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第36話 兄妹揃ってツンデレでした

 フェリックスとアルフォンスは出張を終え、チェルンスター魔法学園に帰ってきた。

 ミランダのバックに五葉のクローバーを紛れ込ませた犯人がアルフォンスだと分かってから、フェリックスは彼と最低限の会話しかしなくなった。

 二人旅であればとても気まずい状況だろうが、そこは同行しているセラフィが場を和ませてくれた。

 そして、帰路では屋敷が襲撃されたということもあって、ライサンダーが護衛として同行している。


「二人とも、お帰りなさい」


 馬車を降りると、リドリーがフェリックスとアルフォンスの帰りを待っていた。


「っ!!」


 ライサンダーはリドリーの顔を見るなり、膝立ちになり、彼女に深く頭を下げる。


(えっ!? 急にどうしたの?)


 フェリックスはライサンダーの行動に驚く。


「リーー」

「初めまして軍人さん。私はリドリーと申します」

「……」

「リドリーです」


 リドリーはライサンダーの挨拶を遮り、無言の圧を送る。

 このやり取りからして、二人は面識があるようだが、リドリーが初対面を貫いているよいう状況だろうか。


「フェリックス先生!!」


 続いて、ミランダとクリスティーナも現れる。


「……お兄様」


 ミランダは兄、ライサンダーとの思わぬ再会に動揺していた。


「ミランダ……、父上から聞いたぞ。一週間謹慎になったとな」


 ライサンダーはその場から立ち上がり、ミランダにきつい言葉を浴びせる。

 ミランダは学園に来る前は、父親や兄から厳しく育てられた。

 それを思い出したのか、ミランダの兄を呼ぶ声は震えており、笑みが消えた。


「隙があるから鞄に五葉のクローバーを仕込まれるんだ」

「わたくしの失態でソーンクラウン公爵家の評判を落としてしまい、申し訳ございません」


 ライサンダーに叱責され、ミランダは彼に深く頭を下げた。

 ミランダはうつむいてしまい、気落ちしてしまっている。

 明らかに場の空気が重くなった。

 アルフォンスとリドリーは、この場から退散している。

 御者が鞭を打ち、馬車を動かす音がした。

 セラフィたちもこの場から離れたようだ。


(ど、どうしよう)


 フェリックスはこの空気に圧倒され、身動きが取れないでいた。


「そんな言い方ないよ!」


 重たい空気を吹き飛ばしたのは、クリスティーナだった。

 クリスティーナはライサンダーに突っかかる。


「ミランダ先輩は身に覚えのないことで謹慎処分を食らって、不安で仕方なかったんだよ! お兄さんだったら、普通、『大丈夫だったか?』とか心配の言葉をかけるもんでしょ!?」

「クリスティーナ……」


 クリスティーナの一言で、ミランダとライサンダーはそれぞれはっとする。

 兄妹共に、クリスティーナの言葉に胸を打たれたみたいだ。


「……すまない。言い方が悪かったな」


 ライサンダーがミランダに謝る。

 ミランダはライサンダーの発言に目を丸くし、驚愕していた。


「大丈夫だったか?」


 ライサンダーの一言で、ミランダの瞳からボロボロと涙が落ちる。


「不安で……、仕方ありませんでした」


 ミランダはライサンダーに抱き着き、彼の胸の中で大泣きした。



「クリスティーナ殿、ミランダを頼む」

「……言われなくても。さあ、ミランダ先輩。フェリックス先生にとびきり可愛い笑顔をみせるために、一度、顔を洗いましょう!」


 クリスティーナは泣き止んだミランダを連れ、校内に戻った。

 余計な一言があったが、まあ無視しよう。


「ライサンダーはこれから――」

「自分は支部に寄って、護衛任務を遂行したことを報告する。その後は――、妹が暮らしている家で待機だ」

「待機……」


 沈黙が辛かったフェリクスは、ライサンダーに今後の予定を問う。

 返ってきた内容からして、ずっと仕事漬けのようだ。


「妹の前だと、いつもああ言ってしまう」


 ライサンダーはため息交じりでフェリックスにぼやく。


「妹を軍官学校ではなく、チェルンスター魔法学園に通わせたのは、父上と自分から離すためだったというのに」

「離す……?」

「自分がいるのだ。可愛い妹に自分と同じ厳しい道を辿らせたくなくてな」

(か、可愛い妹!?)


 ミランダがこの場からいなくなった途端、ライサンダーはミランダに対し、”可愛い妹”と評価した。


「心配しているときは、ああ言えば妹に伝わるのだな。父上に話しておかねば」

「そ、その……、ライサンダー」


 フェリックスは恐る恐るライサンダーに訊ねる。


「君とソーンクラウン公爵は、さっきまでの言葉をどういう気持ちでミランダに掛けていたのですか?」

「……励ましのつもりだが」

(嘘だろ……、この親子。無自覚でミランダを叱ってたの!?)


