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第40話 話し合いが終わるまで帰れません

 午前は書類作業、午後はリドリーと共に属性魔法の授業を行い、終業の時間が近づく。

 フェリックスは日報と二年B組の出し物申請の書類を上司のリドリーに確認してもらう。


「――うん。どちらとも良さそうですね」


 少し経って、リドリーから可の言葉が出た。

 フェリックスはほっと安堵する。


「あの……、一つ相談したいことがあるんですけど」

「なんですか?」

「実は……、ミランダさんたちと同好会を立ち上げようと思っていまして」


 フェリックスはリドリーに同好会の相談をする。

 ミランダ、クリスティーナ、ヴィクトルと共に実戦的な属性魔法を極める同好会を立ち上げたいと。

 リドリーはフェリックスの相談内容を聞くと、腕を組み、うーんと顔をしかめていた。


「校長は新しい部活や同好会の設立は難色を示しちゃうんですよね。ほら、兼任している教師もいますし……、今年は部員が少ない部活や、活動実績がない同好会を無くす動きもあります。ほら、クローバーを使用していた部活があったでしょう?」

「ああ」


 五葉のクローバー事件で薄れていたが、抜き打ちの荷物検査でクローバーを所持・使用していた生徒が何人かいた。

 彼らの共通点として、共通の部活に入っていたこと。更に調査したところ、クローバーが部活内で蔓延しており、下級生にも波及するところだったという。

 結果、部活動を続けることが難しいと判断され、廃部という形で処分が下った。


「でも、フェリックス君がやりたいのなら、私も限りなく協力します」

「ありがとうございます!」

「ですが……、書類作成と質問対策だけですからね」


 ビシッとリドリーはフェリックスに宣言する。


「……今日は遅いですし、同好会の書類作成は明日からにしましょう」

「はい」

「まずは学園祭の申請を通すことが優先です! 三日後の週末頃には他のクラスの出し物候補が決まると思うので――」


 リドリーの表情が陰る。


「決まるまで宿舎に帰れない、地獄の話し合いが始まりますね……」


 リドリーが不穏な一言を告げ、フェリックスは不安な気持ちになった。



 フェリックスがリドリーと会話してから三日後。

 話し合い当日。

 学年担当を持っている教師たちと副担任たち、出し物をする部活の顧問たちが重い表情で職員室に集まっていた。


(空気重すぎ!!)


 いつも陽気に笑っている中年の男性教師もこの日ばかりは笑みが消え、真顔だった。

 リドリーも「今回は夜が明けるまでに終わりますように」とぶつぶつ呟いている。


(夜明けまで帰れなかったの!? 冗談抜きで終わるまで帰れない??)


 フェリックスは周りの重い空気を感じ、三日前にリドリーが言った『決まるまで宿舎に帰れない』は事実なのだと悟る。


「さて、担任諸君。それぞれの出し物を一斉に出そうではないか」


 今回の話し合いは校長ではなく教頭が担当する。

 リドリー含む二十名の教師たちが一斉に申請書を教頭に提出した。

 教頭は全ての申請書をチェックする。

 職員室は静寂に包まれ、ペラペラと教頭が紙をめくる音のみが流れた。


「今年は“喫茶店”の出店が多いな」


 教頭のぼやきで、一部の教師たちがビクッと反応する。きっと、喫茶店を申請したクラスの担任たちだろう。


「休憩場も限られるため、喫茶店の出店は必須。だが、五件の申請は多すぎる。二店に絞り、他三クラスは第二候補の出し物に変更すること」


 これで、話し合いが二件発生した。

 フェリックスには関係ないことだと余裕な態度をとっていたが。


「フリーマーケット……」


 教頭が二年B組の出し物について注目する。


「販売種別について限定されていないぞ。不用品は本、衣類、娯楽品のみなのか? 手製の物を扱うのか?」

(ひぃっ)


 校長の質問が矢継ぎ早にくる。


「”フリー“としていました。」


 リドリーが教頭の質問に答える。


「そのため、手製のものも扱います。生徒の一人がこちらを出品したいと相談がありました」


 リドリーが教頭に布製の髪飾りを渡した。

 ガラス玉やレースで装飾されており、女性が欲しいと思うデザインになっている。


「精巧に出来ているな」

「編入する前に、内職でこのようなアクセサリーを作成していたそうです。雑貨店に卸していたこともあるので、商品として成り立つと思います」


 編入という単語を聞き、フェリックスはあの作品がクリスティーナのものであると気づく。


「これなら……、だが原価は――」

「銅貨五枚に納められるそうです」


 リドリーは教頭の質問に即答する。

 まるで事前に質問内容を用意していたかのようだ。


「……なるほど。では、この申請書に追記なさい」

「わかりました」


 教頭から突き返された申請書に、リドリーは扱う商品について追記する。 


「二年B組の出し物はフリーマーケットに確定する」


 教頭が魔法で出店の許可を示すサインをつづる。

 リドリーは「ありがとうございます」と教頭に感謝の意を伝えた。

 これで、二年B組は話し合いから一番で抜けたことになる。


(すんなり決まったのはいいけど……、十九店舗決まるまで待たなきゃいけないってことだよね?) 


