「フェリックスが見た夢って……」
屋敷で過ごした五日間、フェリックスは自身の夢日記を夢中になって読んでいた。
一年前、フェリックスは【恋と魔法のコンチェルン】の夢を見ていた。
ゲームの主人公、クリスティーナの視点でチェルンスター魔法学園の生活を過ごす夢を。
「僕がプレイしたすべてのルートの内容、そのままだ」
日記には真エンディング直前、フェリックスがゲームでプレイした内容がそのまま綴られていた。
途切れているものの、この夢日記は今のフェリックスにとって必要なものだ。
大まかなストーリーはフェリックスの頭の中にあるものの、仕事をしてゆくうちに忘れかけている。
そろそろ紙に書き起こした方がいいなと感じていたところだ。
「これは持って帰ろう」
クリスティーナがどのルートを辿ろうとしているのか、ミランダをよい方向へ導くにもこの夢日記は必要だ。
フェリックスは夢日記を荷物の中に入れた。
「フェリックスさま、馬車の用意ができました」
荷造りを終えたところで、セラフィが部屋に入ってきた。
馬車の用意。
チェルンスター魔法学園に帰る用意ができた。
フェリックスは荷物を持ち、屋敷を出る。
屋敷の外では使用人とメイド全員が整列していた。
彼らの先には、マクシミリアン公爵の家紋が付いた馬車と御者が待っている。
フェリックスはその中からセラフィを見つけ、彼女の前で立ち止まった。
「……セラフィ、長期の休みになったらまた戻ってくるよ」
メイドのセラフィとはここで別れる。
次、会うとしたら長期の休みになる。
フェリックスはセラフィに別れの言葉をかけた。
「フェリックスさまのお帰りを屋敷でお待ちしております」
セラフィは服の裾を掴み、一礼をしたのち、フェリックスに微笑んだ。
(……胸が痛い)
セラフィの笑みを見て、フェリックスは胸がチクリと痛んだ。
(これはきっと……、前のフェリックスの感情)
一年前のフェリックスは、寂しさをセラフィで紛らわせていた節がある。
その間に情が湧いても不思議ではない。
「うん、またね」
フェリックスは振り返らず、馬車に乗り、チェルンスター魔法学園の教師へ戻る。
☆
「おはようございます。フェリックス君」
休み明け。
フェリックスは大きな欠伸をしながら、職員室に入るとリドリーがいた。
「欠伸をしながら出社とは……、一週間の休みで気が緩んでいますね」
「す、すみませんっ」
「私の前ではいいですけど……、生徒の前では許しませんよ」
リドリーは冗談を言う。
一週間の休みで、頭がぼーっとしていたフェリックスは、リドリーの指摘で意識をプライベートから仕事へと切り替える。
「さて、今日は――」
「二年B組のホームルームからの授業ですよねっ」
「はい。一か月経ちましたので、二年B組でも攻撃魔法の授業に入ろうかと」
「そうなると、クリスティーナさんは――」
「心配いりません」
「え?」
一か月も過ぎると、二学年でも実技の授業が出てくる。
二学年は攻撃魔法・防御魔法の習得が主で、対人は行わない。
攻撃魔法は標的に当てられるか、防御魔法は出現させることができるかを問われる。
優秀な生徒になると、対人での魔法の行使が許可され、皆よりも一歩先の指導が受けられる。
その中でクリスティーナは”透明”のため、攻撃魔法・防御魔法の習得が皆よりも遅れてしまう。
フェリックスはそれを心配してリドリーに相談しようとしたが、途中で遮られてしまった。
「フェリックスさんが帰省している間、ミランダさんとクリスティーナさんが魔法実戦室で特訓をしていましてね」
(ミランダは僕のお願い、守ってくれたんだ)
魔法実戦室での二人の特訓をリドリーが監督者として見守っていたらしい。
「ここで全てお話してしまうと、フェリックス君の楽しみを奪ってしまうことになりますので……、この後は自分の目でクリスティーナさんの成長を見てください」
「えっ、あ、はい……」
成長と言われた時点で、クリスティーナに良い兆候が現れたのだろう。
リドリーのニヤついた表情から、悪い話ではないようなので、フェリックスは追及することなく受け流す。
「今日は攻撃魔法の授業にしたいので、フェリックス君は火と風属性の指導をお願いします」
「わかりました」
「さて、丁度いい時間ですし……、ホームルームへ向かいましょうか」
雑談を終え、フェリックスとリドリーは二年B組のホームルーム、授業へと向かう。
二年B組の教室。
フェリックスたちが入ると、生徒たちの元気な声が聞こえるが、クリスティーナだけは覇気がない。
髪もツヤがなくぼさぼさで、制服もつぎはぎだらけである。
(……クリスティーナ)
クリスティーナのみすぼらしい姿を見て、フェリックスは胸が苦しくなった。
以降も陰でクリスティーナを虐めている生徒がいるのだろう。
(あの時、クリスティーナを虐めていたのは一人の女子生徒と、二人の男子生徒だった)
フェリックスは彼らの顔を覚えている。
彼らは素知らぬ顔で、リドリーの話を聞いていた。
(どうしたらクリスティーナへの虐めがなくなるのだろう)
その間、フェリックスは別の事を考えていた。
クリスティーナへの虐めが無くなる方法。
手っ取り早いのは、クリスティーナが彼らに決闘を申し込み、勝利することである。
しかし、”透明”のクリスティーナは四属性の魔法を操るのが苦手で、実技では赤点寸前まで陥る少女だ。
光魔法に目覚めない限り、難しいだろうとフェリックスは思っている。
「――では、魔法実戦室へ移りましょう!」
「起立っ」
考え事をしている内に、ホームルームが終わった。
その後、フェリックス、リドリー、二年B組の生徒たちは属性魔法の授業のため、魔法実戦室へ移動する。