 フェリックスはライサンダーの回答に言葉を失った。


「妹には響いていたと思ったんだが……、自分たちの勘違いだったようだな」


 ライサンダーの意識がクリスティーナの言葉で変わったようだ。


「えっと、ソーンクラウン公爵も、ミランダさんの事を心配しているのでしょうか」

「とても心配している」


 息子がこうなのだら、父親も無自覚なのだろうか。

 フェリックスが問うと、ライサンダーは即答した。


「妹が謹慎するという通達が届いた途端、父上は軍部や研究所までも動かし、犯人を捜索していたからな。革命軍がチェルンスター魔法学園内に五葉のクローバーを流したことがわかって、革命軍狩りに躍起になっている」

(急に軍部が介入したのは……、ソーンクラウン公爵の命令があったから!?)


 どんどんフェリックスの知らない情報が入ってくる。

 突然、軍部が介入したことについて、フェリックスは疑問に思っていたが、まさかソーンクラウン公爵が娘のために動かしたとは。


(親子そろって不器用だけど……、ミランダを溺愛しているってこと?)


 ミランダの知らないところで、ソーンクラウン公爵とライサンダーは動いている。

 ずっと、裏でミランダに降りかかる火の粉を消していたのだろう。

 ミランダはそれを知らず、失態をしてばかり怒られてばかりだと卑屈になっている。


(なんて、悪循環だ)


 フェリックスの家族とは違い、ミランダの家族はちょっと複雑だと思った。


「妹にはクリスティーナ殿という素敵な後輩がいて、安心した」


 ライサンダーのクリスティーナを気に入ったようだ。


(最初から好感度高いなんて……!)


 ゲームと真逆の状態になり、フェリックスは心の中で感動していた。


「妹と良好な関係を築ける女はそうそういない……、嫁候補の一人に加えておこう」

「候補?」

「あ、フェリックス殿、自分の独り言だ。気にしないでくれ」


 よく聞き取れなかったが、クリスティーナを何かの候補に加えたのはよくわかる。


「では、フェリックス殿。妹をお願いします」


 ライサンダーはフェリックスに頭を下げ、徒歩でチェルンスター魔法学園を出て行った。


(ライサンダーは、この学園に絶対くる)


 フェリックスは知っている。

 ライサンダーがクリスティーナの攻略対象キャラとして、チェルンスター魔法学園に訪れると。

 ゲームではミランダが学園を退学した後に登場するのだが、この世界ではどのような登場をするのか。


(今のところ、ミランダが退学するフラグは立ってない)


 五葉のクローバーの所持で危うく退学処分となるところだったが、一週間の謹慎で済んだ。

 ミランダが退学するイベントは、周年の集い。

 年末に学園で行われる、一年を振り返りながら飲食やダンスをする催し。


(その前にある学園祭も気をつけなきゃ)


 学園祭イベントはどういうものだったのか、夢日記で予習しておこうとフェリックスは心に留める。


「フェリックス先生!」

「クリスティーナさん、ミランダさん」


 クリスティーナとミランダが戻ってきた。


「……お兄様は?」

「仕事に戻りましたよ」


 戻ってきたミランダはライサンダーを探す。

 フェリックスが告げると、ミランダはほっとした表情を浮かべた。

 やはり、ソーンクラウン親子の本心はミランダに伝わっていないようだ。


「先輩、ほらほら」

「や、やめなさいっ」


 クリスティーナがミランダの背を押す。

 とんっとミランダが一歩前へ進み、フェリックスの胸の中におさまる。


「こ、これは……、クリスティーナに押されて足を踏み外してしまって!」


 ミランダはごにょごにょとフェリックスに言い訳をする。彼女の表情は見えないが、照れているに違いない。


「いいですよ」


 フェリックスはミランダの身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。


「僕もミランダさんの顔を一番に見たかったんです」

「っ!?」

「フェリックス先生がとキザな言葉吐いてる!!」


 フェリックスは出張の間でイザベラに誘惑され、一線を越えてしまう寸前にミランダを愛していることを知った。

 帰りの間はミランダに早く会って声を聴きたいとずっと思っていた。

 本心をミランダに伝えると、ミランダの身体がビクッと震え、固まった。

 フェリックスの甘い言葉を聞いたクリスティーナが、口元に手を当て、何かを期待している。

 フェリックスはクリスティーナを睨み、彼女を黙らせる。


「出張から戻りました。明日から授業に復帰します」


 ミランダは顔を上げ、フェリックスをじっと見つめる。彼女の真っ白な頬は真っ赤に染まっており、冷徹さは全くない。年頃の可愛げな美少女そのもの。


(僕が生徒だったら……、ミランダの唇を奪っているのに)


 フェリックスはミランダにキスしたい気持ちを抑えるのに必死だった。


「おかえりなさい、フェリックス先生」


 フェリックスはミランダの微笑みを見て、チェルンスター魔法学園に帰ってきたのだと実感する。


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