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第37話 僕の代わりは悪役令嬢の兄!?

 コルン城、玉座の間ではイザベラがため息をついていた。

 イザベラのため息に、傍にいた臣下たちはビクッと怯えていた。 


「退屈じゃのう」


 イザベラは退屈だとぼやく。

 革命軍がマクシミリアン公爵の屋敷を襲撃してから二週間。

 守護騎士の尋問はイザベラにとって胸が躍る一大イベントだった。

 いつも冷静沈着な騎士たちが、容疑を必死に否定したり、暴露したり、相手を陥れようと嘘をつく。

 結果、革命軍についていた裏切り者が十名いた。

 彼らはイザベラの動向を革命軍に流し、見返りに大金を貰っていた。

 貰った金はギャンブルで負け越した借金の返済に使われていたらしい。

 その賭博場にも革命軍が潜んでおり、勝ち負けの操作をし、与えた大金の回収をしていたのが後に判明した。

 裏切者の守護騎士たちは革命軍の手の平で踊らされていたのだ。

 イザベラは守護騎士全員を集め、愚かな裏切者を自らの手で殺した。


(裏切者は一掃した。配下の所持金事情も把握したし、付け込まれることはしばらくないじゃろう)


 処刑したことで、革命軍のつながりは絶たれたはず。


(五葉のクローバーの件は、軍部の報告を待つ他ない……)


 ソーンクラウン公爵が総力を挙げて調査した結果、軍部で保管していた五葉のクローバーが紛失していたことが判明した。

 元々、ソーンクラウン公爵の娘が五葉のクローバーの所持で学園から謹慎処分を食らったことが調査のきっかけだったが、結果、革命軍の資金源を見つけるという手柄をあげた。


(今のわらわは待ちの状況)


 地方の貴族たちの報告を見る限り、領主たちと良好な関係を結んでおりイザベラが気にかける箇所はない。

 目障りな革命軍潰しも、待ちの状態になっている。


「イザベラさま、我らに何なりとご命令を」


 配下たちは、イザベラの退屈をしのぐため彼女の命令を待っている。


(フェリックス……、奴は学園に戻った頃じゃろうか)


 当のイザベラは配下のことなど上の空で、フェリックスのことを考えていた。

 コルン城からフェリックスの勤め先であるチェルンスター魔法学園までは馬車移動で一週間。

 今頃、教師として仕事に復帰している頃合いだろう。


(わらわが夜の相手をすると迫ったのに、フェリックスは断りよった)


 イザベラはマクシミリアン公爵邸でのことを思い出し、胸がもやっとする。

 前皇帝をも魅了した裸体を披露したというのに、フェリックスはイザベラを拒絶した。『好きな人がいるから』と。


(この国で一番美しいわらわよりも魅力的な女がこの世にいるというのか)


 イザベラの心を苛立たせているのは、フェリックスを虜にした女の存在。

 その女が誰なのか、自分を越えうる存在なのかとイザベラの頭を悩ませている。


「わらわの甥の動向を知りたい。何か方法はないか?」


 イザベラはコルン城で一人悩んでいるより、臣下たちを使って”フェリックスの意中の女”を突き止めればいいと考えた。


「イザベラさまの甥……、ですか? でも、シャドウクラウン家の人間はもう――」

「馬鹿者! わらわの生家の話ではないわ!!」

「も、申し訳ございませんっ」


 臣下はイザベラの𠮟責で、自身が失言してしまったことに気づき、頭を深く下げていた。

 イザベラの生家、シャドウクラウン家は、もうない。

 第三王妃だったイザベラが、両親、兄と姉の家族までも泥魔法で皆殺しにし、自身の手で滅ぼしたのだから。


「フェリックス・マクシミリアンじゃ! チェルンスター魔法学園で教師をしておる者の動向を知りたいのじゃ」

「わ、分かりました! すぐに手配いたします」


 イザベラの命令を理解した配下は、案を練るため、玉座の間を走り去る。


「はあ、あやつのせいで嫌なことを思い出してしもうたわ」


 一人になったイザベラは、玉座から立ち上がり、玉座の裏手にある私室へ歩を動かす。


(わらわの肉親はもうこの世にはいない。夫も、我が子さえも――)


