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第24話 悪役令嬢は勝利の対価を貰う

 ヴィクトルに作戦の内容を伝えたクリスティーナは、彼から離れ、岩壁の前に立つ。

 元から、防御はヴィクトル。攻撃はクリスティーナとミランダがやる手筈だった。


(ミランダ先輩がいなくて、心細いけど……、やらなきゃ)


 クリスティーナは杖を離さぬよう、強く握る。


「決闘再開!」


 リドリーの宣言と共に、ヴィクトルの魔法が解かれる。

 岩壁が崩れ、ドナトルとルイゾンの姿が見えた。


「ウィンドオーラ」


 クリスティーナは風の魔力を両脚に纏わせる。


「おい、透明が一人でくるぞ」

「楽勝だな」


 ドナトルとルイゾンは、クリスティーナが一人であることが分かると、彼女を見下したような発言をする。

 二人はクリスティーナに杖を向け、攻撃魔法を放とうとした。


「なっ」


 クリスティーナが一瞬にして二人の視界から消える。


「ルイゾン、気を付けろ!」


 ドナトルがクリスティーナの気配を感じ、身体を横に向ける。

 あと二歩で触れられる位置に、クリスティーナがいた。


(私が一気に距離を詰めるなんて……、って顔してる)


 クリスティーナは驚愕した二人の表情を見て、ニヤリと口元を緩めた。

 距離を一気に詰められたのは、両足に纏わせたウィンドオーラのおかげ。

 マインが宙に浮いていた原理とほぼ同じものだ。

 だが、クリスティーナでは、マインのようにはいかない。

 せいぜい、通常よりも速く走ったり、遠くまで飛び跳ねたりするくらい。


(この隙を使って――)


 クリスティーナは淡々と自分が考えた作戦を実行する。


「チャージ」


 クリスティーナは杖に大量の魔力を込めた。


(私の魔法は威力が劣るけど……、こうすれば皆と同じように撃てる)


 ”透明”のクリスティーナが魔法戦で相手に勝つ方法。

 ウィンドオーラで相手の視界から一気に離れ、相手が自分を探している内に”チャージ”を唱える。

 チャージを一度唱えれば、他の学生と同じ威力の属性魔法が撃てる。

 それはミランダとの特訓で実践済み。


(あとは――)


 攻撃魔法を放って、二人の防御魔石を一気に砕くだけ。

 範囲が広い、火か風の魔法が有効。

 どちらかの攻撃魔法を放てば、決闘に勝てる。

 そう、クリスティーナは思っていた。

 しかし――。


(あっ)


 直前で、クリスティーナの思惑に気づいたドナトルが彼女の前に立ちはだかる。

 ドナトルはルイゾンの前にピタリと張り付いており、ルイゾンを庇っている。

 後方のルイゾンはクリスティーナに向けて、杖を向けている。

 このまま攻撃魔法を放っても、当たるのはドナトルのみ。

 その直後に、ルイゾンの攻撃魔法でクリスティーナの防御魔石が砕かれてしまうだろう。

 フェリックスの宣言がされる前に、防御魔石が砕かれれば、クリスティーナとドナトルが同時にフィールドから離脱することになる。

 そうなれば、ヴィクトルとルイゾンの一騎打ちになってしまう。


(ヴィクトル君は私が無理に頼んだんだ。一騎打ちなんてさせたくない)


 ここで決着を付ける。

 ドナトルと後方のルイゾンを一気に倒す方法。

 クリスティーナは攻撃魔法を放つ直前まで、諦めなかった。


(何か、こういう時に使う攻撃魔法は――)


 初級攻撃魔法では無理。

 中級攻撃魔法は成功したことがない。


(そっか)


 クリスティーナは閃いた。


「ウォータウィンド」


 水の粒を冷風にのせて、凍てつく息吹を作ることを。

 二つの属性を掛け合わせ、広範囲の魔法を作り出そうと。

 クリスティーナの創造した魔法にチャージが重なり、威力は自身の想像を超えた。

 杖の先から、氷のような突風が発生し、ドナトルとルイゾンを襲う。


「な、なにっ!?」


 その威力と範囲はすさまじく、ドナトルと後方にいたルイゾンの防御魔石を同時に砕いた。

 クリスティーナの魔法を食らった二人は、ありえないといった表情を浮かべている。


「ドナトル・ナリキブ、ルイゾン・ゾイヒンの防御魔石が砕けました!」


 フェリックスが二人の防御魔石が砕けたことを宣言する。


「よって……、勝者、クリスティーナ・ベルン!!」


 勝者の名を呼び、クリスティーナたちの勝利で決着する。



「……まずい」


 クリスティーナ、ヴィクトル、ミランダが決闘の勝利を喜んでいる中、フェリックスは青ざめた表情で独り言を呟いた。

 クリスティーナは決闘の最後に、水と風の魔法を掛け合わせ、氷の強風を作り出した。

 あれはミランダが今後覚える上級魔法、”ブリザード”と同等のものだった。

 クリスティーナが咄嗟に使ったのは、創造魔法。複合魔法の未完成形。

 放つ直前、チャージを唱えていたからブリザード並みの威力が出たが、そうでなければ、中級魔法”アイストーン”程度だっただろう。


(”透明”のクリスティーナが創造魔法を使いだすなんて、ゲームでは起こらないことなのに)


 創造魔法以前に、クリスティーナの魔法戦のスキルが格段に上がっている。

 このままミランダの特訓を受けていたら、クリスティーナの実力がメキメキと上がってゆくだろう。

 創造魔法から派生して、ミランダの様に複合魔法の使い手になるかもしれない。


(もし、そうなったら……、光属性に目覚めないのでは!?)


