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第38話 悪役令嬢が一枚上手でした

 フェリックスは二年B組で朝のホームルームを始める。


(さて、今日は一限目もホームルーム……)


 頭の中でホームルームの予定を思い出す。

 今日は一か月後に開催される”学園祭”の出し物を決めることになっている。そのため、ホームルームの時間が長くとられているのだ。


「皆さん、おはようございます! リドリー先生は用事があって、それが終わり次第来ます」


 フェリックスはリドリーが不在の理由を述べた後、本題に入る。


「本日は”学園祭”の出し物を決めたいと思います! ヴィクトル君、お願いします」


 フェリックスは教壇を学級委員長のヴィクトルに譲り、教室の端に置いてある折り畳みの椅子に座った。

 ヴィクトルが司会と書記を行い、生徒たちの意見をとってゆく。

 学園祭は三日間、生徒たちが主体で出店を運営し、学外の人たちをもてなす催しである。

 他に、決闘場では生徒や学外の人間がトーナメント形式で魔法戦を行う催しや、部活動や同好会の活動を紹介するブース、入学を考えている子供や保護者にチェルンスター魔法学園について紹介するスペースがある。


(ゲームでは出店で攻略キャラの好感度が変化した)


 フェリックスは夢日記で文化祭について復習済み。

 二年B組で最終候補に挙がる出店は二つ。

 教室に数々の障害物を作り、出口を目指す”迷路”。

 生徒たちの不用品を集め、安価で販売する”フリーマーケット”。

 前者はアルフォンスの好感度が上がり、後者はヴィクトルの好感度が上がる。


「先生! 候補が二つに絞られました」


 ヴィクトルに呼ばれ、フェリックスは宙に浮いたヴィクトルの文字を見る。

 迷路、フリーマーケットの二つが書かれている。


「では、多数決で決めましょうか」

(フリーマーケット、フリーマーケット、フリーマーケット!)


 フェリックスはヴィクトルに指示を送りつつ、内心はフリーマーケットになれと強く願っていた。


「フェリックス先生、集計お願いします」


 ヴィクトルは席に着き、投票側にまわる。


「では、集計を取ります。やりたい方に杖を挙げてください」


 フェリックスは杖を上げた生徒の数を集計する。

 結果、僅差だったが二年B組の出し物は”フリーマーケット”に決定した。


(やった! これでヴィクトルの好感度が上がる)


 願った通りの結果になり、フェリックスは喜んでいた。


「えーっと……」


 二限目までまだ時間がある。


「フリーマーケットに決まりましたので、商品と価格設定について話を詰めましょうか」


 フェリックスはそれらしいことを述べ、再びヴィクトルに譲る。

 学園祭は全て生徒たちが計画する決まりになっている。

 フェリックスやリドリーなどの教師側が助言することは滅多にない。

 一限目の終わりまで、生徒たちはフリーマーケットの話題で盛り上がった。

 ルールとして決まったのは、三つ。

 生徒一人につき最低三品は出品すること。

 生花や野菜などの生ものの出品はだめ。

 商品の売値は銅貨一枚から五枚に収める、だ。

 ちなみに銅貨一枚は転生前の世界で百円の価値にあたる。


「出品するものは、次回の話し合いまでに決めてください。次回は、商品のリストアップと配置、店番について話し合います!」


 ヴィクトルはクラスの皆に次回までの課題を言い渡し、話し合いを締めくくった。


(ヴィクトルが学級委員長だと、楽だなあ)


 フェリックスはヴィクトルとクラスの話し合いを傍観するだけで、一限目が終わった。


「――ということで、フェリックス先生。出店の申請、宜しくお願いします」

「あ、うん! やっておくね」


 出店の申請は担任がやるんだった。

 それに気づいたフェリックスは、リドリーに報告できるよう要点を自身の手帳に書きとる。



 朝のホームルームと一限目を終えたフェリックスは職員室に戻る。


(リドリー先輩、いるかなあ?)


 フェリックスは戻る途中でライサンダーと決闘場へ向かったリドリーの事を考えていた。


「フェリックス先生」

「わっ、ミランダさん。おはようございます」


 考え事をしていて、目の前にミランダがいることに気づかなかった。

 ミランダはフェリックスを見てクスッと笑っている。


(えっ? 寝ぐせが付いてたかな)


