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第17話 夢日記という名の攻略本

 チェルンスター魔法学園に赴任し、一か月が経った。

 一週間の休暇を貰えたため、フェリックスはマクシミリアン公爵邸の実家へ帰ることにした。


「一ヶ月空けただけなんだけど……、懐かしいなあ」


 馬車を使い、一日かけて屋敷に帰ってきた。

 屋敷のドアの前ではセラフィを含む、使用人とメイドたちがフェリックスの帰りを待っていた。

 馬車からフェリックスが降りてくるなり、皆が一斉に、フェリックスに頭を下げる。


「おかえりなさいませ、フェリックスさま」

「ただいま、セラフィ!」


 フェリックスはセラフィに駆け寄る。

 その間、持っていた荷物と上着は使用人に渡す。

 セラフィは笑顔でフェリックスを出迎えてくれた。


「お勤めご苦労さまです。いつまでいらっしゃるんですか?」

「五日ほど」

「その間、ゆっくりお過ごしください」

「う、うん」


 屋敷に入り、部屋に向かうまでの間、フェリックスとセラフィはたわいない会話をする。


「僕がいない間、何かあった?」

「旦那様と奥様が一度、お帰りになられました」


 別荘で暮らしている両親が屋敷に戻ってきたらしい。


「屋敷に家人がいないので、領地経営の指示をフェリックスさまの代わりにしに来たようです」

「なるほど」


 両親が屋敷に来たのは、マクシミリアン公爵領の経営について話にきたのだとか。

 マクシミリアン公爵領は大きく十の村と町にわかれ、細々な運営はそれぞれ村長と町長たちに任せている。

 毎月の届く報告書を確認していたのが、フェリックスだった。

 フェリックスはチェルンスター魔法学園の社宅で暮らすようになり、それが難しくなったので、両親が月に一度マクシミリアン領へ戻り、確認してくれているのだ。


「旦那様は……」

「セラフィ?」

「いえ、何でもありません」


 セラフィの表情がくもる。

 フェリックスが聞き返すも、セラフィは首を振り、普段の笑みが張り付いた表情に戻ってしまう。

 両親が戻ったときに、何かあったのだろうか。


「お部屋につきましたね。夕食の準備ができましたら、また来ます」

「うん。ありがとう」


 フェリックスの私室の前に着く。

 セラフィはフェリックスに深々と頭を下げ、仕事に戻ってゆく。

 フェリックスは部屋に入る。


 「わー! 広い部屋に寝返りうっても落ちないベッド!!」


 豪華な家具に、大きなベッド。

 机とシングルベッドで一室が埋まる社宅とは大違いである。


「フッカフカのマットレス、最高!!」


 フェリックスはベッドに飛び込む。

 フカフカした感触と飛び込んだマットレスが反発する。


(僕の身体、このベッドに慣れちゃったのか、社宅のベッドでいつも落ちちゃうんだよな)


 寝相が悪いのか、社宅のベッドとの相性が悪いのか、社宅でのフェリックスはいつもベッドから落ちた痛みで目覚めている。悩みの一つではあるのだが、要因の一つであるキングサイズのベッドを目の当たりにすると仕方がないと思えてきた。


(にしても、どうしてフェリックスはマクシミリアン公爵領の統治じゃなくて、教師の道を選んだんだろう)


 ふとフェリックスに疑問が浮かぶ。

 フェリックスは二十二歳まで学校で十分な教育を受けていた。

 テスト問題をすらすらと解けているし、難しい本を読んでも原理をすぐに理解できるほどの賢さがある。

 フェリックスは皆も言うようにとても優秀な生徒だったのだろう。

 しかし、知識をマクシミリアン公爵領の統治ではなく、教育に使おうと思ったのだろうか。


(跡継ぎ問題……、いや、僕には兄弟がいないし、次期当主は僕で間違いない)


 フェリックスに兄がいて、爵位が継げない場合。

 すぐにフェリックスは否定する。

 フェリックスは一人っ子。

 教師になる前は、マクシミリアン公爵領を父に代わり統治していた。


(僕は今年で二十三歳だし……、学校を卒業して一年の間で何か心変わりがあったのかな)


 この世界は十五歳、十八歳、二十二歳の節目で学業を終える。

 十五歳以降は家庭が裕福だったり、学業で優秀な成績を収めた場合に道が開かれる。

 両方に恵まれなかったものは、家業を継ぐか、勤め人として社会へ出てゆくのが通例だ。

 平民の場合、十五歳で自立することが多く、チェルンスター魔法学園に編入したクリスティーナや、二十二歳まで高度な教育を受けたアルフォンスは稀な部類である。

 この世界観はアルフォンスのストーリーで明らかになっている。

 フェリックスの場合、二十二歳で学業を終え、教師の道にすぐには進まなかった。

 一年、進路に悩んでいたようだ。


(うーん)


 いくら考えても、過去のことが思い出せない。


(セラフィなら何か知ってるのかな?)


