学園祭の申請資料と同好会の申請資料の作成。
今日で仕事が二つ増えてしまった。
職員室のドアの前に立ったフェリックスは深いため息をついた。
(別の仕事を振られないように忙しいふりをしておこう)
フェリックスは今日の自身の立ち振る舞いを決めた後、教室に入る。
「フェリックス君、戻ってきましたね」
「はい」
職員室にはリドリーが自身のデスクに座り、水を飲んでいた。
「二年B組の出し物、決まりましたか?」
「フリーマーケットになりました」
リドリーはフェリックスに出し物について訊く。
フェリックスは出し物がフリーマーケットに決まったことと、細々したルールについてリドリーに伝えた。
「なるほど~、商品の管理は大変ですが、他のクラスと差別化が出来てすぐに申請が通りそうですね」
リドリーは自分のクラスの出し物についてそう評価する。
「フェリックス君、申請書の作成、宜しくお願いしますね」
「わかりました」
やはり申請書は副担任であるフェリックスが作成することになる。
これは今日中に仕上げてしまおう。
「リドリー先輩は……、その、決闘は――」
「私が勝ちましたよ」
フェリックスは決闘の勝敗をリドリーに訊く。
リドリーは自身の勝利を即答する。
「ただ、ライサンダー君が怪我をしてしまって」
「ええっ!?」
リドリーは苦笑していた。
決闘は防御魔石を装備して行う。そのため、怪我というのは滅多に起こらない。
あったとしても、対戦者が魔法戦の際に転び、擦り傷を作るくらい。
(あのライサンダーが怪我!?)
ライサンダーの実力をゲームでよく理解しているフェリックスは、彼が怪我を負ったことに驚いた。
「医務室で診てもらっています。アルフォンス君もそちらにいます」
「だ、大丈夫なんですか?」
「一日安静にした方がいいみたいですね」
「そうですか」
「おかげで、医務室はライサンダー君を狙った女性教師でいっぱいです」
「あはは……」
朝の時点で複数の女性教師がライサンダーを狙っていた。
彼女たちがライサンダーの好感度を稼ぐ機会を逃すわけがない。
ライサンダーを取り合う彼女たちの姿が優に想像でき、フェリックスはその場でから笑いをする。
「話は変わりますが――」
リドリーが決闘の話を終わらせ、話題を変える。
「アルフォンス君と出張でケンカしちゃったんですか?」
「……」
リドリーがアルフォンスについて尋ねてきた。
フェリックスはミランダを陥れたのはアルフォンスだと分かり、以降、彼と話すのは最低限にしている。
アルフォンス側も同じで、フェリックスと目が合うと意図的に視線を逸らされたりしている気がしている。
(僕の魅力は今のところミランダやイザベラの悪人しか通用しない。友好的に接してくれたのは、アルフォンスが善人ではなかったということ)
アルフォンスがフェリックスのことを避けているのは、マクシミリアン公爵邸で罪を自白したからではないかとフェリックスは考えている。
自白したことで”悪い人”が”良い人”になったのではないかと。
だが、これはフェリックスの仮説。事実を知るにはアルフォンスと直接話さなくてはいけないだろう。
とはいえ、フェリックスとアルフォンスとの関係の変化は、二人の先輩であるリドリーにはお見通しのようだ。
「実は――」
フェリックスは職員室内を見渡す。
フェリックスとリドリーの二人きり。
他に誰もいないことを確認したフェリックスは、リドリーに打ち明ける。
ミランダのバックに五葉のクローバーを仕込んだのはアルフォンスだったこと。
それを校長に報告しても、アルフォンスは謹慎処分を受けず、普段通り働いていることを。
「なるほど、やっぱりアルフォンス君でしたか」
フェリックスの話を聞き、リドリーは驚くことなくむしろ納得している様子だった。
「出張中にフェリックス君がアルフォンス君の悪事に気づき、距離を置いているんですね」
「まあ、そうですね」
「校長に報告したら、アルフォンス君が何かしらの処罰を受けるだろうと思っていたのに、何もないことが不服だと」
「はい」
「なるほど~」
事情を理解したリドリーは腕を組み、うんうんと何度も頷いている。
「リドリー先輩、なにかご存じでしたら、僕に教えていただけませんか?」
「……まあ、フェリックス君もこの学園で働き始めて半年は過ぎましたからねえ。そろそろ知ってもいい頃合いでしょう」
リドリーは何か知っている。
フェリックスは教えて欲しいとリドリーにお願いすると、彼女は口を開く。
「派閥です」
この一言を皮切りに、リドリーの話が始まった。
「チェルンスター魔法学園には二つの派閥があります。校長、教頭、アルフォンス君が所属しているのが”オルチャック派”、もう一つが”モンテッソ派”です」
オルチャック、モンテッソ。
フェリックスには聞き慣れない名である。
派閥というのは、政治ニュースでなんとなくわかる。
学園にもそういう存在があったのかと、フェリックスは驚いていた。
「リドリー先輩は――」
「私は面倒くさいのでどちらにも入っていません。フェリックス君の場合は、マクシミリアン公爵家の人間だから、誰も誘わなかったのではないでしょうか」
「なるほど……」
