馬車旅を続け、一週間。
フェリックスとアルフォンスは首都ライチェルに着いた。
「あれ? 目的地は魔法研究所じゃ……」
検問を越え、馬車が留まったのは堅苦しい建物の前。
制服を着た屈強な男たちがおり、どう見ても彼らは魔法を研究している学者ではない。
「軍部だな」
「はい。ここが目的地です」
アルフォンスとセラフィがフェリックスの疑問にそれぞれ答える。
「ミカエラさんはこの先でフェリックスさまとアルフォンスさまを待っています」
「そうなんだ」
「それ以上はメイドの私には分かりません」
「答えてくれてありがとう、セラフィ」
ミカエラは魔法研究所ではなく、軍部で待っているらしい。
理由は当人に訊けばいいだろう。
「では、私は主人の元へ戻りますので」
「うん。ここまでありがとう」
道中、セラフィはフェリックスとアルフォンスの身の回りの世話をしてくれ、とても快適だった。
「また、お会いいたしましょう」
「……また?」
セラフィは意味深な言葉をフェリックスに投げかけ、フェリックスの父親が住む屋敷へ行ってしまった。
「おい、行くぞ」
「は、はい!」
考える間もなく、フェリックスはアルフォンスに声をかけられる。
軍人の男たちに声をかけ、二人は軍部へ足を踏み入れた。
☆
「貴殿らの対応をする、ライサンダー・ソーンクラウンと申す」
(ら、ライサンダーだ!!)
軍部の入口では、銀髪を短く刈り込んだ美青年がフェリックスたちを待っていた。
美青年の名は、ライサンダー。
ミランダの実兄である。
ゲームでは、ライサンダーはクリスティーナが三学年に進級する際に、チェルンスター魔法学園に現れるキャラクター。
ストーリーに関わってくるのはだいぶ後になる。
(軍服姿のライサンダー……、カッコいいなあ)
初期のライサンダーは、妹ミランダを退学させたクリスティーナを憎んでおり、好感度の初期値は各攻略キャラに比べ、最低値。
しかし、ミランダがクリスティーナにしてきた悪行を知り、徐々にクリスティーナを許すのだ。
最終的に、光魔法に目覚め、聖女となったクリスティーナのパートナー兼守護騎士として結ばれる、というのがライサンダールートのエンディング。
(ライサンダーのエンディング、めちゃくちゃ好きなんだけど、ステータス管理が大変なんだよなあ)
しかし、ライサンダーが求めるクリスティーナの能力値は、属性魔法、学力共にSSランク。
最大値でないとエンディングにたどり着けない。
一週目で攻略するには運要素がかかってくるので、攻略サイトのほとんどは周回ボーナス前提でライサンダーを攻略することを薦めている。
(攻略が難しすぎて、縛りプレイ動画が配信されてたっけ)
フェリックスは観ていなかったが、動画投稿サイトで「一週目でライサンダー攻略します!!」という縛りプレイを配信していたライバーがいたことを思い出した。
果たして、そのライバーはライサンダーエンディングまでたどり着けたのだろうか。
その結末をフェリックスが見る日はもう訪れないのだが。
「ミカエラ研究員が待っている。案内しよう」
冷徹な青い瞳。
妹のミランダを彷彿とさせる。
(ライサンダーは小顔で整ってるのに、身体は長身で筋肉質、っていういいとこ取りしてるんだよなあ。それに低音ボイスだし、キャラ人気一位なのも頷けるわ……)
フェリックスはライサンダーの容姿に見惚れつつ、彼の後ろをついて歩く。
少しして、ライサンダーが部屋の前で立ち止まる。
コンコンとライサンダーがドアをノックする。
どうやら部屋の向こうにミカエラが待っているようだ。
「どぞ~」
部屋の中から、ミカエラの声がした。
中に入ると、白衣を着たミカエラがソファに座り、フェリックスたちを待っていた。
テーブルに真っ黒な飲み物が四つ置かれており、どうやらライサンダーも同席するらしい。
ソファとテーブルの他には、何もなく、質素な客間だとフェリックスは思った。
「フェリックス君、久しぶり〜」
ミカエラは軍部にいても、全く緊張していない。
「やあ、ミカエラ。コルン城のパーティーぶりだね」
フェリックスは同窓生らしい挨拶をミカエラに返す。
ミカエラから鼻が曲がるような悪臭はしない。
これなら長い時間居ても、嫌な思いはしないだろうとフェリックスは安堵する。
「み、ミカエラさん」
アルフォンスはミカエラをみるなり、急にうわずった声になる。
