(く、口づけ!?)
なんでも一つ叶えると約束したが、このような願いが来るとは。
フェリックスはミランダの発言に表情をこわばらせた。
「ふふ、フェリックス先生の心臓がバクバクしてる」
ミランダはフェリックスの胸に耳を当て、恍惚な表情を浮かべていた。
この態度からして、ミランダがフェリックスに恋をしているのは陥れるための策略ではなく、本心であることがうかがえる。
「それは――」
「『だめ』とは言わせませんわ」
約束はしたものの、口づけはいけない。
そんなことをしたら、ミランダに弱みを持たれることになる。
今はフェリックスに好意を寄せているが、心変わりしたら、それは”弱み”に変わる。
フェリックスはすぐに願いを反故しようとするも、ミランダの白く細い指が、フェリックスの唇に押し当てられ、発言を遮られる。
「それとも……、私が決闘で活躍できなかったから、おあずけですか?」
「……」
「わたくしの助言がなければ、クリスティーナは勝てませんでしたわよ」
ミランダに詰められ、何もいえない。
決闘のあと、クリスティーナに教えてもらったが、ミランダの指示と助言がなければ勝てなかったそうだ。
「”なんでも”叶えてくださいますわよね?」
ミランダはフェリックスの耳元で甘く囁く。
美少女に迫られ、口づけがしたいと誘惑されるシチュエーションを何度妄想したことか。
意を決したフェリックスは、こくりと頷き、瞳を強く閉じた。
「んっ」
フェリックスの唇に、柔らかい感触がした。
唇に保湿クリームを塗っているのか、ミランダの唇はプルンとしていた。
(ああ……、もう我慢できないっ)
ミランダとのキスで理性が飛んだフェリックスは、ミランダの腰に手を伸ばした。
ミランダを強く抱きしめて、その唇に強く吸い付いて、もっとキスを堪能したい。
そして――。
フェリックスの脳内は、ピンク色に染まっていた。
「あっ」
しかし、フェリックスの妄想通りにはいかなかった。
フェリックスがミランダの身体に触れた途端、彼女が反射的に離れてしまったからだ。
「し、失礼しますわ!!」
ミランダは真っ赤な顔をして、生徒指導室を飛び出てしまった。
「……」
あの恥じらい方からして、ミランダにとって、初めてのキスだったのだろうか。
フェリックスは自身の唇に触れる。
「はあ~」
フェリックスは自身の身体を確認したのち、ため息をついた。
ミランダのことで、興奮している。
少し気持ちを落ち着けてから生徒指導室を出よう。
「これ、明らかな不純行為だよなあ……」
生徒とのキス。
これは言い逃れ出来ない。
「でも、ミランダのキス、初々しくて最高だった」
後悔よりも、幸せの方が勝る。
気持ちが落ち着くまで、フェリックスはミランダとのキスの余韻に浸っていた。
☆
「あ~、クリスティーナの奴、目障りなのよ!!」
放課後、一人になったマインは誰もいない場所で、クリスティーナとの決闘を思い出し、悪態をつく。
決闘に負けた以上、マインはクリスティーナの存在を認めざる負えない。
もし、公衆の面前でクリスティーナを否定したり、陥れる発言をしたら、決闘の誓いを違反したとみなされ、厳罰が処される。
度を越えれば、警告なしに一発で退学ということもあり得る。
だが、マインは決闘の結果に納得しておらず、誰もいない場所で溜まったストレスを吐き出しているのだ。
「あたしの防御魔石を砕いたのはまぐれ! ドナトルとルイゾンの防御魔石は――、そう! ミランダ先輩が離れた場所で魔法を使って、ズルしたに決まってる!! 審判してたフェリックス先生の目が節穴だったのよ!」
クリスティーナがマインに攻撃魔法を当てられたのは、まぐれ。
クリスティーナがドナトルとルイゾンを倒した魔法は、氷魔法。
ミランダは氷魔法の実力者。
遠隔で攻撃魔法を操ることだって可能なはず。
無能なフェリックスの審判でズルが見破れなかっただけ。
マインは全て他人のせいにすることで、自身の平穏を保っていた。
「許せない……。あたしに恥をかかせたクリスティーナ、ミランダ先輩めえ……!!」
「許せないよね」
「っ!?」
マインのすぐそばで、女性の声がした。
はっとしたマインは、声が聞こえたほうへ身体を向ける。
そこには女生徒がいた。
「だ、誰!?」
「あなた、マイン・ポントマイさん……、だよね」
リボンの色から、上級生だとしかマインには分からなかった。
だが、相手はマインの事を知っている。
「クリスティーナ・ベルンに負けて、悔しい?」
彼女はマインに問う。
その問いはマインにとって一番嫌なものだった。
「悔しいに決まってる!!」
マインは悔しさを女生徒に吐き出した。
「こんな屈辱をあたしに浴びせたクリスティーナなんて大嫌いよ!!」
「……分かるわ、その気持ち」
女生徒はマインの肩にぽんと優しく手を置き、苦しみに同調するような言葉を呟いた。
「私もいるもの。復讐したくてたまらないくらい、大嫌いな女が」
「っ」
唐突に女生徒の声音が低くなる。
マインよりも憎しみを持った、恨みの声。
それを耳にしたマインは震えあがった。
だが、それは一瞬で、女生徒はマインに二コリと笑みを浮かべる。
あの声が幻ではなかったのかと思うほどの変わりようだ。
「ねえ」
女生徒はねっとりとした声でマインに告げる。
「いい方法があるの。一緒に大嫌いな女たちを、不幸に陥れない? マインさん」
クリスティーナを不幸に陥れる。
女生徒の誘いはマインにとって甘美なものだった。
「ええ。協力しますわ。”先輩”」
マインは女生徒の誘いに乗った。