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第18話 いつの間にかヒロインが超覚醒してました

「フェリックスが見た夢って……」


 屋敷で過ごした五日間、フェリックスは自身の夢日記を夢中になって読んでいた。

 一年前、フェリックスは【恋と魔法のコンチェルン】の夢を見ていた。

 ゲームの主人公、クリスティーナの視点でチェルンスター魔法学園の生活を過ごす夢を。


「僕がプレイしたすべてのルートの内容、そのままだ」


 日記には真エンディング直前、フェリックスがゲームでプレイした内容がそのまま綴られていた。

 途切れているものの、この夢日記は今のフェリックスにとって必要なものだ。

 大まかなストーリーはフェリックスの頭の中にあるものの、仕事をしてゆくうちに忘れかけている。

 そろそろ紙に書き起こした方がいいなと感じていたところだ。


「これは持って帰ろう」


 クリスティーナがどのルートを辿ろうとしているのか、ミランダをよい方向へ導くにもこの夢日記は必要だ。

 フェリックスは夢日記を荷物の中に入れた。


「フェリックスさま、馬車の用意ができました」


 荷造りを終えたところで、セラフィが部屋に入ってきた。

 馬車の用意。

 チェルンスター魔法学園に帰る用意ができた。

 フェリックスは荷物を持ち、屋敷を出る。

 屋敷の外では使用人とメイド全員が整列していた。

 彼らの先には、マクシミリアン公爵の家紋が付いた馬車と御者が待っている。

 フェリックスはその中からセラフィを見つけ、彼女の前で立ち止まった。


「……セラフィ、長期の休みになったらまた戻ってくるよ」


 メイドのセラフィとはここで別れる。

 次、会うとしたら長期の休みになる。

 フェリックスはセラフィに別れの言葉をかけた。


「フェリックスさまのお帰りを屋敷でお待ちしております」


 セラフィは服の裾を掴み、一礼をしたのち、フェリックスに微笑んだ。


(……胸が痛い)


 セラフィの笑みを見て、フェリックスは胸がチクリと痛んだ。


(これはきっと……、前のフェリックスの感情)


 一年前のフェリックスは、寂しさをセラフィで紛らわせていた節がある。

 その間に情が湧いても不思議ではない。


「うん、またね」


 フェリックスは振り返らず、馬車に乗り、チェルンスター魔法学園の教師へ戻る。



「おはようございます。フェリックス君」


 休み明け。

 フェリックスは大きな欠伸をしながら、職員室に入るとリドリーがいた。


「欠伸をしながら出社とは……、一週間の休みで気が緩んでいますね」

「す、すみませんっ」

「私の前ではいいですけど……、生徒の前では許しませんよ」


 リドリーは冗談を言う。

 一週間の休みで、頭がぼーっとしていたフェリックスは、リドリーの指摘で意識をプライベートから仕事へと切り替える。


「さて、今日は――」

「二年B組のホームルームからの授業ですよねっ」

「はい。一か月経ちましたので、二年B組でも攻撃魔法の授業に入ろうかと」

「そうなると、クリスティーナさんは――」

「心配いりません」

「え?」


 一か月も過ぎると、二学年でも実技の授業が出てくる。

 二学年は攻撃魔法・防御魔法の習得が主で、対人は行わない。

 攻撃魔法は標的に当てられるか、防御魔法は出現させることができるかを問われる。

 優秀な生徒になると、対人での魔法の行使が許可され、皆よりも一歩先の指導が受けられる。

 その中でクリスティーナは”透明”のため、攻撃魔法・防御魔法の習得が皆よりも遅れてしまう。

 フェリックスはそれを心配してリドリーに相談しようとしたが、途中で遮られてしまった。


「フェリックスさんが帰省している間、ミランダさんとクリスティーナさんが魔法実戦室で特訓をしていましてね」

(ミランダは僕のお願い、守ってくれたんだ)


