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第33話 女王が僕を誘惑してくるなんて聞いてない

 フェリックスの帰省。


(どうして、僕の家にイザベラが!?)


 フェリックスは女王イザベラを抱き上げながら、別邸に入る。

 広い玄関では、屋敷にいる全員がフェリックスたちを出迎えていた。


「フェリックス、イザベラ様を部屋まで運べ」

「わかりました……」

「私が案内します」


 父親の指示に従い、フェリックスはセラフィの先導のもと、イザベラを運ぶ。

 フェリックスはちらっと、イザベラを見る。

 イザベラはフェリックスにしがみつき、ご機嫌のようだ。


(時々、イザベラの吐息が僕の首にかかって、くすぐったいんだよなあ)


 フェリックスは首元に吐息がかかることにくすぐったく感じていた。

 ペロッ。

 フェリックスの首筋に吐息ではない感触がした。

 イザベラの舌先がフェリックスの首筋をなぞったのだ。


「ひっ」


 今まで感じたことのない感覚に、フェリックスの全身の力が抜けた。

 すぐに我に返り、落ちそうになったイザベラを支える。


「おっと! 落ちるところじゃった」

「イザベラさま! 僕をからかうのも大概にしてください!!」


 フェリックスはイザベラに怒った。

 怒られたイザベラはフェリックスの表情を見つめて笑っていた。悪気はこれぽっちも感じていないみたいだ。


「そなたの首筋から、甘い香りがするから、美味しそうでのう」

「……」


 今朝、ミランダから貰った香水を首筋に振りかけた。それをイザベラが気になり、ちょっかいをかけたということか。


「この香り……、わらわのコレクションの中にあったが、そなたが選びそうなブランドではないのう」


 イザベラに図星を突かれ、フェリックスの表情がこわばる。


「誰かからのプレゼントか?」

「だったらなんです? イザベラさまには関係ないことでしょう」


 イザベラはなかなかに鋭い。

 ほぼ答えなのだが、イザベラのちょっかいの数々に苛立っていたフェリックスは、彼女との会話を放棄する。


「イザベラさまの部屋はこちらです」


 フェリックスとイザベラの会話が途切れたタイミングで、セラフィに声をかけられる。

 イザベラが滞在する部屋はここだと案内が終わると、セラフィはフェリックスたちに一礼したのち、この場から去っていった。

 フェリックスとイザベラ用の紅茶と茶菓子を用意しにいってくれたのかもしれない。


「フェリックス、わらわを部屋に入れておくれ」

「……わかりました」


 フェリックスはイザベラの部屋に入る。

 マクシミリアン公爵家で用意された家具の他に、イザベラがコルン城から持ってきた荷物が山積みになっている。

 主に、派手で煌びやかなドレスが何着も用意されており、この部屋でファッションショーでも始めるのかと思うほどの量だ。

 フェリックスは抱き上げているイザベラをソファまで運び、そこへ座らせた。


「では、僕はこれで――」


 これ以上、イザベラと関わると良くないことが起こりそうだと予感したフェリックスは、早々にこの部屋から出ようとするも。


「なんじゃ? お茶の相手をしてくれぬのか?」

「……」


 イザベラに引き留められてしまう。


「ほれ、わらわの隣に座らぬか」


 イザベラはポンポンと隣の席に座るよう、フェリックスを促す。

 フェリックスは無理に笑みを作りつつ、イザベラの隣に座った。


(イザベラはどうして僕にベタベタしてくるんだろう?)


