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第7話 悪役令嬢は弱き者を救いません

 ミランダ・ソーンクラウン。

 彼女はこの国で軍事の権力を握るソーンクラウン公爵家の令嬢。

 優秀な魔術師を多く輩出し、祖先は数々の戦果を挙げた伝統ある家柄。

 サラサラとしたプラチナブロンドを背まで伸ばした、青い瞳の美少女。

 家柄は高貴、容姿は完璧、学校の成績は常にトップの優等生、となると、異性の憧れの的になりそうだが、性格が冷酷無情で見下した相手には冷たい視線と罵倒を送るのが欠点だ。

 フェリックスは暴言を吐き、冷たい視線を送るミランダしか見たことが無かった。

 そのため、真っすぐな眼差しでこちらを見るミランダの姿を見て、フェリックスは驚いた。

(前と違って、今は教師と生徒の関係だしな……)

 教師に対しても同様な態度を取っていたら、それはそれで問題児か。

 フェリックスはそう考えながらリドリーと共に生徒たちの前に立つ。

 魔法実戦室は教壇がなく、主に生徒たちが攻撃魔法、防御魔法を習得するための場所になっている。そのため、机などはなく、内装は決闘場に似ている。

「リドリー先生、授業お願いします」

「授業を始める……、前に私の隣にいる新任の教師についてお話します」

 フェリックスはリドリーに紹介され、生徒に注目される。

 生徒たちはフェリックスが”マクシミリアン公爵家”の人間であり、元卒業生だということをリドリーから聞く。

 二つの肩書が効いたのか、フェリックスに生徒たちからの尊敬のまなざしが向けられる。ミランダも例に漏れない。

(やっぱ、教師っていいなあ!)

 フェリックスはその状況を気持ちよく感じていた。

「今日の授業は”模擬決闘”です」

 フェリックスの紹介が終わり、リドリーが授業に入る。

 ”模擬決闘”。

 チェルンスター魔法学園の三学年になると、実戦的な魔法演習が多くなる。

 模擬とはいえども、やることは決闘と同じ一対一の魔法バトル。

 決闘との違いは、互いに賭けるものがないことぐらいだ。

 リドリーはポケットから小さな布袋を取り出す。

 それに杖を振ると、布袋が一瞬で元の大きさに戻った。

 袋いっぱいに何かが入っている。

「防御魔石です。これから皆に一つずつ配ります」

 リドリーが布袋を開ける。

 中には防御魔石が入っており、生徒たちが順番にリドリーの元へ取りに来た。

「フェリックス君は防御魔石のチェックをお願いします」

「わかりました」

 リドリーの指示に従う。

 防御魔石は対象者の魔力を込め、装備しないと発動しない。

 魔力をこめただろう、と思い込みで重症、あるいは死亡事故を起こされては魔法学校の傷がつく。

 フェリックスは生徒たちに近づき、防御魔石の状態を確認した。

 防御魔石は生徒の得意属性の色に発色している。

 念のため、胸ポケットに入れたかまで確認する。

「ミランダさん」

 フェリックスはミランダに声をかける。

「防御魔石はスカートのポケットではなく、胸ポケットに入れてください」

 フェリックスはミランダの行動を指摘する。

「ちっ」

 ミランダに睨まれるも、彼女は舌打ちをしつつ、防御魔石をポケットにしまった。

 教師であるフェリックスの指摘に逆らえなかったからだ。

 もし、この指摘が生徒であれば、従わなかっただろう。

(まあ、このクラスでミランダに勝てる生徒は一人もいないだろうけど)