新米教師のフェリックスが派閥の勧誘を受けなかったのは、フェリックスが大貴族の家柄だからとリドリーは推測する。
チェルンスター魔法学園の教師陣は家名が子爵か伯爵でフェリックスより下位な貴族が多く、さらに長兄がいて家督を継げなかった人たちだ。
「教育界はオルチャック公爵とモンテッソ侯爵がバチバチしていますからね。アルフォンス君の件は校長がうやむやにしたのだと思いますよ」
アルフォンスは派閥の長である校長の手によって、ミランダを陥れた件がうやむやになったのだろうと、リドリーは仮説を立てる。
「五葉のクローバーの紛失は公になっていますし、ミランダさんのバックに入っていたのはいたずらで片付いちゃいました。一件落着です」
「でも、アルフォンス先輩は――」
フェリックスはリドリーの話に割り込む。
しかし、フェリックスは途中で言葉が詰まってしまう。
――これ以上、言えないんだ。
苦渋な表情で絞り出すように出たアルフォンスの一言。
アルフォンスに命令した黒幕がいる。
(真犯人は別にいる)
この話をリドリーに告げるべきなのか、フェリックスは迷った。
「まあ、アルフォンス君が本当にミランダさんを陥れたいんだったら――、もっと別の方法を使うと思いますけどね。謹慎処分じゃなくて一発退学にさせるような冤罪を仕掛けるかと」
リドリーは冗談じみたことをフェリックスに話す。
「私はともかく……、アルフォンス君は平民上がりで後ろ盾が派閥しかないですから。ミランダさんの件は、どこかの貴族の命令だと思いますよ」
リドリーはフェリックスが欲しかった答えを出した。
チェルンスター魔法学園はミランダのような貴族が数多く在学している。
教師であってもアルフォンスは平民。
賛同できないことでも命令されたら従わなくてはいけないのだとか。
(リドリー先輩の話が本当だったら……、アルフォンスが貴族社会を嫌っているのも理解できる)
フェリックスの知らないところで、アルフォンスは貴族の命令で汚い仕事をさせ続けられていたのかもしれない。
ミランダの件はその一部だったのかも。
「アルフォンス先輩に命令できる生徒……、リドリー先輩はご存じですか?」
フェリックスは直球でリドリーに訊く。
リドリーは盛大なため息をつく。
「校長がうやむやにした事件ですよ。これ以上関わるのはやめなさい」
フェリックスはリドリーに警告される。
リドリーから笑みが消えてくることから、本気なんだと分かる。
「わかり……、ました」
フェリックスは肯定する。
だが、内心はリドリーの警告に反した行動をとろうと思っていた。
(真犯人はきっと生徒の中にいる)
その人は今度もミランダに危害を加えようとするだろう。
(僕がミランダを守らないと)
フェリックスはズボンをぎゅっと強く握り、決意する。
大好きなミランダのために、フェリックスは真犯人を突き止めたいと思っていた。
☆
三年A組の教室。
(なんで、ミランダが孤立しないのよ)
授業中、少女は淡々と授業を受けているミランダを一瞥し、苛立っていた。
ミランダは五葉のクローバーを所持し、一週間の謹慎処分となったのに。その事実を拡散させたというのに、平常心だ。
ひそひそと悪口が耳に入ってもおかしくないのに、ミランダは気にも留めていない。
ミランダが毅然とした態度を取るから、彼女が謹慎処分になった話題は風化してゆき、現在、学園祭の話題に移り変わっている。
思った通りの展開にならず、少女はミランダに逆恨みをしていたのだ。
(完璧な優等生だったのに、冤罪で謹慎処分っていう傷がついたのよ!? もうちょっと取り乱したりしないわけ?)
ミランダはクラスで孤高の存在。
でも、端麗な容姿と抜群なスタイルに焦がれている男子生徒が何人もいる。
最近は”クリスティーナ”という二年の後輩と共に、属性魔法の特訓をしているらしい。
その時だけはミランダの表情が豊かになると、隠れミランダファンの間で有名になっており、【ミランダとクリスティーナの様子を遠くから見守る会】らしきものが誕生しているとか。
(またアルフォンスを使って――、いえ、アイツは慎重に扱わないと)
少女はアルフォンスにミランダを謹慎処分にさせるよう命令した。
貴族ではないが、少女はアルフォンスの”弱み”を握っている。
告発すれば、教職資格をはく奪できるような弱みを。
その弱みでアルフォンスを揺すったら、彼は命令通りに動いてくれた。
けれど、ミランダは動じず、クラスの彼女に対する評価は全く変わらなかった。
もう一度命令すればと考えたが、アルフォンスはとても反抗的な目をしていた。彼の表情を見て、何度も使っていい相手ではないと少女は悟っている。
少女はミランダを陥れる策を思案する。
(最近、ミランダはフェリックス先生のところへ訊ねに行くことが多くなったわね)
ふと、少女はマインたちが言ってたことを思い出した。
クリスティーナに決闘を宣言されたとき、フェリックスとミランダが共に教室に入って来たと。
直前まで一緒に居ないとそうはならない。
フェリックスかミランダ、どちらかが好意を持っている可能性がある。
(それなら――)
少女はミランダを陥れる次の策を思いついた。