 フェリックスは隣に座っているイザベラを横目に見つつ、疑問に思う。

 イザベラは当然のように、自身の身体をフェリックスにゆだね、満足そうな表情を浮かべている。


(僕の容姿に惚れた……? いやいや、女王だったら僕ほどの美男子いくらでも抱え込めるだろうし)


 今のフェリックスは彫刻のように端正な顔立ちをしている。

 イザベラはフェリックスの容姿に惹かれているのかと考えたが、女王であれば、端正な顔立ちをした側近や愛人を何人も囲んでいるはずだ。

 コンコン。

 考え事をしていると、誰かがイザベラの部屋を訪ねてきた。


「お茶をお持ちしました」


 やってきたのはセラフィで、フェリックスとイザベラに紅茶と茶菓子を持ってきた。

 セラフィは慣れた手つきで、用意してゆく。


「のう、わらわの甥よ」

「……甥ではなくてフェリックスと呼んでいただけないでしょうか」


 フェリックスの容姿でないなら、考えられるのは血筋。

 イザベラはフェリックスのことを”甥”と呼ぶ。

 本来、フェリックスはイザベラのことを”叔母”と呼ばなければいけないのだろうが、彼女は自分とそう年齢が離れていないように見える。

 ゲームでイザベラの実年齢は公開されていないため、若づくりの可能性もなきにしもあらずだが。


「ふむ」


 ゲームでは家族を毒殺した残虐な女王として描かれていたが、フェリックスの前では色香ムンムンな魔性の女だ。


「フェリックス」


 イザベラの細い指がフェリックスの首筋を撫でる。

 その指はフェリックスの顎をなぞり、唇に押し当てられる。


「味見では足りぬ。わらわはもっと、そなたを味わいたい」

「えっ」

「また、頬を染めよって。うぶな演技が上手いのう」

「んっ」


 フェリックスは再び、イザベラに唇を奪われる。

 傍で待機しているセラフィの視線などお構いなしだ。

 二度目のキスは、一度目よりも長く、激しかった。

 前世で体験したこともない、互いの唾液が交わるような激しいキス。

 交わる度に、フェリックスの頭が快楽で真っ白になってゆく。


「そなたとのキスは格別じゃ」


 長いキスが終わり、満足したイザベラはフェリックスの眼前でジュルリと獲物を狩る獣のように、舌を出し、自身の唇を舐め回す。


(肉食動物に狙われる、草食動物になった気分)


 フェリックスは自身に置かれている状況を、そう例えた。



 その後、フェリックスはイザベラとの茶会に付き合い、二時間後に解放された。

 終始、イザベラは自身の魅惑的な身体をフェリックスに密着させていた。

 紅茶と茶菓子を味わっている間も、イザベラはフェリックスの唇を何度も貪る。フェリックスを飲み物、あるいは食べ物かであるように。


「お疲れ様です。フェリックスさま」

「……うん。イザベラさまとの相手で、どっと疲れた」

「お疲れでしたら、お部屋で休まれますか? それとも主人かアルフォンスさまにお会いしますか?」

「えっと、一人になりたいな」

「でしたら、私はこれで失礼します」


 イザベラの部屋を出たフェリックスは、疲労困憊していた。

 共に出たセラフィが尋ねてきたが、フェリックスは一人になりたいと答え、私室にこもる。


(はあ……、なんで僕はイザベラに熱烈なアプローチを受けているんだろうか)


 私室に入り、ようやく一人になれたフェリックスは、ソファに全身を預け、盛大なため息をついた。


「悪役令嬢のミランダに悪女のイザベラ……」


 フェリックスに転生してから、ミランダとイザベラに好意を向けられ、キスをした。


「僕って超イケメンなのに、女の子全員からモテモテってわけじゃなくて、悪役キャラばっかりに好かれてるよなあ」


 アルフォンス、ヴィクトル、ライサンダーのようの攻略対象キャラに転生せず、分岐ストーリーにちょこっと登場するような、モブキャラクターに転生したからだろうか。


「もしかして……、それがフェリックス・マクシミリアンの”チート能力”!?」


 今まで、フェリックスは次期公爵貴族、完璧なルックス、頭脳明晰、上級魔法を体得済みなど、地位、容姿、実力すべてにおいて優れていることが”チート能力”なのだと思っていた。