 空白の一年間を知る手がかりとしてセラフィが思い浮かんだ。

 セラフィなら一年前のフェリックスのことをよく知っているだろう。


(セラフィとは夕食の時間まで会えないだろうし……)


 気にはなるが、この問題は夕食まで明らかにするとこができない。


「学校から持ってきた本で暇を潰すか……」


 フェリックスはベッドから起き上がり、ドアの横に置かれていた荷物から一冊の本を取り出す。

 “魔力循環書“。

 アルフォンスから押し付けられた本である。

 二週間過ぎたらまた借りるを繰り返し、全く手を付けていなかった。

 屋敷で暇な時間ができるだろうからと、持ってきたのだ。


(これは……、今の僕に必要な本だ)


 ペラペラ読み始めると、この本は今のフェリックスに必要な本だということに気づく。

 今のフェリックスはゲームの知識でどうにか生きている。

 属性魔法の授業でも、決闘でも。

 フェリックスが体感した決闘はアルフォンスの一戦とミランダの一戦の二回のみ。

 他は、決闘の審判を何回か務めた。

 生徒たちの決闘を見て、感じたことがある。

 ゲームで決闘したことがない相手と魔法戦を行ったら、フェリックスは敗北するのではないかと。


(チャージやバーストで勝てる相手ばかりじゃない。火属性の魔法を素早く、効率よく出力する方法が、この本に書いてある)


 アルフォンスから押し付けられた本はとても有意義なものだった。


(これからも、フェリックス・マクシミリアンとして生きるなら、強くならなきゃ)


 胸に思いを秘め、フェリックスは夕食の時間まで”魔力循環書”を熟読していた。  



 フェリックスは食堂で一人、夕食を摂る。

 屋敷の食堂は、ホームパーティが開けるのではないかというくらい無駄に広い。

 フルコースとはいえ、巨大な横長のテーブルに、一人前の料理がちょこんと置かれているのは、少し寂しい。


「セラフィ、ちょっといいかい?」

「いかがなさいましたか?」


 寂しさに耐えきれなかったフェリックスは、傍で待機しているセラフィに声をかけた。

 フェリックスは向かいの席に座るよう、セラフィにうながす。

 セラフィは貴族の食卓に座ってよいものかと戸惑っていたが、フェリックスが『今日は特別』というと、彼女がスッと席についた。


「話し相手が欲しいんだ」

「あら、まあ」

「学園ではみんなで食事を摂っていて、賑やかだったから」

「さようですか。それはよかったです」


 フェリックスの話を、セラフィはまるで自分のことのように嬉しそうに聞いてくれる。

 セラフィの声を聞いていると、自然と心が癒やされる。

 もしかしたら、昔のフェリックスの感覚なのかもしれない。


「こうしてお話するのも久しぶりですね」

「えっ」

「ちょうど一年前……、フェリックスさまが学校を卒業されてからでしょうか」

「そう……、だっけ?」


 昔のフェリックスも、セラフィを話し相手にしていたらしい。


「公爵領の統治を任された頃でしょうか……」


 セラフィは少し昔話をしてくれた。

 一年前、学校を卒業したフェリックスは、公爵である父親に領地の管理を引き継がれたらしい。

 フェリックスはそれを一か月で学んだ。

 父親と母親は以降、領地をフェリックスに任せ、コルン城に近い屋敷で暮らしている。

 当時のフェリックスも、学校で賑やかに過ごした時間とマクシミリアン公爵領の屋敷で過ごす時間を比べ、寂しさを感じていた。

 それを紛らわすために、食事の際はセラフィを同席させ、話し相手にしていたという。


「その時はどんな話をしてたんだっけ……」

「あら、忘れてしまわれたのですか?」


 フェリックスは正直に一年前の会話を忘れてしまったことをセラフィに打ち明ける。

 セラフィは驚いた表情を見せるも、忘れてしまった理由を問うこともせず、フェリックスに話す。


「フェリックスさまがみる、”不思議な夢”についてです」

「不思議な……、夢?」

「自分とは違う、誰かの学生生活を体験しているようだ……、と楽しそうに話してくださいました」


 誰かの学生生活?

 フェリックスはそこに引っ掛かった。

 前のフェリックスはクリスティーナと同じチェルンスター魔法学園に通っていた。

 チェルンスター魔法学園は十八歳で卒業するが、あの学園は大学があり、二十二歳まで勉強ができる。


「今思えば……、一年前の話は、学生生活に戻りたいフェリックスさまの逃避だったのかもしれません」

「その、セラフィは僕が話した夢のこと……、覚えてる?」

「ぼんやりと覚えています。ですが、私が話すよりも――」


 セラフィはフェリックスを真っすぐと見つめ、こう言った。


「夢の内容を日記に綴っていたはずです。フェリックスさま自身が一番お詳しいのではないのでしょうか」


 カラン。

 肉を刺していたフォークがフェリックスの手から離れ、食器に落ちた。

 夢日記。

 当時のフェリックスはそのようなことをしていたのか。

「そうか……。教えてくれてありがとう、セラフィ」

 フェリックスはセラフィに礼を言い、その後は彼女が見守る中、黙々と夕食を平らげた。



「あった」


 私室に戻ったフェリックスは、昔の自分が付けていたという夢日記を探した。

 鍵付きの引き出しの中に、それはあった。

 フェリックスは一年前の自分がつけ始めたという、夢日記を開いた。


「こ、これは……!?」


 始めのページを開き、綴られていた一文を見て、フェリックスは全てを理解した。


 ―― 俺は、眠ると”クリスティーナ”という女学生になった夢を見る ――


 一年前のフェリックスが見た夢、それは【恋と魔法のコンチェルン】のメインストーリーだったのだ。



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