二年B組の授業が終わった。
初級攻撃魔法を標的に当てられた生徒は現状維持、当てられなかった生徒は次回までに修正してくること、魔法を発現できなかった生徒は後日補習というかたちで分けられた。
フェリックスは当初、補習の生徒の中にクリスティーナが入ると思っていた。
しかし、クリスティーナはフェリックスの予想を大きく超えてきた。
「どうですか? クリスティーナさんの魔法は!」
生徒たちが魔法実戦室を出て行った後、リドリーに嬉々として声をかけられる。
「……驚きました」
フェリックスは素直な感想をリドリーに伝えた。
「リドリー先生みたいに四属性の魔法を扱えるなんて……」
「そうですよね! 私も初めて見た時は驚きました」
授業前、リドリーが言っていた『楽しみを奪う』『クリスティーナさんの成長』というのは、四属性の初級攻撃魔法を扱い、標的に的中させられたことだろう。
”透明”のクリスティーナが急成長を遂げたのは、ミランダとの特訓のおかげ。
ミランダの指導がクリスティーナに大きく影響を与えた。
(これは……、まずいんじゃないか?)
クリスティーナの急成長を喜ぶ半面、フェリックスには心配することがあった。
ゲームの内容と大きく乖離してしまうからだ。
今まではフェリックスやミランダの立場が好転するだけで、特に支障はなかった。
しかし、今回はクリスティーナ自身に大きく影響する。
(考えられる問題は二つ……)
一つ目はクリスティーナが落ちこぼれではなくなるため、攻略対象キャラと接触する機会を失うこと。
攻略対象キャラと接触しないということは、各ルートに進まないことになる。
誰とも結ばれない特殊エンドはあるにはあるが、全てバッドエンドである。
バッドエンドに進むことだけは避けたい。
何としてもクリスティーナには誰かと結ばれて幸せになって欲しい。
二つ目はクリスティーナが光属性に目覚めない可能性。
このままではクリスティーナは四属性を扱える稀有な生徒となり、彼女はその道を目指すこととなる。
魔法の威力を上げるために、独自の複合属性を編み出してしまうかもしれない。
それで”透明”の汚名は返上できるだろうが、フェリックスとしては、何としてでもクリスティーナには光魔法を習得してほしい。
そうでなければ――。
「フェリックス君、ぼーっとしていないで、用具の片づけしてください」
「あ、はい」
考え事をリドリーに遮られてしまった。
フェリックスは標的を出していた装置をリドリーの指示通りに分解し、魔法実戦室内にある用具入れ場へしまう。
「片づけが終わったら、フェリックス君は……」
「さっきの授業の生徒指導でつまづいたところがあったので、日報を書いた後、自習しようと思います」
装置の部品を全て片付けたフェリックスは、「ふぅ」と息をつく。
用具入れ場を出たところで、リドリーと目が合った。
今日の属性魔法の授業は先ほどの二年B組で終わり。
帰りのホームルームに出席するくらいで、日報を書いたら、ほぼ仕事が無いのだ。
リドリーが次の指示に迷っていることを察したフェリックスは、自習をしたいと彼女に提案した。
事実、体内の魔力を杖の先へ循環できなかった生徒の指導は上手くいったが、魔力と呪文を合わせるときの指導は適した言葉が出ず、感覚で話してしまったため、生徒がフェリックスの説明に首を傾げていた。
”魔力循環書”ではなく、別の教本を読む必要がある。
そう感じたフェリックスは、資料室で適切な本を探したいと考えていた。
「それがいいですね。あ、それから――」
フェリックスの提案に、リドリーは賛同してくれた。
「月末、教員会議がありまして、フェリックス君も出席してもらいます。その会議で、二か月勤務した所感を聞かれますから、発表できるようまとめてください。三分でおさまるくらいでお願いします」
「わかりました」
課題を与えられるのはありがたい。
自習が早く終わったら、今までの勤務を思い出しつつまとめてみよう。
「私は用がありまして、帰りのホームルームまで外出しています」
「外出……」
「ですので、何かあったらアルフォンス君に聞いてください」
フェリックスはリドリーが不在の間、問題を起こさぬよう慎ましく過ごすことを誓った。