 魔法実戦室での二人の特訓をリドリーが監督者として見守っていたらしい。


「ここで全てお話してしまうと、フェリックス君の楽しみを奪ってしまうことになりますので……、この後は自分の目でクリスティーナさんの成長を見てください」

「えっ、あ、はい……」


 成長と言われた時点で、クリスティーナに良い兆候が現れたのだろう。

 リドリーのニヤついた表情から、悪い話ではないようなので、フェリックスは追及することなく受け流す。


「今日は攻撃魔法の授業にしたいので、フェリックス君は火と風属性の指導をお願いします」

「わかりました」

「さて、丁度いい時間ですし……、ホームルームへ向かいましょうか」


 雑談を終え、フェリックスとリドリーは二年B組のホームルーム、授業へと向かう。


 二年B組の教室。

 フェリックスたちが入ると、生徒たちの元気な声が聞こえるが、クリスティーナだけは覇気がない。

 髪もツヤがなくぼさぼさで、制服もつぎはぎだらけである。


(……クリスティーナ)


 クリスティーナのみすぼらしい姿を見て、フェリックスは胸が苦しくなった。

 以降も陰でクリスティーナを虐めている生徒がいるのだろう。


(あの時、クリスティーナを虐めていたのは一人の女子生徒と、二人の男子生徒だった)


 フェリックスは彼らの顔を覚えている。

 彼らは素知らぬ顔で、リドリーの話を聞いていた。


(どうしたらクリスティーナへの虐めがなくなるのだろう)