 ミランダはチェルンスター魔法学園に入学する前から、ソーンクラウン公爵家で魔法の英才教育を受けている。

 他の生徒より実戦経験が多いため、実力はクラスで一番。

 防御魔石を使うことなどないだろうが、万が一ということもある。

「わかりましたわ、フェリックス先生」

 ミランダが胸ポケットに防御魔石を入れる。

 安全確認の一つとはいえ、ミランダの程よく膨らんだ彼女の胸元を見つめるのは恥ずかしかった。

 生徒全員が防御魔石を装備したことを目視したフェリックスは、それをリドリーに報告する。

「準備が出来ましたので、出席番号の奇数・偶数に分かれてやりましょう」

 チーム分けはすぐに終わり、模擬決闘に入る。

 ニ十組あるが、授業内に収まるのだろうか。

 フェリックスの心配は杞憂で、一戦が約三分ほどで終わる。長くても五分くらい。

 決闘を行っていないのであれば、この授業が初めての対人戦。

 攻撃魔法をクラスメイトへ放つことに戸惑う生徒もいるし、躊躇がない生徒もいる。

 模擬決闘も終盤に差し掛かり、ミランダの番になった。

(相手が魔法で攻撃する前に圧勝しそうだな)

 堂々と杖を構えるミランダに対して、女生徒は杖を持つ手が震えており、怯え腰だ。

 女生徒の方はこれが初めての魔法戦なのだろう。

 フェリックスはリドリーの隣で、二人の様子を観察していた。

「はじめっ」

 リドリーが開始の合図を送る。

「……戦うのが怖いの?」

 ミランダが女生徒に声をかける。

 しかし、その声は冷たく、冷徹な表情で女生徒を睨んでいる。

「戦わないなら、わたくしからいきますわよ」

 ミランダは魔力で造り出した水の玉を女生徒に向けて放つ。

 威力は相当なもので、軌道は目で追うのがやっと。

 水の玉は女生徒のすぐそばに落ちる。

 外したのではない。わざとだ。

(まずい……)

 フェリックスは杖に触れ、すぐに魔法が使えるよう身構える。

 一撃で仕留められる実力があるのに、ミランダはそれをしない。

 挑発をし、弱き女生徒の負の感情を煽っている。

「ひっ」

 女生徒は極度の緊張でパニック状態に陥ってしまったようで、杖をぶんぶんと振りまわしていた。

 風の刃が現れたが、それは明後日の方向に飛んでゆき、他の生徒に当たりそうになる。

 それはリドリーの岩魔法で防がれた。

「なにその攻撃? 全然わたくしに当たっていないのですけど」

 ミランダはさらに女生徒を煽る。

「いや、いやっ」

 ミランダは女生徒に近づく。

 女生徒は連続してミランダに風の刃を放つ。

 パニック状態になっている女生徒には冷静な判断ができない。

 魔法が当たらないのは、杖の先をミランダに向けられていないから、という単純な理由でさえ分からなくなっている。

「こないで……、こないでええええ」

 風の刃がピタッと止んだ。きっと魔力切れだろう。

 攻撃手段を失った女生徒は悲鳴に近い叫び声を上げながら、ミランダが近づいてくるのを拒む。

 しかし、ミランダはゆっくりとした歩で、女生徒に近づき、彼女の悲嘆を無視する。

 絶望した女生徒はその場に膝から崩れ落ちた。

「ウォーター」

 ミランダは女生徒に杖を向け、至近距離で水魔法を放つ。

 女生徒が持っていた防御魔石が弾け、模擬決闘はミランダの勝利で終わったかに見えた。

「弱い、弱すぎですわっ!!」

「ミランダさん?」

 様子がおかしい。

 リドリーもフェリックスと同じことを想ったのか、ミランダに声をかける。

 ミランダは勝敗が決まったというのに、杖を女生徒に向けたまま動かない。

「こんなに弱い生徒、チェルンスター魔法学園にいりませんわっ」

 ミランダの杖に魔力がこもる。

 女生徒に攻撃魔法を放つつもりだ。

 彼女の防御魔石はもう使われている。

(あの子が死んじゃう! 助けなきゃっ)

 嫌な予感が当たったフェリックスは、杖を抜き、ミランダに向けて魔法を放った。

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