る舞いも知りたい。だから――」
「だから?」
「貴様のメイド、セラフィを制服の制作指揮兼指導役として呼んでくれないだろうか」
「セラフィを!?」
フェリックスはアルフォンスの申し出に驚いた。
そして、相談にセラフィが出てきたことも。
(発案したのは僕だし……、仕方がないか)
フェリックスはアルフォンスの頼みを聞き、少し考える。
チェルンスター魔法学園は、貴族出身の教師が多いがほとんどが次男や三男。メイドがいたにしてもせいぜい一人や二人くらいで、学園祭の制服の仕立てや立ち振る舞いの指導をするなどの余裕はないだろう。
フェリックスの場合、跡継ぎで実家の屋敷にはメイドが沢山いる。
(父上、アルフォンスのこと気に入ってたし、名前出せば大体のお願い聞いてくれそう)
チェルンスター魔法学園にセラフィを招くことはそれほど難しくはない。
アルフォンスの頼みだと書けば、すぐに手配してくれるだろう。
「父上に手紙を書きます。学園祭まであと一か月ですし……、早急に対応してもらうようお願いしますね」
「恩に着る」
フェリックスはアルフォンスの頼みを受け入れる。
アルフォンスに礼を言われた。
「あっ……、先輩たち出て行っちゃいましたね」
「そうだな。俺たちも出るぞ」
「はい」
フェリックスとアルフォンスは共に職員室を出る。
戸締りはアルフォンスがかけてくれた。
(き、気まずい……)
フェリックスはアルフォンスと二人きりという状況が息苦しく感じた。
「……なあ」
共に宿舎へ戻る途中、アルフォンスが声をかけてきた。
「貴様は俺に指示をした犯人を見つけようとしているのか?」
「い、いいえ」
「嘘だ。貴様はミランダ・ソーンクラウンの事を一番に気にかけている。また、ミランダに危険なことが起こらないか気にしてる」
「……先輩にはお見通しですか」
フェリックスは否定したがすぐにアルフォンスに嘘だと見破られる。
「僕は先輩がやったことを許せない。命令されてやったことだとしても、報いは受けるべきだ」
フェリクスは本心をアルフォンスに告げる。
アルフォンスは何も罰を受けていない。
せめてミランダと同等の処分を受けるべきだとフェリックスは思っている。
「俺は謹慎処分にならず、普通に教師生活が送れているのが許せないと」
「そうです!」
「――それが答えだ」
アルフォンスは真っすぐな目でフェリックスに告げる。
フェリックスはアルフォンスの意図が読み取れなかった。
「鈍感な奴だな」
フェリックスの呆気にとられた表情を見て、アルフォンスは深いため息をついた。
これがアルフォンスにとって謎を解くヒントになっていたのだと、彼の一言でフェリックスは悟る。
「校長はどうして俺を庇った」
「それは、先輩が――」
校長と教頭が所属するオルチャック派の人間だから。
フェリックスは言葉を紡ぐ途中ではっとする。
(アルフォンスに命令をしたのは、オルチャック公爵に近しい生徒!)
「派閥に所属しない、公爵子息の貴様だったら、ミランダ・ソーンクラウンを助けられるかもしれない」
「ありがとうございます! 先輩!!」
遠まわしに真犯人を教えてくれたアルフォンスにフェリックスは感謝の言葉を告げる。
「……これでは、貴様を避けていた意味がないじゃないか」
「先輩? なにか言いましたか?」
「いや、なにも」
アルフォンスの言葉を聞き取れず、フェリックスは聞き返すも、彼は何も言ってないととぼける。