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第35話 先輩にも悪い面がありました

「……大したことなかったのう」


 戦闘を終えたイザベラが呟く。

 反逆者を三人殺した直後だというのに、落ち着いている。平常心とは変わらないのではないかとフェリックスは思った。


「フェリックス、怪我はないかえ?」

「は、はい! イザベラさまのおかげです」


 イザベラに声をかけられたフェリックスは彼女に感謝する。

 その言葉を聞いたイザベラは、笑みを浮かべフェリックスに抱きついた。


「魔法を使って疲れた」

「……」


 フェリックスは自身に甘えてくるイザベラを抱き上げる。


「どちらへ向かいましょうか?」

「ふむ……」


 襲撃に慣れていないフェリックスは、イザベラに行き先を聞く。


「おぬしの部屋で、続きをするのはどうじゃ?」


 熱っぽい視線をフェリックスに向けているイザベラは、フェリックスの耳元で甘く囁く。

 くすぐったい感触と、言葉の破壊力に、フェリックスの全身の力が抜ける。


「きゃっ」


 直前で支えたものの、イザベラを落としてしまった。


「だから! 僕には心に決めた女性がいるんです!!」

「……それは、おぬしと一緒に出てきた赤髪のメイドか?」

「セラフィじゃ――」


 フェリックスはイザベラに抗議する。

 イザベラはフェリックスの意中の女性がセラフィではないかと問う。

 フェリックスが好いているのはミランダ。

 すぐに否定しようとしたのだが、言葉がつっかかる。


(えっ? なんで言葉が出ないんだ!?)


 自分の意思ではない、外側から誰かに操られているような感覚がした。


「――ないです」


 その不思議な感覚はすぐに消えた。

 間が空いた否定。


「ふーん」


 イザベラはフェリックスの言葉をどうとったのか、思わせぶりな表情を浮かべる。


「……立つから、手を貸しておくれ」


 地面に座っているイザベラがフェリックスに手を伸ばす。

 フェリックスはその手をとり、イザベラがその場に立つ。


「イザベラさま!!」


 遠くからイザベラを呼ぶ声が聞こえる。

 イザベラは反射的に、声の方へ泥魔法を放つ。

 その魔法は氷の刃で切り裂かれた。

 そこにいたのは――。


「ソーンクラウンの倅か」

「ご無事で何より」

「こんな輩、わらわの敵ではないわ」


 ライサンダーだった。

 ライサンダーはイザベラの無事を安堵する。

 イザベラの発言は強がりではなく、本心だ。

 それは、フェリックスたちの目の前に広がる三体の死体が物語る。


「イザベラさまの手を煩わせるなど……、我らの失態です。この場で深く陳謝いたします」

「言い訳は城に戻ってから聞く。現状述べよ」

「はっ!」


 ライサンダーはイザベラを危険な目に遭わせたことを護衛騎士、軍部を代表して頭を下げる。

 イザベラの眉が少し動いたものの、彼女は杖を納め、ライサンダーに報告させる。


「現状を報告いたします!」


 襲撃者との戦闘は終わり、こちら側は怪我人数名で済んだ。

 屋敷にいたフェリックスの両親、使用人宿舎にいたアルフォンスは無事で、屋敷のホールに集まってもらっている。

 フェリックスとイザベラの捜索を行っており、今に至るというわけだ。


「襲撃者は――」

「わらわのことが大嫌いな革命軍の奴らじゃろう」

「その通りでございます」

「一人、わらわの護衛騎士に裏切り者がおった」


 イザベラの発言にライサンダーは目を見開く。


「殺したものの首は回収し、民衆の目立つところに晒せ」


 報告を聞いたイザベラは淡々とライサンダーに指示をする。

 イザベラを襲った三名の首に加え、仕留めた襲撃者の首を城下町の広場にさらすこと。

 日が昇るまでに死体の処理を済ますこと。

 マクシミリアン公爵に事態の収束を報告し、平常に戻すこと。

 そして最後に――。


「守護騎士全員を軍部で尋問にかけよ。裏切り者を洗い出せ」


 他に裏切り者がいないか、軍部で尋問することをライサンダーに命じた。


「女王さまの仰せのままに」


 ライサンダーはイザベラの命に従う。


(イザベラは……、女王として皆をまとめている)