 フェリックスはクリスティーナが光属性に目覚めないのではと危機感を覚えた。



 クリスティーナの決闘騒動から、数日が経った。

 決闘に勝利したことで、クリスティーナはチェルンスター魔法学園の生徒として認められ、彼女に不満をぶつける生徒がいなくなった。

 その後、クリスティーナはヴィクトルと仲良くなり、良い関係を築いている。

 このまま互いに恋愛感情が生まれ、ヴィクトルルートに突入すればいいなと、フェリックスは二人の行方を教師として見守っていた。


(クリスティーナ、頼むから光魔法に目覚めてくれよ……!)


 廊下でヴィクトルと談笑しているクリスティーナにフェリックスは熱い願いを込めていた。

 フェリックスが光魔法にこだわるのにはちゃんと理由がある。


(ゲームの終盤で登場する”悪魔”は光魔法でしか倒せない)


 光魔法は後に登場する敵、”悪魔”を倒すのに不可欠なもの。

 クリスティーナが光魔法に目覚めなければ、悪魔との戦いに敗北し、そいつにこの世界を支配されてしまう。


(この世界で生きていくんだったら、クリスティーナの力が絶対に必要なんだ)


 悪魔に支配された世界。

 悪魔に気に入られた人間のみが、配下として甘い蜜を吸い、他の人間は虫けら同然に扱われるこの世の地獄だ。

 そんな世の中はごめんである。

 だから、フェリックスは悪魔に唯一対抗できる、“光属性”クリスティーナを望んでいるのだ。


(うーん、僕が介入したほうがいいのかな……)


 光属性はどのルート共通して、クリスティーナと各攻略キャラの“愛の力”で目覚める。

 この先の顛末を知っているフェリックスがクリスティーナとヴィクトルの仲を早く進展させるよう、介入したほうがいいのかと悩んでいるときだった。


「フェリックス先生」

「み、ミランダさん」


 考えに没頭しているあまり、ミランダが接近していたことに気づかなかった。

 今は放課後。

 上級生のミランダが、フェリックスに声をかけるため、二学年の階にいてもおかしくない。

 決闘以降、ミランダはフェリックスに話しかけてこなかった。

 属性魔法の授業中も、避けられていた気がする。

 一番にやられてしまったことを恥じていたのだろうか。


「あの約束……、覚えていますか?」

「約束……」


 ミランダはフェリックスに近づき、周りにいる生徒に聞かれぬよう、小声で問う。

 決闘前、クリスティーナが二人の仲間を集めるのに四苦八苦していた時にミランダと約束をしたような――。


「あっ! ええ、覚えていますよ!!」


 思い出した。

 ミランダはクリスティーナに協力し、クリスティーナを勝利へ導く対価に、フェリックスに『お願いを何でも一つ叶えて欲しい』と約束させられたんだった。


「その、わたくし……、フェリックス先生にお願いすることを決めましたので、生徒指導室へ連れて行ってくれませんか?」


 ミランダは背伸びをして、フェリックスの耳元で囁く。

 前世で毎夜聞いていた甘ったるい声で囁かれ、フェリックスの身体がビクッと反応した。

 フェリックスは要望通り、ミランダを生徒指導室へ連れていった。



「その……、僕にお願いしたいこと、というのは――」


 生徒指導室に入り、フェリックスとミランダは向かい合うようにソファに座る。

 フェリックスはバクバクする心臓と緊張に耐えながら、ミランダの”お願い”の内容を聞く。

 ミランダはすうっと息を吸い、頬を真っ赤に染めてフェリックスに告げる。


「わたくし……、フェリックス先生をお慕いしております!」

(こ、告白!?)


 ミランダはソファから立ち上がり、ローテーブルを乗り越えた。

 突然のミランダの行動に、フェリックスは身動きが取れず、ソファに座ったまま硬直していた。

 ミランダはフェリックスの太ももに馬乗りになり、自身の身体をフェリックスに密着させる。

 ふにふにした太ももと程よく膨らんだ胸の柔らかい感触がフェリックスの全身に伝わる。

 女の子特有の甘い香りが、フェリックスの鼻孔をくすぐる。

 目線をすぐ下に向けると、ミランダの端正な顔が近くにあった。


(えっ!? な、なに!?)


 人生で女性に迫られたことのないフェリックスは、ミランダの行動に動揺していた。

 この体勢でフェリックスはミランダのお願いの内容を告げられる。


「わたくし、フェリックス先生と……、口づけがしたいです」と。


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