 私室に入ったイザベラは、ベッドにうつぶせに飛び込む。

 魔法で成人男性の泥人形を作り出し、それを抱きしめた。


(冷たい)


 泥の人形はひんやり冷たく、イザベラの体温を奪う。

 それでもイザベラは泥人形を抱きしめる。


(フェリックスを抱きしめた感触、夫ととても似ておった)


 イザベラがフェリックスに強い関心を持ったのは、死別した前皇帝の面影を感じたからだ。

 フェリックスと対面する機会は何回もあった。

 それなのに、あのパーティで出会ったフェリックスの魅力はイザベラの感情を強く揺さぶった。

 フェリックスのことをもっと知りたいと思った。

 マクシミリアン公爵邸で会い、フェリックスを抱きしめたり、キスしたことは今でも忘れない。

 空っぽだった気持ちが、幸福で満たされてゆくのをイザベラは実感している。


「欲しい……、フェリックスが欲しい」


 フェリックスのことを考えると、泥の冷たさが気にならないほどにイザベラの身体が火照ってゆく。

 イザベラは魔法で泥人形の顔をフェリックスに作り替えた。

 精密に造ったフェリックスの唇にイザベラは自身のそれを重ねる。


「人形では足りぬ。じゃが、今はこれを満たすしかない」


 イザベラは溢れる性欲を自身が作り出した泥人形で満たしてゆく。



 出張からチェルンスター魔法学園に戻ってきて、一か月が経った。

 フェリックスの日常は平穏に戻りつつあった。

 副担任としてクリスティーナを成長を見守り、補助教員としてミランダの授業を補助する。

 ミランダが謹慎処分を受けた話題も薄れており、彼女も元気そうだ。


「おはようございます、フェリックス君」

「リドリー先輩、おはようございます」


 職員室で書類整理をしていたフェリックスは、入ってきたリドリーと挨拶を交わす。


「私より先に職員室にいるなんて……、フェリックス君も仕事人になってきましたね~」

「ありがとうございます」


 リドリーに褒められ、フェリックスは調子をよくする。


「今日は新しい用務員が来るそうですね」


 フェリックスはリドリーに話題を振る。

 用務員。

 ゲームではフェリックス・マクシミリアンが担当するはずの役割。

 今回はアルフォンスとの決闘に勝利しているため、その枠は空欄のまま。

 新人の用務員が補充されることなく、在職の用務員だけで仕事が済んでいた。


(僕の代わりになる用務員は、誰なんだろう)


 きっとモブだろうから、名前を覚える必要はないんだろうけど。

 リドリーがワクワクしている傍ら、感心のないフェリックスは授業の準備を進める。


 朝のホームルーム、三十分前。

 新しい用務員が入るということで、教師全員が職員室に集まる。


「さて、ワシらの補助をしてくれる新たな用務員を紹介する」


 校長が廊下にいる用務員に、職員室へ入るよう伝える。

 ドアが開かれ、用務員が職員室に入る。


「えっ」


 用務員の姿を目にしてフェリックスの声が漏れる。


「皆様方初めまして。本日からチェルンスター魔法学園の用務員を務めます、ライサンダー・ソーンクラウンと申します。よろしくお願いします」


 用務員としてライサンダーが加わったからだ。


「名の通り、ライサンダー殿はソーンクラウン公爵家の人間じゃ。本来はこのようなことをする立場ではないのじゃが、彼自身が社会経験を積みたいと申してな。特別に採用したのじゃ」