ミカエラの小動物のような、小柄で可愛らしい容姿はともかく、白衣からちらつく、シャツからはち切れんばかりの豊満な胸を見たら、初対面の男性の視線はそこに釘付けだろう。
「えーっと、君は?」
「魔法薬の教師をしてます、アルフォンスと申します!」
「……ああ、アルフォンス君は魔法薬の先生なんだ」
「はい! 魔法薬界では、ミカエラさんは若手の憧れですから!! ミカエラさんの論文は全てチェックしてます」
(アルフォンスはミカエラに見惚れたんじゃなくて、ガチファンなのか)
アルフォンスが緊張していたのは、憧れの人物に会ったからのようだ。
「ふーん」
対して、ミカエラのアルフォンスに対する反応は薄い。
「フェリックス君、こっちに座ってよ」
「うん」
フェリックスはミカエラの隣に座る。
向かいにはライサンダーとアルフォンスが座った。
軍部に連れて来られた理由は分からないが、関係者が客間に揃った。
「さて――」
ライサンダーが口を開く。
「貴殿らに軍部に来てもらったのは他でもない、五葉のクローバーの件だ」
チェルンスター魔法学園、魔法研究所が関連しているまではフェリックスも理解している。
だが、魔法研究所と軍部は一体どんな繋がりがあるのだろうか。
検討もつかないフェリックスはライサンダーの話を黙って聞く。
「結論から申すと――、チェルンスター魔法学園で見つかった五葉のクローバーは軍部で紛失したものである」
「紛失!?」
「次に、ミカエラ殿が所属する魔法研究所と軍部が知りえた事実をお二人に話そう」
フェリックスはライサンダーの発言に驚愕する。
一瞬、ライサンダーの眉がピクッと動いたものの、平静を取り繕い、話を続ける。
それに気づいたフェリックスは口を自身の手で塞ぎ、会話に割り込まぬよう気を付ける。
「ミカエラ殿、宜しく頼む」
「はーい! まずは魔法研究所の調査結果をフェリックス君たちに話すね」
ライサンダーはミカエラに発言権を渡す。
重苦しい口調のライサンダーと対照的に、陽気な口調でミカエラは学園で見つかった五葉のクローバーについて話した。
「五葉のクローバーは、魔法研究所のみで合法的に精製できることは……、二人とも知ってるよね?」
フェリックスとアルフォンスは頷く。
「五葉のクローバーを普通のクローバーみたいに使うと劇薬になっちゃうけど、ちょっとだと使用者の激痛を一時的に緩和させる効果があるんだ。いわゆる興奮剤の一つだね」
魔法研究所が合法的に五葉のクローバーを精製できるのは、利用価値があるからだ。
興奮剤は、大怪我を負った人の激痛を一時的に麻痺させる効力がある。
そうすることで、軍人は自力で補給地にたどり着く可能性や、手術患者の生存率をわずかに上げることができる。
容量を守れば、五葉のクローバーは良薬になるのだ。
「魔法研究所で精製する五葉のクローバーは、火を点けたら黄色の煙が出るよう加工してあるから、魔法薬に精通している人だったら、すぐに見分けがつくと思うよ」
その判別方法で、学園側はミランダが所持していた五葉のクローバーは違法に造られたされたものではなく、魔法研究所が精製したものだと判り、手紙を送ったのだ。
「はじめは、『ウチは知らない』で通せって命令で、フェリックス君たちを困らせてたみたいなんだけど――」
返事をみた校長は、手紙のやりとりでは埒が明かないと、ミカエラと顔見知りであるフェリックスと対話させることを選んだ。
「急にライサンダーさんが魔法研究所に現れて、五葉のクローバーの流れを調べ始めたんだよね」
事が進展したのは軍部が調査し始めたからのようだ。
「そしたら、所長もやる気になってさあ……、もう、大変だったよ」
ミカエラは当時の事を思い出したのか、深いため息をつく。
「――というのが、魔法研究所の意見だ」
「ちゃんとした回答が来ないって、モヤモヤさせちゃってごめんね〜」
ミカエラはフェリックスとアルフォンスに謝る。
「次に、軍部側の話に移る」
ミカエラの話は終わり、ライサンダーの話に移る。
「ミカエラ殿がここ一か月の五葉のクローバーの保管記録を調査してくれた結果……、軍部に渡す以外の動きはなかったそうだ」
「つまり……、記録と実際の保管量は変わりないということだな?」
「そういうことになる」
フェリックスはライサンダーの話の内容が難しく首をかしげたが、アルフォンスが分かりやすくしてくれた。
記録と実際の保管量が変わりないということは、研究員がくすねているわけではないということ。