 フェリックスは今までゲームの中でのイザベラしか知らなかった。

 イザベラは悪女。

 己の利益のためだけに動き、配下の人間を困らせているのではないかと思っていた。

 だが、フェリックスの目の前にいるイザベラは、自分の配下である守護騎士の顔を全て覚えており、敵を己の力で振り払い、事後処理を淡々と行っている。

 きっと、王政もライサンダーに命じたようにテキパキとこなしているのだろう。


「……もう少しフェリックスの傍にいたかったが、こうなってはしょうがない」


 イザベラはため息混じりの言葉を吐く。


「わらわはコルン城へ戻ろう」

(やった! イザベラから解放される)


 イザベラがコルン城に帰還する。

 フェリックスは心のなかで喜んでいた。


「……心の中で喜んでおらぬか?」


 イザベラの鋭い指摘に、フェリックスの言葉が詰まる。

 顔に出てしまっていただろうか。


「でわの。フェリックス」


 イザベラはフェリックスの頬に軽くキスをしてから、ライサンダーと共に去っていった。

 フェリックスはイザベラにキスされた頬に触れつつ、安堵のため息をつく。


「さて、僕も屋敷に戻ろう」


 フェリックスは裏口から入り、両親とアルフォンスがいるという広間へと向かった。



「おお! フェリックス」


 広間へ向かうと、母親に抱きしめられる。


「この通り、無事です」


 フェリックスは無事であることをこの場にいる皆に告げた。


「こちらは危なかった」


 父親は外傷はないものの、疲れた表情を浮かべている。


「父上、その――」

「屋敷に侵入してきた襲撃者とばったり会ってしまって……」

「っ!?」

「コルン城での文官暮らしのせいで、攻撃魔法がもたついてしまってな」

「だ、大丈夫なんですか? それ」


 父親は自身に起こったことをフェリックスに語る。

 話の状況からして、大ピンチに陥っているのではないかとフェリックスは指摘し、よく無傷で生還したものだと感心する。

 父親はチラッとアルフォンスを見る。


「お前が連れてきた客人が助けてくれたのだ」

「アルフォンス先輩が?」

「なんだ? 俺だって教師として生徒を守るための戦闘訓練は受けてい……、ます。あの程度の襲撃者、追い払え……、ますよ」


 父親の危機をアルフォンスが救ってくれたようだ。

 フェリックスは意外だとアルフォンスを見る。

 アルフォンスはぼそぼそとそれらしい理由を述べ、フェリックスから視線を逸らした。


「彼が助けてくれなければ、私は大怪我か死んでいただろう」


 父親はアルフォンスに恩を感じている。

 アルフォンスは「こ、公爵様にそのようなお言葉を頂けるなんて、至極恐縮です」とたどたどしい言葉で述べた。

 セラフィに注意された言葉遣いに気を付けているからだろう。


「……私は」


 父親は真摯な表情でフェリックスに向き合う。


「お前が跡を継がず、教師の道へ進むのに反対だった」

(反対してたのに、フェリックスはチェルンスター魔法学園の教師になったの!?)


 父親の告白に、フェリックスは内心驚いていた。

 この身体に転生する前、父親とフェリックスは進路のことで揉めていた。

 結果、フェリックスはマクシミリアン領の統治ではなく、チェルンスター魔法学園の教師を選んだ。


(そりゃ、跡継ぎとして大切に育てたのに、爵位を継がせようと考えた直後に別の進路に進むって言い出したら、揉めるに決まってる)


 一般家庭で育ったフェリックスの前世では想像もつかないほどの投資をこの身体はされてきた。

 難しい文献を読んでも瞬時に理解できる知識量。

 魔法の理解力のはやさ。

 健康で贅肉一つない完璧な身体。

 公爵子息として大切に育てられた証拠であり、転生したフェリックスの助けになっている。


「お前は外に出て、厳しい社会を体験したかったんだろうな」

「……はい。そうです」

「良き先輩を持ったな」


 転生前のフェリックスの本心は分からない。

 ただ、夢日記を書くほど、現実逃避をしていたのは確かだ。

 マクシミリアン領を出て、外の世界で働きたいと思っていたに違いない。

 フェリックスはそう推測して、父親の言葉に肯定した。


「教師という道も……、悪くないかもしれん」

「認めてくださりありがとうございます」

「あと十年は公爵として働こう」


 父親が転生前のフェリックスの進路を認めてくれた。

 転生前の禍根を取り除けたのは良いことだと思う。


(僕はその事情、全く知らないんだけどね)