 校長がライサンダーについて皆に補足する。

 ソーンクラウン公爵家。

 フェリックスと同等の家柄で、優秀な軍人を輩出している名家。

 そのような大貴族が、用務員になると宣言されたら、フェリックスを含む教師たちは萎縮してしまう。

 校長の補足によって、教師たちはライサンダーに無礼を働いても私刑にならないと安堵していた。


「この場では公爵貴族としてではなく、一般人として扱ってください」

「こう、ライサンダー殿も申しておる。他の用務員と区別せず、平等に接するように」


 校長も他の用務員と差別化することが無いようにと忠告している。

 これで揉め事にならずに済みそうだ。

 ただ――。


「ライサンダーさん、カッコいい……」

「指輪をしてないから、きっと独身よね?」

「私があと十年若かったら公爵夫人……、狙ってたのに!」


 傍にいる若い女性教師たちやベテラン女性教師たちが容姿端麗のライサンダーの登場に沸き立っている。

 未婚の女性教師たちは肉食獣のようにライサンダーと近づく機会を狙っており、既婚の女性教師たちは自分があと何年若かったらと悔いていた。


(僕が入ったときより、モテてない!? 僕の時は全然だったのに、ライサンダーのときは狙う気満々じゃん!)


 フェリックスは自分が教師として加わったときよりも女性陣が湧きたっていることに驚いていた。

 フェリックスも容姿はライサンダーに負けず端麗な方である。

 それなのに、フェリックスのときはこのような反応など全くなかった。


(やっぱり、僕の魅力は悪人にしか通用しないってこと!?)


 ライサンダーの登場により、フェリックスは自身の魅力は特定の人物にしか通用しないことを実感する。


「では、解散じゃ。担任の者たちは朝のホームルームへ」


 校長が解散の合図をし、教師たちは各教室へ散り散りに向かってゆく。


「私たちも二年B組に行きましょうか」


 話題好きなリドリーが珍しく平常心だ。

 フェリックスは「そうですね」とリドリーの変化を気にすることなく、職員室を出ようとした。


「リドリー殿」


 しかし、リドリーはライサンダーに引き留められる。


「……なんですか?」


 リドリーは嫌そうな顔でライサンダーを見る。


「自分は貴方と同じ職場で仕事ができて嬉しく思っております」

「……」


 ライサンダーはリドリーの前で膝をつき、頭を下げた。


「リドリー!? あの子、リドリーみたいな子が好みなの?」

「初対面なのに名前を覚えてるって……、リドリー抜け駆けしたわね」


 フェリックスの背後で、若い女性教師たちがリドリーに嫉妬している。


「ライサンダー君」


 リドリーはライサンダーを冷たい目で見つめていた。

 いつもニコニコ笑みを浮かべているリドリーが笑っていない。

 リドリーは激怒している。

 フェリックスは緊迫した空気に、身体が震えていた。


「決闘しましょう」

「決闘!? リドリー殿と魔法戦ができるのですか!!」


 決闘と聞き、ライサンダーは顔を上げ、恍惚な表情でリドリーを見つめる。


「フェリックス君、私の代わりに朝のホームルームをお願いします」

「そ、それは構わないですけど――」


 リドリーが自身で決闘を宣言するのはとても珍しい。

 授業中、反抗的な態度を取るミランダに宣言したとき以来だ。


「以前、リドリー先輩は決闘が苦手だと仰っていましたが――」


 フェリックスはリドリーの実力を全く知らない。

 ミランダの決闘の際、リドリーは「自信がない」とフェリックスに決闘を押し付けた経緯がある。

 ライサンダーはミランダよりも強敵。

 それなのに自ら挑もうとはと、リドリーを心配して出た発言だった。


「大丈夫ですよ、フェリックス君」

「ひっ」


 リドリーは口元を引きつらせ、無理矢理作った笑みをフェリックスに向ける。


「あのとき、自信がなかったのは”手加減”ですから」

「て、手加減?」

「フェリックス君は知らなくていいことです。さて、アルフォンス君」


 フェリックスに意味深な答えをしたリドリーは、部外者を装っていたアルフォンスに声をかける。


「審判をお願いします」

「は、はいっ」


 審判は三年A組の副担任であるアルフォンスが選出された。

 担任であるアルフォンスの上司は、何も言わず教室を出て行った。


「フェリックス君、頼みましたよ」

「朝のホームルーム行ってきます!!」


 リドリーとライサンダーの決闘が気になったフェリックスだったが、任された仕事である二年B組の朝のホームルームへ向かう。


(手加減って……、リドリー先生ってすごく強いってこと!?)


 フェリックスは二年B組に向かうまで、リドリーの謎について考えを巡らせていた。


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