 その間、フェリックスは別の事を考えていた。

 クリスティーナへの虐めが無くなる方法。

 手っ取り早いのは、クリスティーナが彼らに決闘を申し込み、勝利することである。

 しかし、”透明”のクリスティーナは四属性の魔法を操るのが苦手で、実技では赤点寸前まで陥る少女だ。

 光魔法に目覚めない限り、難しいだろうとフェリックスは思っている。


「――では、魔法実戦室へ移りましょう!」

「起立っ」


 考え事をしている内に、ホームルームが終わった。

 その後、フェリックス、リドリー、二年B組の生徒たちは属性魔法の授業のため、魔法実戦室へ移動する。


 魔法実戦室。

 フェリックスにとっては見慣れた場所だが、二年B組の生徒たちは期待に満ちた表情で入っていた。


「フェリックス君、あの装置に魔力を込めてくれませんか?」

「装置……、あ、あれですね」


 リドリーの指す先に、木製の大きな箱が置いてあった。


「あれは標的を精製する装置です。近づくとスイッチがあると思いますが、今回は何も動かさず魔力だけを込めてください」

「わかりました」


 フェリックスは木箱に近づき、リドリーの指示通り、装置に魔力を込めた。


「わっ」


 すると、木箱が光り、直線状に標的が現れた。

 標的は木製の四角いもので、宙に浮いており、それが等間隔に配置されている。

 木の感触がして、実体がある。

 突然、何もない場所から標的が現れたことで、フェリックスは驚いてしまった。


「この的に、攻撃魔法を当てます。呪文は――、皆さん覚えていますよね?」


 リドリーが的に向けて杖を構える。


「フェリックス君、離れてください! 魔法が当たっちゃいますよ」


 リドリーに注意され、フェリックスは不思議な標的から離れる。


「ファイアボール」


 リドリーが火球を標的に当てると、火球の形にくりぬかれたが、すぐに再生した。


「ウォータショット」


 リドリーは間髪入れず、水魔法を放つ。


「ロックブラスト」

「ウィンドカッター」


 続いて岩魔法、風魔法を放つ。

 すべての魔法が標的に的中した。


「――今日の授業では初級攻撃魔法をあの的に当ててもらいます。皆さんはそれぞれ得意な属性を使ってくださいね」

「はいっ」

「では、授業開始!」


 属性魔法の授業が始まる。

 フェリックスはリドリーの指示通り、火と風属性の魔法が得意な生徒を担当した。

 呪文については、前の授業でやっているので、覚えの良い生徒はすぐに攻撃魔法が放てるようになり、容量の悪い生徒は魔法の発動で手間取っていた。

 それでも、標的に命中した生徒は誰もいない。

 フェリックスはそれぞれの生徒たちに指導をする。

 ここで、”魔力循環”の教本が役に立った。


「フェリックス先生、宜しくお願いしますっ」


 クリスティーナの番が回ってきた。

 ボロボロの姿だが、ホームルームの時よりもいきいきとしている様子だった。


「クリスティーナさんは……」

「まずは火の魔法からやります!!」


 クリスティーナは杖を構え、深呼吸をする。

 肺に新鮮な空気を取り入れ、堂々と呪文を唱える。


「ファイアボールっ」


 呪文の発音がはっきりとしている。魔力も杖の先端に集中している。

 魔法になる条件は満たしている。


(頑張れ、クリスティーナっ)


 フェリックスは心の中でクリスティーナを応援する。

 杖の先から、火球が出現した。


(やった!)


 クリスティーナの魔法が成功した。

 火球が真っすぐ放たれているものの、他の生徒よりも大きさが一回り小さく、速度も遅い。

 あとは標的に当たるかどうか。


(……どうだ?)


 フェリックスはクリスティーナの標的を見つめる。

 カツン。

 火球が標的に当たった。

 威力が弱かったからか、標的を貫通することはなかった。


「やったー!」


 ファイアボールを標的に当てたクリスティーナは、両手を天井に上げ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。喜びを全身で表している。


「え、”透明”のクリスティーナが……、的に当てた!?」

「嘘だろ!!」

「何かインチキしたに決まってる」


 一人喜んでいるクリスティーナの傍ら、二年B組のクラスメイトたちは動揺していた。

 自分たちより能力的に劣っているクリスティーナが、一番に攻撃魔法を標的に命中させたのだ。

 不正をしたのではないかと疑いたくもなる。


「クリスティーナさん! お見事!!」


 誰かがクリスティーナに突っかかる前に、フェリックスは拍手をしながら彼女の成果を褒める。

 フェリックスにつられて、生徒たちも渋々クリスティーナに拍手を贈る。


「皆さんもクリスティーナさんを手本に頑張りましょう!」


 そして生徒たちが嫌がるであろう”クリスティーナを手本に”と強調する。

 フェリックスの予想通り、生徒たちは嫌そうな顔をしていた。


「あの、フェリックス先生」


 フェリックスの服の裾を引っ張り、クリスティーナに声をかけられる。


「次はウィンドエッジ、やってみてもいいですか?」

「っ!?」


 クリスティーナの言葉にフェリックスは驚いた。

 フェリックス同様、クラスメイトたちも動揺していた。

 現状、二年B組で二属性を扱える生徒はいない。

 もし、クリスティーナが風属性の攻撃魔法を放てたら、良い意味でも、悪い意味でも目立つだろう。


「どうぞ」


 フェリックスも、無理だろうと思いつつ、クリスティーナの様子を見る。

 クリスティーナは杖を構え、呼吸を整える。


「ウィンドエッジっ」


 クリスティーナが呪文を唱えた。


(えっ!?)


 魔法は発現しないだろうと高を括っていたフェリックスだったが、思いもよらない結果になった。

 クリスティーナの杖から、風の刃が出現し、それが標的に的中したのだ。


「よしっ」


 クリスティーナは先ほどよりも小さく喜びを体現する。


「フェリックス先生!」


 クリスティーナは先ほどよりも元気な声でフェリックスを呼ぶ。


「次はウォータショット、やってみたいです!」

「あ、あの……、クリスティーナさん?」

「いいですよね?」

「ど、どうぞ」


 その後、クリスティーナは水属性、岩属性の初級攻撃魔法を標的に当ててみせた。

 四属性すべての初級攻撃魔法を標的に命中させたことになる。


「す、すげえ」


 その頃には、フェリックス同様、クリスティーナのクラスメイトたちも唖然とした表情で彼女の魔法を見ていた。


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