(怖いアルフォンスの世話になりたくないっ)
フェリックスの誓いはすぐに破られることなる。
☆
リドリーと別れ、自習室へ向かうフェリックス。
(ついでだし、クリスティーナの様子を見に行こうかな)
寄り道をしようと、フェリックスは自習室への道から二年B組の教室へと逸れる。
(あっ)
廊下で一人の男子学生とすれ違った。
平均的な身長で程よくカッコいい、優男。
「やあ、ヴィクトル君」
彼はクリスティーナのクラスメイトのヴィクトルだ。攻略対象キャラの一人である。
「フェリックス先生、おはようございます」
フェリックスが声をかけると、ヴィクトルは身体ごとこちらを向き、フェリックスに深く頭を下げる。
誰に対しても礼儀正しく、友好的な態度を取るのがヴィクトルの性格である。
ヴィクトルは学級委員長のため、義務で落ちこぼれのクリスティーナを支えているうちに、彼女の人懐っこさに惹かれてゆき――、というのがヴィクトルルートの展開である。
何も考えずにプレイすると、大体のプレイヤーがヴィクトルルートでクリアするため、“初心者ヴィクトル“とプレイヤー間であだ名がつくほど攻略が容易い。
「あ、ちょっと時間あるかな?」
「はい。次の授業があるので、少しの間だけなら……」
クリスティーナの様子を聞くなら、ヴィクトルが適任。
そう思ったフェリックスは、ヴィクトルを引き留める。
ヴィクトルは次の授業を気にしつつも、立ち止まってくれた。
「クリスティーナさんのことなんだけど……」
「四属性の初級攻撃魔法を唱えた……、ことですよね」
「うん、それそれ」
ヴィクトルは土魔法が得意な生徒のため、リドリーが担当しており、別の班だった。
それでも、クリスティーナの活躍を噂で聞いていたようだ。
「クラスの皆の反応を知りたいんだけど、ヴィクトル君からみて、どう感じた?」
「そうですね……」
ヴィクトルは腕を組み、天井を仰いだ後、フェリックスの質問に答えた。
「これは僕の感想ですが……、クラスのクリスティーナさんに対する評価がガラッと変わったように感じました」
「それは――」
「ほとんどの生徒は、“透明“のクリスティーナさんのことをクラスの一員だと受け入れようとしています。ですが……、一部の生徒はクリスティーナさんが授業で目立ちたいがあまりにズルをしたと、根拠の無いことを言っていました」
「そう……」
ヴィクトル含む、ほとんどのクラスメイトはクリスティーナの実力を認め、一員として受け入れようとしている者たちが多数だが、クリスティーナの実力を認めたくない者たちも少数いるらしい。
ヴィクトルは言葉を濁して“少数“と言ったが、クリスティーナを虐めていた、あの三人で間違いない。
名簿を調べると、女生徒がマイン・ポントマイ、男子生徒がドナトル、ルイゾンだ。
マインはポントマイ伯爵の令嬢で、ドナトルとルイゾンは同郷の裕福な家庭で育った子息たち。要するにマインの手下である。
「クリスティーナさんの事でなにか起こったら、僕に教えてくれないかな?」
「はい。その通りにします」
「引き留めちゃって悪いね。クリスティーナさんのこと、お願いね」
「はい」
長く引き留めてはヴィクトルに悪い。
用件を聞けたフェリックスは、ヴィクトルを授業へ戻す。
ヴィクトルは「失礼します」とフェリックスに頭を下げ、すたすたと教室に入った。
「フェリックス先生」
「わっ、ミランダさん」
フェリックスの背後からミランダが声をかけてきた。
ミランダは目を細め、無言でフェリックスをじっと見つめている。
「……不機嫌そうですね」
「ええ!」
ミランダはぷくっと頬を膨らませ、フェリックスの問いに正直に答えた。
不機嫌にさせた心当たりがなく、フェリックスは戸惑う。
「クリスティーナさんのことでしたら、あの人じゃなくて、わたくしに聞いてくだされば答えましたのに」
「あっ」
ミランダはフェリックスがヴィクトルにクリスティーナの様子を聞いたことに嫉妬していたのだ。
「わたくし……、頑張ったのになあ」
ミランダはうつむき、悲しそうな表情を浮かべる。
怒ったり、すねたり、フェリックスに対して、ミランダは様々な表情を向ける。
(か、可愛い!!)