 ミランダやイザベラにアプローチを受け、フェリックスは気づく。

 フェリックスのチート能力は悪役キャラクターを引き寄せる”魅力”なのではないかと。

 無意識に放っているものだから、今まで気づきもしなかった。


「生徒のミランダはともかく、パーティでしか接点のないイザベラが、僕に強い執着をみせているのは……、フェリックス・マクシミリアンに転生してからだ」


 イザベラの態度からして、フェリックスに関心を持ったのはつい最近。

 転生したフェリックスがイザベラに会ったのは、コルン城でのパーティの一度きり。


「もし、僕のチート能力が同性にも発揮されるんだったら――」


 フェリックスはこれまでに得た情報から一つの事実を仮定し、仮説に至る。


「ミランダのバックに五葉のクローバーを入れたのは――」


 荷物検査の日時を知っていたのは教師だけ。

 チェルンスター魔法学園では良い進路先に進むため、教師を利用して、優等生の評価を落としたい生徒が存在する。

 荷物検査当日、ミランダの担任の教師は高熱を出し、欠勤した。

 その間、三年A組の荷物検査を行ったのは――。


「アルフォンス先輩……」


 犯人は共に出張をしているアルフォンスなのではないかと。



 その夜。

 フェリックスはアルフォンスに会うことなく、夕食取り、入浴を済ませ、就寝の時刻と時が過ぎていった。

 だが、イザベラがフェリックスに隙あらばベタベタとくっついてくるので、話す機会などなかったが。


(きっと、アルフォンスはセラフィたちと一緒に食事をとっているんだろうな)


 姿が見えないということは、アルフォンスはセラフィたちが暮らす、使用人の住居にいるはずだ。


(どうせ、出張の帰りはアルフォンスと一緒なんだ。チェルンスター魔法学園へ戻るまでに聞けばいい)


 アルフォンスどころではない。彼とは帰路にじっくりと話し合えばいい。

 今はコルン城へ戻らず、この屋敷に一泊しているイザベラの行動に意識を払わねば。


「念のため部屋の内カギは……、かけた」


 フェリックスは就寝前、私室のカギを閉め切ったかを念入りに確認する。


「よし、寝よう」


 カギがかかっていることを確認したフェリックスはバスローブを脱ぎ、パンツ一丁の状態でベッドに入る。

 フェリックスの身体は代謝がいいのか、パジャマを着ると翌日汗だくになり、最悪の着心地になってしまう。

 社宅や出張のときは人の目があったため、我慢していた。

 一人で眠る今日くらいはいいだろうと、フェリックスは万全の状態で眠りにつく。


(カギもかかってるし、さすがのイザベラも僕の部屋に来れないだろう)


 フェリックスは掛け布を身体にかぶせ、目をつむり、深い呼吸を繰り返す。



 就寝中。

 横向きに寝返りを打とうとしたフェリックスは、違和感に気づく。


(あれ? 身体が動かない)


 思ったように自分の身体が動かせない。


(脚がとっても重い……)


 ウトウトした頭で、フェリックスは自身に何が起こったのか必死に考える。

 太ももに重りがのしかかっている感覚がする。

 腰をひねっても全身がついてゆかないから寝返りが打てないのだとフェリックスは理解した。

 何度試しても、太ももの重りは無くならず、寝返りは打てない。


(ま、まさか……、金縛り!?)


 就寝時、しばらく自分の意思で身体が動かせなくなる現象。

 眠気が一気に冴え、フェリックスは目をがっと見開き、上体を起こそうと体を動かした時だった。


「ふふっ、目覚めたのう。フェリックス」

「イザベラさま!?」


 フェリックスの肩が強い力で抑えられると同時に、耳元でイザベラの甘ったるい声が聞こえた。

 顔を上げると、フェリックスの太ももに馬乗りになった一糸まとわぬ姿のイザベラが、フェリックスを誘惑するように艶やかな笑みを浮かべていた。


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