学園側は、研究所に勤めている卒業生が在学生に売買しているのかと推測していた。
資料の記録と保管量が同じ、ということは学園側の推測は誤りとなる。
「こちらで保管している五葉のクローバーを調べたら――」
ライサンダーは言葉を溜めている。
「保管していた五葉のクローバーが全て無くなっていた。我らはそこで、紛失したのだとわかったのだ」
「その――」
落ち込んでいるライサンダーにフェリックスは問う。
「量でいうと……、どれくらいなのでしょうか?」
「それは機密事項だ。だが、全て売った場合――、貧乏貴族から爵位と領地を買えるほどの価格と言っておこう」
爵位と領地を買えるほどの財産。
相当な量の五葉のクローバーが紛失したのだと想像できる。
「その一部が学園側で発見された……、というのが事の顛末だ」
「ここで聞いたことは、校長”だけ”に報告か? それとも他の教師にも報告していいのか?」
「皆に話しても構わない。直に世間に広まるからな」
「えっ!?」
アルフォンスがライサンダーに確認する。
ここで知りえた情報は限られた人物にのみに話すのか、職員会議で発表していいものなのか。
ライサンダーは情報が漏れても構わないと答えた。
軍が自身の過失を堂々と国民に発表するからと。
フェリックスは思わず声が出てしまった。
「こういう時、軍は過失を隠すのではないかと――」
「普段はフェリックス殿の言う通り、隠ぺいする。だが、犯人に”革命軍”が絡んでいたら別だ」
「革命軍……」
「イザベラ女王の政治に反発する者たちだ。奴らの資金源になる可能性があるなら、我らは過失を認め、謝罪する」
ゲームで、この国の情勢は少ししか語られず、フェリックスもその程度の知識だ。
小競り合いはあるものの、イザベラはそれを全て制圧し、平和を維持している。
治世については、一部甘い蜜を吸っている上級貴族はいるものの、それなりだ。
国民に税金の負担はあるものの、生活が苦しくなるほどのものでもない。
女王としての統治は成功している方だと思う。
だが、イザベラは前皇帝の妻。正統な王位継承者ではない。
血統主義を謳う国民や、前皇帝の他の妻たちはイザベラに不信感を持っている。
(クリスティーナが革命軍に加わり、光魔法でイザベラを討つ”革命軍エンド”もあるにはあるけど……)
イザベラには自身の夫と子供を毒殺したという消せない過去がある。
革命軍に所属する攻略対象の一人とクリスティーナがその事実を掴み、イザベラを追い詰め、彼女を処刑するルートが存在する。
処刑した後は、クリスティーナとその攻略対象が王位に立ち、新たな王政の幕開けとなるのだが――、三十年後に隣国に蹂躙されると後日談で記されている。
(クリスティーナたちだけはハッピーエンドだけど、未来のことを考えると――、メリーバットエンドに感じるんだよなあ)
フェリックスはそういった理由で、革命軍エンドは好きではない。
革命軍と聞くと、フェリックスは嫌な気持ちになった。
「貴殿らが知りたい情報は話したが……」
「ああ。大丈夫だ。ミカエラ殿、ライサンダー殿、ご協力感謝する」
「話してくださり、ありがとうございます」
「うむ。では、部屋を出ようか」
ライサンダーは席を立ち、ドアの前に立つ。
フェリックスとアルフォンスが立ち上がった。
「ねえねえ、フェリックス君」
ミカエラがフェリックスの服を引っ張る。
「どうしたの? ミカエラ」
「その五葉のクローバーって、抜き打ちの荷物検査でわかったんだよね?」
「そうだよ」
「そっか~、あたしたちも学生の時、嫌だったもんね」
フェリックスは学園で五葉のクローバーが見つかったことしか報告されていないはずなのに、どうしてミカエラは抜き打ちの荷物検査で見つけたと内情を知っているのだろうと疑問に思った。
それは、ミカエラの経験則だとすぐに疑問が晴れる。
(っ!?)
突然、ミカエラがフェリックスの腕に抱き着いてきた。
フェリックスの腕にミカエラの豊満な胸が押し当てられる。
ミランダのものよりも弾力がある。
「フェリックス君、ソファに座って」
「う、うん」
フェリックスはミカエラに言われるがまま、ソファに座った。
ミカエラはフェリックスの腕から離れる。
「あのね――」
ミカエラはフェリックスの耳元で囁く。
「五葉のクローバーは生徒が持ってたんじゃなくて、先生が仕込んだんじゃないの?」と。