 フェリックスはとっさに自身の髪に触れる。

 鏡がないから自分の姿が分からない。

 ミランダがフェリックスの何に笑ったのかと戸惑っていると、彼女が答えを出してくれた。


「フェリックス先生から、甘い香りがする」


 フェリックスはミランダから貰った香水を毎日振りかけている。


「わたくしの大好きな香りです」

「み、ミランダさん……」


 ミランダはプレゼントした香水をフェリックスが使ってくれていることに喜んでいたのだ。

 からかわれたフェリックスは恥ずかしさで、ミランダから視線を逸らす。


「どうしたんですか?」

「フェリックス先生に相談したいことがあるのです」

「僕に相談?」


 フェリックスは考える。


「用務員として配属されたライサンダー君のことですか?」


 心当たりがあるとすれば、ミランダの兄、ライサンダーが用務員としてチェルンスター魔法学園に配属されたことくらいだ。


「お兄様のことではありません」


 ミランダはきっぱりと否定する。


「では――」

「クリスティーナとの特訓についてです」

「ああ。僕がお願いしていたやつですね」

「はい……」


 ミランダが切り出したのは、クリスティーナとの魔法の特訓についてだ。

 二人は放課後に特訓を行っている。

 ミランダの指導のおかげでクリスティーナは四属性の魔法を使いこなし、二属性を合わせた創造魔法を使えるようになった。

 マインとの決闘以降は、クリスティーナに自信がついたのか、メキメキ成長してゆき、同学年に敵なしという状態だ。

 ゲームで例えると、現在のクリスティーナの属性魔法はSランクといったところか。

 二人はそれぞれ先輩後輩として関係を深めており、仲良しに見える。

 フェリックスに相談するようなことはないように思えるが。


「ヴィクトルが『一緒に属性魔法の訓練をしたい』と言い出したんです」

「ヴィクトル君が!?」


 ミランダの話の続きを聞くと、ヴィクトルがミランダとクリスティーナの特訓に関心を持ったらしく、加わりたいと言い出してきたそうな。

 フェリクスはヴィクトルの申し入れに驚く。


「わたくしはフェリックス先生にお願いされたからクリスティーナの特訓に付き合っていたのに、ヴィクトルが加わるとなると話は別ですわ」


 ミランダは本音をフェリックスに打ち明ける。


(元々ミランダは献身的な子ではない……)


 フェリックスは今のミランダではなく、ゲーム内でのミランダを思い出す。

 冷徹で孤高な設定の悪役令嬢。

 フェリックスがミランダとの決闘に勝ったから、フェリックスに従順なだけで、本来ミランダが後輩の面倒をみるなどありえないのだ。


「僕としてはヴィクトル君の指導もしてほしいのですが……」

「フェリックス先生のお願いでも、ご遠慮いただきます」


 フェリックスの要求にミランダは眉をひそめる。

 好意を抱いているフェリックスの頼みでも、嫌なようだ。


(困ったなあ……)


 フェリックスは特訓にヴィクトルを加えて欲しい理由があった。


(放課後に攻略キャラの親睦を深めて、好感度を上げてゆくのに、クリスティーナはミランダに付きっきり)


 クリスティーナが攻略対象キャラとの親睦を深めていないのだ。

 現状、アルフォンスとは教師と生徒の関係でそれ以上の進展はない。

 ヴィクトルはマインとの決闘もあり、クラスや授業で二人一緒になる機会が多い。

 好感度はヴィクトルの方が若干高いといったところだろう。

 だが、現状クリスティーナは攻略対象キャラ二人よりも、ミランダととても仲が良いように見える。

 悪役令嬢ミランダに虐められない、今の環境は平和そのもの。

 五葉のクローバー事件のように、クリスティーナに降りかかる苦難がミランンダに降りかかる不可解なことはあったけども。


(ミランダの好感度ばかり上げては、クリスティーナは誰のルートにもたどり着けない)


 現状、フェリックスは目指すならヴィクトルルートと思っている。

 ヴィクトルルートを目指すフェリックスとしては、クリスティーナとミランダの輪の中にヴィクトルを加えたい。


「そうですか」


 フェリックスはミランダの発言にため息をついた。


「優等生で皆の模範的生徒なミランダさんでも、二人の後輩を指導するのは難しいですよね」

「……意地悪なことをいいますのね」


 フェリックスはミランダがプライドの高い性格ということを利用し、ヴィクトルを加えるよう言葉巧みに誘導する。

 意図に気づいたミランダはぷくーっと頬を膨らませて怒る。


(えっ、ミランダってこんな怒り方もするの!? 可愛すぎるんだけど!)


 殺意を持ったミランダの一瞥しか見たことがないフェリックスにとって、年相応の怒り方をする彼女ににときめいてしまった。


「少し考えます……」


 ミランダは腕を組み、考えている。


「いっそ”同好会”にしてしまうのはどうでしょうか?」

「同好会?」


 同好会は三人の生徒が申請し、顧問を一人付ければ成立する。

 三人の生徒はミランダ、クリスティーナ、ヴィクトルで間違いない。

 一人の顧問は――。


「そうしたら、フェリックス先生を顧問にして一緒に属性魔法の練習ができますわ!」


 ミランダはにこりとフェリックスに微笑む。


(や、やられた!)


 フェリックスに断る余地はない。


「……分かりました。同好会の申請を進めましょう」

「はいっ! クリスティーナとヴィクトルにはわたくしから話しますわ」


 フェリックスはミランダの提案を受け入れざる負えなかった。

 舌戦ではミランダの方が一枚上手だったと、フェリックスはこの時思った。




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