 フェリックスはフリーマーケットが通り、自分たちのクラスの出し物が確定したことに喜びつつも、他のクラスが決めるまで帰れないということに気づき落胆していた。

 教頭は喫茶店以外の出店について細かい質問を投げかける。

部活動で提案しているものは毎年同じ店を出しているのか、受け答えも慣れており、出店許可がスムーズ。

 問題は学年担当のほう。

 特に喫茶店の話し合いは長期に渡りそうだ。


「いつもこうなんですか?」


 フェリックスは小声でリドリーに訊く。

 リドリーはチェアの背もたれに身体を預け、無駄な体力を使わないようにしていた。この話し合いが長引くとわかっての行動だろう。


「そうなんですよ。一部の出し物は部活動で出店しますので、私たちはそれに被らぬよう生徒を誘導したりと工夫はするのですが……」


 これでも、話し合いが長引かないように教師たちが譲り合いをしているらしい。


「喫茶店は学外の人たちの休憩所になりますから、一定の客は確保できますし、飲食と接客は別で請求できるので人気になっちゃうんですよね」

「じゃあ、最大で銅貨十枚請求できるんですね!!」

「理論上はそうですね。大体は飲食が銅貨五枚、接客が銅貨一枚から二枚に落ち着きます」


 出し物の価格は銅貨五枚までと上限が決まっている。

 喫茶は接客と飲食は別で請求できるという抜け穴があるらしい。


(どおりで喫茶が人気なわけだ)


 リドリーの言い分でフェリックスは納得する。


「フェリックス」

「教頭、なんでしょうか?」


 不意に教頭に呼ばれる。

 リドリーと雑談をしていたのが気に障ったのだろうか。

 フェリックスはびくびくしながら、教頭の方へ身体を向ける。


「喫茶の話し合いが行き詰っている。君から何か助言はないかね?」

「えっ!?」

「領主として長たちをまとめていた経験があるだろう? こういった話し合いの解決策を持っているのではないかね?」

(無茶ぶりが過ぎるだろ……)


 教頭は膠着している喫茶の話し合いを解決させる方法はないかと聞いてきた。

 父に代わって、マクシミリアン公爵領の領主として一年管理した経験のあるフェリックスに。

 だが、それは転生前の話。

 今のフェリックスには教頭が期待するような話術を持ち合わせてはいない。


「わ、わかりました……」


 文句の言えないフェリックスは心の中で教頭に悪態をつき、渋々喫茶の出店権で言い争っている五人の教師の輪の中に入った。


「そ、その――、譲れない言い分をお聞きしてもよろしいですか?」


 まず、フェリックスは五人の教師の言い分を聞くことにした。

 譲らない理由として、喫茶は客の入りが安定していて売り上げも上々だからという回答が返ってくる。


(第二候補で我慢してもらうのは無理そうだな……)


 今年最後の上級生に譲ったらどうだとか、上級生であれば別の出し物をして下級生に譲ったらどうだとそれぞれ言い争っている。

 その様子を見たフェリックスは、二クラスに第二候補へ譲歩してもらう方法を捨てた。


「では、五つとも形態が違う喫茶にしてはどうでしょう」


 考えた末、フェリックスは特色の違う喫茶を運営してはどうかと提案する。


「コンセプト?」

「”接客”や”飲食”の部分にそれぞれ別の付加価値をつけるんです」


 結果、フェリックスは第二希望に変更させるのではなく、全て喫茶で通す案を出すことにした。


(これは前世の受け売りだけど――)


 前世では様々な喫茶が流行っていた。

 フェリックスはそれらの喫茶からアイディアを借り、五人の教師たちに披露する。


「サービスではなく見た目が派手な飲食に注力してみるとか。生徒がメイドや執事の姿をして接客してみるとか。飲食ではなく”謎解き”や”恐怖”を提供してみるとか。そうすれば共存できるのではないでしょうか」

「なるほど……」


 教師たちはフェリックスの話に耳を傾けてくれている。

 フェリックスは一つ一つ、前世にあったコンセプトカフェを彼らに説明してゆく。


「校内にヒントがちりばめられている謎解き喫茶か……。一年にボードゲームを自作している生徒がいるから、それは一年C組で提案してみよう」

「見た目が派手な飲食、二年A組は女生徒が多いからその案はこちらで持ち帰るわ」

「メイドや執事の姿か……、三年A組にはミランダ・ソーンクラウンがいるから、なんとかなるかもしれんな」


 フェリックスが提案した五つのコンセプト喫茶の中で、各々のクラスが実現可能な喫茶を選択してゆく。

 教頭も「なかなかやるな」とフェリックスのまとめぶりに感心していた。


(えっ!? 三年A組がメイド喫茶するの!!?)


 そんな中、フェリックスはミランダのクラスがメイド喫茶に決まりそうなことにそわそわしていた。


(この世界でメイド喫茶が見れるとか、眼福かよ)


 フェリックスの脳内ではメイド喫茶の店内が浮かんでいた。

 「いらっしゃいませ、ご主人様!」と元気な笑顔で接客してくれるのはクリスティーナ、店内の説明を淡々としてくれるのはリドリー、スタイル抜群で存在するだけでムフフな雰囲気にさせるイザベラ、極め付きはドリンクを美味しくさせる魔法を恥じらいながらもやってくれるミランダ。

 もし、そんなメイド喫茶が存在していたら――。


「フェリックス、ぼーっとしてどうした?」

「はっ」


 教頭の言葉でフェリックスは妄想の世界から現実に戻る。


「そなたの発想が独創的だったから、何を参考にしたのか聞こうと声をかけたのだが」

「す、すみません! 聞いてなかったです」

「……そなたは長時間の話し合いはこれが初めてだったな。疲れで、意識が飛んでいても仕方あるまい」

(そう、きっと疲れてるんだ。だからあんな妄想を――)


 我に返ったフェリックスは、自分の欲を生徒や先輩や女王で満たしてしまったことに反省する。


「そなたのおかげでいつもより早く話し合いが終わりそうだ。礼を言う」

「ど、どういたしまして……」


 フェリックスは教頭の言葉を素直に受け入れた。


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