ミランダの一つ一つの行動に、フェリックスはときめいていた。
「ミランダさんがクリスティーナさんに魔法の指導をしたおかげで、今日の授業で大活躍でしてね」
「まあっ! わたくしの指導ですもの。当然のことですわ!!」
「その後の様子をヴィクトル君に訊いていただけです。二年B組の様子は、ミランダさんでは分からないでしょう?」
「ま、まあ……、そうですわね」
フェリックスは、丁寧な説明でミランダの誤解を解く。
フェリックスの話を聞いたミランダは、徐々に機嫌が戻ってゆく。
「次の授業が始まりますから、ミランダさんも教室へ戻ってください」
「……わかりました。フェリックス先生。ごきげんよう」
フェリックスはミランダに教室へ戻るよう促す。
ミランダはフェリックスに頭を下げ、三年A組の教室へ戻る。
(さて、僕も自習――)
フェリックスも寄り道が終わり、自習室へ向かうため、歩を動かした時だった。
「いい加減にしてよっ!!」
轟音と共にクリスティーナの怒号が教室内から聞こえた。
「フェリックス先生! 大変です!!」
約束したばかりのヴィクトルが、教室のドアを思い切り開け放ち、フェリックスに助けを求める。
「な、何事ですの!?」
教室へ戻ろうとしていたミランダが、轟音を聞いて戻ってきた。
フェリックスとミランダはすぐさま二年B組の教室に入った。
「うわ……」
「なんてこと……」
轟音はどうやら、クリスティーナとマインが攻撃魔法を撃ち合ったもののようだ。
互いに直撃は避けたものの、彼女たちの傍にあった机や椅子は切り裂かれていたり、焼け焦げていた。
二人は互いに杖を相手に向け、睨み合っている。
周りの生徒は、再び攻撃魔法が放たれるのではないかと、怯えていた。
「二人とも、杖を下ろしなさい!!」
フェリックスは杖を構え、二人に杖を下ろすよう命令する。
二人はフェリックスの指示をきかなかった。
「……危ないので、強行手段です」
フェリックスは杖を振り、風を操る。
「ウィンドジャブ」
二人の手首に突風が発生し、それぞれの手から杖が離れた。
彼女たちが持っていた二本の杖が床に落ちたところで、フェリックスはそれを浮かせ、手中に収める。
「コイツが、不正を認めないから――」
「違うでしょ! 先に魔法を放ったのはあんたの方!!」
杖を失ったマインとクリスティーナは互いに責任をなすり付けあう。
(本当はクリスティーナの味方をしたいけど……)
フェリックスの本心はクリスティーナに付き、彼女を虐めていたマインを懲らしめたかった。
一生徒だったら、それもできたが、フェリックスは教師である。
冷静に、中立の立場で二人の主張を聞かなければいけない。
本心を隠し、フェリックスは淡々と現状を述べる。
「二人共、攻撃魔法をぶつけ合うなど……、喧嘩の域を越えています」
「でもっ」
「クリスティーナさん、貴方が放った火魔法は、クラスメイトの椅子と机を焼きました。もし、そこに誰かが座っていたら――、大変なことになっていましたよね」
「……」
フェリックスの正論に、クリスティーナが沈黙した。彼女のほうはこれでいい。
問題は――。
「マインさんも同様に、風魔法で椅子が真っ二つに切り裂かれています。もし――」
「“透明“のクリスティーナが火属性の魔法を使えるなんて可笑しいです! ズルしたに決まってる! “透明“がちょっと目立ったからって、調子に乗らないで欲しいわ!」
「自分が未熟だからって、クリスティーナさんに八つ当たりをするのはよろしくなくてよ」
クリスティーナがズルをしたというマインの発言に、ミランダが会話に割り込む。
「ミランダ先輩……」
「クリスティーナさんに魔法を教えた身として、聞き捨てなりませんわ」
「ミランダ先輩、伝統的なチェルンスター魔法学園に“透明”の落ちこぼれが紛れているんですよ!! 優等生のあなただったら、“透明”を学園から排除したい、私の気持ちが分かるでしょう!?」
マインはミランダに同情を求める。
確かにゲームでのミランダの立ち位置と思想はマインそのものだ。
でも――。
「はあ? 貴方の気持ちなんてさっぱり分かりませんわ。一緒にしないでくださる?」
ミランダはマインを冷酷な眼差しで睨みつける。
マインはミランダの気迫にひっと怯えていた。
しかし、マインはすぐに平静を取り戻し、ミランダに向けてこういった。
「……先輩も落ちたものですね」
「っ!?」
「“透明”の指導をして、自身の魔法がうすまっちゃったんじゃないですか?」
マインはミランダを挑発する。
「あなたっ」
「……わかった」
ミランダが口を出す前に、黙っていたクリスティーナが口を開く。
なにかを決意した顔で、マインを指す。
「私、あんたと決闘する!!」
(け、決闘!!?)
クリスティーナの発言にフェリックスは開いた口が塞がらない。
「クリスティーナ! 直ちに発言を撤回しなさい!! 貴方の実力では決闘はまだ早いわ」
ミランダはクリスティーナの発言を撤回させようとする。
この場でクリスティーナの実力を理解しているのは、彼女に魔法の指導をしたミランダだ。
四属性の魔法を扱える才能があったとしても、決闘に勝てる要素ではない。
ミランダの言う通り、クリスティーナの実力で決闘に挑むのはまだ早いのだ。
「いいえ、先輩。私、絶対に撤回しません!!」
クリスティーナはミランダの助言を拒否する。
「こいつに、頭にきたんです!!」
クリスティーナは激怒している。
「私のことならともかく、先輩のことを馬鹿にするなんて、絶対に許せない!!」
マインがミランダの悪口を言ったからだ。
「勝手になさい!! わたくしは知りませんわ!」
クリスティーナの言葉に、ミランダはぷいっとそっぽ向き、教室を出て行った。
「あんたと残りの二人、全員に勝って、私の存在……、認めさせてやる!!」
クリスティーナはマイン、ドナトル、ルイゾンの順で指し、三人に決闘を宣言した。