 フェリックスは心の中で苦笑する。



 屋敷の安全が軍部によって保障され、フェリックスたちはやっと広間から解放された。

 その頃には鳥のさえずりが聞こえており、夜が明けようとしていた。


「散々だった……」


 解放されたアルフォンスがぼやく。

 後輩の帰省に付き合ったら、事件に巻き込まれたのだ。当然の反応である。


「アルフォンス先輩」


 フェリックスは大きな欠伸をしていたアルフォンスを引き留める。


「なんだ……、なんでしょうか? フェリックス殿」

(うっ、なんか気色悪い)


 フェリックスはアルフォンスの言葉遣いに寒気を感じた。


「話があります。僕の部屋に来ていただけないでしょうか」

「……わかりました」


 フェリックスはアルフォンスを部屋に呼び出す。

 アルフォンスは少しの間があったものの、フェリックスの誘いに応じた。


 フェリックスの部屋に、アルフォンスと二人きり。

 セラフィが紅茶を用意して、その場に待機してくれたがフェリックスが下がらせた。


「アルフォンス先輩。この度は父の危機を救ってくださり、ありがとうございます」

「当然だ……、です」

「この部屋には僕と先輩だけですし、言葉遣いはいつもの調子でお願いします」


 本題へ入る前に、フェリックスは父親の危機を救ってくれたアルフォンスに感謝する。

 アルフォンスはそっけない返事をした。


「さっさと本題を話せ」

「……アルフォンス先輩にはお見通しですか」

「そんな話、広間で出来ただろう。貴様が部屋に俺を呼んだのはもっと別な理由だ」

「その通りです」


 フェリックスはすうっと息を吸い、アルフォンスに告げる。


「五葉のクローバーがミランダさんのバックの中から見つかったのは……、アルフォンス先輩、あなたが仕組んだことですね!」

「……」


 フェリックスは五葉のクローバーの一連の事件の犯人をアルフォンスだと断定する。


(とぼけても、僕は全て論破して、アルフォンスから動機を聞き出してみせる)


 フェリックスはアルフォンスの返事を待つ。


「ああ、そうだ」

「へっ!?」


 アルフォンスがあっさり認めた。

 拍子抜けしたフェリックスから気の抜けた声が漏れる。


「俺がミランダ・ソーンクラウンのバックに五葉のクローバーが入っていたかのように見せかけた」

「……どうして、そんなことを!!」


 真面目で規則に厳しいアルフォンスが、どうしてミランダを陥れるようなことをしたのか。

 フェリックスはアルフォンスを問い詰める。

 アルフォンスは「すまない」と謝ったきり、何も言わない。


「これ以上……、言えないんだ」


 言えないんだ。

 この一言でフェリックスはミカエラの言葉を思い出す。

 ―― 先生を利用して、優等生の評価を落としたい生徒なんて……、あの学園に山ほどいるんだから。


(アルフォンスは生徒に命令されてミランダを陥れたのかな……)


 チェルンスター魔法学園は貴族や裕福な家庭の生徒たちが多い。

 生徒が教師に理不尽な命令し、優等生を陥れることもあるという。

 信じられない話だが、ミカエラはその被害に遭っていた。

 ミランダももしかしたら、生徒の誰かに目をつけられたのかもしれない。


(公爵令嬢のミランダに危害を加えるなんて、バレたら処刑ものだ。きっとアルフォンスに命令したのは、ミランダと同等の権力を持つ、彼女に恨みを持った人)


 実行犯がアルフォンスで、それを指示した犯人が他にいる。

 フェリックスはアルフォンスの発言でそう理解した。


「校長にこの件を報告します」

「ああ、するといい」


 これ以上アルフォンスに問い詰めても、フェリックスが求める答えは出ない。

 だが、ミランダを陥れた罰は受けてもらわないと。


「話はこれで終わりです」

「じゃあ、またな」

「ええ」


 話を終えたアルフォンスはフェリックスの部屋を出るため、ソファから立ち上がる。


「なあ、フェリックス」

「なんですか?」

「それ、イザベラ女王のか?」

「えっ!?」


 アルフォンスが首筋を指す。

 そこはイザベラに噛まれたところだ。


「お前……、昨晩はお楽しみだったんだな」

「ち、ちがっ」


 フェリックスが弁明をする前に、アルフォンスは部屋を出て行った。


(か、勘違いされた!!)


 フェリックスはアルフォンスに変な誤解をされたことを翌朝まで悔やんだ。


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