魔法実戦室。
フェリックスにとっては見慣れた場所だが、二年B組の生徒たちは期待に満ちた表情で入っていた。
「フェリックス君、あの装置に魔力を込めてくれませんか?」
「装置……、あ、あれですね」
リドリーの指す先に、木製の大きな箱が置いてあった。
「あれは標的を精製する装置です。近づくとスイッチがあると思いますが、今回は何も動かさず魔力だけを込めてください」
「わかりました」
フェリックスは木箱に近づき、リドリーの指示通り、装置に魔力を込めた。
「わっ」
すると、木箱が光り、直線状に標的が現れた。
標的は木製の四角いもので、宙に浮いており、それが等間隔に配置されている。
木の感触がして、実体がある。
突然、何もない場所から標的が現れたことで、フェリックスは驚いてしまった。
「この的に、攻撃魔法を当てます。呪文は――、皆さん覚えていますよね?」
リドリーが的に向けて杖を構える。
「フェリックス君、離れてください! 魔法が当たっちゃいますよ」
リドリーに注意され、フェリックスは不思議な標的から離れる。
「ファイアボール」
リドリーが火球を標的に当てると、火球の形にくりぬかれたが、すぐに再生した。
「ウォータショット」
リドリーは間髪入れず、水魔法を放つ。
「ロックブラスト」
「ウィンドカッター」
続いて岩魔法、風魔法を放つ。
すべての魔法が標的に的中した。
「――今日の授業では初級攻撃魔法をあの的に当ててもらいます。皆さんはそれぞれ得意な属性を使ってくださいね」
「はいっ」
「では、授業開始!」
属性魔法の授業が始まる。
フェリックスはリドリーの指示通り、火と風属性の魔法が得意な生徒を担当した。
呪文については、前の授業でやっているので、覚えの良い生徒はすぐに攻撃魔法が放てるようになり、容量の悪い生徒は魔法の発動で手間取っていた。
それでも、標的に命中した生徒は誰もいない。
フェリックスはそれぞれの生徒たちに指導をする。
ここで、”魔力循環”の教本が役に立った。
「フェリックス先生、宜しくお願いしますっ」
クリスティーナの番が回ってきた。
ボロボロの姿だが、ホームルームの時よりもいきいきとしている様子だった。
「クリスティーナさんは……」
「まずは火の魔法からやります!!」
クリスティーナは杖を構え、深呼吸をする。
肺に新鮮な空気を取り入れ、堂々と呪文を唱える。
「ファイアボールっ」
呪文の発音がはっきりとしている。魔力も杖の先端に集中している。
魔法になる条件は満たしている。
(頑張れ、クリスティーナっ)
フェリックスは心の中でクリスティーナを応援する。
杖の先から、火球が出現した。
(やった!)
クリスティーナの魔法が成功した。
火球が真っすぐ放たれているものの、他の生徒よりも大きさが一回り小さく、速度も遅い。
あとは標的に当たるかどうか。
(……どうだ?)
フェリックスはクリスティーナの標的を見つめる。
カツン。
火球が標的に当たった。
威力が弱かったからか、標的を貫通することはなかった。
「やったー!」
ファイアボールを標的に当てたクリスティーナは、両手を天井に上げ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。喜びを全身で表している。
「え、”透明”のクリスティーナが……、的に当てた!?」
「嘘だろ!!」
「何かインチキしたに決まってる」
一人喜んでいるクリスティーナの傍ら、二年B組のクラスメイトたちは動揺していた。
自分たちより能力的に劣っているクリスティーナが、一番に攻撃魔法を標的に命中させたのだ。
不正をしたのではないかと疑いたくもなる。
「クリスティーナさん! お見事!!」
誰かがクリスティーナに突っかかる前に、フェリックスは拍手をしながら彼女の成果を褒める。
フェリックスにつられて、生徒たちも渋々クリスティーナに拍手を贈る。
「皆さんもクリスティーナさんを手本に頑張りましょう!」
そして生徒たちが嫌がるであろう”クリスティーナを手本に”と強調する。
フェリックスの予想通り、生徒たちは嫌そうな顔をしていた。
「あの、フェリックス先生」
フェリックスの服の裾を引っ張り、クリスティーナに声をかけられる。
「次はウィンドエッジ、やってみてもいいですか?」
「っ!?」
クリスティーナの言葉にフェリックスは驚いた。
フェリックス同様、クラスメイトたちも動揺していた。
現状、二年B組で二属性を扱える生徒はいない。
もし、クリスティーナが風属性の攻撃魔法を放てたら、良い意味でも、悪い意味でも目立つだろう。
「どうぞ」
フェリックスも、無理だろうと思いつつ、クリスティーナの様子を見る。
クリスティーナは杖を構え、呼吸を整える。
「ウィンドエッジっ」
クリスティーナが呪文を唱えた。
(えっ!?)
魔法は発現しないだろうと高を括っていたフェリックスだったが、思いもよらない結果になった。
クリスティーナの杖から、風の刃が出現し、それが標的に的中したのだ。
「よしっ」
クリスティーナは先ほどよりも小さく喜びを体現する。
「フェリックス先生!」
クリスティーナは先ほどよりも元気な声でフェリックスを呼ぶ。
「次はウォータショット、やってみたいです!」
「あ、あの……、クリスティーナさん?」
「いいですよね?」
「ど、どうぞ」
その後、クリスティーナは水属性、岩属性の初級攻撃魔法を標的に当ててみせた。
四属性すべての初級攻撃魔法を標的に命中させたことになる。
「す、すげえ」
その頃には、フェリックス同様、クリスティーナのクラスメイトたちも唖然とした表情で彼女の魔法を見ていた。